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台湾(2025年に原発ゼロ)再生エネで代替 閣議決定

 投稿者:桃太郎  投稿日:2016年10月23日(日)22時31分51秒
  与党公明党はこの報道をどのような気持ちで見ているのでしょう?

http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1061927148.html

 

天然水さんへ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年10月23日(日)22時25分47秒
  「ただ心こそ大切なれ」(1192p)
ゾーン幹部にダメ出しされたとしても、みんなで作る部活の場でゴミ拾いの案が
出たということが大切なのです。皆で共有したその心こそが天然水さんの一生の
宝となって今も輝いているのです。

幹部の横暴も、公明党の変節も、おかしなことはおかしいと疑問を持ち続けたから
長いものに巻かれずに自立した信心を今日ここまで貫いてこれたじゃないですか。
こんな素晴らしいことはありません。
ルネサンスの精神が今も天然水さんに息づいているんです。
 

英国、EU離脱に関する連載

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月23日(日)22時20分32秒
  聖教日曜版に連載が続いていますが、世法の日刊紙ならいざ知らず、なぜ創価学会の機関紙たる聖教新聞が紙幅をわざわざ割かなければいけないのかが疑問ですね。内容も、世法の日刊紙の方が断然に濃い。  

本日の創価大学スクーリング写真の高齢者が多いことに残念!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)21時45分46秒
編集済
  お金有って、時間も有る高齢者ばかりが集う創価大学通信教育部であったなら、未来は絶望的ですよ。どうなってるの?

私の長男は、新聞奨学生やコンビニバイト、様々な苦労をして自活して通信教育部を卒業しています。その通教の実態もよく聞いています。青年部(大学を目指す者)が集う通信教育部に方向転換して下さい。そうしないと、余裕有る高齢者ばかりが集う創価大学通信教育部になってしまいます。うちの女房殿も通信教育部を出ているので、時代隔世の感があると言ってました。大学に行きたくても行けなかった者とか、高校出ていないけれども大学に行きたいと言う者のために通信教育部を創立者の池田先生が作って下さったと聞いていましたが(-_-)

既に大学も短大も出ているのに、再び通信教育部に在籍して勉強することに異議は有りません。しかし、この方々の中には、悪質な方も居り組織活動(特に現場家庭訪問などの地味な)を放り出す理由にしている方もいます(-_-)
 

現場組織は、会う事が基本です!!電話・メールしてどうするの?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)21時20分34秒
編集済
  ???一回でどうするの?何度でも、何回でもやるんですよ。そんな簡単に友情・信頼・安心・希望など築けません。何度でも何十回も無駄足踏みながら、やっと会えるんでしょ。
選挙じゃないんだから、地元組織は題目唱えて会って、青年セミナーのパンフレット持ってお誘いするのが基本でしょう。時間あれば『勤行してみましょうか?』とか信心の基本を踏襲するのが当たり前ではないですか?

一人で勤行できないとか題目唱えられないなどの悩みが結構現場では有ります。時間有るのであれば、家庭訪問して雑談でも題目唱えられないとか、話しを聞き出す事が基本ではないですかね。

活動家が、電話かけまくっても、顔も見えない状態で、あまり良い結果は出ないと思います。

今般のところは、何処の指導集から引用されましたでしょうか?

↓↓↓
 

わが友に贈る 2016年10月23日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年10月23日(日)21時17分33秒
  一本の電話。一回の対話。
その励ましの一言が
友情と信頼を深め
安心と希望を広げる。
勇気と声で心を結べ!
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月23日(日)20時01分32秒
  全集未収録の特別文化講座『創立者 ダンテを語る』を掲示します。

2008-4-23 創価学園 特別文化講座『創立者 ダンテを語る』①

徹してこそ才能は花開く
難解な書物にも挑戦した若きダンテ
良書との出会いが人生を変える

  一、若き日、私は、「四月」と題して、青春の躍動しゆく心を歌いました。

 四月 花は 咲き乱れぬ そして 風と共に 散りゆきぬ
  四月 若人の 心の花よ 咲き香れ 若人の 前進の歌も 舞いゆかん
 四月 青春の月 若人の月
 四月 青年の月 人生謳歌の月
 四月 ホイットマンも ゲーテも ミルトンも ダンテも
 みな 心より歌い 戦い 悩み 進みしは この四月
 ボンジョルノ!(イタリア語で、「こんにちは!」)
 新しい出発の月、4月に寄せて、創立者の私から皆さん方に真心からの贈り物があります。
 それは、皆さん方と語り合いたいと思って準備を進めてきた、第1回の創価学園「特別文化講座」の原稿です。
 本当は、ゆっくりと時間をとって、学園で講座を進めたいと願ってきたのですが、世界からの来客等が続いており、なかなか日程がとれません。
 そこで、新入生の皆さん方への歓迎の意義も込めて、発表させていただきます。
 第1回の「特別文化講座」のテーマに選んだのは、私が、皆さん方と同じ10代のころから愛読してきた、イタリアの大詩人ダンテ・アリギエリです。

 ● 真の幸福とは?
 一、わが創価学園は、昨秋で創立40周年──。
 これまで、私が妻とともに、来る日も来る日も、祈り続けてきたことがあります。
 それは、「わが学園生よ、一人ももれなく、幸福の人生を!」「正義の人生を!」、そして「勝利の人生を!」ということです。
 それでは、真の「幸福」とは、何か?
 真の「正義」とは、何か?
 そして、真の「勝利」とは、何か?
 ダンテの生涯と文学は、このことを問いかけている。人間にとって、一番大事なことを教えてくれています。
 その意味で、私は、ダンテを通して、皆さんに語りたい。
 また卒業した同窓生の方々はもちろん、ともに未来を生きゆく、すべての中学生、高校生の皆さん、さらに後継の使命も深き、すべての男女青年の皆さん方のために語り残しておきたいのです。
 さあ、新緑光るフィレンツェの公園のベンチに座って、滔々と流れるアルノ川を見つめながら、ゆったりと懇談するような気持ちで、この講座を進めていきましょう!
ダンテは自分に襲いかかった過酷な「運命」を人類のための「価値創造」に変えた人なのです

 ● トインビー博士が敬愛した作家
 一、かつて私は、20世紀を代表するイギリスの大歴史学者トインビー博士と、さまざまなことを語り合いました。
 2年越し、40時間にわたる対話です。
 「教育論」についても語り合いましたが、博士は、創価教育に対して、大きな期待を寄せてくださいました。
 そして、「文学論」がテーマになった折に、私が「好きな作家は誰ですか?」と尋ねると、トインビー博士が即座に名前を挙げられた人物がいます。
 その人こそ、ダンテでありました。
 それは、なぜでしょうか?
 ダンテが、自らの大きな苦難や不幸に断じて負けなかったからです。
 そして、その苦しみや悲しみを、世界の多くの人々の喜びや幸せへと転換していったからです。
 そうです。ダンテは、自分に襲いかかった過酷な「運命」を、人類のための「価値創造」、すなわち「創価」の「使命」へと変えた人なのです。

 ● 不屈の人の顔
 一、ダンテは、1265年の5月から6月ころ、イタリアの"花の都"フィレンツェの貧しい貴族の子弟として生まれました。
 家が貧しいということは、少しも恥ずかしいことではない。むしろ、恵まれない環境の中から、偉大な力ある人間が育っていくものです。
 ダンテが誕生した家は、復元されて、今に伝えられております。
 私も、27年前(1981年)の陽光まばゆい6月、その生家を青年たちと一緒に訪れました。
 石造りで、繁華街の一角にひっそりと立っていました。外壁には、厳しい表情を浮かべたダンテの胸像が埋め込まれております。
 ダンテの顔は、「終生不屈の闘争をなせる人の顔」(カーライル著老田三郎訳『英雄崇拝諭』岩波文庫)と言われます。
 人生は、すべて戦いです。なかんずく、正しい人生であればあるほど、激しい戦いの連続である。その使命の闘争を、最後の最後まで貫けるかどうか。ここに、人間としての勝負がある。
 わが創価学園の「学園魂」とは、不屈の「負けじ魂」です。
 皆さん方の先輩も、この負けじ魂で、戦い、勝ち抜いています。
 私は、ダンテも歩んだであろう、フィレンツェの細い路地の石畳を踏みしめながら、イタリアの青年たちとともに、大詩人の激闘の導き生涯に思いをはせました。

 学園の 負けじ魂 一生涯  無数の花びら 君の生命に

 ● 伊(イタリー)で『神曲』の朗読会に喝采
 一、フィレンツェには、創価の友が喜々として集い合う、歴史と文化薫る「イタリア文化会館」があります。私も訪れました。国の重要文化財にも指定されている良緒ある建物です。
 ここには、1865年の"ダンテ生誕600年祭"に、フィレンツェ市庁舎に掲げられた「各都市の紋章」の記録をはじめ、600年祭に関する貴重な費料が保管されています。

 一、フィレンツェのあるレストランで、友人たちと語り合った時のことです。その建物の壁を指さして、「ここにもダンテの『神曲』の一節が刻まれています」と友が教えてくれました。
 ダンテが残した希望の言葉、鋭い警世の言々句々は、時代を超えて、今でも人々を照らしています。
 とりわけ、最近、「ダンテ・ブーム」ともいえる現象が、イタリアで起きているようです。有名な俳優が連続して開催した『神曲』の朗読会には、毎回、5000人もの聴衆が集まりました。
 この模様は国営テレビでも放映され、イタリアの総人口約5900万人のうち、実に1000万人以上が見たといいますから、すごいことです。
 さらに『神曲』の朗読を収めたDVDも、新たに制作されたそうです。
 約750年前の人物の作品に、21世紀を生きる人々が喝采を送る。
 ダンテの作品には、現代が渇望する深い精神性とメッセージが込められているのです。

一筋のこの道を進もう
正しし人生を!!負けない青春を!
 愛する人を失いダンテは悩んだ

 ● 皆さんの勝利が父母の勝利に
 一、それでは、ダンテが直面した苦難について、具体的に考えていきたいと思います。
 ダンテは、少年時代に、最愛の存在を相次いで失うという深い悲しみを経験しています。
 ダンテがまだ5歳のころに、母が亡くなりました。さらに、母親の代わりに自分を育ててくれた祖母も、そして父まで失ったのです。
 また、理想の女性として慕っていた、ベアトリーチェも20代の若さで世を去りました。
 若き日から試練多き人生を生き抜いたダンテら偉人の姿を通して、文豪ヴィクトル・ユゴーは明言しております。
 「大きな樅は、唯だ嵐の強い場所にばかり成長する」(榎本秋村訳『ユウゴオ論説集』春秋社書店)
 その通りです。嵐を勝ち越えてこそ、大樹と育つことができる。これが万物を貫く法則です。

 一、わが学園生にも、最愛の父や母を亡くした人がいます。
 私も、そうした学園生に出会うたび、全力で励まし、ご両親に代わって見守り続けています。
 8年前、卒業を間近に控えた関西創価学園の友と兵庫でお会いしました。
 私は、「お父さんがいない人?」、そして、「お母さんが亡くなった人?」と尋ねました。
 手を挙げた人に、妻が用意した“お菓子のレイ(首飾り)”を差し上げました。
 その時、2度とも手を挙げた高校3年の女子生徒がいました。彼女は、中学2年の時に、お父さんもお母さんも交通事故で失っていたのです。私もよく知っている、素晴らしいご両親でした。
 二つのレイを首に掛けて、美しい笑顔の乙女。ともに卒業していく同級生たちから、大きな大きな拍手が沸きました。すべてを分かり合っている同級生たちは皆、彼女の“心の応援団”です。
 彼女は、ポケットに両親の写真を入れて、学園生活を頑張りました。おばあちゃんが懸命に面倒をみてくれました。
 彼女のお姉さんと妹さんも、関西創価学園生です。3姉妹とも、立派な後継の人材として、後撃たちの希望の太陽となって、使命の道を歩んでいます。
 私は本当にうれしい。
 「最も深い悲しみ」を乗り越えた人は、若くして「最も深い哲学」をつかんだ人です。
 生命の尊さを知り、人生の意義を思索し、人の心を思いやれる、優しく、深く、そして強い人間に成長できる。
 目には見えなくとも、生命は、生死を超えて結ばれております。亡きお父さんや、お母さんは、わが生命に生きている。一体不二である。
 それを自覚すれば、何倍も大きく豊かな力を出して、この人生を生き抜いていくことができる。
 そして皆さん方が勝つことが、お父さん、お母さんの勝利です。
 皆さん方が幸福になることが、父母の幸福であり、栄光なのです。
 ダンテも、悲観や感傷などに決して負けませんでした。
 すべてをバネにして、雄々しく勉学に挑戦し、何ものにも揺るがぬ自分自身を築き上げていったのです。

 学園は  意義ある青春  親孝行

 ● 朝、早く起きるのも戦いだ
 一、ちょうど30年前の昭和53年(1978年)4月、私は、関西創価学園の友に、「この道」の詩を贈りました。
 関西創価学園に向かう「一本の道」。
 四季折々に美しく、田園が広がり、葡萄や梨が実る、豊かな自然の中の通学路。
 そこを、はつらつと登校してくる学園生の姿を見て綴った詩でした。



 この道よ この一筋の この道 ああ 交野の路よ

 君よ 昇りゆく 朝日につつまれて
 いついつも あゆみし この道を 忘れまじ

 青春の あの日 この日を
 乙女の語らいし ああ 交野の路

 この時、私は、6期生として入学したばかりの学園生に語りました。
 「今なすべきことは、一生懸命学園生として勉強することです」
 「一番大事な人生の総仕上げの時に勝てる基盤を、今、作っているのです」と。
 そして午後には、自転車に乗って、この一本道を皆で散策しました。
 春光の降り注ぐ中、帰宅途中の学園生と楽しく語り合ったことは忘れ得ぬ思い出です。
 多くの卒業生が、この「一筋の道」を立派に歩み通し、「正しい人生」を、「負けない青春」を朗らかに生き抜いています。
 皆さんも堂々と続いていっていただきたい。
 もちろん、楽しい時ばかりではないでしょう。学校に行くのがつらい時も、あるかもしれない。苦しくて、泣きたくて、道を行く足が、鉛のように感じられる時だって、あるかもしれない。
 また、毎日1時間、2時間と、長い道のりを通学している人もいる。本当に大変だ。
 しかし、朝、早く起きるのも戦いです。雨や雪の中、学校に通うのも戦いです。
 一つ一つが、価値ある人生、勝利の人生を築くための挑戦なのです。
 自ら誓った「使命の道」「勉学の道」。友と励まし進む「友情の道」。この道を歩み抜いていく人は幸福です。
 〈「この道」の詩は、創立者が2000年に、2番、3番を詠み贈った。この折、1番の「乙女の語らいし」が「わが友と語らいし」に改められた〉

 ● 古典は人類の宝
 一、ダンテは振り返っています。
 「私は幼少時代よりして真理に対する愛に絶えず養われた」(中山昌樹訳『ダンテ全集第7巻』日本図書センター。現代表記に改めた)
 真理を求めて、学びに学び抜いてきた誇りが伝わってきます。
 その向学と探究の精神は、学園の校訓の第1項目、すなわち「真理を求め、価値を創造する、英知と情熱の人たれ」にも通じます。
 では、ダンテの青春と学問は、どのようなものであったのでしょうか。
 当時は、今のような印刷機がなかったため、書物は極めて貴重なものでした。一冊一冊、人間が手で書き写したのです。紙も非常に高価なものであった。
 本一冊を買うために、葡萄畑を売ったという話さえあります。
 本は、「宝」です。古典の名作は、人類が力を合わせて護り伝えてきた「財宝」なのです。
 皆さんは、低俗な悪書など断じて退けて、優れた古典を読んでもらいたい。
 本を読み抜くことが、すべての学問の土台です。若きダンテは、徹して「良書」に挑戦します。
 何ごとであれ、「徹する」ということが、人間として一番強い。勉強でも、スポーツでも、芸術でも、徹し抜いてこそ、才能は花開くのです。

 ● 初めは難解でも
 一、とりわけ、ダンテは「死」という人生の根本問題に直面した青年時代、哲学書を読むことに没頭しました。
 なぜ、人は苦しみ、悩み、そして死ぬのか。
 何のために、人は生きるのか。
 この人生を、どう生きれはよいのか──。
 人間の根幹となる問いかけを持ち、その答えを、人類の「精神の遺産」である哲学や文学に求めていったのです。
 ダンテ青年は、“古代ローマの光り輝く英知”である、大詩人ウェルギリウス、雄弁家として名高い哲学者キケロ、政治指導者で哲学者のボエティウスなどの名作を、次々と読破していったといわれています。
 なかでも、ウェルギリウスの詩集について、ダンテは後に『神曲』で、感謝を込めて綴っています。
 「長い間ひたすら深い愛情をかたむけて/あなたの詩集をひもといた」「私がほまれとする美しい文体は/余人ならぬあなたから学ばせていただきました」(平川弘訳、河出書房新社)
 一冊の良書との出あいは、人生を大きく開く力があるのです。
 とはいえ、秀才ダンテといえども、最初から、すべてを簡単に理解できたわけではなかった。
 ダンテは、キケロやボエティウスの著作を読んだ時、初めは意味を理解することが難しかったと正直に述べています。
 真剣に学んでいる人は、知ったかぶりはしない。謙虚です。誠実です。そして、知らないこと、分からないことを、貪欲なまでに探究し、理解し、吸収して、自分の心の世界を広げていこうとするのです。
 私が対談してきた知性の方々も、皆、そうでした。
 一、思えば、私も10代のころに、ダンテの傑作『神曲』を読んだが、本当に難しかった。とくに当時は、翻訳の文体も難解でした。
 しかし、何としても理解したいと、何度も何度も読み返した。そうやって、最高峰の文学を自分の血肉としてきました。
 あの残酷な太平洋戦争が終わった翌月、私は向学心に燃えて、夜間の学校(東洋商業)に通い、学び始めました。
 たしか、そのころの教材にも、ダンテの『神曲』が綴られていました。

 若き日に 難解の神曲  あこがれて 読みたる努力が 桂冠詩人に

 どうか、わが学園生は、人類の英知が結晶した「良書」に挑んで、壮大な心の旅を繰り広げながら、旭日のごとく冴えわたる頭脳を磨き上げていってください。


最先端のボローニャ大学で学んだダンテ
わが頭脳は宇宙大
「努力! 努力!!」で限界を破れ

 学園生  世界に雄飛を  君と僕

  一、トインビー博士は歴史の現場に立つことを心がけ、世界中を旅されました。私は、その博士に「最も理想的な都市」を尋ねてみました。
 博士の答えは、イタリアの学都「ボローニャ」でした。
 ボローニャ市は、中世の面影を残す、落ち着いた学園都市です。
 現在も、人口約40万人のうち、10万人が学生といいます。ここが、ダンテの向学の青春の舞台となりました。


 ● 「あと5分」「あと10分」の挑戦を
 一、ダンテは、労苦を惜しまず、学びました。
 「われ若し片足を墓に入れをるとも、われは学ばんことを欲するだろう」(中山昌樹訳『ダンテ全集第9巻』日本図書センター。現代表記に改めた)
 この古代ローマの哲人の言葉を、ダンテは著作に書き留めています。
 大事なことは、どこまでも粘り強く、「努力! 努力!」で、自身の限界を一つ一つ打ち破っていくことです。
 「疲れた! もうやめよう」──そう思ってから、「あと5分」「あと10分」勉強を頑張れるか。「あと1ページ」教科書に挑めるか。
 こうした毎日の挑戦の繰り返しが、大きな力となっていくのです。

 一、「学ばずは卑し」
 「学は光、無学は闇」
 「英知をみがくは 何のため」
 これが、「創価教育の父」牧口常三郎先生から一貫して流れ通う、創価の探究の精神です。
 ダンテは勇んで学ぼうと、20歳のころから約2年間、ボローニャ大学で勉学に励みました。
 ボローニャ大学の創立は、1088年と伝えられている。実に、920年の伝統です。誉れ高き世界最古の総合大学であり、「母なる大学」と讃えられております。
 ダンテが活躍した13世紀には、すでに最先端の学問が脈動する「英知の城」として発展を遂げていたのです。

 ● ここにも友が!
 一、1994年の6月、私は、皆さん方の創立者として、このボローニャ大学から、名誉博士号をお受けしました。
 そして、400年の歴史を湛えた大講堂で「レオナルドの眼と人類の議会──国連の未来についての考察」と題して、記念の講演を行いました。
 〈創立者が、これまでに受章した世界の大学・研究機開からの名誉学術称号は「234」。海外の大学・学術機関での講演は32回を数える〉
 ここイタリアの天地でも、学園1期の先輩をはじめ、懐かしい創価同窓生が頑張ってくれていました。
 当時、ボローニャ大学には、東京校15期の友が留学していました。
 彼は創価大学時代に、イタリア政府の国費留学を勝ち取り、私の大学講演にも駆けつけてくれました。
 わが学園生とともに、私は「世界一」の大学で講演に臨んだのです。
 東京創価小学校出身で創価女子短期大学6期の友は、ミラノ大学法学部に入学。苦闘を経て、見事に大学を卒業。修士号も取得しました。
 芸術家を志していた関西校3期の友は、現在、新進気鋭の画家としてイタリアで活躍しています。
 しかし、順調に進んだ人なんて、一人もいません。皆、人知れぬ苦労を乗り越えて、自らの夢を実現してきたのです。
 お金もない中、アルバイトをしながら、勉強をやり抜いてきたのです。
 学園時代の「誓い」を果たすために!
 後に続く、後輩たちの道を開くために!
 今、全世界で、わが学園出身者が活躍する時代に入りました。創立者にとって、これほど、うれしいことはありません。
 ボローニャ大学の講演を、私はダンテの『神曲』の一節で結びました。
 「恐れるな」
 「安心するがよい。/私たちはだいぶ先まできたのだ、ひるまずに、/あらゆる勇気をふるい起こすのだ」(野上素一訳『筑摩世界文学大系11ダンテ』筑摩書房)

 ● この言葉を、すべての同窓の友に捧げたい。
 一、世界に開かれた創価大学は、ボローニャ大学とも教育交流を行っています。
 毎年、創大生がボローニャ大学に留学しています。ボローニャ大学から創大へお迎えした留学生も、創価学園を訪問し、友情を結んできました。
 ボローニャ大学には」ダンテの胸像が置かれていました。そこには、彼が学んだ「1287」という年が刻まれていたことも思い出されます。
 ダンテは、ここで、弁論術や哲学をはじめ、天文学や医学などの高度な科学知識を学んだとされます。
 その成果は、『神曲』にも存分に反映されています。
 『神曲』には、古代ギリシャ、古代ローマの名著、さらにアラビアから伝わった最新の自然科学などから学んだ、膨大で多様な知識が網羅されており、当時における「百科全書」とさえ言われているのです。

 ● 「慣性の法則」が『神曲』の中に
 一、わが東京校、わが関西校をともに訪問した、ブラジルを代表する天文学者モウラン博士と私との対談でも、二人に共通する若き日からの愛読書であった『神曲』が話題となりました。
 モウラン博士は語っておられました。
 「ダンテの『神曲』については、私自身、今も研究を続けています。
 『神曲』は、13世紀から14世紀のイタリアに豊富な天文学の知識があったことを示しています」
 幅の広い、そして奥の深いダンテの学識は、今なお多くの研究者から感嘆されております。
 3年ほど前にも、イタリアの研究者が、ダンテの先見性について、イギリスの科学誌「ネイチャー」に発表し、世界的に話題を呼びました。
 近代科学の父ガリレオ・ガリレイの約300年も前に、ダンテが力学の「慣性の法則」の基本原理を理解し、『神曲』に綴っていたというのです。
 それは『神曲』で、ダンテとその師匠が、怪物の背中に乗って空を飛ぶ場面です。
 そこでは、こう表現されています。

語学の翼で世界に羽ばたけ

 「彼(=怪物)はゆっくり泳ぎながら進み/廻転しながら降りて行ったが、下から私の顔に/吹きつける風によらねばそれを感じなかった」(前掲野上訳)
 怪物が一走の速度で飛んでいたために、顔に風が当たらなければ、自分が動いているのが分からなかった。ダンテは、そう記しているのだ──研究者は、こうとらえて、目を見張りました。
 「慣性の法則」によれば、動いている物体には、同じ速度で動き続けようとする性質があります。
 例えば、高速で飛ぶ飛行機の中で人間がジャンプしても、また同じ所に着地します。飛行機の中にいるとあまり感じませんが、人間も、飛行機と同じ猛スピードで動き続けているからです。
 この「慣性の法則」を、ガリレオが17世紀前半に発表する前に、ダンテが鋭い直観で把握し、描き出していたと指摘されているのです。

 一、ともあれ、若き皆さんは「学ぶことは青春の特権なり」と心を定めて、進取の気性で知識を吸収し、時代の最先端を進んでいぶてください。今は、あまり身近に感じられない勉強も、真剣に学んでおけば、絶対に無駄にはなりません。
 学んだ分だけ、皆さん方の脳という"宇宙"に、新しい"星"が誕生するようなものです。その積み重ねによって、頭脳は、壮麗な銀河の如く光を放ち始めるのです。
 わが学園生は、日本を代表して「国際化学オリンピック」「国際哲学オリンピアード」などにも出場し、世界最高峰の水準で探究を広げている。
 歴史を振り返ると、多くの独創的な発見が、若い、みずみずしい頭脳によって、成し遂げられてきました。
 皆さん方の頭脳こそ、未来の希望です。どうか、胸を張って、世界と対話しながら、人類の新しい知性と創造の道を切り開いていっていただきたいのです。
 名作『赤毛のアン』で知られるカナダの作家モンゴメリは、学び求める青春の息吹を、こう歌い上げております。
 「私の前には、これから出会い、学びゆく広大な世界が広がっているのだ。
 そう気づいた時、私は歓喜に震えた。未来は私のものだ」

②に続く
 

11月18日創価学会創立記念日本部幹部会開催!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)19時23分48秒
  11月10日から本幹再放と言う事で、本日昼間の座談会で発表がありました。めでたし、めでたし\(^o^)/

と言う事は、11月初旬には何処かで開催ですね。シン・ご本尊様発表は、やっぱし、その後の11・17クーデター記念日辺りに、コッソリやるのでしようかね?

来月は、落胆するようなヘンテコな式次第ではなく、また後付け弁解するような聖教掲載にならないよう、創価村貴族社会面々の方々、宜しくご配慮方々、謹んでお願い申し上げ奉ります。

こんな感じで、当板の品位ある言論の場を汚すことの無いよう、私も反板様方々にご配慮申し上げて、憶測・妄想の類いも大いに盛り上げながら、便所の落書きと便所虫様の認定に基づき、どんどんと投稿させて頂きます。

なんと言っても、これはネット社会の掲示板ですね。ご理解・ご協力、そしてすぐに本気になって、怒り狂ったような投稿を多重ハンドルネームで投稿抗議は、されませんようお願い致します。

学会活動の主戦場は、現場組織です。私は、無冠様のスピーチ投稿のみを現場組織にて役立たせて頂いております。後は参照程度です。
 

歴代会長の御指導を歴史的に相対化する...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月23日(日)18時31分41秒
  日寛教学を基礎に置くべし、とした戸田城聖2代会長、それを継承した3代会長、池田大作先生の教えを歴史的な制約下にある産物として相対化する試みが聖教関係で進められていると聞きます。文底秘沈の三重秘伝も"去年の暦"として葬り去られるのかもしれません。ことほど左様に教学は過渡期、転換期にあるようです。われわれは風見鶏の信心、長いモノに巻かれる信心で、賢明に対処をしていきましょう。
 

折伏のエピソード

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月23日(日)15時55分57秒
  平成14年3月1日

香里園常勝圏の副圏長・宮武さんは、枚方市の
工業団地の理事長をしておられます。
この度、同じ工業団地で社長をしている
向井さんを2月3日、折伏されました。

向井さんは、北大阪商工会議所の常任議員や
枚方市工業会の会長を歴任された名士です。
向井さんとは、同じ工業団地で30年来の付き合い。

今まで仏法対話をしても「学会は大嫌い」と
まったく話にならず。カチカチの自民
党の支援者でした。数年前、本人が病気をされ、
専務の横領も分かり、会社が傾いてき
たのです。

75歳で跡取りもいず、会社を再建しようと
思っても、気力が衰えておられた。
宮武さんは、何度も何度も、会社を訪れては、
聖教の切り抜きなどを渡して対話。座談会にも
出席してもらったが、入会するとなると二の足を
踏む状態が続いていた。

本年に入って、何としても折伏をと思い、1月の
本部幹部会同中に誘ったところ、素直に参加された。
そのなかで、池田先生の話に大感激。
「池田先生は、本当にすごい人や」

「元気がなくてはいけない。気力、忍耐がないと
いけない」と言う話に、「本当に元気さが大切や
と気づかされた」と。また、池田先生の一言一言を
真剣に聞き入る若い人達。

「先生が、男子部頼むよ」と言われると、間髪入れずに、
青年が返事をし、手を挙げる。「世間では、あのように
通じない。青年の顔が輝いている。規律がいい」と
感想を語り、入会を決意された。

また、寝屋川文化会館に参加していた学会員の姿にも感動。
「子供や若い人からお年寄りまで、みんなが一体となって
いる。すごいことだ」「会合の途中で、前へ詰めて
くださいと役員から言われて、皆さんがいやな顔一つせず、
前へ詰められる。

今まで、色んな集まりをやり、見てきたが、こんな世界は
ない」などなど、一つ一つが新鮮な驚きだったようです。
1月19日のセミナーには、「俺が信心するから、お前も
信心しろ」と友人を誘って参加されました。

さらに、1月31日の新会員の集いにも、友人を連れて参加。
そして、2月3日の御本尊授与の前に、謗法払いをすること
になり、宮武さんが「私がお手伝いしましょうか」と言うと、
「いいや、大丈夫」と向井さんは自信たっぷり。

向井さんは枚方市の古くからの地域の名士で、浄土宗でした。
謗法払いをどうするかと聞くと、坊主を呼んで“性根抜き”
をやってもらうという。

坊主に来てもらったら元に戻ってしまうのでは、と宮武
さんは気が気でなかったが、向井さんが大丈夫と太鼓判
を押すので、任せるしかなかった。

当日、午後3時の授与に向井さんが来るのか心配だったが、
向井さんは喜び勇んで参加。本部幹部会の同中を聞いて、
さらに池田先生への思いを深くされた。

謗法払いの話を聞くと、坊主に本尊の“性根抜き”を
やってもらい、仏壇は業者を呼んで持って帰ってもらった
とのこと。御本尊授与式では、向井さんが突然立って、
自分がどうして入会にいたったか、そしてこれから勇気を
もって頑張っていくことを5分間に渡って決意発表され、

参加していた地区の人もびっくり。導師も「こんな人は
はじめて」と驚いていた。
そして、数多くの地区の人が「向井さん、おめでとう」と
声を掛けてくれる。向井さんは、「はじめてあった人に
こうして温かい声を掛けてくれる学会はすごい。

自分が苦境にあったとき、世間は声もかけてくれず冷た
かった。学会は本当に温かいところだ」と感激されていた。
 

一会員投稿への考え

 投稿者:波乗  投稿日:2016年10月23日(日)15時27分24秒
編集済
  まず始めに54年度問題を総括する場をお借りして意見を述べることをお許し下さい。

私は、いつもこの掲示板を見て学ばせていただいているそれこそ一会員です。

「日本宗教学会 第74回学術大会」での宮田教授の公演をYouTubeで聞き
今まで教わってきた教学とあまりにかけ離れていると言うか、
まったくもって日蓮仏法がわかっていないと思い、
非常に不快な思いと腹立たしさを感じていました。

しかし、どうすることも出来ない自分がいて、もどかしさと腹立たしさが膨らむ中
先日この掲示板で須田論文の事を知り読まさせて頂きました。
自分では書きたくても書けない、訴えたくても術がない中、
何度も読みましたが、思っていた以上の内容に
命の底からすがすがしさを感じました。

そんな中、「一会員」の掲示板を読み
文面は謙虚なようですが、傲慢さが溢れていて、私以上の教学力を持っている者は、いない位の
会員を馬鹿にしているようにしかとれない内容に唖然としました。
しかし、この掲示板を使って議論しようなんて一会員さん卑怯です、
須田氏のように、実名でそれこそホームページでも立ち上げて議論を挑むべきです。

あの講演を聞いた時と、一会員の文章を読んだ時と同じ不快感を感じます。
もしかして宮田教授本人ではないかと思うくらいです。

私は創価学会のおかげで人生を蘇生させて頂き、
それには正しい教学と、実践があったからこそと思います、
今までの教学がもし間違っていたなら、沢山の方の体験実証は無いと考えます。

戸田先生が仰った「教学は、日寛上人の時代に帰れ」と言われ
三代会長より教わり続けてきた日寛教学をなきものにしようとする
それこそ、魔そのものだと断言できます。

最後に、宮田教授を学会の教学室アドバイザーから早く外すべきですし、
このままではアドバイザーに任命した執行部の責任が問われて当然と思います。

お邪魔しました、失礼致します。
 

【魔女狩りパートⅡ】池田先生指導①

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月23日(日)14時55分26秒
  【投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月24日(金)20時07分23秒】

「知は力」である。ゆえにきょうも少々、語っておきたい。
仏のことを「覚者」という。「目覚めたる人」という意味である。
ここに象徴されるように、仏教は人間を賢明にし、知恵者とすることをめざしている。

世界には、人間を盲目にし、無知にとどめ、権威の奴隷にしようとする宗教もある。
しかし、仏教は根本的に異なっている。
なかでも日蓮大聖人の仏法は、一切の民衆に成仏、すなわち「目覚めたる人」となる方途を教えられた大法である。

私どもは、こうした仏教本来の精神を実践し、世界に示していかねばならない。
大聖人の仏法を根本に、歴史をはじめ、さまざまなことを学びつつ、「世界広宣流布」への間違いない軌道をたしかにつくっていく必要がある。

私が今、渾身のスピーチを続けている重要な理由もそこにある。
さて先日、「魔女狩り」について、お話しした(一月十六日、海外派遣メンバー研修会)。
その内容を聞かれたアメリカのある新聞記者から、リポートが寄せられた。

また、多くの方からも、もっと話を聞きたいという要望があった。
そこでそのリポートもまじえつつ、「魔女狩り」の歴史的背景などについて、重ねて語っておきたい。

「魔女狩り」は、いわゆる「異端裁判」が発展し、庶民の上にまで拡大されたものである。
カトリック教会の権力が繁栄の頂点を迎えた中世末期。
それは、聖職者たちが堕落のどん底に落ちた時代でもあった。

免罪符(これを得れば《罪》は許されると説いた)を買うよう宣伝しては、儲けた。
つまり、救済も、金銭で取引されるようになった。

また聖職者の地位も売買された。経済力が教会内の高位を約束した。
ますます金が必要になってきた。悪循環である。

聖職者たちの生活も乱脈を極めた。
結婚が許されていないのは表向きのことで、子どもがいたり、愛人を何人も持っていたり、買春的行為も常識になっていた。

【海外・国際部代表研修 平成三年一月十八日(全集七十六巻)】

http://sgi-shiteifuni.com/?p=3022

 

師弟不二アーカイブより 【盲従と無知  池田先生指導】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月23日(日)14時51分58秒
  【投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月26日(日)08時55分45秒】

自由は幸福である。自由なくして幸福はない。
仏法は幸福をもたらす法である。
ゆえに自由の敵は、幸福の敵であり、仏法の敵である。

宗教は人間のためにある。
人間が宗教のためにあるのではない。
ゆえに「宗教の指導者」とは、《人間のために奉仕する人》の別名である。

ところが、あまりにも多くの場合、宗教の指導者、なかんずく聖職者は、《人間のために奉仕する》どころか、《自分のために人間を奉仕させる》転倒を繰り返してきた。

宗教は本来、人間を内側から解放するものである。
しかし、宗教が硬直化した権威になり、形骸化するとき、宗教は、外側から人間を縛り、搾取するものへと一変する。

・・・

民衆の「理知」を抑えつけ、「文化」を嫌い、ただ従え、従わないものは罪人だ、と宗教が強調するとき――その裏には、何らかの意図があることが歴史の常であった。

ゆえに、私はそうした悲劇をいかなる意味でも起こさぬために「英知を磨け」と叫ぶ。訴えに訴える。

【各部代表研修会 平成三年一月十九日(全集七十六巻)】

詳細は・・・ http://sgi-shiteifuni.com/?p=3063
 

思ったんだけどね。。。

 投稿者:天然水  投稿日:2016年10月23日(日)14時33分59秒
  ご無沙汰しております
平成3、4、5年頃の活動って男子部では
大学校運動が盛んで会友を作っていってたような気がします。
その頃に、本尊流布できた事があるので覚えています。

んで。。。
毎週の部活の中で日曜日の朝
地域の駅前のゴミ拾いをしよう。って案が出たんですが
ゾーン幹部から、ダメ出しが出て実現しませんでした。
その頃からですよね学会活動って幹部の許可なしに行えないのか?
と、疑問点が出て来てなんだかなぁ。。。って思いをしてきたのは

PKO法案賛成にまわった公明党の後だしジャンケン的な言い訳を聞きに
平日だってのに総県男子部幹部会なんて急遽ひらかれ仕事をなんとかやりきり
車で90分もかけて参加したのも思い出されます。
あれ?こないだまで仏敵 自民党と呼んでたんぢゃね?
そこと手を繋ぐの?って
まぁ。。。その頃から公明党もブレまくっていたわけですねw( ̄▽ ̄;)
 

池田先生の思想と日蓮本仏論③

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年10月23日(日)13時55分51秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

昨日、書き込みしました「池田先生の思想と日蓮本仏論②」についてたくさんの意見をいただきありがとうございます。

まとめ
①池田先生は「日寛上人の教学を元」に「現代的に日蓮本仏論」を「流布」した。

②池田先生の弟子であるならば、日蓮本仏論に異論はない。

以上に尽きます。

さて、「創価大学の教授」と言う「特別な立場」で日蓮本仏論に異論を述べている学者がいます。

「宮田幸一教授」

です。

宮田幸一教授は「創価大学」で開催されました、日本宗教学会 第74回学術大会」2015年9月5日において、日蓮本仏論に否定的な発表をしています。

宮田幸一教授が「学術者」の立場から自由に発言することに異論はありませんが、「一般の創価学会員」にとって「創価大学の教授」とは「池田先生の思想を実践」している「立場」であると広く認識されています。

一般の創価学会員さんが「不信」になる「発表」をするのであれば「最大の配慮」が必要です。
しかし宮田幸一教授は「配慮」に欠けていました。
これが私が宮田幸一教授を「魔」であると叱責する理由です。

そしてもう1つ大きな問題があります。それは この学術大会に原田会長と谷川主任副会長が出席していました。

「出席」=「同座」

原田会長と谷川主任副会長が、宮田幸一教授の「日蓮本仏論否定の発表」に出席していたのですから、一般の創価学会員は宮田幸一教授の日蓮本仏論否定の発表を会長と主任副会長が「追認」していると思う方も出てきます。

これが一番の「悪」であり「魔」であります。

池田先生が日蓮本仏論を流布しているにもかかわらず、原田会長と谷川主任副会長が、日蓮本仏論を否定する発表の場に出席している。

これは「注意不足」でしょうか?

私はそう思いません。

創価学会の会長は人類の幸福の責任を持っているのです。
主任副会長は会長の代行となる重責です。
原田会長にはその「資質」がない証拠です。
谷川主任副会長にも「資質」がない証拠となりました。

仏法の眼から見れば原田会長と谷川主任副会長は「外道」であり「天魔」であります。

池田先生の日蓮本仏論を否定する場にいて、反論する訳でもなくそこにいる原田会長と谷川主任副会長は「外道」です。
戸田先生の佐渡御書講義にある通り、「外道」がいよいよ「創価学会の中枢」に入った「証拠」です。

私は池田先生に「原田会長」と「谷川主任副会長」は「外道」であり「天魔」であると確信を持って報告できます。

皆さまは私の意見に賛成されますか?
反対されますか?
 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏・如来神力品

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月23日(日)12時21分15秒
  「法華経の智慧」から学ぶ・日蓮大聖人こそが末法の御本仏・従地涌出品
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58234 (1/3)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58235 (2/3)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58237 (3/3)

法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現・如来神力品
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58278 (1/12)

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http://6027.teacup.com/situation/bbs/58335 (4/12)

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http://6027.teacup.com/situation/bbs/58573 (まとめ)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58574
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58575
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http://6027.teacup.com/situation/bbs/58641


Cleasky + 正義の師子同盟


 

辛言苦言

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年10月23日(日)12時16分27秒
  おかげさまで医師の診断ではインフルエンザの兆候は見られず、ただの風邪のようでした。
一時は40度近かった熱も下がり、喉の調子がまだ良くないですが順調に快方に向かっております。
今朝の聖教代配も無事終えることが出来ました。

・理由を明示しないものの地元組織に無視されていると自ら公言するような御仁が
 「会おう、会おう」と所構わず押しかけて行っても先方が迷惑なだけだと思うが・・・?
 しかしまあ投稿文を見るに、他人に放った一言一句がこれほど見事にブーメラン返しになる人も珍しい。

・現場学会員の生活実感から遊離した教学談義は、時機に応じたものでなければ百害あって一利なし。

------------------  --------------------  ----------------------

一会員さま、遅ればせながら。。。

 ≫男子部時代は総県幹部、方面幹部としても戦わせて頂いた。≪

・・・これ要りません。貴殿の男子部役職などどうでもいいことです。
  過去に自分がいかに重用された存在か、、、知らず知らずのうちに自己宣揚の生命が出てしまっています。

信じられないかも知れませんが、貴殿が先日提起なされたような日蓮本仏論の正否や日寛教学の妥当性(本因妙抄創作説も含めて)も、小生の数日前の投稿に叙述されている通り、
すでに二十数年前の創価ルネサンス期、全国其処彼処の男子部や学生部の部活または御書学習会の場で議論の俎上に乗っていた案件です。
仕事を終え、あるいは学業やバイトを終え三々五々、拠点に集って御書を拝し日顕宗の邪義破折を研鑽する中で、各々が腹蔵なく議論を戦わせた内容の一環としてあった事です。
大事なのはまずそのように、六畳一間しかないような拠点に五人十人の若者がひしめき合いながらタブーを作らない言論空間を設定し、自由闊達な議論を展開する気風を育むこと。
そこを立脚点として、すべての学会員に納得がいくような本尊論を核とした創価教学の再構成を慎重に時間をかけて、なおかつ民主的な手続きを踏まえて進めていく。
五年や十年そこらで結論ないしは一定の方向性が出るものではない。五十年、百年、もしくは二百年、三百年と議論を積み重ねる必要があると肝に銘じて、今はその土壌づくりに勤しむ時だ--。
信濃町官僚の公式見解に全く左右されないところで、上意下達の無機質性から脱却できた現場の多くではそのようなロードマップが四半世紀近い昔に出来上がっていたのです。

ですから一会員さんにせよ、先だっての己心の認定本尊さんにせよ、問題提起をして議論を喚起されることはとても良いことでしょう。
当掲示板の本旨から決して外れる内容ではないと小生は考えます。
ただしその上で、先にあげた歴史的経緯を踏まえて当然のことながら短兵急に結論が導き出されるものでもなく、おそらくは一会員さんの目の黒いうちにでもそれが期待できる種類の議題ではないとご承知なさったほうが良いでしょう。

端から見ると無視・黙殺されているとお思いかも知れませんが、当板では他に今もっと優先的に議論を進めていくべき課題が多々ありますので。。。

いずれにせよ、小生を含め人生の折り返し点を回った四十代後半以降の学会員は、
平成3年、4年、5年・・・どこにいて、何をしていたか? 何を見て何を感じ、どのような行動を起こしていったかを、
今一度、自身を振り返り見て、心のロードマップを再確認する必要があろうかと思います。

原田執行部ならびに宮田教授が無自覚であれやってしまったことは、創価ルネサンスの全否定、その歴史そのものの抹殺だったのです。
小生が一番許せないのはその事です。
結局、彼らは「六畳一間の拠点で自由闊達な議論を展開する」若者たちの視座を持ち得なかった。その場に立ち会う機会がなかったのでしょう。

最後に、「花野充道」なる人物の論文を参考文献としてご提示なされていますが、、、
あまりくどくど書くと貴殿への人格攻撃になりますのでなるべく控えますが、ご所論を構成されるにあたって花野が依拠するに値する論を持つ御仁だと本気でお考えでしょうか?
この稀代の変節漢にして紊乱者の来歴を知ったうえでその持説を援用しているのだとすれば、失礼ながら一会員さんの人間性までもが疑念を持たれかねない事柄です。

相当な博識ではありましょうが正信会や法華講などと正面から渡り合った経験はないようにお見受けします。
言葉が過ぎるかもしれませんが、どうやら基本ひとりで本ばかり読んでいる精神生活を送ってこられたものと推察されます。

私たちが真に憂慮しなければならないのは、創価学会員ならびに幹部たちのどうしようもない教学力の低下・・・の前に、
学会員個々の時代状況への洞察力の欠如、そして信仰の内実を伴わない「机上の教学」に耽って今この時代に生きる人々の暮らしの現場から物を考えられない幹部の陶冶されざる人格なのです。
 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人こそが御本仏

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月23日(日)12時15分15秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/57980 (11/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57981 (12/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57982 (13/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57983 (14/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57986 (15/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58034 (16/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58035 (17/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58036 (18/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58037 (19/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58039 (20/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58040 最後に
 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人こそが御本仏

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月23日(日)12時14分23秒
  「法華経の智慧」から学ぶ「永遠の法」と「永遠の仏」・寿量品

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57899 学ぶにあたって(1)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57900        (2)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57901 (1/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57902 (2/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57903 (3/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57906 (4/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57907 (5/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57908 (6/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57935 (7/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57936 (8/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57937 (9/20)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57938 (10/20)
 

「法華経の智慧」に学ぶ・・終わりに

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月23日(日)12時12分19秒
  この「法華経の智慧から」の章には「十界本有」「久遠元初」「上行菩薩」等の難しそうな仏法用語が使われてい

る。また、「釈尊の悟り」や「事の一念三千」など、「法華経の智慧」ならではの本源の考え方が展開されている。

ともすると、手に取るのが躊躇されるのも当然かもしれない。

しかし、先生はこれらを「順を追って考えてみよう」「順序立てて考えていこう」と各概念を幾つかの要素に分解

し、対談形式で解説を加えながら、精緻に法理を説明されている。原書を読むと、<なるほど、そういうことだった

のか>と膝を打つこと請け合いである。

本資料における本章の要点を記すと、<釈尊の悟りの本質は『永遠の法』と『永遠の仏』であり、釈尊や三世諸仏も

この二つをその身に体現することで仏となった。滅後も同じくせよ><滅後の小乗経の諦めや大乗経の神格化された

仏による救済等の失敗を踏まえて、大聖人は『御本尊』を顕された><『久遠元初』とは『南無妙法蓮華経』の異名

であり、宇宙生命そのもの。南無妙法蓮華経と唱える我が身に久遠元初の仏の生命を涌現させる所縁が御本尊><久

遠以来、日蓮大聖人が南無妙法蓮華経の本法を所持。故に、日蓮大聖人が『本因妙の教主』『末法の御本仏』>と考

える。

「法華経の智慧」は幾つかの言語でも出版されており、日本だけでなく海外のメンバーにも有益な研鑽教材だと思

う。本章は「御本尊観」「大聖人観」にフォーカスしているが、本来は「信仰観」「善悪論」「組織論」「境涯論」

等、二十一世紀の仏法と社会を指向する内容だと思う。今回の内容を契機として、「法華経の智慧」全体を通して、

真の学会教学と師弟不二の学会精神を共々に研鑽していけると嬉しい。


Clearsky


生涯広布:この「法華経の智慧」に学ぶシリーズは、Clearskyさまが約5ヶ月に渡り、仕事が終わった夜半、
そして、各週末の休日を割いて(お盆休みも取らず)編集、作成された力作です。

今後これを各国語に訳され、全世界の共にも勉強の糧として・・
宿坊にお集りの方々は当然ですが・・反宿坊の方々も、しっかりと熟読されてください。
同じ、法華経を師匠を信じる者同士のはずです。
しかし、師匠の教学です。また、3代師匠の日蓮代聖人教学の集大成でもあります。
此処には異論はないでしょう。

日露戦争時の旅順攻略戦(203高地)、敵味方、休戦タイム。

互いに酒の交換等をし、互いに健闘をたたえた・(すこし、古いかな)

お互い頑張りましょう・・戦いは続きます・・しかし、勝利は我らの手に・・チョキ
 

「法華経の智慧」に学ぶ「御本尊」2/2

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月23日(日)11時50分8秒
  如来寿量品第十六から

「大聖人は、私たち末法の凡夫が、御本尊に 妙法を唱えることで、『常住此説法の仏』と一体 になれるようにしてく

ださった」 「人法一箇の御本尊です。“人”の側面は、久遠元初の自受用報身如来。“法”の側面は、事の 一念三千で

す。(略)御本尊を受持し、広宣流布に戦うことによって、私どもの生命に『常住此 説法の永遠の仏』が涌現」

「戸田先生は寿量品の『 是れより来、我常に此の娑婆世界に在って説法教化す』の経文につい て、 『大宇宙即御本

尊ということであり、南無妙法蓮華経の生命は、久遠以来、大宇宙ととも にあるということです』と言われていた」

• 随喜功徳品第十八から

「 『如来の滅後に』、衆生はどうすればいいか。釈尊を本尊にせよと法華経では 言っているの か。(略)そうではな

く、釈尊自身も仏になした“仏因”の法を本尊にせよというのが『 法華 経の心』です。結論すれば、人法一箇の御本尊

に『随順』していく信心が『随』であり、その功 徳が『随喜功徳』です」

• 如来神力品第二十一から

「本有常住であり、 『もとの儘』です。これを『 久遠』という。 『久遠』とは『南無妙法蓮華 経』のことです。御

本尊のことです。だから、御本尊を拝する、その瞬間瞬間が『久遠元初』で す」

• 観世音菩薩普門品第二十五から 「御本尊を持ったということは、全宇宙を持ったと同じです。宇宙の根源の力を得

たのです」

• 普賢菩薩勧発品第二十八から 「御本尊は、この御本仏の『日蓮が魂』をしたためられたのです。この大慈大悲が

『南無妙法蓮華経』という『久遠の大生命』の脈動なのです」


Clearsky
 

「法華経の智慧」に学ぶ「御本尊」1/2

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月23日(日)11時47分10秒
編集済
  法華経の智慧」から御本尊に関するを記述を幾つか掲げる。

方便品第二から「御本尊は、諸法実相の御本尊であり、一切衆生の諸法実相を映す“鏡”です」「この諸法実相の御本

尊に向かって唱える妙法の音声は、我が身の仏性を呼びます。呼ばれた仏性は、外に顕れようとします」「外にある

御本尊も『妙法蓮華経』。内なる我が一心も『妙法蓮華経』。御本尊を“信ずる”ことが、同時に、我が身の諸法実相

を悟る“智慧”になっている。 『以信代慧(信を以て智慧に代える) 』の法門です」

見宝塔品第十一から「我が身が荘厳なる宝塔である しかし、なかなか、その真実が見えない。それを見るのが「見

宝塔」であり、それを見るための『鏡』が宝塔品の儀式な のです。また宝塔品の儀式を用いて建立された御本尊も

『明鏡』です。」「大聖人は御自ら顕された御本尊を宝塔と呼ばれたのです。御本尊こそ大聖人の御生命そのものに

ほかならない。無作三身如来の御生命です。南無妙法蓮華経の宝塔です」「釈迦・多宝・十方の諸仏という三仏の出

現は、大聖人の御身に成就されている無作三身の御生命を表している。(略)末法の一切衆生が、だれでもこの無作

三身を我が身の上に実現できる道を大聖人が開かれたということです。それが御本尊の信受です」「虚空会の儀式を

表した御本尊を拝することによって、私どもは、 『いま』永遠なる宇宙生命と一体になり、 『ここで』全宇宙を見お

ろす境涯を開けるの です」

従地涌出品第十五から「大聖人は、虚空会という法華経の舞台を用いて、ご自身の『永遠の自己自身』を御本尊とし

て顕されたのです」「大聖人の『永遠の己自身』とは、言うまでもなく『南無妙法蓮華経』です。御本尊の中央に

『南無妙法蓮華経 日蓮』とお認めの通りです」


Clearsky

http://

 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現・(まとめ5/5)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月23日(日)11時43分37秒
編集済
  本節の補足として以下の点を記したい。

「上行菩薩に付嘱したものは『如来のすべて』であること」

「日蓮大聖人はこう仰せです。『此の妙法蓮華経は釈尊の妙法には非ざるなり(略)』『”釈尊の妙法”を弘めるのでは

ない』と明確に言われています。」

「神力品の結要付嘱の儀式は、本来は『仏』から『仏』への儀式なのです。唯仏与仏(ただ仏と仏と)の境涯です。

ではなぜ、上行は菩薩として現れているのか。 それは、ひとつには、『一世界には一仏』という原則を破らないため

とされる。二仏が並び立つと、皆に混乱を起こさせるからです」

最後に、近年、日蓮大聖人を蔑むような表現が使われるのを目にする。「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまは

ば国亡ぶべし」の御金言を重く拝すべきである。

日蓮大聖人の本地は「久遠元初の自受用身」「本因妙の教主」「末法の御本仏」と拝して、我々は御本尊に南無妙法

蓮華経と唱えるべき。


Cleasky

http://

 

eco◆Smw69 様

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月23日(日)11時35分49秒
編集済
  最初に・・プロジェクトX様。フォローありがとうございました。

さて、eco◆Smw69 様

私の投稿をよくお読みになられ、また、プロジェクトX様のフォローでご理解いただけたと思います。このセクト・カ

ルト問題については過去、何ども私は投稿し、問題点、発端、何が問題だったのか等です。書けば、長い文になりま

すので、此処では少しだけにします。もし、深くご存知になりたければ・・私宛にメッセージをお送りください。

さて、以下の部分・・現地の事情、勘違いされているかもしれませんので・・他の閲覧者の方々のためにも、少し現

状を書いておきます。

<引用>
「残念ですが 勘違いでもなんでもありません。その証拠に なぜ?フランスでは 2016年の現時点においても
SGIの名前が名乗れないのでしょう・・
<引用終わり>

以前の名称はSOKA Gakkai International France これを、そ引き変更に合わせてl'Association Cultuelle Soka du

Bouddhisme de Nichiren (ACSBN)に変更・・参照してください。http://www.soka-bouddhisme.fr/・・会館等はSGI

Franceのものであったものは国へ贈与、教会として登録。そのために補助金が与えられます・・維持・補修費)それ

までのレンタルしていたパリ会館(オペラ座にある)はレンタルですから、そのままです。

他、最新の情報では新しい会館が建てられるらしいのですが、これは國が建ててくれるのか?自己で建設するのか、

レンタルかは不明です。

組織変更の遠因はセクト問題(資金・・営業と宗教活動の不分離・トレッツにおけるご供養金と整備・拡大事業の不

整合性のために、問題視、その後、起こした訴訟に敗北したことで・・大きく取り上げられた)

それを、日本最大の宗教団体のフランス組織ということで、マスコミが大きく取り上げ、日本でも、大きく報道され

騒ぎになりました。

その後、収集のために、秋谷最高参議会?議長、八尋氏がフランスへ来仏。現地弁護士と協議の上、組織の再編が行

われたという事です。

しかし、当時の報告が先生のもとへ、正確に行われていたのかどうか不明。おそらく、末端会員からの先生へお手紙

が行っていますが・・末端幹部と最高幹部の間、また、高橋欧州議長との間(お高く、とまっています)、それぞれ

に乖離がありますので正確性に疑問があります。また、現地幹部も日本の最高幹部、先生直属の幹部との間にも乖離

があるようですし、また、実際に関わっている欧州幹部も叱られるのを恐れ、韓国の問題時にあったように、正確に

報告がいっていない事も重々考えられます(あくまで憶測です)。

ただ、先生は高橋欧州議長(いまは、SGI副会長?)の事をみんなの前で「お前は何をヨーロッパでやっているん

だ」「高橋をバカと思う人は手を上げて」「お前はお金に汚い」と言われたことは事実ですから、対処がまずかった

んだと思いますし、資金問題で言えないような事でも、あったのではと推測されます。

トレッツ(元々、SGIフランスのものではなく、SGIヨーロッパに帰属し、すべてのヨーロッパの会員が研修所を使う

たびに行ってきたご供養金・・整備拡充のため)がフランス以外の國のメンバーが、突然使用できなくなった事の説

明は、真相からは程遠い説明がなされております。(いまもって、ヨーロッパ・メンバーほとんどのメンバーには真

相を知らされていません・・糾弾される事を恐れているのでしょう)また、各国の理事長も知らないのも事実です。

<次のお言葉>
「SGIフランスとしての組織活動ができないのでしょうか? 名前を変えないと生活や運営が維持できない処にまで
追い込まれているんじゃないでしょうか? 要はどこまで SGI会員の生活保証が維持できているのか つかみきれて
いませんが、少なくとも1960年代から90年代にかけての韓国SGIや台湾SGIの状況とほぼ同じなのが欧州創価学
会の現状と見ることができ、とてもじゃないですが 創価学会が外国で高い評価を得ているというのは詭弁にしか映
りません。」
<引用終わり>

ちゃんと、今でも組織活動しています。

「名前を変えないと・・生活できない?」

については・・これは、もう、まったくの誤解です。2ちゃんねるで、そのような事を言ってるんでしょうか?

<次の>
あなたは台湾SGI会員の体験談を読んだことがありませんか?
たしか内容によれば 人権の絡みで 牢屋にはぶち込まれなかったけれど世間からはヤクザのような目で見られ。衣
食住一つとってもアパートやマンションが借りるのにも一苦労だったり 就業に制限があったり・・と何十年も目に
は見えない弾圧や差別を受けていたことが 聖教新聞で書かれていた記憶がありますよ」
<引用終わり>

その、体験談は読んだ事はありません。しかし、大変だった事は新人間革命で書かれていましたね。

このようなことは欧州では、欧州・各国の憲法で人権がしっかり護られていますので、基本的に戦後の欧州ではあり

ません。フランスの「反セクト法」は国民を民衆を隷属する宗教、人権を無視した活動等から国民を守るためでもあ

ります。世界各国には様々な課題・文化・土壌がありますので、各国、それぞれ大変です。この国は大変だとか、こ

の地域は難しい・・そのような言葉は必ず、どこに行っても聞きます。しかし、「広布にはもともと楽な戦いはあり

ませんし、楽に広宣流布できるところを知りませんし、聞いたこともありません」・といつも言っています。

私も、広布のため。始めて入った国で冤罪で、言葉も通じず留置所へ入れられた経験があります。

真夜中、国境を越える際、突然武装した兵がでてくるなど・・それは、いろいろです。しかし、創価、SOKA、学

会員・仏教者ということで、非難中傷、阻害・無視されるなどの経験は今までありません。セクト問題は仏法対話す

るとインターネット時代ですから、国外でも直ぐ検索してきますので、その都度、問題の経過、本質、巷で言われて

いることの誤りを正しています。全ては人の振る舞いで、誤り、誤解を解いていくしかないのです。

このような、また、岩盤に爪を立てて開拓してきた先駆者の方々の苦労を、台無しにするような事件を起こした者が

いまの創価の二番の実力者にいることは・ゆるし難きことであり。広布の破壊・・

http://

 

おサルの独り言 5:創価大学教授 宮田幸一の嫉妬(!?)

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年10月23日(日)09時50分35秒
編集済
  本題に入る前に
信濃町のネット対策チームの対策さんの出された下記

「・・・池田先生が『日寛上人の教学を元』に『現代的に日蓮本仏論』を世界へ流布したのですからそこに異論はないのです・・・」

『池田先生の思想と日蓮本仏論②  投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年10月22日(土)14時10分1秒』
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58582

に賛成です。
まさにそこを履き違えた(否、創価内部の分裂、信仰の錯乱と混乱を目的とした?)者の突破者、元凶が創価大学教授 宮田幸一ではないか。またその男を今の教学の中心に据え置いた?原田会長以下現執行部の責任は創価学会史上最大の魔であり、法難が始まっておるのかも知れない・・・。
こちら皆さんと同じように私もそのように感じます。

我々が先の「・・・池田先生の御指導を信仰の根本にしている」という大原則、大前提を忘れたならば、それは「トロイの木馬」を送り込んだ魔の思うツボでしょうね。でも読んでいると、確かに「それ宮田理論、現執行部と同じではないか」という論が見受けられますね。(すでに混乱の末、本人も知らぬ間に刷り込まれ(洗脳)、気づいていないだけなのかも知れないが)


創価大学教授 宮田幸一の名は最近知ったばかりの自分ですが、今思えば、この宮田論文を人づてに聞き、影響を受けてしまわれた私の信心の先輩がおりました。それでも今年になって、やっとこの方も「宮田理論の害」に気づかれたことを聞き、ほっとした自分です。
確かに、宮田理論は学問としては面白いテーマであり発見なのだろうが、これを心の師と刷り込まれた場合、どんな強情な信仰者でも全てにおいて疑いを起こし、やがて自身をも破壊していくものと感じます。まさに「心の師を間違えるな」です。
そういった意味において、上記、信濃町のネット対策チームの対策さんの意見に賛成するわけです。


また、現状もよくわからず正邪判断しかねぬ自分でもありましたが、こちらで紹介された

「日蓮本仏論を捨てる創価学会?!(宮田幸一教授の衝撃的発表)|日本宗教学会 第74回学術大会2015年9月5日創価大学において」
https://www.youtube.com/watch?v=nInVBJ18F_0

を聞き、学問的理由云々以前に、この宮田幸一教授の教授らしからぬ言動に腹立たしささへ覚えた。
この一点でだけでも、名誉欲にこりかたまった宮田の気取りを見た気がする。これじゃあだめだ、だが、このだめな男に原田会長ならび谷川副会長が同席していたことは、
昨年の聖教新聞紙上でも確かに書かれていたことを記憶する。

ま、なにをもって共犯といえるかわからぬが、確かに、宮田理論に少なからず影響は受けておるだろうと想像しますし、であれば当然、組織として信心において良くも悪くも混乱が始まるは道理でしょうね。そのように見ていくならば、彼らに責任があるのは至極当然。



で、先の男子部時代お世話になった信心の先輩から聞いたのですが、「この宮田幸一は『現在日本最高峰のある日本人法華経学者(私が勝手にそう思ってるだけですが)』への嫉妬があるのでは?・・・」との意見を聞いた。

では、この現在日本最高峰の法華経学者とは誰か・・・!??
この続きは「おサルの独り言6」で
 

石嵜さんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年10月23日(日)09時47分39秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/58602

>気楽に、太ちゃんと呼びますね。<

はい、よろしくお願いします。

それで、元職員三人さんの集会に参加する、という行為って安易にできることじゃないですもん。
自分の意思がハッキリしてるぐらいでないと、やはり参加しにくいものではないでしょうか。
御本尊と池田先生に誓って絶対間違ってない!と確信してるぐらいでないと参加できないでしょうから。
当然、それぞれの胸に池田先生がしっかり存在してる人ばかりの集会となるんでしょうね。

元職員三人さんのブログって正義感いっぱいでちょっと誤解されやすいかな~と感じるのだけどf^^;
三人さんは、池田先生の陣頭指揮時代にはごく普通に活動家でいるような人たちですよ?

その三人さんを除名にするっていうのは、池田先生の陣頭指揮時代には普通に活動家でいたんですから、普通の活動家青年を除名にしたようなもんですよ。
別に屈折したところなどぜんぜんないし、それでも除名というのは、これはもう善導できなかった側の落ち度とみるしかないんですよね。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月23日(日)09時26分7秒
  全集未収録の特別文化講座『キュリー夫人を語る』を掲示します。

2008-2-8 創価女子短期大学 特別文化講座『キュリー夫人を語る』④

母の「真実」を残した娘の戦い 嘘は一切、許さない

 ● 言論の暴力は犯罪である
 一、終始、マリーの一家を守り続けたマルグリット・ボレルという女性は、このヒステリックな迫害の嵐は「外国人排斥、嫉妬、反フェミニズムという考え」(同)の産物だとみなしていました。
 マリーをパリから追放しようとする動きさえありました。それに対して母国ポーランドは、戻って研究を続けるよう、彼女に救いの手を差し伸べました。
 しかし、彼女は、それでもフランスに踏み留まりました。“残された使命を果たすために!”です。
 マリーは、力強く抗議しました。
 「わたしの行動で卑下せざるを得ないようなものは何ひとつありません」(同)
 「新聞と大衆による私的生活への侵害全体を忌むべきものと思います。この侵害は、高潔な使命と公衆の利益という大切な仕事にその生涯を捧げているのがあきらかな者を巻き込んだときにはとりわけ犯罪ともいえます」(同)
 言論人が永遠に心に刻んでいくべき、高潔な母の獅子吼であります。
 1911年の11月、マリーのもとに、スウェーデンから知らせが届きました。2度目のノーベル賞(化学賞)が授けられることになったのです。今度は、マリーの単独の受賞でした。
 ある伝記作家は、マリーは「国内で策略や困難に出くわしたが、外国のさまざまな機関からの評価によって十二分に報われた」(オルギェルト・ヴォウチェク著、小原いせ子訳『キュリー夫人』恒文社)と述べています。
 ただ、まさにこの時は、マリーに対する卑劣なマスコミの攻撃が行われている最中でした。
 ある人物からは、ノーベル賞を辞退するように勧告する手紙まで届きました。
 しかし、マリーは、「わたしは自分の信念に従って行動すべきだと思います」(前掲、田中京子訳)と書き送り、授賞式に出席し、堂々と講演を行ったのです。
 その姿は、多くの人に、マリーの絶対の正義を印象づけました。
 悪には怯んではならない。卑劣な人間どもには、徹して強気でいくのです。
 その後、マリーは、度重なる疲労と、精神的ストレスにより、病に倒れてしまった。
 言論の暴力が、どれほど人を傷つけることか。それは、生命をも奪う魔力があります。その残忍さ、悪逆さは、当事者にならなければ、決してわからないでしょう。これほど恐ろしい“凶器”はないのです。
 ゆえに、そうした社会悪とは、徹して戦わなければならない。
 もちろん、言論は自由です。しかし、人を陥れるウソは絶対に許してはならない。ウソを放置することは、言論それ自体を腐敗させる。社会のすみずみに害毒が広がり、民主主義の根幹を破壊し、人間の尊厳を踏みにじってしまうからです。
 マリーは、ファシズムの不穏な動きが生じつつあった時代に、警鐘を鳴らしました。
 「危険で有害な見解が流布しているからこそ、それと闘う必要がある」(同)

不正と妥協するな 権威に屈するな
私は自分の信念を貫く
「女性初」の金字塔 嫉妬や差別、言論の暴力にも勝った!

 ● 正義の人の名は永遠に残る
 一、マリーの二女エーヴが執筆した『キュリー夫人伝』は、1938年に出版されるやいなや、たちまら各国で翻訳され、今も多くの人に読み継がれている世界的な名著です。私も若き日に熟読しました。
 私が何回となく対話を重ねた、作家の有吉佐和子さんも、夫人伝を読んで、ひとたびは科学者を志したといいます。
 この長編の伝記をエーヴは、母の死後、3年ほどで一気に書き上げました。
 なぜ、それほど早く書き上げたのか。
 愛娘は、誰かが不正確な伝記を著す前に、母の真実の姿を、広く世界の人々に訴えたかったからです。
 それは、邪悪な言論に対する、娘の正義の反撃でした。
 エーヴは、はしがきに、「わたくしはたった一つの逸話でも、自分で確かでないものはいっさい語らなかった。わたくしはたいせつなことばのただ一つをも変形しなかったし、着物の色にいたるまで作りごとはしなかった」(エーヴ・キュリー著、川口篤ほか訳『キュリー夫人伝』白水社)と記しています。
 その静かな言葉の背後には、“大切な母を汚すウソは、一切許さない!
 虚偽には真実で対抗する!”──との熱い情熱が漲っています。
 私がともに対談集を発刊したブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁は、この二女エーヴと深い交流がありました。
 昨秋、彼女(エーヴ)がニューヨークで逝去され、102歳の天寿を全うされたことが報じられました。ご冥福を心からお祈りしたい。
 エーヴは、愛する母の真実の姿を描き出し、母の偉大な勝利の人生を、厳然と歴史に留め残した。
 チェコの作家チャペックは記しました。
 「この五十年間、現在の大臣や将軍やその他のこの世界の大人物の名前を、はたして誰が記憶しているだろうか? しかし、キュリー夫人の名前は残るだろう」(田才益夫訳『カレル・チャペックの警告青土社)
 キュリー夫人を迫害した人々の名前は、今、跡形もありません。しかし、キュリー夫人の名は、さらに輝きを放ち続けています。

 ● 生涯の味方
 一、かつて、私の母が、まさに臨終という時に、「私は勝った」と語りました。それは、なぜか。
 「どんな中傷、批判を受けてもいい、人間として社会に貢献するような、そういう子がほしかった。そして、自分の子にそういう人間が出た。だからうれしいんだ。社会のためにどれだけ活躍したか、挑戦したか、それを見たかったんだ」というのです。
 皆さん方もどうか、短大に送り出してくれた父母の深き真心に応えていってください。お父さんやお母さんが、「私は勝った!」と言ってくれるような娘に成長してください。
 創立者である私と妻は、大切な皆さん方の前途を、皆さんの生涯の味方として、つねに祈り見守っております。

    短大生
     一人ももれなく
       幸福王女たれ

「私はやりきった!」と 勝利の人生を飾れ

  一、キュリー夫人は、優れた教育者でもありました。
 「一国の文明は国民教育に割かれる予算の比率で測定される」というのが彼女の持論でした。(イレーヌ・キュリー著、内山敏訳『わが母マリー・キュリーの思い出』筑摩書房)。
 ピエールと結婚してまもなく、キュリー夫人は教員の免許を取り、苦しい家計を改善するために、パリの女子高等師範学校に勤めたことがあります。
 この学校は、一流の大家の授業を女性に受けさせる目的で設立された学校で、マリー・キュリーは、初の女性教師となりました。

 ● 教え子たちに安心感を与えた
 一、教え子の一人は、こう振り返っています。
 「キュリー夫人の講義が私に光をもたらした。私たちを眩惑したのではなく、安心感を与え、ひき寄せ、ひきとめた。夫人の性格の率直さ、感受性の細やかさ、私たちのために役に立ってやりたいという願い、私たちの無知と私たちの可能性を同時によく心得ていたこと、そういうものがその原動力だった」(ウージェニィ・コットン著、杉捷夫訳『キュリー家の人々』岩波新書)
 マリーは、学生たちのために入念な準備をして、授業のやり方も、工夫に工夫を重ねました。
 さらに授業の方法や、学校で教える内容自体も、「どうしたら学生のためになるか」を根本に考え、積極的に学校の責任者に訴え、改革していった。マリーは若く、地位も高くありませんでしたが、下から上を変えていったのです。
 また、女子学生たちを自宅に招き、親身に相談に乗ってあげました。
 家族のこと、勉強のこと、生活のこと、将来の進路についてなど、親切に聞き、真剣に耳を傾け、一人一人の課題に、真心のアドバイスをしています。
 当初、マリーは、厳しそうな、近づきがたい先生に見えました。しかし、その奥に、じつに温かい心があるのを知り、女子学生たちは、彼女を深く慕っていくようになったのです。

 ● 苦労する学生に手をさしのべた
 一、マリーは、博士号の取得に挑んだとき、教え子を、学位論文の公開審査の席に招きました。
 どきどきしながら、その光景を見守っていた彼女たちは、試験官の質問に、マリーが的確に、見事に答えるのを目の当たりにし、まるで、わがことのように嬉しくなりました。
 彼女たちの一人は、こう綴っています。
 「ほかの女性に対する何という大きな手本を、励ましを、マリ・キュリーは今ここに与えたことだろうか!」(前掲、杉捷夫訳)
 マリーは、自分が勝利の実証を示すことで、後に続きゆく若き女性たちの心に、自信と誇りを植え付けていったのです。
 皆さん方の先輩たちも、そうした心で、母校の後輩に尽くしてくれていることを、私と妻は、いつも涙が出る思いで見つめております。
 マリーは記しました。
 「実験室において、教授たちが学生に影響を及ぼすことができるのは、彼らに権威があるからではなく、彼ら自身に科学への愛情と個人的な資質が備わっていることによるところがはるかに大きい」スーザン・クイン著、田中京子訳『マリー・キュリー1』みすず書房)
 「権威」で、若き学生の心をつかむことはできません。
 マリーは、自分自身が学生時代、大変な苦労をしたからこそ、貧しいなかで勉学に励む学生を見ると、ほうっておけなかった。後輩たちのために奨学金の手配をしてあげたり、さまざまな援助を惜しみませんでした。
 そうした姿は、学生のために尽くされる、創価女子短期大学の教員の先生方、職員の皆さん方とも重なり合います。

 ● 恩を忘れない
 一、彼女は、自分が受けた「恩」を忘れない女性でもありました。
 学生時代、マリーは、友人の奔走によって、ある財団から奨学金を受けていました。
 マリーは後に、少ない収入の中から懸命に工面して、奨学金として受けとった全額を持参して財団を訪れております。
 本来、この奨学金は返す必要のないものでした。それを返すというのは、前代未聞のことであり、担当者は大変に驚きました。
 マリーは、自分と同じような境遇の女子学生が困っているかもしれない。だから、一刻も早く返さなければいけないと考えたのです。彼女の律義にして、まっすぐな、そして誠実そのものの人柄をほうふつさせるエピソードです。
 マリーは、ラジウム製法の特許取得を放棄し、生涯、質素に暮らしました。それでも、少ない財産の中から、因っている人々のための援助を捻出していました。
 かつて親切にフランス語を教えてくれた貧しい女性のために、旅費を工面し、里帰りしたいという希望を叶えてあげたこともあります。その後、この女性は思い出を振り返り、マリーの優しさに熱い涙を流して感謝しました。

 一、故郷ポーランドのことも、決して忘れたことはありませんでした。
 晩年に彼女が指揮したラジウム研究所には、さまざまな国籍の研究者がやっできましたが、そのかには必ず、ポーランド人がいました。
 また、ポーランドに放射能の研究所を建設する計画が持ち上がったときは、彼女の最も優秀な教え子たちを派遣しています。その一人に、ヴェルテンステイン博士という大学者がいました。
 彼は後に、ポーランド物理学会の創設者の一人となりますが、この方に師事したのが、パグウォッシュ会議の議長を務め、ノーベル平和賞を受賞したジョセフ・ロートブラット博士です。
 ロートブラット博士と私は対談集を発刊しました。沖縄で会見したとき、博士は、マリー・キュリーが亡くなる2年前に会った思い出を、しみじみと述懐しておられました。ロートブラット博士は、まさに、マリー・キュリーの孫弟子に当たるわけです。

 ● 戦地を走り負傷者を救助
 一、第1次世界大戦が勃発すると、マリーは、長女のイレーヌとともに、負傷者の救護に奔走しました。
 48歳で車の運転免許を取り、自ら開発したレントゲン車のハンドルを握り、負傷者の救助のために戦地を駆け回った。彼女は行動の人でもあったのです。
 役人の抵抗に遭いながらも、20台の自動車にレントゲン装置をつけ、さらにレントゲン装置を備えた200の放射線治療室をつくった。そして、220班の救護隊を訓練しました。
 このマリーの取り組みによって、銃弾などが体内のどこにあるかを知ることができ、効果的な治療が可能となったのです。この診察を受けた負傷者は、100万人を超えたといわれます。
 惨状を目にしたマリー・キュリーは、「戦争の理念それ自体にたいしてにくしみ」を抱いていました(木村彰一訳「キュリー自伝」、『人生の名著8』所収、大和書房)。
 イレーヌは、「何よりも母が腹をたてたのは、軍事費のためあらゆる国々の富の大半が吸いとられ、有用な活動が阻害されるのを見ることでした」(前掲、内山敏訳)と語っています。
 後年、マリーは「平和のための知性の連帯」を築くため、国際連盟の活動にも参加しています。

彼女は学生に尽くした
教え子の回想 「何という大きな手本と励ましを与えたことだろうか」

 ● 娘もノーベル賞
 一、イレーヌは、マリー・キュリーと同じ放射能研究の道に進みました。母と娘は、科学の発展に身を捧げる同志となったのです。
 イレーヌは、人工放射能の研究で、夫のフレデリック・ジョリオ=キュリーとともに、ノーベル化学賞を受賞しています。
 その受賞理由となった「人工放射能の発見」は、マリー・キュリーの亡くなる半年前のことでした。苦心の末の発見に驚き、喜んだ二人は、母のマリー・キュリーを呼んで、確認してもらっています。
 「あのときのキュリー夫人の、強烈な喜びようといったら、わたしは一生忘れることはないでしょう。おそらく、彼女の生涯で最後の、大きな喜びだったと言えるでしょう」(ノエル・ロリオ著、伊藤力司・伊藤道子訳『イレーヌ・ジョリオ=キュリー』共同通信社)とは、イレーヌの夫フレデリックの感慨です。
 放射能の研究に生涯をかけたマリー。
 人生の総仕上げの時期に、後継の子どもたちが、科学の新たな時代の扉を開くのを見届けることができたのは、どれほど嬉しかったことでしょうか。

 一、1922年、フランスの医学学士院は、マリー・キュリーを同学士院初の女性会員に選びました。その11年前、彼女を会員にすることを拒んだ科学学士院に対する非難決議とともに、です。
 そして1923年、フランス議会は、ラジウム発見25周年を記念し、マリーの功労に深い感謝を表しました。
 マリー・キュリーは勝ったのです!
 何に? あらゆる苦難に。残酷な運命に。そして、自分自身に。
 すべてに打ち勝って、マリーは、自分自身の使命を完壁に全うしたのです。

 ● すぐれた激励者
 一、晩年のマリーの健康状態は、決して良好ではありませんでした。いつも、しつこい疲れに悩まされていましたし、白内障で失明の危機にもさらされました。
 過酷な研究活動による疲労の蓄積と、長年の放射線による被ばくが、彼女の健康を、いちじるしく害していたのです。
 彼女の手は、ラジウムによるやけどの跡が残っており、固く、たこができていたといいます。
 「この道はあらゆる生活の安易さを断念することを意味しました。しかしかれは決然として、じぶんの思想も欲望も、この理想に服従させました」(キュリー夫人著、渡辺慧訳『ピエル・キュリー伝』白水社)
 彼女は、真理の探究者として茨の道を歩んだ夫ピエールについて、こう書きましたが、それは、そのまま自分自身の生き方でもあったでしょう。
 マリーは晩年、ピエールと自分が創始した学問をさらに発展させるため、研究所の充実と、後継者の育成に力を注ぎました。
 研究所では、誰とも分け隔てなく接し、多くの若き学究者が、常に彼女の周りを取り囲んでいた。
 彼女自身、若い人々と過ごすのが楽しかったといいます。
 「この孤独の女学者は、生来の心理学者的、人間的天分によって、すぐれた激励者としての資格ができていた」(エーヴ・キュリー著、川口篤ほか訳『キュリー夫人伝』白水社)と、二女のエーヴは指摘しています。

『キュリー夫人』
 戦争それ自体を憎む
 軍事費が国富を吸いとり有用な活動を阻害する

未来を見つめよ!
大切なのは 何がなされたか、ではなく何をなさねばならないか

 ● 荘厳な臨終
 一、マリーは60歳を過ぎても、朝早くから、夜遅くまで、研究所で仕事をしていました。
 研究所の上に住んでいたある住人は、「彼女がよく研究所に朝一番に来て、最後に帰っていった」ことを証言しております(前掲、田中京子択『マリー・キュリー2』)。
 62歳のマリーは、友人にこう書き送りました。
 「いつも考えているのは、何をなさねばならないかであって、何がなされたか、ではありません」(同)
 マリーの目は、最後の最後まで、未来に向けられていました。死の直前にも、本の執筆をはじめ、さまざまな計画を抱えていました。
 愛娘のエーヴは、こう綴っています。
 「母はずっと、私がこの世に生まれでるはるか前の、夢を追う貧しい学生、マリア・スクウォドフスカ(=故郷ポーランドにいた頃のマリーの名前)としての心のままで、生きていたように思われる」(エーヴ・キュリー著、河野万里子訳『キュリー夫人伝』白水社)
 どんな立場になっても、母になっても、年老いても、彼女の魂は、理想に燃える女子学生のときと変わらずに、赤々と燃え続けていた。
 マリーは、「永遠の女子学生」だったのです。
 彼女は、昇りゆく朝日とともに、荘厳な臨終を迎えました。
 「夜が明け、太陽が山々をバラ色に染め、澄みきった空にのぽり始めたとき、輝かしい朝の光が部屋の中にあふれ、ベッドをひたし、くぼんだほおと、死のためにガラスのように無表情になった灰色の目にさしこんだとき、ついに心臓がとまった」(前掲、川口篤ほか訳)
 「白衣を着、しらがを上げて広い額をあらわに見せ、騎士のように荘重でりりしくて平和な顔をした彼女は、いまやこの地上でもっとも美しく、もっともけだかい存在だった」(同)
 1934年7月4日、娘に見守られて、マリー・キュリーは、その崇高な生涯を閉じました。66歳でした。

 ● 逆境の時こそ本当の底力が
 一、「わたしは、人はどの時代にも興味のある有用な生を営むことができると思います。
 要は、この生をむだにしないで、《わたしは自分にできることをやった》とみずから言うことができるようにすることです」(同)
 マリーの叫びです。
 どんな人でも、どんな時代に生きても、その人には、その人にしかできない使命があります。
 特別な人間になる必要はない。有名になったり、華やかな脚光を浴びる必要もない。
 平凡であっていい。「自分らしく」輝くのです。
 大切なのは、「私は自分にできることをやりきった!」と言えるかどうかです。
 順境のなかでは、人間の真の力は発揮できない。
 逆境に真正面から立ち向かっていくとき、本当の底力がわいてくる。逆境と闘うから、大いなる理想を実現することができるのです。

学び求むるわが母校 誉れの青春光あれ

 父娘(ふし)の絆は永遠ならむ

 桜花を見つめ 歩みゆく
 知性の乙女は 美しく
 学び求むる わが母校
 誉れの喜春 光あれ

 希望は広がる わが心
 友情と学ばむ 晴れの日々
 幸福博士は 胸をはり
 おお白鳥の 幸の道

 くる日くる日も わが歴史
 父娘の絆は 永遠ならむ
 翼を広げよ 白鳥は
 誓いの空をば 世界まで

 うれしいことに、2年前の1月に誕生した短大歌「誉れの青春」の歌碑が、このほど卒業生(短大白鳥会)より寄贈され、まもなく除幕されます。これは、短大開学20同年(2005年)、短大白鳥会結成20周年(2007年)を記念して、真心から贈ってくださったものです。
 ここに歌われた通り、気高き誓いを陶に、今春で8000人を超える卒業生が、世界各地で素晴らしき翼を広げて活躍してくれております。創立者として、これほど誇らしいことはありません。
 大教育者クマナン博士の尽力で関学したインドの「創価池田女子大学」では、この1月30日、第5回の卒業式が行われま
した。皆さん方と人間教育の理念を共有する、最優秀の女性たちが、社会へ巣立っております。
 牧口先生が先進的な「女性教育」に携わられてより、1世紀──。
 本格的な「創価女性教育の第2幕」がいよいよ開幕したのです。

 ● 今いる所で光れ
 「若き乙女たちが、理想を抱いて行き交う、短大の「文学の庭」。
 キュリー像は、今日も静かに、そして真剣勝負の姿で立っています。
 この像は、無言でありながら、無限の励ましを贈ってくれます。
 ──私は戦いました。たくさん、つらいことがありました。けれども、負けませんでした!
 あなたも負けないで!
 私は勝ちました!
 あなたは、どう生きるのですか? 今、あなたの胸にある「誓い」は何ですか?──
 一人一人の女性が、今いる、その場所で、この像のごとく、毅然と立ち上がることです。
 そして、それぞれの使命に燃えて、全生命を光り輝かせていくとき、時代は変わり、歴史は動いていきます。
 あのワルシャワの移動大学で、若きマリーたちが声高らかに朗読した詩があります。
 「真理の明るい光をさがせ
 まだ見ぬ新たな道をさがせ」
 「……どの時代にもそれぞれの夢があり きのうの夢想は打ち捨てていく
 さあ、知識のたいまつを掲げ 過去の成果に新たな仕事を積みあげて未来の宮殿を築くのだ」(前掲、河野万里子訳)
 わが創価の貴女たちよ、「永遠に学び勝ちゆく女性」として、未来に輝く平和と正義と幸福の大宮殿を築いてくれたまえと、深く深く祈りつつ、記念の講座とさせていただきます。

    世界一
     わが短大は
      花盛り
     学びと幸の
      女王の笑顔に
                           (終わり)
 

信濃町のネット対策チームの対策様m(._.)m

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年10月23日(日)09時23分56秒
  信濃町のネット対策チームの対策様m(._.)m

お早うございます。m(._.)m

宿板が池田先生のことが大好きで先生のご指導が、自身の思考、活動、行動から社会の中で頑張り続けるパワーも、社会の中ででも不正や庶民をいじめるような思想とも一歩も引かずに戦う闘志も、全て先生のご指導が、命にたぎる人々の集まりである。

とのご意見に大賛成です。ヽ(^○^)ノ

その池田先生を会長から引きずり下ろした現執行部の輩を絶対に許す事は出来ないし、奴等が外道眷属なのが確定、池田先生を守ろうとせず自分達の保身のために師匠である先生を裏切るという暴挙に出たバカだ

外道眷属の生まれ変わりに遠慮は一切いらないと言うのが私の考えです。

祈ってやるヽ(^○^)ノふふふ(^○^)祈ってやるヽ(^○^)


外道眷属にはみすぼらしく負けるのが義務付けられている。さっさと魔の役割り終えて居なくなりな(^○^)

ね(^w^)執行部の皆さん(^w^)無間地獄行きが決定しているとは言え、もっと罪業を積み重ねたいのか?

これ以上頑張ってもハラワタの糞は増えないと思うよもう糞で一杯だろヽ(^○^)ノ




 

恋慕 渇仰心!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年10月23日(日)08時35分42秒
   おはようございます。

>自我偈の経文は、そのことを教えているのです。信心とは「恋慕」「渇仰心」であり、「質直意柔輭」、どこまでも、仏に対して、また、御本尊に対して素直であり、柔軟でなければならない。心を硬く閉ざす「硬直」な姿勢であってはならない。経文にはさらに、信心の姿勢として、「一心欲見仏 不自惜身命(一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまざれば)」と示されている。
″心の底から仏を見たいと念願し、自らの身命も惜しまない″そうした、素直な信心、求道の心、不惜の実践がある時、仏は多くの弟子たちと共に霊鷲山に出現する。すなわち、いつでも仏に会えるということです。(投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2016年10月23日(日)08時13分3秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58629

 直接には、お久しぶりです。ありがとうございます。
 「途中」を分厚くして頂きました。素晴らしい。



 

(無題)

 投稿者:ただ一言  投稿日:2016年10月23日(日)08時17分19秒
  おはようございます。今日も一言。
先日もでていましたが、佐藤優先生の事。

個人的には、学会擁護される前の方がすきでした。昨年の安保法制が成立した頃でしょうか?
ラジオのニッポン放送で朝7時~約20分の時事問題を話し合う番組があり出勤時良く聴いています。その木曜のコメンテーターが佐藤優先生です。(たまに代わるときもあり)
記憶レベルなので言い回しは違いますが、こんな話しをされました。

今回の安保法制は立場によって180度違う。
自民からみれば、海外派兵の可能性を開いた。
かたや公明からみれば、歯止めをかけた。

さすが!潮、第三文明では言えなくても民放ラジオだから本音がポロッと。学会員も聴いてますよ。笑

良くある政治の話。消費税もそう。
自民からみれば、10%の大台に乗せ将来のさらなる大増税の可能性の扉を開いた。
かたや公明からみれば、消費税10%でも庶民の味方公明党。軽減税率を見事に勝ち取った。笑

また、本部幹部会の話。
2004年3月4日、東京牧口記念会館で開催された。役員として参加し着任後本番会場に入れた。海外のメンバーも多くいた。
先生のスピーチが始まる。

「私が命を狙われた事、知っている人?」
突然のことに返事はなかったと記憶する。
ある宗教団体〇〇が牧口記念会館に先生がいるのを知って、猛毒の〇〇散布を計画。実行に移すも風向き等もあり失敗に終わる。
先生は厳しい口調で一言「知っておきなさい」と。
師匠が命を狙われていることも知らない弟子ではいけない。私は命懸けで戦っている。命を狙われる事もある。弟子も続け!私を守れ!との叫びだろうかと。

ある元?最高幹部の方の指導!

創価学会の信心は、池田先生の信心。

今日も先生と共に勝利の1日に!


 

Re:途中!【理想を求める菩薩仏が『仏』の内在する人間の最高峰】螺髪様へ

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月23日(日)08時13分3秒
  【途中! ?投稿者:螺髪 】
?http://6027.teacup.com/situation/bbs/58493

>>完成された、三十二相八十種好の理想の仏は現実にはいない。むしろ、その理想を求める「菩薩仏」こそが、「仏」の内在する人間としての最高峰であるというのが「法華経の智慧」の展開であると捉えられます。それは「途中」です。艱難(かんなん)を乗り越えようとする「途中」の中にこそ、求道の最大のエネルギーがあるように思えます。<<

>>「途中」の未完の中に、すでに満杯の「仏性」があると言えるのではないでしょうか。「中途半端」はいけないけれども、「途中」はいいのです。<<

さすが螺髪様です。とても素晴らしい思索であり、私も同じように感じます。
池田先生が指導されている方向性とも合致するのではないでしょうか。

読んでいて頭に浮かんだ、池田先生のご指導等を幾つかご紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

   自我偈の経文は、そのことを教えているのです。信心とは「恋慕」「渇仰心」であり、「質直意柔輭」、どこまでも、仏に対して、また、御本尊に対して素直であり、柔軟でなければならない。心を硬く閉ざす「硬直」な姿勢であってはならない。経文にはさらに、信心の姿勢として、「一心欲見仏 不自惜身命(一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまざれば)」と示されている。

″心の底から仏を見たいと念願し、自らの身命も惜しまない″そうした、素直な信心、求道の心、不惜の実践がある時、仏は多くの弟子たちと共に霊鷲山に出現する。すなわち、いつでも仏に会えるということです。

【方便品寿量品講義より】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その広布の大河の流れが
????歴史の必然であるか否かを
君よ問うなかれ

   汝自身の胸中に
自らの汗と労苦により

 広布を必然たらしめんとする
熱情のありや無しやを 常に問え

 広布とは――
大聖人の御遺命のままに

   尊極(そんごく)なる
仏の生命の座を
人類の魂に打ち据えて

 爛漫たる生命ルネサンスの華を
この地球の大地に永遠に
?? 開花させゆくことだ

桂冠詩人
一九八八年三月九日
【藍は青よりも青し】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/19064

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

遠藤 化城即宝処の法理に関連して、先生がかつて「広宣流布とは流れそれ自体である」と言われたことを思い出します。私たちは、広宣流布とは大多数の人が正法に帰依したという一つの到達点をイメージしていたのですが、先生はそのような発想を超えて、仏法弘通の実践そのものが広宣流布であると教えてくださいました。

また先生は戸田先生との出会いを通して入会されるさい、「いつかは目標に通じる歩みを一歩々々と運んでいくのでは足りない。その一歩々々が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならない」(エッカーマン『ゲーテとの対話』山下肇訳、岩波文庫)というゲーテの言葉を引いてその時の心境を述べられたそうですが、化城即宝処の法理は、このゲーテの言葉を思い起こさせます。

池田 広宣流布を理想が成就した時点ととらえることも無意味ではないが、やはり、仏法弘通の息吹そのものが大切であるということを示しておきたかった。

″途中″はすべて″手段″だと考える人間が出てきてはいけない。そういう人は、目的のために人間を手段にし、多くの犠牲を生んだ、従来の革命運動の過ちを犯してしまう危険がある。

仏法は、あくまでも「人間のための宗教」です。どのような場合であれ、人間を手段とし、犠牲にするようなことがあってはならない。これが仏法者としての私の信念です。

前進するためには、目標という「化城」を設定しなければならない。しかし、その「化城」に向かっての前進、行動は、深く見れば、それ自体、仏の所作なのです。その舞台が、すでに「宝処」なのです。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=6995
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、座談会でナニ話されたんですか~?

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月23日(日)07時26分45秒
  おはようございます。原田怪鳥様、座談会への御参加、誠にご苦労様でした~。いったい何を話されたんですか~?

「意気揚々と仏縁を拡大」なんて、多くの名も無き人材を処分・除名してきたアナタの言うセリフじゃありませ~ん(笑)

地区部長サンが御書講義されたみたいですが、原田怪鳥様、本音を訴えましょう。

「疑う心がなければ、自然に仏界に至るのデス。そう、私を信じなさい。そうすれば皆、仏の境涯で~す」

なんちゃって~(爆笑) なんかヘンな新興宗教みたいですよ原田怪鳥様。

師匠を陥れ、大聖人の教義も変えようとしているアナタは、まさに「つたなき者」の代表ではないでしょうか?(笑)

まさに「約束せしことを、まことの時は、わするるなるべし」(御書P234)

の御文はそっくりそのまま怪鳥様にお返ししま~す。(笑)
 

大学時代ー「法華」とういうあだ名

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月23日(日)03時56分31秒
編集済
  >あの昭和54年に何をしていたか?   投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)   投稿日:2016年10月22日(土)18時28分20秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58591

まず谷川氏は東大時代に偽装入会したのではありません。「となりの創価学会」での
インタビュー(P210~P217)は公開文書であり虚偽や詐称の余地はまったくありません。

「谷川少年の父親折伏」は?   投稿者:感性   投稿日:2016年10月21日(金)07時51分21秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58476

それから同インタビューによると彼は大学時代には法華というあだ名がついていたそうです。
インタビュアーの「学生時代には、かなり学会の活動に励んでいた?との質問に対する
「そう、最初から最初からそれしかなかったですから・・」前後にある彼の活動の具体的
内容からもあだ名がついた理由は十分にうなづけます。

イケディアンの住人(正義の獅子同盟)様におかれては、くだんの御投稿に見られるような
予断や思い込みでの主張は内心ならともかく、永らく残ると思われる当板へのWeb投稿では
お控えになったほうがいいと思います。もし比喩で書いたというのであればそれは言い訳にも
なりません。
この板に関して言うと、そのような御投稿が板自体への論難や揚げ足取りの原因となることを
お知りおきいただければ幸いと存じます。
 

「谷川少年の父親折伏」は? ②

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月23日(日)03時35分55秒
  >感性様   投稿者:陽光   投稿日:2016年10月21日(金)10時34分16秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58483

彼(谷川氏)の個人体験とは彼(同)の生前の出来事をご家族から聞かれた伝聞体験ということが以下の「見込みない人々 」の御投稿でわかったような気がします。
むろん文言の解釈の問題ですので全然気になさらないでくださいませ。

>谷川氏の信仰体験   投稿者:見込みない人々   投稿日:2016年10月21日(金)18時37分21秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58517

引用および翻訳ありがとうございます。
やはり谷川氏の生前のことですね。
文脈上「谷川氏が中学生の時分に父親を公園で折伏した」との解釈は、悪意こそなけれ
間違った解釈とお見受けしました。
またそれを前提とした私の推察である「谷川少年が父親を信仰的に覚醒させたということではないか」も成立しないことを認めましょう。

「谷川少年の父親折伏」は?   投稿者:感性   投稿日:2016年10月21日(金)07時51分21秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58476
 

Oさんと対話

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)03時35分32秒
  ひかり「ねー、なんで無視したの?ラーメン屋で、この前」

Oさん「え、どこで?」

ひかり「(苦笑)会ったじゃん、○○で」

Oさん「あ、、、」

ひかり「一緒にいたの、幹部の××でしょ?」

Oさん「ああ、そ、そうだよ、この間ね」

ひかり「幹部がいたから私を無視したの?」

Oさん「いや、、、ごめんね。そうだよ、幹部がいたから!そのとおり!」

ひかり「よし、許す」

Oさん「もう」

ひかり「なによ『もう』って。無視したくせに」

Oさん「ごめんてばあ」

ひかり「無視したわけを話してよ。私はマズイの?危険人物?」

Oさん「別に、なんとなくさ」

ひかり「ひどいじゃん」

Oさん「え?」

ひかり「ひどいでしょ。何か悪い事した?」

Oさん「何も、悪くないよ」

ひかり「公明党なんかのことで、簡単に人を分け隔てしちゃイカンでしょ」

Oさん「そうだよね・・・」

ひかり「30年近く一緒に活動してきたでしょーよ」

Oさん「うん・・・」

ひかり「子供の面倒みたよ、私」

Oさん「うん・・・」

ひかり「あんたのお母さんの連れ出しも毎度毎度。あんた、仕事で忙しかったから」

Oさん「そうだった。ほんとに、そうだった」

ひかり「私を無下にしないでよ。幹部の言いなりになっちゃってさ」

Oさん「私、なにやってたんだろ」

ひかり「だからさ、幹部の言いなり」

Oさん「・・・嫌になったでしょ、ひどい事したから」

ひかり「まさか!ぜんぜん」

Oさん「ごめんね」










 

ひらがなプロジェクトに投稿しました

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年10月23日(日)03時07分43秒
編集済
  ひらがなプロジェクトに投稿しました。
曾谷殿 如是我聞事   1編投稿しました。

ひかりさん、おもしろ~い、分かりやす~い、(^^)/ (^^)/ 2つです。
>Jさん「幹部って何様?人事ってあんた、会社じゃあるまいし、フザケてんじゃねっての」

ひかり「うーん。エラソーだよね。勘違いしてるな、きっと」

Jさん「バカのくせに」

ひかり「ハハハ!バカのくせに?」

Jさん「だって、バカでしょ。自分の頭で考えないんだよ」<
・・・・・・・・・・・・・・・

10/22の分です。

引用失礼します。
師弟不二アーカイブより 【問答無用 対話なき処分】【41】 ?投稿者:プロジェクトX ?

これから私の信心の本当の修業が始まる。

先生の「深く大きく境涯を開いて自分自身と創価学会の目の覚めるような発迹顕本を頼む」
と言われたことを帰宅する車の中で考えた。このことについては長い間熟考していたことである。

名誉会長: 「生命の真実」であると言えるでしょう。提婆達多も、生命の真実の姿においては、
善悪不二です。無明と法性が一体の妙法の当体です。釈尊が師とした過去世の提婆達多とは、じつは、
この妙法そのものだったと言えるのです。ゆえに大聖人は「提婆は妙法蓮華経の別名なり過去の時に
阿私仙人なり阿私仙人とは妙法の異名なり」(御書 p744)と仰せです。釈尊も根源の妙法を師として
成仏しました。そのことを提婆品では、釈尊が過去世に阿私仙人を師匠として修行し、成仏したという
表現で示したと考えられます。
引用終わり

僕も、上記の事に、賛同いたします。

いろいろと、書き込みありますが、久しぶりに、個人の想いをわが胸に注入できた想いです。
僕も、同じようなことを考え、書き込みしようと思っていましたが、現体制にプラスになるのではないかと
危惧して、書き込む勇気がでませんでした。

よくぞここまで、決意して、発迹顕本の覚悟を披歴されました。

M木さんにとっては、田似側は阿私仙人であり、提婆達多でしょう。
しかし、宿坊の情報では、田似側SGIスペアサブ会長(^◇^)とのこと、おめでとうござあ~います。

さすが、一番弟子会長です、よくぞ・・・左遷なされました。
なに!!、左遷と違う、栄転だと・・・(ふっ)なんとでも・・・思っていなさい。

日本から出ていかざるをえなかった、逃げ出した???。(^^)/ (^^)/ (^^)/

仏法は勝負です、USAで大活躍し折伏の大将となって、帰ってきなさい。
その時は、会長選出に誰も反対はしません、現証で示しなさい。

会長職は、責任が重いことは誰でも知っていることです。
先生が会長を引き受けるときの、奥様の言葉を思い出してください。

「毒には毒をもって制せよ」という格言を思い起こしました。
悪を排除するために、他の悪を利用すること。
  悪人を取り押さえるために別の悪人を使う ことの例え。

創価学会は悪い輩に、狙われています、まじめな、謹厳実直な人で対応できるでしょうか。
嫌野、唖気爺、ヤマトモ、内藤、日顕、太家煎等々、詐欺師、弁護士、国会議員、権力者にしてもらった
のに、最後っぺをかまして裏切る奴らが、これからもいくらでも出てきます。

悪人、詐欺師の事は悪人が一番知っているのではないでしょうか。

曾谷入道殿許御書   P1033
仏是を説きたもう時娑婆世界の三千大千の国土地皆震裂して其の中より無量千万億の菩薩摩訶薩有り同時に
涌出せり、乃至是の菩薩衆の中に四たり導師有り

現代文
仏が、法華経を説きたもう時に、世界中の三千大千の国、土地、皆地震で地面が裂けて、其の中より、
無量千万億の、菩薩摩訶薩が有って、同時に涌出します、そして、この菩薩衆の中に、四人の導師有り。

東北、熊本、鳥取と大地震が起きています、日蓮大聖人は、世界を救う、地涌の菩薩の出現の瑞兆なりと
教えられています、かならず、すごい、会長が出現するにきまっています。
地面の中よりということは、大衆の中からという意味ですよ。

その人は、先生の跡を継いで、世界平和を実現する人です。
 

Sさんと対話

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)02時35分31秒
  ひかり「きょうはお店休みですか?」

Sさん「うん。機械を修理するからね、臨時休業」

ひかり「ふっきれた感じですね」

Sさん「あ、公明新聞は先月から止めたし、党員も今回からは、もうやらないことにした」

ひかり「やっぱり、選挙が嫌になったんですか?」

Sさん「そうだよ。もう、回れないじゃない。公明党だと、嫌味いわれるもん」

ひかり「ポスターもはずしたんだ」

Sさん「お隣さんにさ、さすがだねって感心されたよ」

ひかり「ふーん」

Sさん「うちは商売してんだから、当然だよ。お客さんも敏感に見てるからね」

ひかり「そうか。評判が大事ですよね」

Sさん「そう。公明党は戦争推進じゃないかって言われるたびに説得なんかできないよね。そんなこと躍起になってるうちにお客をなくしちゃうよ。今まで平和だの福祉だのって言っててよ、
今はちょっと待ってて下さい、なんて言えるかよ。向かいの店見てよ、共産党のポスター」

ひかり「ありゃー、ほんとだ。前からありましたっけ?」

Sさん「なかった。何て書いてある?」

ひかり「戦争反対、みたいな?」

Sさん「だろ?今までこっちも専売特許だったのに。何も言えません。公明党のバカのせいで」



 

Jさんと対話

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)02時13分37秒
  Jさん「うちの人、参院選前に地区部長辞めさせてもらったの」

ひかり「どうして?」

Jさん「これ以上嫌なんだって」

ひかり「芸術家さんだもんね。自分の気持ちを騙せないよね」

Jさん「そう。選挙のたびに、嫌いになった党の支援を当然のようにやらされるから」

ひかり「うんうん」

Jさん「組織は、反対の意見をぜんぜん聞かないで、おかしいでしょって」

ひかり「そうだね」

Jさん「自分が嫌いになった公明党を、なんで盲目に応援しなきゃならないのかって」

ひかり「旦那様、幹部に呼び出されなかった?」

Jさん「そう!何よあれ、会館に呼び出してさ」

ひかり「メモ取られながら、あれこれ話せって言われたりして」

Jさん「え、なんで、知ってるの?」

ひかり「何人もやられてるよ」

Jさん「えー」

ひかり「人事面接のように言っちゃってさ。実はいろいろ言わせて調べてるみたいよ」

Jさん「幹部って何様?人事ってあんた、会社じゃあるまいし、フザケてんじゃねっての」

ひかり「うーん。エラソーだよね。勘違いしてるな、きっと」

Jさん「バカのくせに」

ひかり「ハハハ!バカのくせに?」

Jさん「だって、バカでしょ。自分の頭で考えないんだよ」

ひかり「同志に対して、とんでもない失礼な事やってるとは、思わないみたいね」

Jさん「そう。上から目線で。あんな人らだったなんてね」

ひかり「長年親しかった人に、あんなことやられたら、ショックだよね」

Jさん「もう同志でもなんでもない。つきあいたくない。関わるのも嫌」

ひかり「傷ついたね。。。」

Jさん「私も、なんか自動的に辞めさせてもらったの、白ゆり長」

ひかり「えーっ」

Jさん「だってさ、うちの人、悔しいでしょ?白ゆり長なんかやってられる?」

ひかり「・・・・・・」

Jさん「夫婦げんかになるじゃん。公明党なんかのことで」

ひかり「そ、そうだよね」

Jさん「こうなって初めていろんな事が見えてきたし、もういいの」

ひかり「・・・自分の信心が大事だって思うよ」

Jさん「そうだよ!自分の信心が大事だよ、組織じゃないよ」




 

陽光さま

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年10月23日(日)00時51分16秒
  レス ありがとうございます 了解しました ご面倒をおかけして 申し訳ございませんでした  

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年10月22日(土)23時40分18秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
兄弟そろって唱題出来ました
ありがとうございました
おやすみなさい
 

tesuto様

 投稿者:陽光メール  投稿日:2016年10月22日(土)23時14分36秒
  私に質問を頂きありがとうございます。板の流れが早いために返事遅れました。
表向きの事は、すべて法の支配となっています。しかし、これですべてが運営さ
れている訳ではありません。これについて私は独自の持論をもっていますが、
この板の趣旨とは大きくかけ離れるし、誤解を生じることもありますので詳しく
は書きません。

英米法? http://6027.teacup.com/situation/bbs/58556
 

同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月22日(土)22時54分57秒
  23時開始です。よろしくお願いします。

鳥取県の皆様、隣接県の皆様、ご無事でしょうか。
お題目を送ることしか出来ませんが、しっかり祈ります。

 

教学部レポートの送付状況

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月22日(土)22時47分45秒
  教学部レポートの送付希望を多数頂いております。ありがとうございます。順次送付しております。

レポート希望のメールが、メールフィルターに引っかかる方が稀にいます。

本日、フィルターに引っかかっていたメールに気づきました。気づくのに時間が掛かりました。申し訳ありません。

先ほど、返信をお送りしましたので心当たりの方はご確認ください。

こちらも、確認漏れで気づかないことがあります。
万が一、2週間以上経過している場合は督促をいただくか、差し支えなければ掲示板に督促の旨を書いて頂けると助かります。
よろしくお願い致します。

また、様々な情報提供を頂きありがとうございます。全て返信できておりませんが、この場を借りて御礼申し上げます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【教学部レポートの希望は】
詳しくはこちらから↓
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56053

【参考】「教学部レポートとは」(英訳あり) ?
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53571
 

【珠玉のリンク集】元創価班委員長だった竹岡青年部長の父ちゃんが御本尊って売り込み計画

 投稿者:通行します  投稿日:2016年10月22日(土)22時22分4秒
編集済
  元創価班委員長だった竹岡前男子部長(現青年部長)の父ちゃんが御本尊って売り込み計画ってなんだ?→これだ!

★教義改訂の裏で  投稿者:ヨッシー
http://6027.teacup.com/situation/bbs/50951

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全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月22日(土)22時20分0秒
  全集未収録の特別文化講座『キュリー夫人を語る』を掲示します。

2008-2-8 創価女子短期大学 特別文化講座『キュリー夫人を語る』③

 ● 不遇な環境で地道な労作業
 一、ラジウムを取り出すためには、本来、大きな実験室が必要でした。しかし、キュリー夫妻に、満足な設備はありません。パリ大学にある多くの建物の一つを貸してもらおうと奔走しましたが、結局、認められませんでした。
 やむなく二人は、物理化学学校の医学生の解剖室だったという、物置小屋のような建物を借りることにしたのです。部屋には何の装置もなく、使い古したテーブルと、あまり役に立たないストーブ、そして黒板があるだけでした。
 雨が降れば雨漏りした。冬は身を切るような寒さに悩まされた。夏は焼けるような暑さ。化学処理で生じた有毒ガスを排気する換気装置もありませんでした。
 「馬小屋ともジャガイモ貯蔵庫ともつかないもの」と形容される倉庫です。
 ラジウムが含まれていると思われる鉱物の調達にも苦労しました。さまざまに手を尽くして、やっとのことで、オーストリアの政府が、工業で使った残りかす1トンを無償で提供してくれることになりました。
 科学の歴史を劇的に変えた大発見も、その過程は、あまりにも地道な、単調な作業の繰り返しでした。
 大量の鉱物を大きな容器に入れて、ぐつぐつと煮る。化学処理を行う。それを何度も何度も、繰り返すのです。重い容器を運んだり、何時間も大きな鉄の棒でかき混ぜ続けたり、大変な肉体労働の連続です。一日の終わりには疲労のあまり倒れそうになりました。

ラジウム発見の苦闘
私はあきらめない!
 どんな場所でも立派な仕事ができる

 ● 自分との戦い
 一、マリーは、こう書いています。
 「実験室における偉大な科学者の生活というものは、多くの人が想像しているような、なまやさしい牧歌的なものではありません。それは物にたいする、周囲にたいする、とくに自己にたいするねばりづよいたたかいであります」(前掲、渡辺慧訳)
 "闘い続ける人"の叫びです。さらにまた、マリーは語っております。
 「みのりの多い多忙の日々の間に、なにをやってもうまくいかない不安な日々がはいりこんできます。そういう日には研究対象そのものが敵対心をいだいているかとさえ思われてきます。こういうときこそ、じぶんの気の弱さや落胆とたたかわなければならないのです」(同)
 この言葉は、科学研究だけでなく、人生の万般に通ずる大切な哲学といってもよいでしょう。
 「なにをやってもうまくいかない」──ラジウムの抽出に挑戦する作業は、ときとして絶望的に思えました。そもそも、こうした作業は化学者の領域であり、ピエールやマリーのような物理学者が得意とすることではなかったのです。
 強い信念を持ったピエールですら、果てしない戦いに疲れ果てて、あきらめかけました。
 この障害を乗り越えるのは難しい。もっと、将来、条件がよくなってから再挑戦したほうがいいのでは?
 ぼろぼろになって研究を続ける妻のことを気遣い、ピエールは、ひとたびの「休戦」を勧告しました。

 ● 志ある人は強い
 一、しかし、マリーはあきらめませんでした。彼女は、「あきらめる」ということを知らなかったのです。
 「ラジウムは必ずある! どんな苦労を払ってでも、必ず取り出してみせる!」
 いざというとき、志の定まった女性というのは本当に強い。
 マリーは、「どんなに不適当な場所にいても、やり方しだいで、いくらでもりっばな仕事ができるものだ」(前掲、木村彰一訳)と自伝に綴っています。
 今、短大に学ぶ皆さんは、自分を鍛える「青春という闘い」の真っ只中にいます。
 また、卒業した皆さんのなかには、描いていた理想と違う、不本意な環境で働いたり、厳しい現実の中で生きている人がいるかもしれない。
 大事なことは、強い自分になることです。「自分しだい」で、新たな道を開くこともできる。必ず立派に成長できる。
 「大変だった。でも、私は勝った!」と、笑顔で後輩に語れる、強い朗らかな皆さん方になってほしいと、私は願っています。

    わが母校
     見つめて勝ちゆけ
    わが友と

忍耐と自信を持て 道は必ず開ける!

    青春乃(の)
     英智の朝日は
       昇りける
     嵐の時にも
      笑顔たたえて

 嵐のような環境にあっても、笑顔を忘れない。その人は、人間としての勝利者です。
 わが家のことで恐縮ですが、私の妻は、いかなる試練の時も、笑顔をたやさず、共に進んでくれました。私は妻への感謝を込めて「微笑み賞」を贈りたいと話したことがあります。
 どうか、皆さんも、どんな時も朗らかな笑顔を輝かせていける、強き女性になってください。

キュリー夫人 最も苦労した時代が最も幸福な時代でした

 ● 価値ある仕事は地道な積み重ね
 一、ラジウムを取り出そうとする、キュリー夫妻の労作業は続きました。実に4年間、二人は実験室での苦しい闘いに没頭したのです。
 そして、ついに1902年、二人はラジウム塩の抽出に成功します。世界初の快挙でした。
 取り出した量は、わずか「0・1グラム」です。数トンの鉱物から、たったの0・1グラム──。
 マリーは後に回想しています。
 この苦労に満ちた日々こそが、「もっともすばらしい、もっとも幸福な時代」「ふたりがともにすごした生涯の英雄時代」だったと(木村彰一訳「キュリー自伝」、『人生の名著8』所収、大和書房)。 意まれた環境だからといって、偉業が達成できるわけではない。また、一見、華々しく見える活躍が、必ずしも大きな価値を持っているわけでもない。
 本当に価値のある仕事、歴史に残る事業というものは、目立たない、地道な積み重ねである場合が多いのです。
 仕事は戦いです。また、自分自身の一念しだいで、仕事を通して、自分を磨き、強めていくこともできる。
 戸田先生の会社で働いていた時、先生は私たちに、こう語られたことがあります。
 「仕事に出かけるときは『行ってまいります』というけれども、仕事は戦いなんだから『戦いに行ってまいります』というべきだ」と。
 厳しき現実社会で戦う人間が、根本に持つべき心構えを教えてくださった。
 社会は、思うようにいかない苦闘の連続です。希望通りの進路にならなかった場合もある。しかし、そうしたことで大切な自分を見失ってはならない。
 若き日にマリーは、兄に宛てて次のような手紙を書いています。
 「人生は、私たちの生涯にとっても生やさしいものではないようね。
 でも、それが何だというのでしょう。
 私たちは自身に忍耐力を、中でも自信を持たねばなりません。
 私たちが何かについて才能に恵まれていることと、どんな犠牲を払ってもそれが実現されねばならないこととを私たちは信じるべきです。
 多分、ほとんど予想もしない瞬間にすべてがうまくいくことになるのでしょう」(桜井邦朋著『マリー・キュリー』地人書館)
 私はこのマリー・キュリーの言葉を、健気な短大生の皆さんに贈りたい。
 特に、これから社会に旅立つ、卒業生の皆さんに贈りたいのです。
 何があっても、忍耐と自信をもって、強く前進しつづけることだ。「進む」なかで、「動く」なかで、自分にしかない才能が見つかり、自分にしか果たすことのできない使命の道を開くことができるのです。

 ● 悲観主義でなく楽観主義でいけ
 一、フランスの故・ポエール上院議長は、私が20年以上にわたって、お嬢さんやお孫さんも含めて、家族ぐるみで深く親交を結んだ方です。
 第2次世界大戦で、命がけでレジスタンス運動を戦い抜いた正義の闘士です。
 その議長が政治家を目指したきっかけは、戦火の中だったという。
 議長は、防空壕を掘って、自分は死んでもいいから一人でも多くの人を救いたいと救助に当たっていた。
 その時、「自分には人々を安心させる力がある」と気づき、政治家への道が始まったと回想しておられました。
 ポエール議長は青年に対し、こう語られています。
 「将来を信ずることです。勇気と希望を失わないことです。未来へ参加していくことです。青年なくして未来はありえない」
 「絶対に悲観主義ではいけない。楽観主義でいくべきです。物事は、いろいろと変化していくものですから」
 「また何かやろうとするときは、自分自身を信じることです」
 幸福は、どこにあるのか。
 それはわが生命の充実感の中にある。そしてこの充実感は、労苦を勝ち越える挑戦から得られる。
 人知れぬ地道な、信念に徹する闘争のなかに、何ものにも侵されない、人生の喜びと悔いなき満足が生まれるのです。

 ● 「ラジウムは万人のもの」
 一、1903年、ピエールとマリーの二人は、放射線研究の先駆者であるアンリ・ベックレルとともにノーベル物理学賞を受賞します。
 ラジウムは、にわかに世界の注目を集めました。ガンの治療などに効果があることが明らかになってきたからです。
 今日、ガンに対して用いられる放射線治療は、「キュリー夫妻のラジウム発見に始まる」と言われています。
 世界のさまざまな国が、ラジウムを求め始めました。しかし、ラジウムを抽出する技術を知っているのは、キュリー夫妻だけです。
 この技術の特許をとれば、莫大な財産を築くことができる。子どもたちの将来の生活も保障してあげられる。何よりも、立派な実験室を持って、思う存分、研究に精を出せる──。
 あるときピエールが、この考えについて、マリーに尋ねました。マリーは、こう答えた。
 「それはいけません。それでは、科学的精神に反することになるでしょう」(エーヴ・キュリー著、川口篤ほか訳『キュリー夫人伝』白水社)
 「ラジウムは病人を治療するのに役だつでしょう......。けれど、それから利益を引き出すなんてことは、わたしできないと思います」(同)
 ピエールも、マリーの意見に同意しました。
 のちにマリーは、特許をとれば大金持ちになれたのにと話す人に対し、毅然と答えています。
 「誰もラジウムでお金持ちになってはいけません。あれは元素です。ですから万人のものです」(オルギェルト・ヴォウチェク著、小原いせ子訳『キュリー夫人』恒文社)
 二人は、健康を害し、寿命を縮め、筆舌に尽くせぬ苦闘を通して得た技術を、世界に、人類に、未来に捧げました。
 その生き方は、仏法で説く「菩薩道」の人生と深く一致しています。

勇気は絶望を照らす光
夫ピエールを失った悲しみの底で 何があろうと私は生き抜く!

 ● 突然の別れ
 一、ラジウムの発見、ノーベル賞受賞といった偉大な功績が認められ、1904年、ピエールはパリ大学の教授に就任します。
 マリーも、夫の研究室の主任となりました。さらに翌年、ピエールは科学学士院の会員に選ばれました。
 〈創立者は1989年6月、フランス学士院で「東西における芸術と精神性」と題して講演を行い、「この講演は偉大なる一編の詩であり、生命の真髄への探究に捧げられた芸術です」(同学士院芸術アカデミーのランドフスキー終身事務総長)等の大きな反響が寄せられた〉
 ピエールがパリ大学の教授となった年には、二女のエーヴが生まれています。キュリー夫妻は、人生の幸福と、研究の充実の真っ只中にありました。
 1906年の4月。ピエールとマリーは、二人の娘と一緒に、田園風景を楽しみました。
 久しぶりの休日。自転車に乗ったり、牧場に寝ころんだり、美しい森を散歩したりして、家族で和やかな一日を過ごしたのです。
 ピエールは、元気に跳びはねる、かわいい娘たちを、そして最愛のマリーを、幸せそうに見つめていました。
 二人の人生が、本格的な開花の季節を迎えようとしている。そう思えてならない、春の美しい日々でした。

誓いを果たす人生を

 その数日後、4月19日──。
 突然の悲劇がキュリー家を襲いました。
 ピエールがパリの街で、馬車にひかれてしまったのです。ピエールは亡くなりました。1カ月後に、47歳の誕生日を迎えるところでした。
 「ピエールが死んだ?……死んだ?……ほんとうに死んだの?」(エーヴ・キュリー著、河野万里子訳『キュリー夫人伝』白水社)
 マリーは、「ピエールが死んだ」という言葉の意味がわかりませんでした。しばらくは、悲しみを感じることすらできませんでした。心を失ったロボットのようになってしまいました。
 しかしマリーは、それでも生き抜かなければならなかった。このとき38歳。8歳のイレーヌと、1歳半にも満たないエーヴの、二人の娘が残されました。
 絶望に沈むマリーの脳裏に、ある日の光景が蘇りました。
 その日、肉体的にも、精神的にも苦しい実験作業を続けていたなかで、ふとピエールが、「それにしても、きついな、われわれが選んだ人生は」と漏らしました(同)。
 最悪の事態があるかもしれない。もしどちらかが死んだら、残った一人は生きていけない。そうでしょ?──と、マリーは聞いた。
 ところがピエールは、厳としてこう言ったのです。
 「それはちがう。なにがあろうと、たとえ魂のぬけがらのようになろうと、研究は、つづけなくてはならない」(同)と。
 何があろうと、たとえ一人になったとしても、生きて生きて生き抜いて、二人の使命を完遂する──これが二人の誓いでした。
 悲哀の底にいるマリーを、この「誓い」が支えてくれたのです。
 彼女の生涯には、多くの苦難が襲いかかりました。
 しかしそれらが束になってかかってきても、彼女の「誓い」を破壊することはできなかった。
 「誓い」を捨てることは、「自分」を捨てることであり、“戦友”である夫を裏切ることでした。それは魂の死を意味する。
 ヴィクトル・ユゴーは綴りました。
 「死ぬのはなんでもない。生きていないことが恐ろしいのだ」(辻昶訳『レ・ミゼラブル 3』潮出版社)
 残酷なまでの試練を経て、マリーの誓いは清められ、鍛えられ、高められていきました。
 誓いを果たすことが彼女の人生になった。彼女の生命は、まさに「使命」そのものと化した。
 苦しみに鍛えられることによって彼女は、永遠に朽ちない「真金」の人となったのです。師であり同志であったピエールと「不二」になったともいえるでしょう。
 また、計り知れない苦難に遭いながらも、人々のために生き抜かんとする人生は、自らを燃焼させて万物を照らしゆく太陽のごとく、宇宙の本源的な慈悲の法則に合致しゆくといってもよい。

 ● 「再生」の第一声
 一、やがて、パリ大学は、亡きピエールが受け持っていた講座をマリーに引き継いでもらう決定をしました。これは重大な出来事でした。歴史上初めて、学問の最高峰・パリ大学で、女性が講義を受け持つのです。
 1906年11月5日、マリーは教壇に立ちました。
 パリ大学で女性が初めて講義をする! いったい何を話すのか? しかもそれは、あのマリー・キュリーだ!
 多くの群衆、記者、カメラマン、有名人が教室に集まりました。
 固唾をのんで見守る人々。まっすぐに前を見つめるマリー──。
 彼女は、何の前置きもなく、静かに話し始めました。
 「この十年のあいだに成しとげられた物理学の進歩について、考えてみますと、電気と物質に関する概念の変化には、驚かされます……」(前掲、河野万里子訳)
 それは、夫ピエールが“最後の講義”を結んだ言葉でした。マリーは、まさしくピエールが講義を終えたところから、講義を始めたのです。
 最愛の夫であり、学問探究の不二の同志であった夫の魂を継いで、勇敢に生きゆく「再生」の第一声を、凛然と発したのです。
 マリー・キュリーの教え子の一人は、当時の彼女の姿を、次のように描いています。
 「万人に近寄りがたくなり、自らに課した超人的な任務に向かってひたすら緊張している、この時ほど彼女が偉大であったことはない」と(ウージェニィ・コットン著、杉捷夫訳『キュリー家の人々』岩波新書)。
 私たち夫婦が、忘れ得ぬ出会いを結んだ方々のなかにも、夫に先立たれた女性がいました。
 インドのソニア・ガンジー女史。フィリピンのコラソン・アキノ元大統領。法華経研究のヴォロビヨヴァ=デシャトフスカヤ博士。香港の方召?(ほうしょうりん)画伯。
 中国の周恩来総理夫人である、鄧穎超(とうえいちょう)女史もそうでした。 鄧女史は、ひとりの女性を次のように励ましています。
 「私は、女性が泣くのが一番、きらいです。泣いてどうなるの?
 泣いて、自分の運命が変えられますか。女性は自立しなければなりません。向上し、強くなり、戦わなければなりません。泣き虫はバカにされるだけです。
 私は、恩来同志が死んで、この上なく悲しく、三回だけ泣きました。しかし、泣いても、彼は生き返りません。私は、悲しみを強くはねのけて、更に強く生きていかねばなりません」
 そして、夫の周総理の精神を受け継ぎ、それまで以上に、大中国の発展のために、力を尽くして戦っていかれたのです。
 鄧女史が、逝去の2週間前に残した言葉は、
「生き抜き、学び抜き、革命をやり遂げる。命ある限り、私は戦いをやめない」でした。
 私は折に触れて、「この人ありて、周総理の勝利はあったのだ!」と、偉大な女史の勝利の一生を、最大に讃えてまいりました。
 夫を亡くしても、その悲しみに負けず、勇気をもって生き抜く女性は、「生命の女王」の境涯を悠然と開く人です。
 そして「幸福の博士」として、あとに続く人々の希望となり、模範となって光り輝いていくのです。

 ● 「必ず晴れる日は来る!」
 一、マリーの偉大さ、それは、最大の悲劇があったにもかかわらず、その苦悩のなかで、大いなる使命を果たし抜いていったところにあるといってよいでしょう。
 彼女は、それまで夫と二人で分かち合っていた重荷を、一人で担って歩んでいく決意をしました。家族を自分の収入で養い、子どもを育て上げるとともに、夫と切り開いた学問分野を発展させ、さらに、後輩たちを誠心誠意、育成していったのです。
 ピエールの死から8年後、第1次世界大戦の戦火が迫るなか、マリーは娘のイレーヌにこう書き送っています。
 「わたしたちには大きな勇気が必要です。そして、その勇気をもつことができるようにと望んでいます。
 悪い天気のあとにはかならず晴れた日がくるという確信を堅くもっていなければなりません。愛する娘たち、わたしはその希望をいだいてあなたがたを強く抱き締めます」(前掲、川口篤ほか訳)
 この言葉こそ、波乱の人生を生きたマリーの一つの結論でした。
 「生きる」とは「闘う」ことです。
 そのために必要なのは「勇気」です。
 勇気は逆境を切り開く宝剣です。限界の壁を打ち砕く金剛の槌です。絶望の暗黒を照らす不滅の光です。
 私も妻も「勇気」の二字で、ありとあらゆる中傷・迫害と戦いました。そして「勇気」の二字で、あらゆる苦難に勝ちました。
 私たち夫婦は、わが最愛の娘である皆さん方に、この「勇気の冠」を譲り託したいのです。

    勇敢な
     魂いだける
      白鳥会
     悲しみ乗りこえ
        常に朝日が

女性は平和へ導く教育者
?

 ● 未来の建設者
 一、イレーヌは、「この戦いにおいて、女性は選ばれた地位を占める。彼女たちは教育者だから」(前掲、杉捷夫訳)と述べています。
 女性であること。それは、社会を平和ヘリードする大きな使命をおびた「選ばれた教育者」であるということなのです。
 「母性は本来の教育者であり、未来に於ける理想社会の建設者」であるとは、創価の師父・牧口先生の叫びでありました。

 一、マリーヘの風圧は、学士院選挙の落選にとどまりませんでした。
 マリー・キュリーが夫に先立たれた気の毒な境遇と見られていた間は、世間は同情的でした。
 しかし、一個の人間として屹立し、堂々たる実力を発揮していくと、容赦なく攻撃を開始したのです。
 その根っこには、陰湿な「嫉妬」がありました。
 外国人であり、女性でありながら、誰にも真似のできないような業績を成し遂げ、海外から数々の賞讃を受けている──その確固たる偉業に対する根深い妬みが渦を巻いていたのです。
 マリーのプライバシーを非道に侵害し、事実無根のウソを交えて、大衆の好奇心に媚びへつらうような悪辣な記事が、次々と書き立てられました。中には、ピエールは事故死したのではなく、マリーのせいで自殺したのだと、卑劣極まることを言う人間すら現れました。
 「自由の名のもとに放縦が許される」という言論の暴力が、人権を蹂躙して憚らなかったのです。

 ● 逆境の時こそ真の友がわかる
 一、亡夫ピエールの兄ジャックは、ウソで固められた、でっち上げの報道に対して、「何と下賎で、何と不快で、何と卑劣なことか!」(前掲、田中京子訳)と激怒しました。
 そして自らペンを執り、マリーを賞讃し、彼女の正義を堂々と証明する文章を新聞社に送ったのです。
 「彼女に対する下劣な記事がどれだけわたしの憤激を煽り立てたか言うまでもない」(同)
 「キュリー家の名において、義理の妹が、科学のみならずさまざまな面で卓越していたように、その私生活においても常に完璧で申し分ないと言うことは大いに役に立つものと思う」(同)
 逆境の時こそ真実の友が明らかになります。
 多くの友人たちは、マリーを励まし、変わらぬ友情と真心を伝えてきました。
 20世紀を代表する大物理学者アインシュタイン博士も、その一人です。
 博士は、マリーの「精神とエネルギーと正直さ」を、心を込めて賞讃しながら、こう書き送っています。
 「野次馬が大胆にもあなたに反抗する、そのやり口が頭にきたのでこの感情を断然吐露せずにはいられません」(同)
 「野次馬がいつまでもあなたのことにかかずりあっているのなら、もう戯言を読むのはおやめなさい」(同)
 あのポーリング博士が、平和への信念の行動のゆえに事実無根の誹謗を浴びせられた時も、アインシュタイン博士は厳然と擁護しております。
 偉大であり、正義であるがゆえに、嫉妬され、悪口される。そして、それを耐え抜いて、勝ち越えた人が、永遠不滅の勝利と栄光に包まれていくのです。
 仏法では、「賢聖(けんしょう)は罵詈(めり)して試みるなるべし」と説かれております。悪口罵詈などに負けてはいけない。

④に続く
 

荒れていますね

 投稿者:ラカニエンヌ  投稿日:2016年10月22日(土)22時06分13秒
  お久しぶり!荒れていますね^_^  

組織の中で生き延びる必要は無し!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月22日(土)21時40分57秒
  学会組織が、人生の全てのように思っているのは、学校も職場も友人も皆、学会員ばかりと言う創価村の貴族社会の面々だけです。我々現場会員は、多様な仕事、人間関係、時間管理、常に外に開いた生活をしています。何も、創価村貴族社会の面々同様に内向きな世界に埋没する必要は無いのです。

聖教新聞読まなくとも、無冠さまが投稿されている先生のスピーチ有り、難解な教学論から、私のように文学を展開しながら、チクチクとアホを責めている言論、アルベアさまの深層心理の世界まで盛りだくさんです。何も心配いりませんよ!
 

えっっ~除名になる前から除名になるのを知ってた??一体どういうこと??

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月22日(土)21時28分44秒
編集済
  > 投稿者:別名・タイフ-ン パワ-
投稿日:2016年10月22日(土)21時07分20秒
別に興奮なんかしてませんよ。あなたも何様のつもりなんですか。金原さんが除名になる前から除名になるのも知ってましたよ。        では。<

つまり、知りうる立場にいたのかなw
どんな立ち位置の人??

あと、数年前ってどのくらい前なの?

金原さんって最近、除名になったと聞いたけど?

えっっ~~え?なんか辻褄わあないよね~w
変わった方がお見えだこと
 

太ちゃんへ

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年10月22日(土)21時13分44秒
  気楽に、太ちゃんと呼びますね。
失礼お許しください。

貴兄も小生と同じことをお感じなのですね。
機会あらば、参加して実感したいです。
肌で感じてみたいです。

お知らせいただき御礼申し上げます。
 

電通事件続報

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年10月22日(土)21時09分25秒
  たびたびの投稿失礼します。

昨日21日金曜日の衆議院厚生労働委員会で
中野衆議院議員(兵庫8区)が取り上げたとの
報道(公明、22日付2面)がありました。

抜け穴が無いように、そして、カトク人数不足で
手が回らないことが無いようにするまでやってください。

さもないと、今後の支援は考えるぞ。

>信濃町の人びと様。

レスありがとうございます。監視継続中です。
この件の公明党の対応(判決後直ちに声明を出さなかったこと)には
疑問を持つと同時に腹立たしく思っております。
庶民が作った政党ならば、
庶民が亡き者にされたことに対する怒りを出してほしかった。
それなくして何が公明党だ。

当板の趣旨とは外れるかもしれませんが
これからも監視報告を続けたいと思います。
 

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