9/10 点
staff/cast
監督 山田尚子
脚本 吉田玲子
キャラクターデザイン 堀口悠紀子
大路もち蔵 田丸篤志
感想
現在、京都アニメーション制作の「映画 聲の形」が公開中という事で同監督の前作「たまこラブストーリー」の感想を書こうと思います。
この作品はTVアニメ「たまこマーケット」の続編になります。山田尚子監督はこのさらに前の作品でも同じようにTVアニメシリーズの劇場版「映画 けいおん!」を作っています。
同じTVアニメの映画版ですが、本作「たまこラブストーリー」は「映画 けいおん!」とは全く違うアプローチで映画化されています。
「けいおん」はほぼテレビシリーズに近い内容を海外を舞台にするなどのスケールアップさせる方向で作っていました。言ってしまえばTVシリーズのファンムービー的な印象が強く、あくまでTVシリーズの世界を壊さないように制作者側も守りに入ってるように感じました。
それと比較すると本作「たまこラブストーリー」は明らかに制作者側がTVシリーズの世界を破壊しようする意志があります。というか、TVシリーズの世界を壊すということがこの映画のテーマになっています。
この映画のテーマはズバリ"変化を受け止める"という事でしょう。
TVシリーズはいわゆる日常アニメというようなジャンルで変わらない日常がたんたんと続いていくものでした。(「けいおん!」と同様に)この手のジャンルでは人間関係の大きな変化はなく、キャラクターもほとんど成長しません。
ですが、この映画では幼馴染みの男の子の告白によって変化しないはずの人間関係が決定的に変わってしまいます。この告白でTVシリーズの世界は完全に壊され、それまで動揺などしなかった主人公たまこが慌てふためき、今まで見せなかった顔を見せ始めます。
主人公が人間関係の変化を受け止め自分の答えを出せるのか、という事がこの映画の主軸となっています。
この映画では告白された直後のたまこの動揺はかなりコメディータッチで描かれます。これに対して恋愛映画でキャラクターが極端に頬を赤らめたりするのは薄っぺらいというような意見を目にしましたが、それは違うと思います。
たしかに本作はアニメ的デフォルメが強く、一見すると深い心理描写はされてないと思われるかもしれません。ですが、よく見てみると本作は本当にセンチメンタルな部分は常に足元に底流しているのです。たわいもないギャグの最中も普通に会話してるシーンでも。これが作り手の品の良さであり僕がこの作品を好きな一番の理由です。
この監督はよく足のカットをいれますが、これは本当にセンチメンタルな部分や本当の感情は顔などには表われず足元に流れているということを表していると思います。
実際、山田監督は以前インタビューで「足はいつも机の下に隠れてるから本性が出る」というような発言をしていました。(インタビュー記事)
この映画は話としては女の子が幼馴染みの男の子に告白されて返事をするのかどうかという小っさいはなしです。
だから人によっては大したことがなにも起こらない退屈な映画に感じる可能性はあります。たしかに起こっていることはこれ以上ないくらい小さい恋愛話です。ですが同時にこの映画はこれ以上ないくらい王道に人を感動させられるストーリーテリングを持っています。
物語の基本構造は行って帰ってくる事です。これが最もエンターテイメント作品に用いられる物語構造です。「たまこラブストーリー」は意外にもこの王道の構造に沿った話運びをしています。
まず、日常が変化することを受け止められない主人公たまこがいます。これは映画冒頭紙コップを受けとれないことで暗示されます。これが最初の状態です。
次に告白されるというイベントによってたまこの日常が壊されてしまいます。これにより、たまこは日常ではない状態に陥り、戸惑いまくります。これが行って帰ってくるの行っている状態です。
そして、たまこはラジカセのオートリバースで母親にも自分と同じようなことがあったことを知り、成長し、日常に戻る決意をします。これが帰ってくる状態です。
そして、ラストシーン。冒頭のシーンとの対比によって最もエモーションを高めた瞬間にエンドロールが流れる切れ味の良さ。やっぱり映画としてしっかり感動させる構造を持っている。
話の構造がとてもきれいで対比の演出などもしっかりしている。紙コップを受けとれるかどうかなど言葉ではなく画として伝わる映画的なカタルシス。映画として上出来としか言いようがない。
恋愛という題材から変化を受け入れられるかという大きくて不変的なテーマを表現しているのも好みだった。
他の作品を引き合いに出すのはあまりよくないと思うが「心が叫びたがってるんだ。」を観たとき、コミュニケーションという大きなテーマを扱っているくせに途中から大して面白くもない恋愛話に話が矮小化されているように感じて少し不快だった。(ライムスター宇多丸のラジオでも同じような事を言ってました。)
「たまこラブストーリー」はこれと逆で小さい恋愛話から、不変的な"変化への不安"というテーマになっていきます。
こんな感じで、テーマ性、話し運び、演出あと音楽や美術もかなりのハイレベルかつ映画的でありながら、アニメ的デフォルメもあるためポップでキャッチーです。ぶっちゃけ傑作です、この映画。特に僕みたいな映画色々、観始めたくらいのビギナー映画ファンには絶対オススメです。