晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:北斗七星
>日本が二千年続けてきたことを、この三十年間だけ破っちまったんです。それでどうのこうのとか言っても、いまのほうが間違っとるのに決まっているんですね

二千年以上も前から間違いを続けてきたんです。
二千年以上も前からずーっと間違いばかりやらかして来て今がある。
だから、この今現在が間違っていて「風前のともしび」状態に陥っている。
投稿者:にいのり
下記のような「第三者的単位」は、従来の近代社会システムにおいては、マスメディアによるマスコミュニケーションが「企業」をも「国家」をも牽制する、あるいは反省させるだけの"力"を有する/有すべしと考えられて来た。
良い意味でも悪い意味でも、「第4の権力」などと「国家」や「企業」に煙たがられていた日々が、マスメディアにとっての実は栄光の日々だった。
だが、今や「労働組合」とともに「巨大マスメディア」も、1%優先の新自由主義型資本主義の「中の人」化させられてしまい、第三者性(それは必ずしも中立性ではない)を確保する事が困難になってしまった。
新たな「単位」は、現行制度の延長下だと「NPO制度の活用」というような形になって来るのではないでしょうか。
「連合」の「中の人」の間に社会的良識を有する人がまだいるのなら、「連合」なる俗悪なだけで労働者にとって殆んど無益の組織など解体してしまい、企業毎、産業毎といった「単位」を超越するテーマ別の複数のNPOや参集と散会を繰り返すシールズモデルのユニットとの「連係」や「連結」が可能なシステムの立ち上げに向かうべきだろう。
そういう新しい形のネットワーク型労働運動が社会的に確かな形になってくれば、それと連携する「政党」もまた生じて来るはずだ。
投稿者:にいのり
自分に人をとりまとめるような経営的あるいは政治的才能でもあれば良かったのですが、どう考えてもないので他人様にお願いするしかないのですが、労働組合運動も新しいコンセプトによる労働者のための社会運動、社会活動が立ち上がらないとダメなんだろうなとつくづく思う今日このごろです。
先日も、どこかの項で、考えの一端を述べさせていただきましたが、法人・企業/会社単位の「組合」と、その寄せ集めの「連合」なる何の知恵も機知も感じられない組織集団では、考えてみれば、ますます巧妙化する1%優先の新自由主義型資本主義などに拮抗し得る活動など出来るはずもないわけで。
個々の労働者にとって本当に有益な、「社会的救援システム(social relief system)あるいは「社会的救助システム(social rescue system)総称して〈SRS〉とでも呼ぶべきようなシステムを発動し得る体制を模索すべきだと思っています。
巨大企業が、国家をすら制度的に取引先の一つであるかのように利用しようするような動きがあからさまになってきた今、「国家」という単位とはオルタナティブの「単位」が、「企業」に対して第三者性を確保しながらアプローチし得るような制度を早く構築すべきではないだろうか。

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