電通本社ビル photo by Wiiii CC BY-SA 3.0

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◆繰り返された電通(自殺)事件

 大手広告代理店の電通に勤めていた若手社員が昨年12月に自殺した件に関して、直前の残業時間の大幅な増加が原因だったと、三田労働監督基準署(東京)が労災認定したとのニュースが、10月7日の日経新聞に掲載されました。

 その後、このニュースは第2の電通(自殺)事件として世間を賑わせています。その多くは、残業時間が多いこと=過重労働の罪を問うものですが、なかには「100時間程度の残業でうつ病になるとは何事か!」的な論調もあります。

 まず、亡くなられた女性社員のご冥福をお祈りします。今回はこの事件で残業時間が注目される背景と、本当に残業時間だけが問題なのかという点について、産業医の立場から述べさせていただきます。

 私は産業医として年間1000人の働く人と面談をしています。長時間労働がいいとは考えません。しかし、長時間労働をしつつも、元気に前向きに頑張っている人たちもたくさん知っています。

 そのため、私は長時間労働だけが働く人に精神疾患を発症させ、自殺に至らせる原因とは思いません。色々な原因が重なり合い、今回の悲劇になったと思いますが、産業医の立場から、3点を推測したいと思います。

◆長時間労働だけが問題ではない理由

 まず、1点目として長時間労働だけが精神障害を発症する原因ではありません。その根拠は2つあります。

 今年の『過労死等防止白書』で過労死に関わる労災補償の状況をみてみると、残業時間が1か月で80時間を超える人たちばかりに精神障害にかかる労災が認定されているわけではありません。

 脳や心臓の疾患の場合は残業時間が1か月で80時間を超えたケースの件数が多いですが、精神障害の場合は労災認定されたケースの約20%は、残業時間が1か月で80時間以下であり、業務による精神障害の発症は、残業時間が短くても十分に起こり得ると考えられます。

 現に私の産業医クライエントには、長時間労働だけれども精神的不調にならずに元気に働いている人もいます。また、残業時間が少なくても、精神的不調に悩む人、それで仕事を休む人もいます。

⇒【資料】はコチラ http://hbol.jp/?attachment_id=113700

 そしてまた、現在、私は自分の産業医クライエント企業において、昨年12月に始まったストレスチェック制度を実施していますが、高ストレス者は必ずしも残業時間が多い人とは限らないと実感しています。

 むしろ、私のクライエントにおいては、高ストレス者の一番の理由は、職場で自分が認めてもらえていないという感情が根底にあると感じています。残業時間の長さは、必ずしも高ストレス者の一番の原因にはなっていないというのが、産業医としての率直な感想です。

 では、長時間労働以外の何がストレスの原因となり得るのでしょうか。それが2点目になります。

◆年6万件を超える「いじめ・嫌がらせ」の相談

 電通事件の女性社員は、SNSに「休日返上で作った資料をボロくそに言われた。」と書いてあったようです。このことから、私は電通(少なくともこの社員)においては、新入社員の教育体制・指導体制に、問題があったように推測します。最近の言葉でいうのであれば、指導という名の何らかのハラスメントがあったのではないかということです。

 一般的にハラスメントとは、相手を困らせること、嫌がらせと言われています。特に職場においてのハラスメントは、職場内での優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて、精神的身体的苦痛を与える行為と考えられています。最近は全国の総合労働相談コーナーへの「いじめ・嫌がらせ」の相談件数が増加するなど、社会問題として顕在化していると言われています。具体的には、職場での「いじめ・嫌がらせ」に関する相談受付件数は、年間6万6566 件(22.4%)であり、相談内容として最多となっています。