2011-02-25
■トム・ウェイツ
夜中に古いCDを引っ張り出してトム・ウェイツを聴く。
トム・ウェイツ1985年のヒット曲「Downtown Train」はこんな歌詞。
Downtown Train Tom Waits 1985 Outside another yellow moon Punched a hole in the nighttime, yes I climb through the window and down the street Shining like a new dime The downtown trains are full With all those Brooklyn girls They try so hard to break out of their little worlds You wave your hand and they scatter like crows They have nothing that will ever capture your heart They're just thorns without the rose Be careful of them in the dark Oh if I was the one You chose to be your only one Oh baby can't you hear me now Will I see you tonight On a downtown train Every night its just the same You leave me lonely, now I know your window and I know its late I know your stairs and your doorway I walk down your street and past your gate I stand by the light at the four way You watch them as they fall They all have heart attacks They stay at the carnival But they'll never win you back Will I see you tonight On a downtown train Where every night its just the same You leave me lonely Will I see you tonight On a downtown train All of my dreams just fall like rain All upon a downtown train |
外には黄色い月 夜空に丸い穴を開けている そうさ 俺は窓から通りへ出る 通りは真新しい10セント硬貨みたいに輝いている ダウンタウン・トレインは満員 ブルックリンの女たちで 彼女たちは自分の小さな世界から抜け出そうと必死だ 君が手を振ると連中はカラスのように散っていく 連中は君の心をとらえるものを何ももっていない 連中は棘だけの茨みたいなものだ 暗闇の中で連中に出くわしたときは気をつけたほうがいい ああ もし俺がその中のひとりなら 君の特別な男になれるのに ああ愛しい女よ もう俺の声が聞こえないのか 今夜 君に会えるだろうか ダウンタウン・トレインで 毎晩ずっと同じだった 君が去ってから俺はずっと孤独だった どれが君の窓か知っている もう遅いことも知っている どれが君の階段かどれが君のドアかも知っている 君の通りを歩いて門を通り過ぎる 俺は四つ角の街灯のところに立ってる 君は連中が倒れるのを見ている 連中はみんな心臓発作だ 大騒ぎの中で でも 誰も君を取り戻せない 今夜 君に会えるだろうか ダウンタウン・トレインで 毎晩ずっと同じだった 君が去ってから俺はずっと孤独だった 今夜 君に会えるだろうか ダウンタウン・トレインで 俺のすべての夢が雨のように降っている すべてのダウンタウン・トレインの上に |
曲のタイトルでもある「ダウンタウン・トレイン」は、通りで客引きをしているブルックリンの夜の女たちの列と解釈して訳した。ブルックリンの夜の女たちは、まるで列車のように通りにずらっと並んで派手な化粧と安っぽい色気で客を誘っている。通りを行く男たちはひやすばかりで上客はなかなかつかまらない。ああ、俺がそこにいたら、きっとおまえの特別な男になれるのに、なんでこんなことになっちまったんだろう、あの時、なんであんなくだらないことでおまえを罵って殴っちまったんだろう、今夜おまえに会いに行けたらどんなにいいだろう。男は女の住んでいるアパートを細部まで思い浮かべ、そこへ入っていく自分の姿を想像する。でも、男は自分の思いがもう届かないことも、やりなおすにはもう遅すぎることもわかっている。そんな愛すべきアバズレ女とろくでなし男の場末の恋の物語。トム・ウェイツの代表曲で、その後、何度もカバーされた。訳は「君」より「おまえ」のほうがいいかな。あと、最初の「they」を「ブルックリンの娼婦たち」、二つ目以降を「その客たち」と解釈して訳したけど、微妙に意味がとれない。「棘だらけのイバラ」はブルックリンの女たちにこそふさわしいと思うんだけどどうでしょう。歌詞を訳しながら、以前アパートの隣の部屋にすんでいた土建屋のにいちゃんと彼の恋人のことを思い出した。彼らもしょっちゅう通りに響くような大声でけんかしていたけど、その後、うまくやってるんだろうか。夜中にトム・ウェイツのしわがれ声を聴いていたら妙に人恋しい気分になった。
もう一曲、トム・ウェイツ。やはり1985年の歌。「Hang Down Your Head」。
Hang Down Your Head Tom Waits 1985 Hush a wild violet Hush a band of gold Hush you're in a story I heard somebody told Tear the promise from my heart Tear my heart today You have found another Oh baby I must go away So hang down your head for sorrow Hang down your head for me Hang down your head tomorrow Hang down your head Marie Hush my love the rain now Hush my love was so true Hush my love a train now Well it takes me away from you So hang down your head for sorrow Hang down your head for me Hang down your head Hang down your head Hang down your head Marie |
静かに 野のスミレ 静かに 黄金の絆 静かに 誰かがおまえの噂をしてるのを聞いたんだ 俺との誓いを踏みにじったって 俺の心を引き裂いたって おまえは他の男を見つけたんだな 愛しい女よ 俺は出て行かなきゃならない 悲しみでうなだれてくれ 俺を想ってうなだれてくれ うなだれてくれ 明日 うなだれてくれ 愛しいマリー 静かに 俺の愛 雨とともに 静かに 真実だった愛よ 静かに 俺の愛 列車とともに さあ おまえの元から遠くへ連れて行ってくれ 悲しみでうなだれてくれ 俺を想ってうなだれてくれ うなだれてくれ うなだれてくれ うなだれてくれ 愛しいマリー |
これも同じく愛すべきアバズレ女とろくでなし男との場末の恋の物語。男は女の裏切りを知って去って行く。飛び乗った列車は中西部の荒れ地の風景の中を走り、女と暮らした町が地平線の彼方へ遠ざかっていく。男は心の中で語りかける。愛しい女よ、俺たちの愛が真実だったのなら、去って行った男のことを想ってうなだれてくれ。そんな寝取られ男のみじめな思いが陽気なメロディーに乗せて歌われる。さて、愛しのマリーさんはどうするんだろうか。出て行ったろくでなしを想って酒場で酔いつぶれるんだろうか。それとも清々したよと高笑いするんだろうか。どちらにしても、トム・ウェイツの歌に登場する女には、そこでめそめそ泣くような恋愛小説のヒロインみたいなのは想像しにくい。彼の歌は、粗野で飲んだくれだけど妙に純情な男たちと、だらしなくて明日の見えない暮らしをしてるけど情に厚い女たちの物語だ。これも好きな歌で、ときどきサビのフレーズがアタマの中で無限ループすることがある。ただ、シングルカットされていないはずなので、それほど知られていないのかと思っていたら、Youtubeのコメント欄には大量の書き込みがあってちょっとびっくり。この情けなくてみじめで切ない歌を愛している人がそんなにいるなんてね。きっと全員おっさんだろう。トム・ウェイツの歌が好きだという女の人には出会ったことがない。ところで、ふたつめのフレーズの「a band of gold」がなにかの比喩か慣用句かと思って調べてみたけどわからなかったので、ここではとりあえず「ふたりの絆」と解釈して訳した。
さらにトム・ウェイツ。1983年の歌で「In the Neighborhood」。これもone of the best。
In the Neighborhood Tom Waits 1983 Well the eggs chase the bacon round the fryin' pan and the whinin' dog pidgeons by the steeple bell rope and the dogs tipped the garbage pails over last night and there's always construction work bothering you In the neighborhood In the neighborhood In the neighborhood Friday's a funeral and Saturday's a bride Sey's got a pistol on the register side and the goddamn delivery trucks they make too much noise and we don't get our butter delivered no more In the neighborhood In the neighborhood In the neighborhood Well Big Mambo's kicking his old grey hound and the kids can't get ice cream 'cause the market burned down and the newspaper sleeping bags blow down the lane and that goddamn flatbed's got me pinned in again In the neighborhood In the neighborhood In the neighborhood There's a couple Filipino girls gigglin' by the church and the windoe is busted and the landlord ain't home and Butch joined the army yea that's where he's been and the jackhammer's diggin' up the sidewalks again In the neighborhood In the neighborhood In the neighborhood |
そう 卵がベーコンをフライパンの周りで追いかけてる それにくんくん鳴いてる犬 教会の尖塔のベルとロープの脇の鳩たち 犬たちは一晩中ゴミ箱をひっくり返していた それにいつも工事中で悩ませられる それがうちの横町 それがうちの横町 それがうちの横町 金曜は葬式 土曜は花嫁 セイはレジスターの脇でピストルを持っていた それに配送のくそったれトラックがやたらと騒音をたてる 俺たちのバターはもう届かない それがうちの横町 それがうちの横町 それがうちの横町 そう ビッグ・マンボが年寄りのグレイハウンドを蹴っとばしてる こどもたちはもうアイスクリームをもらえない だって市場は火事で焼けちまったから 吹きっさらしの通りで新聞紙が寝袋 それにあのくそったれトラックがまた俺を縛り付ける それがうちの横町 それがうちの横町 それがうちの横町 フィリピン人の女の子たちが教会で笑ってる 窓は割れちまって店の主人はいない ブッチは軍隊に入っちまった ああ どこにあいつはいるのやら 削岩機がまた歩道を掘り始めやがった それがうちの横町 それがうちの横町 それがうちの横町 |
この「荒れ放題のうちの横町」で何を連想するのか。もちろんトム・ソーヤーとハックルベリー・フィンの物語であり、トムやハックの目を通して語られる南部の人々の貧乏暮らしである。そんなマーク・トウェインの頃と大差のない南部のレッドネックたちの浮き草模様がゆるいブラスバンドの演奏に乗せてノスタルジックに歌われる。ただ、トム・ウェイツが南部や中西部の貧乏人たちに人気があるという話は聞いたことがない。きっとその渦中にいる者にとって、町の荒廃はこんな叙情的なものには映らないのだろう。トム・ウェイツは昔からヨーロッパで人気があって、知り合いのイギリス人はなぜかみんなトム・ウェイツの歌が好きだ。知り合いじゃないけど、ピーター・ガブリエルもエルビス・コステロもトム・ウェイツの歌を「美しい」と言う。アニマルズの「朝日のあたる家」もそうだけど、ロックファンのイギリス人にとって、アメリカ南部の貧乏暮らしには惹かれるものがあるみたいだ。
ハックルベリー・フィンの物語は、この歌に限らず、すべてのトム・ウェイツの歌に通奏音のように流れている。ハックの目から見た人々の暮らし、ハックの目に映るおとなたちの偽善と差別意識、ハックの思い描く地平線の向こうにある自由と希望。トム・ウェイツの歌に登場する粗野だけど妙に純情な男たちは、皆ハックルベリー・フィンのその後の姿なんだと思う。目端の利くトム・ソーヤーの場合、その後ちゃっかり地元の名士に収まって「いやあ俺も昔はずいぶん悪さをしたもんだよ」なんてチョイワルを気どる嫌みなおっさんになっていそうだけど、おとなになったハックがカントリークラブの会員になってゴルフをしている姿は想像できない。トムと違って帰る家のないハックは、逃亡奴隷のジムと別れた後も地平線の彼方にあるかもしれない自由を探し求めているはずだ。
最後にもう一曲。1985年の「Time」。ある町での出来事を子守歌のように歌う。「子供たちをよろしく」という路上で暮らすこどもたちを描いたドキュメンタリー映画の主題歌にもなった。これもトム・ウェイツのone of the bestだと思う。他の歌より歌詞が抽象的なんで少し堅めに訳してみたけど、後半、なんの比喩を表してるのかよくわからなくなってしまった。
Time Tom Waits 1985 Well, the smart money's on Harlow And the moon is in the street The shadow boys are breaking all the laws And you're east of East St. Louis And the wind is making speeches And the rain sounds like a round of applause Napoleon is weeping in the Carnival saloon His invisible fiance is in the mirror The band is going home It's raining hammers, it's raining nails Yes, it's true, there's nothing left for him down here And it's Time Time Time And it's Time Time Time And it's Time Time Time That you love And it's Time Time Time And they all pretend they're Orphans And their memory's like a train You can see it getting smaller as it pulls away And the things you can't remember Tell the things you can't forget that History puts a saint in every dream Well she said she'd stick around Until the bandages came off But these mamas boys just don't know when to quit And Matilda asks the sailors are those dreams Or are those prayers So just close your eyes, son And this won't hurt a bit Oh it's Time Time Time And it's Time Time Time And it's Time Time Time That you love And it's Time Time Time Well, things are pretty lousy for a calendar girl The boys just dive right off the cars And splash into the streets And when she's on a roll she pulls a razor From her boot and a thousand Pigeons fall around her feet So put a candle in the window And a kiss upon his lips Till the dish outside the window fills with rain Just like a stranger with the weeds in your heart And pay the fiddler off till I come back again And it's Time Time Time And it's Time Time Time And it's Time Time Time That you love And it's Time Time Time |
そう ハーロウには罰金が科せられてる 通りには月がかかってる 不良少年たちはことごとく法律を破ってる ここはイースト・セントルイスの東 風が話をしている 雨音が喝采のように響いている ナポレオンが大騒ぎの酒場で泣いている 彼の見えない婚約者は鏡の中 バンドの連中はもう帰ろうとしている 雨は降り続いている 打ちつけるように 突き刺さるように そうさ ここにはもう何も残っていないんだ 時よ 時よ 時よ 時よ 時よ 時よ 愛する時がきたんだ 時よ 時よ 誰もが孤児のふりをしている 思い出は列車のよう 遠ざかるにつれて小さくなっていく 思い出せないこと 忘れられないこと そんな過去が夢の中に聖人を送り込む そう そばにいてあげると彼女は言った 包帯がとれるまで でも そんなママっこの少年は際限を知らない マチルダが船乗りに尋ねる それは夢 それとも祈り? 目を閉じろ 息子よ 少しも痛くないから ああ 時よ 時よ 時よ 時よ 時よ 時よ 愛する時がきたんだ 時よ 時よ そう カレンダーガールにはひどい出来事だ 少年たちは車から飛び降り 道ばたで泥をはねる 彼女は調子に乗って ブーツからカミソリを取り出した そして千羽のカモは彼女の足下に落ちた キャンドルを窓辺において 彼の唇にキスしてやりな 窓の外ではいい女が雨に濡れている 君の取り巻きとは見知らぬ仲のように 俺が帰ってくるまで褒美はやらないように 時よ 時よ 時よ 時よ 時よ 時よ 愛する時がきたんだ 時よ 時よ |
【おまけ】
→ Youtube : すっかり禿頭のおじいさんになったピーター・ガブリエルが歌う「In the Neighborhood」
→ Amazon : Tom Waits "Rain Dogs" べつに当方へアフィリエイトは発生しません
→ 映画「子供たちをよろしく」を紹介しているブログ。いい文章です。