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太ちゃんへ

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年10月22日(土)21時13分44秒
  気楽に、太ちゃんと呼びますね。
失礼お許しください。

貴兄も小生と同じことをお感じなのですね。
機会あらば、参加して実感したいです。
肌で感じてみたいです。

お知らせいただき御礼申し上げます。
 

電通事件続報

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年10月22日(土)21時09分25秒
  たびたびの投稿失礼します。

昨日21日金曜日の衆議院厚生労働委員会で
中野衆議院議員(兵庫8区)が取り上げたとの
報道(公明、22日付2面)がありました。

抜け穴が無いように、そして、カトク人数不足で
手が回らないことが無いようにするまでやってください。

さもないと、今後の支援は考えるぞ。

>信濃町の人びと様。

レスありがとうございます。監視継続中です。
この件の公明党の対応(判決後直ちに声明を出さなかったこと)には
疑問を持つと同時に腹立たしく思っております。
庶民が作った政党ならば、
庶民が亡き者にされたことに対する怒りを出してほしかった。
それなくして何が公明党だ。

当板の趣旨とは外れるかもしれませんが
これからも監視報告を続けたいと思います。
 

(無題)

 投稿者:別名・タイフ-ン パワ-  投稿日:2016年10月22日(土)21時07分20秒
  別に興奮なんかしてませんよ。あなたも何様のつもりなんですか。金原さんが除名になる前から除名になるのも知ってましたよ。        では。  

それが、2015.11.17クーデターです!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月22日(土)20時56分7秒
  昨年の11月17日の突然の会則変更

↓↓↓

え!! 日蓮世界宗創価学会 発表してるじゃん!?投稿者:九州人
?投稿日:2015年11月17日(火)23時09分48秒
創価学会公式サイトより
会則(1)

池田先生は、創価学会の本地と使命を「日蓮世界宗創価学会」と揮毫されて、創価学会が日蓮大聖人の仏法を唯一世界に広宣流布しゆく仏意仏勅の教団であることを明示された。
そして、23世紀までの世界広宣流布を展望されるとともに、信濃町を「世界総本部」とする壮大な構想を示され、その実現を代々の会長を中心とする世界の弟子に託された。
http://www.sokanet.jp/info/kaisoku01.html
?
↑↑↑

ところが、宮田論による大変更で、やっぱし世界宗教になるためには、釈迦仏が良い良いと言うヘンテコな本尊になる訳です。浅識な我々現場会員は、何を言われているのか、さっぱりわかりませ~ん(-_-)
 

金原明彦氏は除名されたましたが、

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月22日(土)20時55分33秒
  創価学会員でした。金原明彦氏が唱えた弘安2年の大御本尊を後世の作とする説は、元教学部員の須田晴夫氏も援用をしています。金原明彦氏は日蓮本仏説を否定していません。弘安2年作とされる大御本尊を疑っているだけです。それと、現在は教学の過渡期です。三重秘伝の日寛教学の扱いがどうなるのかも未知数です。微細な教学論議に興奮してしまう貴女はこの掲示板を去るべきです。さもなくば、ROM専になりませう。  

(無題)

 投稿者:別名・タイフ-ン パワ-  投稿日:2016年10月22日(土)20時38分20秒
  私はね、ものすごく怒ってるんだよ。学会をかくらんしないでください。ホント鉄下駄で・・・。 大白蓮華でも池田先生はちゃんと、当たり前だが、末法の御本仏は日蓮大聖人様だと書いてあります。  

一言児さんへ

 投稿者:別名・タイフ-ン パワ-  投稿日:2016年10月22日(土)20時27分50秒
  はじめまして。私は数年前に信濃町の本部へお電話をかけて聞いたことがあります。インターネットで、金原という人が書いた本の宣伝している掲示板があるんですが、この方は創価学会員とありましたが、内容とか、どうなんでしょうか?と私は聞きました。そしたら、創価学会員にはそういう方はいないし、内容も学会ではそういうことはないです、との返事でしたので私はそうですよね、おかしいですよね、とほっとしました。そうでないといままでの私たちが教えられてきた信心、教学がひっくり返るからです。じゃ~~~いままでの教えられて学んだ教学はなんだったんですか、うそなんですか、うそだったんですか、となりますよ。この現在、末法の時代は御本仏は日蓮大聖人様しかおりません。それをだ、この末法は釈迦???おかしいでしょう、きちがいざたしかおもえませんよ。 なんなのよ、あなたは。人をバカにするんではないですよ。  

長いモノに巻かれる信心

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月22日(土)20時18分19秒
  地区部長が家庭訪問をしてくれて、組織の中で生き延びる術を教えてくれた。長いモノに巻かれる信心。権威権力に盲従するのが無疑白信。脳細胞は筋肉質の実践道。観念は不要。大卒以上の高学歴学会員を追放しやう(除名ですね,イヒヒ)。明日の座談会で壮年部アピールをします。仏敵撲滅。二乗不作佛!  

法華経を拝しましょう

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月22日(土)19時44分10秒
編集済
  Le lotus de la bonne loi、初めて仏訳された法華経です。Amazonで、3,000円で買えます(送料別)。900ページ。偏頗な本佛論を弄ぶよりも、素直に法華経を読みましょう。語学の勉強にもなります。  

執行部追放のあとも

 投稿者:一言児  投稿日:2016年10月22日(土)19時03分25秒
  学会が本尊問題にふたをして誤摩化して脇見せずに存続できるとは思えない。一会員様の悲観的展望に同感。こんな閉鎖的で内向きな組織は日寛教学で立ち上げた弘安2年、大ご本尊プロデュース日蓮正宗に基づくものだ。排他的バチ論ご利益信心は次世代の共感はありえない、身近に人革体現してるひとも居ないしなー。正本堂の聖域発想はそもそも大聖人の沢山お残しの文字曼荼羅にそぐわない、と前から思ってた。一会員様のご指導に、落ち着いて信心が出来ますよ。  

Kさんと対話

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月22日(土)18時51分17秒
  Kさん「この間はお見舞いありがとね~」

ひかり「足の骨折だよね~、ひどかったね~」

Kさん「やっぱり3ヵ月かかるってホントだった~」

ひかり「今は歩けるの?」

Kさん「ちょっと痛くなるかな、まだ。でも、歩ける、やっと」

ひかり「病院に幹部が来たんだって?」

Kさん「そうそう」

ひかり「フクザツな気持ちだった?」

Kさん「参院選前に、活動と仕事どっちが大事なの、なんてスゴイ剣幕で言われたし。
仕事超忙しくて潰れそうだったから、やっぱり幹部は激励に来てくれたって一瞬喜んだけど」

ひかり「疲労の頂点で幹部に怒られるなんてね」

Kさん「私の事情より、よっぽど選挙なんでしょ。忙しくて、選挙どころじゃありませんって言い返してやった」

ひかり「活動たって、ねえ。選挙じゃん。信心とは別物じゃん」

Kさん「そう思うでしょ?ホントなんで怒られるのか、わっかんない」

ひかり「私が病院にお見舞いに行った後に来たの幹部?」

Kさん「うん。寝たふりしちゃった。嫌で」

ひかり「ははは」

Kさん「顔見るとムカツク」

ひかり「幹部は変な癖がついてて追われてんのかな、ほんとは自由なのにさ」

Kさん「学会員は利用されてるんだって、はっきり分かっちゃった私」

ひかり「あそう。分かっちゃったんだ」

Kさん「入院してゆっくり考えられて良かった。前の私なら、活動できなくて悪いなって
自分をムダに責めてたけどさ。あれが幹部なんだって、この目で見ちゃったからね」










 

あの昭和54年に何をしていたか?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月22日(土)18時28分20秒
  谷川佳樹は、東大卒業して商社マンとなっていた。しかし、創価学会活動歴が無い。

と言う事は、創価学園時代は未入会であり、東大時代に偽装入信して創価学会組織に潜入してきたのではないでしょうか?親も未入会で本人も大学時代(昭和50~昭和54年)は、374919の下半身だけ元気な男の子で、折伏・弘教など、ビンボー人がやる事で、勤行・唱題も生活に困った奴がやる事だと言う志向ですね。

活動歴が無いのに、学生部幹部になったのは、創価村の左側ムーブメントが働いていたからでしょう。親も日共党員でオルグ(創価学会破壊工作)の役目を担った人物。お金持ちなんですね。何でも買い与えていた、信用・信頼と言う無形財産は別として(-_-)創価村貴族に大変似通ってマスね。
 

一会員さま、持論展開をどうぞ!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月22日(土)18時13分46秒
  先般の投稿から、展開がございません。
アルベアさまが、そうだったようにバケモノのように連射するような教義論(持論)をご投稿下さい。そうでないと、単なるアラシと貴方の投稿が評価されます。今後、ハンドルネームを変えても、類似する内容は多重HNと誤解されます。

アルベア氏は、すでに持論展開で700投稿(やり取りが入りますが)を超えています。力有るお方だと思いますので連投でバンバン展開をお願い致します\(^o^)/

そうすれば、別スレッド一万件も夢じゃない。
 

こんばんわ !

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年10月22日(土)18時03分56秒
  少し思うことがあったので、久しぶりに論考を発表しようと思います。

テーマは【信仰と哲学と三諦論】です。

今月末か、来月初めになると思いますが、みなさん読んでね ♪
 

有志の会の声明

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年10月22日(土)17時53分45秒
  創価大学・創価女子短期大学有志の会の「声明」も 素晴らしい ですよ  

京都の虎さ~ん

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月22日(土)17時38分0秒
  まだ、なあ~んも言っとらんがな~怒らんといてね~

お会いできまっせ~機会があれば~

これでも一応「レデー」のつもりなんで、

「Yahoo!」なんて返事しません、はしたないから~

というわけです、はい。

またね~

あ、ひかりも虎だよ~




 

読後感でございます

 投稿者:浦島の太郎  投稿日:2016年10月22日(土)16時53分19秒
  昨日は、一日の業務を終え帰宅いたしましてから、夜遅く一会員さまの論文を読ませていただきました。根拠文献まで示されて作成され、一会員さまが時間と労力を費やされた力作と感じました。
ご主旨はじゅうぶん理解できます。研究でのご苦労もよくわかります。しかし、私の能力と知識では本当かな、どうかなあと(失礼ですが)考えてしまいます。賛同はできません。
ここ数年、変貌した執行部が率いる組織の学会員さんのなかでも、常に問題意識を持っておられる人がいらっしゃったのですね。嬉しいです。
私の周囲には、まるで思考停止したように幹部に盲目的に従属することが、純粋な信心と思っている人がほとんどです。
一会員さまのような人も存在されたというのは驚きでした。
いろんなお考えも、いろんな分野、いろんな角度から研究をされるのもご自由でございます。
しかし、この掲示板には一会員さまの論文はなじまないと、私は思います。
元宗門の僧侶で還俗されて研究者の道を目指されるお方が、創価大学で一会員さまと同じ主旨の内容の講演をされたそうです。
最近はそういうお考えの人がおられるのでしょうか。とにかくこの掲示板ではなじまないですね。宗門の歴史については、どこかの大学で専門の先生につかれて研究をされたらいかがでしょう。素晴らしい研究論文をお書きください。ありがとうございました。
 

自由と平和のために!

 投稿者:海外在住  投稿日:2016年10月22日(土)16時29分28秒
編集済
  創価大学で学ぶ若者たちは池田先生の教えを受け継いでいるのだろうか?
下記は、京大生有志の会の声明です。
--------------- -- ------------------  ------------- --- -
戦争は、防衛を名目に始まる。
戦争は、兵器産業に富をもたらす。
戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

精神は、操作の対象物ではない。
生命は、誰かの持ち駒ではない。

海は、基地に押しつぶされてはならない。
空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

学問は、戦争の武器ではない。
学問は、商売の道具ではない。
学問は、権力の下僕ではない。

生きる場所と考える自由を守り、創るために、
私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。

http://www.kyotounivfreedom.com/manifesto/

 

師弟不二アーカイブより 【問答無用 対話なき処分】【41】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月22日(土)14時56分34秒
  陽光様の【問答無用 対話なき処分】のシリーズ41をお送りしています。

この気づきだと思いませんか?

「救済者になって初めて自分自身の発迹顕本が可能となる。
いや、救済者にならなければ発迹顕本は不可能なのだ。
そして、多くの救済者が集まる事によって創価学会の発迹顕本が自然に可能になるんだ。」

一教団の処分より大聖人様に叱られることこそ信仰者として恐れるものなのだと。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これから私の信心の本当の修業が始まる。

先生の「深く大きく境涯を開いて自分自身と創価学会の目の覚めるような発迹顕本を頼む」
と言われたことを帰宅する車の中で考えた。このことについては長い間熟考していたことである。

先生はこのメッセージで何を意味されているのであろうか。考えに考えた。
その時、突如として脳裏にパッと閃いたものがあった。

それはアルベア論にあることであるが、「深く大きく境涯を開いて」という意味は、
「自己機能を体感し救済者となること」なのだ。

救済者になって初めて自分自身の発迹顕本が可能となる。
いや、救済者にならなければ発迹顕本は不可能なのだ。

そして、多くの救済者が集まる事によって創価学会の発迹顕本が自然に可能になるんだ。

そのためには自分が一人立つ以外にないんだ。自分が山本伸一になる他ないんだ。
先生はこの事を私たち弟子にメッセージを送られ、伝えようとされているんだ。
目から鱗であった。


今のところ「理」ではあるが先生のメッセージが心から分かった気がした。


この「問答無用対話なき処分」のお陰で私の真の使命に気づかせてもらったのだ。

末法万年尽未来際のために極悪とは徹底的に戦わなければならない。
「悪を滅して善を生ずる」「破邪顕正」とは、悪と闘う事が第一義なのだ。


日蓮大聖人の精神に背くもの、創価三代、
なかんずく、池田先生の指導に背くものはすべて「悪」と断じる。


その悪と闘う事こそが私の今世の使命だったんだ。

なるほど、今回の一連の出来事は先生のメッセージの真意を気付かせてくれるためにあったのだ。
ぬるま湯に浸かった信心では発迹顕本は到底できない。

できる筈もない。そうなんだ。これからいよいよ自分自身の本物の信心が始まるのだ。
そのように感じた。不思議な感じだが、除名処分を受けてもまるで悲壮感がない。
むしろ心は晴れ晴れとワクワクしているのだ。これほどすっきりした気分になったのも珍しい。


法華経の智慧 「提婆達多品」より (少し長いですが引用します)


名誉会長: それが仏の心である。ゆえに仏は極善です。しかし、それは仏の生命に悪がないということではない。悪は、可能性として仏の生命にも具わっている。しかし、最高の善を目指し、悪と戦い抜いているがゆえに、仏は善なのです。大聖人は「善に背くを悪と云い悪に背くを善と云う、故に心の外に善無く悪無し」(御書 p563)と仰せです。善も悪も実体ではない。空であり、関係性によって生ずる。だからこそ、たえず善に向かう心が大事であり、行動が大事なのです。


名誉会長: そう。仏法は勝負です。限りなき闘争です。釈尊が提婆達多に勝ったからこそ提婆の「悪」が釈尊の「善」を証明することになった。悪に負けてしまえば、善知識であったとは、とても言えない。戸田先生は明快に言われています。「提婆達多は釈迦一代にわたる謗法の人で、一切世間の諸善を断じた。ゆえに爾前経では『悪がなければもって賢善を顕すことができない。このゆえに提婆達多は無数劫以来、常に釈迦とともにあって、釈迦は仏道を行じ提婆は非道を行じてきた。しこうして互いに相啓発してきたものである』と。しかるに対悪顕善(悪に対して善を顕す)が終われば悪の全体はすなわちこれ善である。ゆえに法華経では善悪不二、邪正一如、逆即是順(逆縁も即ちこれ順縁)となるので ある。このことは爾前経ではいまだ説かれなかった奥底の義である」。

悪もまた善を顕す働きをするのであれば、悪の全体がそのまま善になります。まさに善悪不二です。しかし、自然のままに放置していて、悪が善になるのではない。悪と戦い、完膚なきまで打ち勝って、はじめて善悪不二となるのです。その意味で、提婆品の「悪人成仏」とは、釈尊による「善の勝利」の偉大な証明です。勝利宣言です。その「勝者」の境涯が高みに立ってはじめて、提婆が過去の善知識であり、自分の師匠であって、今世で自分の化導を助けてくれたのだと言えるのです。


名誉会長: 「生命の真実」であると言えるでしょう。提婆達多も、生命の真実の姿においては、善悪不二です。無明と法性が一体の妙法の当体です。釈尊が師とした過去世の提婆達多とは、じつは、この妙法そのものだったと言えるのです。ゆえに大聖人は「提婆は妙法蓮華経の別名なり過去の時に阿私仙人なり阿私仙人とは妙法の異名なり」(御書 p744)と仰せです。釈尊も根源の妙法を師として成仏しました。そのことを提婆品では、釈尊が過去世に阿私仙人を師匠として修行し、成仏したという表現で示したと考えられます。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=10057
 

お会いすること

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年10月22日(土)14時44分39秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

最近、この掲示板で「実際に会う」ことについての意見がありました。

先程の「池田先生の思想と日蓮本仏論②」にも書きましたがこの掲示板は池田先生を敬愛する弟子の集まりです。

池田先生は「会う」こと「対話」することが一番大切な「行動」であると御指導されています。
「会って対話」をして「信頼の団結」をしていくことが池田先生の行動でありました。
弟子であるなら池田先生と同じように行動するべきです。

ですからお会いしましょうと言われることは、池田先生の御指導通りです。

そのうえで、先程の「池田先生の思想と日蓮本仏論②」にも書き込みされていただきましたが、原田会長と「鉄錆びの団結」をする54年に池田先生を追放した「一念」を持った輩がこの掲示板で池田先生の御指導を根本としている私たちを「憎み」排除しようとしていることも「注意」しておかなくてはなりません。
現実に私もそのような輩に「迫害」をされたことがあります。
現在も狙われているでしょう。

ネットでは書き込みをしている人の素性もわかりません。
しかし会わなければ信頼の団結もできません。

困難な戦いであります。
無理な戦いであります。

しかし池田先生は「困難で無理」な戦いを勝ってきました。
私たちも池田先生の弟子であるなら「困難で無理」な戦いに挑戦していくことが必要です。

一人から一人へ。会って信頼の団結をすることは、「困難で無理」な戦いですが一歩づつでも挑戦する「一念」を持っていくことが大切です。

もしかすると会ってみたら隣の地区の地区部長でした
(笑)。
いつも会合で会っていたね(笑)みたいなことがあるかもしれませんね。

 

池田先生の思想と日蓮本仏論②

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年10月22日(土)14時10分1秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

昨日、池田先生の思想と日蓮本仏論を書き込みさせていただいてたくさんの声をいただきました。
ありがとうございます。

大前提です。
①この掲示板は池田先生を敬愛する弟子が集う掲示板です。

②師匠である池田先生を追放した最高幹部、54年総括の場です。

③総括をするとともに、今も池田先生を追放した最高幹部及びそれに連なる創価学会職員、外郭職員に対して正義の言論を展開する場です。

④現実の学会活動で、池田先生の御指導に反する活動があり、地域の幹部に相談しても納得の回答がもらえい人が集う場です。

この四点が前提です。

全ては池田先生の御指導が中心です。根本です。

ですから、池田先生が「日寛上人の教学を元」に「現代的に日蓮本仏論」を世界へ流布したのですからそこに異論はないのです。

他門の学者や坊主はこの掲示板には必要ありません。
そのような議論は他の掲示板や公開の場で行われています。
私はそのような意味で、日蓮本仏論は日寛上人の創作であるとの思想の方はこの掲示板の「閲覧者」にとって「魔」であると断じているのです。

御理解をいただけますか?

また、教学が苦手な方もいらっしゃいます。学ぶ途中で基礎教学の段階の方もこの掲示板を閲覧されます。
女性もいます。未来部もいます。多宝会の方もいます


閲覧者の皆様に共通するのは、池田先生を敬愛し望んで弟子となった方です。
その方は、池田先生が正義であることに何も異論がありません。
ストートな言い方をすれば、池田先生の御指導を信仰の根本にしているのです。

そのような方が迷う議論は不要です。

御理解いただけますか?

そして、
原田会長と「鉄錆び」の団結をする54年に池田先生を追放した「一念」を持った「創価学会職員、外郭職員」はこの掲示板を憎んでいます。
なぜなら「池田先生ですら辞任」される「一念」があるからです。
自分の立場を守る為に「池田先生ですら辞任」させれる「一念」の人間なのです。

そのような「一念」がある人間は当然、池田先生の御指導を根本にする私たちを「憎む」のです。

この理論は御理解できますか?

大切なことですのでもう一度書きます。

「自分の立場を守る為なら池田先生ですら辞任させれる一念」

です。

これは戸田先生が佐渡御書講義で御指導された「外道」の「生まれ変わり」です。
「外道」の「一念」です。

皆様は私のこの意見に賛成ですか?反対ですか?
 

京都西京区乃虎へ

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年10月22日(土)14時07分11秒
  最後に一言って、もっと言ってくださいな

----------------------------
信濃町の人びと様   投稿者: 京都西京区乃虎   投稿日:2016年 8月19日(金)13時52分3秒

全くもってそのとおりでございます。
不思議と
中野区=N=I,H
西京区=N=I,H
もしも、西京区の方が除名されたならば、墓場に持っていく話を洗いざらい公表いたします。
その時は、アホ執行部原田、谷川、八尋、秋谷、佐藤、関西アホ軍団森井、中村、竹本、岡本の諸君!楽しみにね~
今日も誰かに止められている京都西京区乃虎でした。
----------------------------

公表してくださいな

誰だか知らないけど、止めるな~

みんな楽しみにしていますので、止められるな~
 

論点と観点、違うような気がします・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月22日(土)14時01分32秒
  eco◆Smw69さま

エ~とまず、私の書いたことをもう一度、ゆっくり読んでいただけますか?

私の先の投稿はeco◆Smw69 様への批判ではありませんので、そこを勘違いしないでください。

また、フランスの組織変更のことを擁護しているのでもありません。

私は現地の事件や問題、詳細を掴んでいるはずです。

裁判のこともです。そのことについても投稿してます。

一般的に、反社会的団体言う意味で使われる意味のカルトとフランスでのカルト登録は違いますよ・・ということを言っています。

そこを誤解されていることが、多々であるのです。

今から、寝ますので・・あとは、起床してからになりますが・・


では、おやすみなさい・・
 

ecoさん 割り込みですが

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月22日(土)13時56分50秒
編集済
  手がすべってしまい途中で投稿してしまいました。
失礼しました。


生涯広布様の

「一般的に、カルトやセクト認定と言っている方たちが、フランスでのカルテ・カルチョレー登録をカルト認定として捉えているのか、わかりませんが・・意味は全く違いますので、もし、そうであれば認識の誤りであり、誤解です。」

この部分を指してのことでしょうか?文意の取り違えではないでしょうか?

一般論として、日本で言われている、または、イメージされているカルトやセクト認定とは
異なりますので注意されたしの意味ではないでしょうか?

すなわち
ご承知でしょうが、フランスの法制度、
とりわけ宗教と政治の関係で、対立したり、手を取り合ってきたりしたフランスやヨーロッパの歴史的経緯
政教分離制度やカトリックを国教としてきた歴史、その後のEU加盟によるEU憲章に定める信教の自由制度などなど。

日本ではアンチ創価学会の方々が短絡的に批判の為の、為にする議論として利用しているので。
とりわけ注意されたしの意味ですよ。

ecoさんが出された資料はその通りでしょうし、それと相反する内容とは思えないです。

以前、詳細は生涯広布様が書かれていましたよ。

以上、老婆心ながら。

 

生涯広布 & 広布一筋さま

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2016年10月22日(土)13時42分11秒
編集済
  残念ですが 勘違いでもなんでもありません
その証拠に なぜ?フランスでは 2016年の現時点においても SGIの名前が名乗れないのでしょう
SGIフランスとしての組織活動ができないのでしょうか? 名前を変えないと生活や運営が維持できない処にまで追い込まれているんじゃないでしょうか?

要はどこまで SGI会員の生活保証が維持できているのか つかみきれていませんが
少なくとも1960年代から90年代にかけての韓国SGIや台湾SGIの状況とほぼ同じなのが
欧州創価学会の現状と見ることができ
とてもじゃないですが 創価学会が外国で高い評価を得ているというのは詭弁にしか映りません。

あなたは台湾SGI会員の体験談を読んだことがありませんか?
たしか内容によれば 人権の絡みで 牢屋にはぶち込まれなかったけれど
世間からはヤクザのような目で見られ 衣食住一つとっても
アパートやマンションが借りるのにも一苦労だったり 就業に制限があったり・・と
何十年も 目には見えない弾圧や差別を受けていたことが 聖教新聞で書かれていた記憶がありますよ

従って この点を踏まえると 本来なら 事実は事実として受け止めて対処していかないと
結局は 日本の本家が放置している状態なので 国内において カルトに関する否定をすればするほど
それは海外のSGIメンバーに対して、返って冷たい態度を取る形にもなってしまうんじゃないでしょうか?
傷口に塩を塗る形にもなってしまうんじゃないでしょうか?




参考に 一橋大学教授の中島氏の論文によれば 反セクト法の基本的な概念は 信教の自由は認めるが
宗教団体が犯す犯罪や反社会的行為および人権侵害に対しては認めない事を目的にしている事が明確に書かれていて
創価学会側が主張するカルト(反セクト)の概念とはまったく異なっています。

http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/8799/1/hogaku0010303450.pdf

また ネット上で言われている大元のソースは この反セクト法の事に基づいて 述べている点で
従って誤訳や勘違いというのは詭弁に感じられます
特にそういった形での宣伝をすると
 (一部 有利な条文を取り上げて勝訴したとか ニュアンスを変えて有利な嘘をつく 燻製にしんの虚偽等)
フランスの場合 もっと厳しく取り締まられる可能性がでて来るので注意も必要です。
   ↓ ↓
wikiソース:フランス政府セクト対策一覧
https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E6%94%BF%E5%BA%9C%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E5%AF%BE%E7%AD%96%E4%B8%80%E8%A6%A7
(議論ノート)
https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E6%94%BF%E5%BA%9C%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E5%AF%BE%E7%AD%96%E4%B8%80%E8%A6%A7

一応 wikiには 「反セクト法」に関して こんな事も書かれていますので参考に
また異論があるのでしたら議論ノートで論議をしてください
但し、セクト指定を受けた立場の人が議論に入ると、今度は中立性が保てなくなる恐れが出てきますので その点を留意してください

-以下 引用-

反セクト法の骨子は、悪質な活動が常態化し、組織犯罪で何度も有罪判決を食らった団体があった時。
この種の団体の活動の自由を無制限に認めず
活動内容に幾らかの規制をかけるべきか裁判で争えるようにしようという法律である。
軽い処罰として小切手の振り出し禁止から、重い処罰としてフランス国内での解散命令
5年間以内の団体再結成の禁止までを裁判で争えるように法的根拠を与えている。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E6%B3%95 より引用
(余談:だから フランスの美術品購入の決済の際 使用した小切手には 線が引いてなかった。・・のか?)


もう一つ参考に 2001年12月13日に創価学会が フランスのある記者が書いた記事を 名誉毀損で訴えたものの
全面敗訴になった資料がwikiソースに掲載されているので そのリンクを貼っておきます。

https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A2001%E5%B9%B412%E6%9C%8813%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%88%A4%E6%B1%BA
?
 

柳原はん

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月22日(土)13時20分38秒
編集済
  今日は産経新聞の慰安婦記事なんだね~
トーン大幅ダウンから
もしかしてフェードアウトを企んでる?
名誉ある撤退の道かなww

ジャーナリストとしてアピールかな?
それにしては内容が薄味アッサリ目ねww
 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現・(まとめ4/5)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月22日(土)12時12分58秒
編集済
  我々が仏であることに関して該当する箇所を掲げる「宇宙と一体の仏であるゆえに、私ども一切衆生もまた南無妙法

蓮華経如来の一部である。我々十界の衆生の生命の実相が南無妙法蓮華経如来なのです。これを教えてくださったの

が、日蓮大聖人です。教えてくださったのだから「教主」です。ゆえに、日蓮大聖人の仰せの通りに題目を唱えれ

ば、その声は全宇宙に轟く。 」

「地涌の菩薩とは、妙法を根本とした「永遠の行動者」であり「永遠の前進」の生命です。その、はつらつたるエネ

ルギーを、わが生命にわき立たせていくのが、個人における「地涌の出現」です。これまでの小さな自分の殻を叩き

破っていくのです。 」

「「久遠」とは「南無妙法蓮華経」のことです。御本尊のことです。だから、御本尊を拝する、その瞬間瞬間が「久

遠元初」です。 私どもは、毎日が久遠元初なのです。毎日、久遠元初の清らかな大生命を全身に漲らせていけるので

す。毎日が久遠元初という「生命の原点」から新たな出発をしているのです。」

「本当は、ありのままの凡夫が瞬間瞬間、久遠元初の生命を身にわき立たせていくのが、唯一、実在の「仏」なので

す。 「人間」以外に「仏」はないのです。「人間以上」の「仏」は、にせものなのです」

「寿量品の真意は、この「永遠性の仏」を通して、完全なる「永遠の仏(久遠元初の自受用身)」を示唆するところ

にあったのです。この「永遠の仏」は無始無終の妙法と一体です。宇宙の大生命そのものであり、「人法一箇」で

す。」「宇宙の一切衆生が、そのまま「永遠の仏」だということになります。」「生きとし生けるものが本来、仏な

のです。これが寿量品の叫びです。これに目覚めよと法華経は訴えているのです。」

Clearsky

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「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現・(まとめ3/5)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月22日(土)12時07分29秒
編集済
  更に、法華経の智慧・従地涌出品から該当する箇所を掲げる。

「末法で法華経の肝要である南無妙法蓮華経を弘通される大聖人こそが、上行菩薩の再誕であることを示されている

のです。(略)『日蓮となのる事自解仏乗とも云いつべし」(同)と仰せです。』「自解仏乗とは、『自ら仏の境地を悟

った』ということです。大聖人ご自身が『仏』であり、その悟りを『日蓮』という御名に込めてあるということです

ね。」(略)「『日蓮』という御名を名のられたこと自体が、大聖人こそが、法華経の御当体であるということです」

「大聖人こそが末法の全民衆を永遠に照らす“太陽”であり、諸仏を生んだ根源である清浄の “蓮華” - なかんずく白蓮

華であることを、示されたものなのです。 (略)結論を言えば、お名前自体が、大聖人こそ末法の法華経の行者であ

り、御本仏であるとの大宣言なのです」

「大聖人は、虚空会という法華経の舞台を用いて、ご自身の『永遠の自己自身』を御本尊として顕されたのです。 大

聖人の『永遠の自己自身』とは、言うまでもなく『南無妙法蓮華経』です。御本尊の中央に『南無妙法蓮華経 日

蓮』とお認めの通りです」


Clearsky

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「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現 (まとめ2/5)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月22日(土)12時04分42秒
編集済
  ここでは「上行菩薩」「末法の御本仏」「日蓮大聖人」「御本尊」「久遠元初」のキーワードを基にそれらの概念・

意味について、法華経の智慧の該当箇所(要点のみ)を掲げる。

「『因位(仏因の位)の仏』 ―それが上行菩薩です。『因果倶時の仏』です。上行菩薩が出現しなかったならば、無

始無終の本仏は示せないのです」

「『久遠元初』とは「無始無終の生命」の異名です。 時間論ではなく、生命論です。生命の奥底の真実 - 無始無終に

活動し続けている宇宙生命そのものを指して『久遠元初』と呼んでいるのです。(略)『久遠』とは『南無妙法蓮華

経』のことです。御本尊のことです。だから、御本尊を拝する、その瞬間瞬間が『久遠元初』です。 私どもは、毎日

が久遠元初なのです。」

「 (久成の釈尊から上行菩薩へ法華経二十八品が渡されたが、これは実は南無妙法蓮華経である)『渡された』とい

うところが、誤解を招きやすい。 上行菩薩は本来、もともと、南無妙法蓮華経の当体です」

「要するに、久遠以来、名字即の凡夫のまま日蓮大聖人が南無妙法蓮華経の本法を所持しておられる。それが

『本』。それから見れば、法華経の経文上の上行菩薩等の儀式は『迹』になる。」

「寿量品の真意は、この『永遠性の仏』を通して、完全なる『永遠の仏(久遠元初の自受用身)』を示唆するところ

にあったのです。この『永遠の仏』は無始無終の妙法と一体です。宇宙の大生命そのものであり、『人法一箇』で

す。」

「上行菩薩という『菩薩仏』 - すなわち『因果倶時・不思議の一法』を、その身に体現している人が、『因果倶時・不思議の一法』を弘めるのです」


Clearsky

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「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現 (まとめ1/5)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月22日(土)12時01分49秒
編集済
  ~地涌の菩薩・上行菩薩 ~

先ず、根源の「南無妙法蓮華経如来」に言及した上で、その十界所具の「仏界」と「九界」が「久遠実成の釈尊」

「多宝如来」と「上行菩薩」等に配されることを確認。つまり、法華経の智慧では「南無妙法蓮華経如来は、無始無

終の仏であり、宇宙生命そのものであり、三世十方の一切の諸仏の根源であり、十界本有、十界互具の御当体です。

その十界の中の「仏界」を、法華経では「久遠実成の釈尊」と「多宝如来」として説き、南無妙法蓮華経如来の「九

界」部分を「上行菩薩」等として説いたのです。 同じ根本仏の己心の仏であり菩薩です」と記されている。

次に、<日蓮大聖人は『末法の御本仏』か?>を考える上で、法華経の智慧の如来神力品の該当箇所は重要である。

間違いやすい点を、次のように記されている。「この文上にとらわれると、日蓮大聖人が、『上行菩薩の再誕』とし

て、釈尊の「法華経二十八品」を弘めた - という解釈に陥ってしまいます」とある。

このことに関しては、ここでは敢えて言葉を加えて、<上行菩薩は、地涌の菩薩の上首ではあるが、やはり菩薩であ

ることに変わりはなく、末法に釈尊の法華経を弘める使命をもっているに過ぎない>との解釈に陥ってはいないか?

との問題提起として捉えてみたい。 この誤った解釈に、更に<日蓮大聖人は上行菩薩の再誕(に過ぎない)>との意

図を重ねると、<日蓮大聖人は末法の御本仏>との信心の根本義から逸脱してしまうことになる。


Clearsky

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セクトとカルトの表現

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月22日(土)11時34分37秒
編集済
  オカルトやセクトという言葉が先走りして誤った、解釈と理解が一般(インターネット上も含め)

に概念として広まってしまいました。

まず、知っていただきたいことは、

セクト(Sect)は英語 で宗派、団体、派閥。 フランス語ではSectaire(セクテー)宗派など・・

悪い団体を指す言葉では全くありません。

しかし、ながら、残念な事に、現在、オカルト・カルト・セクトは、反社会的団体を指す場合に使われています。

とくに、フランスの場合、問題です。つまり、フランス語と制度の問題と言えるかと思います。

Miviludesと言うのは
(Mission interministérielle de vigilance et de lutte contre les dérives sectaires)
<セクト的逸脱行為関係省庁警戒対策本部 > ですね。

フランス政府には以前、議会に提出したようなリスト(ブラックリスト・危険宗教団体としての・・)いうものは、
現在、存在しません。 そのリストも、各国政府からの強い信教の自由への侵害として批判された為
(特に、アメリカ政府が強烈に行いました・・)政府・議会は取り下げました。

ただ、上記MIVIDで、追跡・監視対象としてのリストはあるでしょう・その中にフランスの組織が入っているか、どうかは不明です。

現在は反セクト法というものが存在し、反社会的行動する宗教団体の監視・取り締まりをしています。

これは、あくまで国民を非人間的宗教活動、抑圧やその宗教に隷属させる活動・宗教から守るためです。
(今の恐喝的な査問、解任、除名は、フランスやヨーロッパではどうなるでしょうか? 欧州人権裁判所があります)

さて、SGIF 昔のフランスSGIは現在・・
(1)Cultuelle(カルチョレー) 信仰団体・・(葬式、結婚式のセレモニー とご本尊授与)
L'Association Cultuelle Soka du Bouddhisme de Nichiren (ACSBN) という組織で

1905年にできた、cérémonies religieuses(宗教的儀式を行う)法律により、 以下の活動をする

*remise de l’objet de culte(本尊授与)
*mariages(結婚式)
*funérailles(葬式)
*De l’entretien des lieux de culte(会館等の維持・修復)

(2)Culte(カルト)信仰する為の建物(教会)政府に贈与(為、補助金でメンテナンスができる)

(3)営利事業をする会社

の三つに分かれています。

さて、カルトという言葉が、オカルト宗教を指すように一般では、そのイメージが定着してしまった訳ですが。

フランスで認定(法人登録)した上記二つは、その、いわれるオカルト・カルト認定とは全く異なります。
正式な(1)礼拝等のセレモニー活動(2)教会としての登録です。この場合、カルテ・カルチョレー登録になります。

また、この登録組織とは別に、現場の活動は座談会や布教活動をしているとのことですから、それはセクテー(セクト)宗派

(届出不要・憲法に保障された宗教活動・・)として、活動しているように思われます。


欧州各国での「カルト・セクト認定」というものは存在しないのです(マスコミ等が言っているかもしれません・・)。

信仰と布教活動は憲法で完全に保障されています。また、EU憲法でも保障されていますから、カソリック本山のあるイタリア、

また、カソリック国 であったスペイン、プロテスタントの国ドイツでも、EU憲法に従い信教の自由・布教の自由は保障されています。

もし、反社会的活動をしていると認定されれば、フランスではカルト認定ではなく、強制的に解散させられます。

この点については、各国似たり、寄ったりの制度があったと思います。

一般的に、カルトやセクト認定と言っている方たちが、フランスでのカルテ・カルチョレー登録をカルト認定として捉えているのか、

わかりませんが・・意味は全く違いますので、もし、そうであれば認識の誤りであり、誤解です。

ただ、カルト・セクト問題・騒動当時、SGI欧州各国も大変だったことも事実です。

しかし、果敢にマスコミと戦わなかった(対話で誤解を解く)

ことも、悪い方向へ行った、大きなの一つの要因だったと思います。

いくつかの国では現場会員や責任者が、きちっと説明・対処して収まったところもあります。

http://

 

先日、とある方々と情報交換しました

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月22日(土)11時22分27秒
編集済
  Aさん
○は酔っ払いみたい
○出てくると荒れますね
彼は荒らしたい輩に利用されてますよ

Bさん
○はめんどくさいから刺激しないに限る

Aさん
ほんま面倒なお方

Cさん
表現が下手なだけ

Bさん
いずれにしても○○プレーやな

全員
納得
 

わが友に贈る 2016年10月22日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年10月22日(土)10時50分34秒
  困難を乗り越えた分
自分自身が強くなる!
悩める友を励ませる!
宿命を使命に変える
確信と歓喜を語り抜け!
 

ツイッターの呟きから、査問の席で、音声ありだって。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年10月22日(土)10時30分55秒
  最高幹部は批判してはいけないと、査問の席で平然といってのける幹部がいたとの情報あり。音声もあり。そのうち噴出するでしょうね  

参考までに

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年10月22日(土)10時25分0秒
  「ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報」
というブログに集団的自衛権をめぐる
ジャパンハンドラーのマイケル・グリーンと公明党のことが。

【集団的自衛権】 「公明党は邪魔するな!」平和の党に狙いを定めたマイケル・グリーン
http://blog.livedoor.jp/bilderberg54/archives/39187134.html
 

最後に一言。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月22日(土)10時12分3秒
  正義を語ってるようで、語れてない。

俺はこれだけ御書知ってっるんやという命が出てていやらしい。

自己満足及び自分の得する何かを達成するためなのかこの板は。

自分のフラストレーションの吐き口なのか。

人の意見を自分と違えば、ぼけ、かす、出てるるなと喚き散らす。

精神的な?と言ってすぐ削除される。

ネットでは見えませんが、私生活は大丈夫ですか、心配してます。

時間帯を見れば、仕事してるのと疑いたくなる。
もし仕事を引退されてても、この板が生きがいになっていれば残念です。

ここで人に頼まれた文を披瀝するより、題目あげなあかんでしょ。
それをいうと必ずあげてるという、その命であげると何も叶いません。

謙虚さと、相手を敬うという気持ちもなく尊敬の命もない。

慣れれば、相手を言い含めるという命が出てくる。

自分が魔に侵されてるということすら自覚ができない。

原田さんも池田先生が出てこられなくなったから、好き放題してると思うけど、
ここの板の人も(自分も含め)そうなんではないんですか?
書かれている時に先生を感じながら書かれてますか。

情報源及び創価学会の実態は地元ではこうなんですよというのはいいと思いますが、
自分が気に入らなければ、ローカルがどっちゃらこっちゃらと言い出す始末。

見たこともなく、正木さん谷川さんがどうちゃらこうちゃらってどうでもいいやん。
次期会長に、誰がなろうと何も変わりませんよ。

先日、私が皆さんに会おうと言いましたが、会ってる暇がなく、地元で活動性よと、
ほとんどの方が言われましたが、そんなん当たり前やん。

顔もわからん、多重ハンドル当たり前、○さんあんた5人の多重て聞いてびっくりしたで。
そんな策や方法でこの板をなんとかしようなんて何にもならんで。
これ以上言うと、この板をぐちゃぐちゃになりそうやからやめときますね、グリグリさん。

誰かが言うてました、100万回言ったら叶うって?
一日例えば100回この板で言っても30年かかりますよ。
言ったらいいと思うけど、それと同時に会っていかないと何も進まないんではないんですか、ひかりさん。

自分の感情のままいうんではなく、池田先生ならどうされるであろうという考えで行動しないと、
自分が気持ちいい~だけになりませんか。

それこそ、ここは54年問題の総括の場。
自分の本の前振りの発表の場ではありません。

一日でも正常な板に戻ることを期待して二度と見ないことにします。

時間があれば管理人さん、お会いしに行きますのでよろしくお願いします。
今までありがとうございました。

皆さん、いつかどこかで会える日を心待ちにしてます。
 

人権派弁護士の壮絶な獄中体験 死線を超えてたどり着いた境地(1)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月22日(土)10時09分22秒
編集済
  「君が一歩退けば、彼らは一歩詰め寄ってくる。君の退路が絶たれるまで、彼らの対応はますます厳しさを増してゆくのだ。
人としての尊厳のかけらもないところまで追い詰める。彼らのやることに最低ラインはないのだから、死に至るまで君をいたぶり続ける」。

http://www.epochtimes.jp/2016/10/26287-2.html


生涯広布:
私は決して、反中国やそうする為でもなく、促す為、掲載しているのではありません・・

先生の弟子として、世界で起きている実情・実態を知る。

そして、人権闘争をする人たちの世界・体験を学んでいるだけです。

そこから、読み出す戦う人々の壮絶な人権闘争体験を知り。

戦う人々の壮絶な精神力、崇高さを学びたい。

正義を戦っている人たちの顔は、いつ見ても神々しい、晴れやかな顔・・

大聖人曰く・・
「一尺の顔は体をあらわし、一寸の眼は一尺の顔をあらわす」・・でしたか・

http://

 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2016年10月22日(土)09時06分31秒
  ポチの手下はらだー、たにがー達の5指針はこれにしたら?


1.職員が楽の信心
2.利養をつかむ信心
3.難を起こさない信心??
4.名聞名利の信心
5.絶対服従の信心
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月22日(土)08時54分19秒
  全集未収録の特別文化講座『キュリー夫人を語る』を掲示します。

2008-2-8 創価女子短期大学 特別文化講座『キュリー夫人を語る』②

『キュリー夫人』一人一人の個人の運命を改善することなくしてよりよき社会は築けない

親孝行の娘であれ
父への手紙 「私は永遠に感謝を忘れません」

 ● 真心の手紙
 一、もっと収入を多くするため、マーニャは親元を離れ、ポーランドの地方に出て働く決心をします。
 愛する父に別れを告げ、汽車で3時間、橇(そり)で4時間。生まれてはじめて、家族と遠く離れての生活となりました。
 この間、マーニャは、何度もワルシャワのお父さんに手紙を書き送っています。
 彼女は、父思いの心の優しい娘でした。
 老いた父は、自分に大きな収入がなく、しかも投機の失敗で財産を失い、子どもたちに十分な教育を受けさせてあげられないことを、ずっと気に病んでいました。
 けれども、そんなお父さんに、マーニャは綴っています。
 「わたくしは、おとうさまがわたくしにかけてくださったご厚恩にたいして、永遠に感謝の念を忘れないつもりでおります。
 わたくしの唯一の悲しみは、わたくしたちの受けたご恩をお返しすることができないことです。人間の力でできるだけ、おとうさまを愛し敬うことしかわたくしたちにはできません」 (エーヴ・キュリー著、川口篤ほか訳『キュリー夫人伝』白水社) 娘から、こんな手紙を受けとったお父さんは、どれほどうれしかったことでしょう。
 この親孝行の振る舞いのなかに、マリー・キュリーという女性の深き人間性と知性が凝結していることを、賢き皆さんは感じ取ってください。
 仏典には、「親によき物を与へんと思いてせめてする事なくば一日に二三度え(笑)みて向へとなり」と説かれています。
 親孝行といっても、特別なことではない。
 「一日に、二、三度の笑顔」でもいい。元気な声でもいい。親元を離れている人も、今は電話があります。もちろん、手紙も、葉書もあります。
 大切なのは「心」です。「真心」です。「智慧」です。
 「親孝行」が、人間としての成長の証しなのです。

 ● 誇りも高く試練を越えよ
 一、この地方で募らした家庭教師の3年間は、マーニャにとって、辛抱の時でありました。
 勉強も続けましたが、まったくの独学です。
 憂鬱もあった。焦りもあった。
 絶望もあった。落胆もあった。
 しかし、彼女は、ある手紙にこう書いています。
 「とてもつらい日々がありました。でも、その思い出を和らげてくれる唯一のものは、いろいろあったにもかかわらず、正直に誇り高く、それを乗り越えることができたということです」(スーザン・クイン著、日中京子訳『マリー・キュリー1』みすず書房)
 青春時代は、悩みの連続です。どれも皆、自分が強く、賢く、大きくなっていくために必要な試練なのです。
 それらを、マーニャのように、「誇り高く」乗り越えていってください。

 一、マーニャは独学を続けるうち、科学の分野で社会に貢献しようと思うようになりました。
 姉がパリに発ってから5年。
 医者としての道を歩み始めた姉から、パリに来るようにとの手紙が、ついに届きました。
 マーニヤは、父を残していくことを考えると、後ろ髪を引かれる思いでしが、パリ行きを決意します。
 そして、1891年11月、父に見送られながら、ワルシャワの駅を出発したのです。
 「ああ! 女子学生の青春は 早瀬のようにすぎていく
 まわりの若者たちはつねに新しい情熱で
 安易な楽しみに 走るばかり!
 孤独のなかで
 彼女は生きる 手さぐりしながら けれど幸せに満ちて
 屋根裏の部屋で 思いは燃え
 心ははてしなく 広がっていくから」(前掲、河野万里子訳)
 これは、マリー・キュリーが、母国語のポーランド語で書いた詩の一節です。
 姉のブローニャは医師の免許をとり、パリでポーランド人男性と結婚していました。
 パリで留学生活を開始したマリーは、当初、姉夫婦と一緒に暮らしましたが、勉学に専念できる環境を求めて、大学に近いカルチェ・ラタン(学生街)で一人暮らしを始めます。
 1989年の6月、私は、創価大学と教育交流を結んだパリ第5大学を訪問し、オキエ学長らの温かき歓迎をいただきました。
 多くの英才たちとも語り合いました。
 カルチェ・ラタンの街並みを、青年とともに歩いたのも、思い出深いひとときとなりました。
 ちなみに、今日の「パリ大学」とは、フランスのパリを中心に存在する13の大学の総称です。
 このうち、パリ第6大学は、現在、キュリー夫妻の名前を冠して、「ピエール・エ・マリー・キュリー大学」と呼ばれています。

 ● 「今までの百倍、千倍の勉強を!」
 一、希望にあふれて、パリでの勉強を始めたマリーでしたが、思わぬ壁にぶつかりました。
 フランス語には十分な自信があったのですが、実際に講義を受けてみると、聞き取れなかったり、ついていけなかったりすることが、たびたびあった。
 わが留学生の皆さんの苦労にも通ずることでしょう。
 さらに、自分なりに積み重ねてきた独学の知識が、同級生たちに比べて、あまりにも貧弱であることがわかってきました。
 しかし、そのようなことで、くよくよと落ち込んでいるマリーではありませんでした。
 勉強が足りない? では、もっと勉強すればいい!
 まだ足りない? では、もっともっと勉強すればいい!
 今までの十倍、百倍、いや、千倍も!
 一人暮らしを始めたマリーは、きっぱりと「千倍も猛勉強している」(前掲、田中京子訳)と書いています。

 ● 使命ある留学生
 一、パリの学生生活で、はじめマリーは、なかなか仲間と打ちとけられませんでしたが、やがて学問の情熱に意気投合し、多くの親しい友人ができていきます。
 また、このころ出会ったマリーの友人には、その後、世界的な音楽家となり、ポーランドの首相になるような人物もいました。
 留学生の方々は、それぞれの国の指導者となっていく、深き使命を帯びています。
 マリーは、のちに大成してからも、各国からの留学生や研究者を、真心こめて大事にしました。それぞれの祖国への賛辞も、惜しみませんでした。
 「あなたの美しいお国は、よく存じています。お国の方がたは、わたしをほんとうに歓迎してくださいました」(前掲、河野万里子訳)等と。
 私は、留学生の方々は、その国の宝の人材であるとともに、人類全体の「平和の宝」であり、未来への「希望の宝」と思っております。

 ● 屋根裏の日々がわが「英雄時代」
 一、このころ、マリーが一人暮らしをしたのは、7階建ての建物の屋根裏部屋でした。
 当時、マリーは、父からの少しの仕送りと、自分の貯金とを合わせて、わずかなお金でやりくりしなければなりませんでした。
 冬は、暖房の石炭代を節約するためにも、ずっと大学や図書館で勉強。家に帰って、寒さに震えながら、さらに勉強。
 「わたしは自分の勉強に専念した。わたしは時間を講義と実験と図書館での自習に分けた。夜は自室で勉強する。ほとんど徹夜のこともある」(前掲、田中京子訳)
 何週間もの間、バターをぬったパンしか食べられないこともありました。くだもの一つ、チョコレートひとかけらが、どれほど大切な滋養であったか。
 しかし彼女に、わびしい悲愴感はありませんでした。むしろ、澄みきった明るさを抱いていました。
 自分の大いなる目標のために苦労することは、苦しみではない。
 むしろ、喜びである。誇りである。青春時代の苦労こそ、不滅の財宝なのです。
 「この期間がわたくしに与えてくれた幸福は、筆にも口にもつくせぬほど大きなものでした」
 「未知のことがらをまなぶたびによろこびが胸にあふれる思いでした」(前掲、木村彰一訳)──マリーの後年の述懐です。
 華やかな社交がなくとも、古今の大偉人たちとの心躍る知性の対話があった。
 贅沢な御馳走がなくとも、人類の英知の遺産が豊かに心を満たしてくれた。
 流行のファッションがなくとも、大宇宙の真理の最先端の発見が光っていた。
 彼女は、どんな殿堂よりも荘厳なる「学問の王国」で、王女のごとく青春を乱舞していたのです。
 マリー・キュリーにとって、貧しさと孤独の中で、全生命を燃焼させて勉学に励んでいった、この時期は、「生涯における英雄時代」であったと言われています。

 ● 深き青春の原点を胸に
 一、私も妻も大好きな歌に、短大の愛唱歌「白鳥よ」があります。

 白鳥よ 深き縁の 白鳥よ いづこより来し
 碧き泉に 青春 二歳(ふたとせ) 誉れあり
 未来みつめて いつの日か ああ聡明の笑み光る

 白鳥よ 清き心の 白鳥よ いづこより来し
 緑の丘に 青春 二歳 誉れあり
 平和語りて いつの日か ああ幸福の華開く

 白鳥よ 澄みし瞳の 白鳥よ いづこより来し
 理想の庭に 青春 二歳 誉れあり
 心鍛えて いつの日か ああ大空へ舞い上る

 この歌に高らかに歌い上げられているように、皆さん方にとっては、この短大での「青春二歳」が、かけがえのない「人生の誉れの英雄時代」なのであります。
 二女のエーヴ・キュリーは、母親の学生時代について、「彼女がつねに仰望(ぎょうぼう)した人間の使命の最高峰にもっとも近い、もっとも完全な時代であった」(前掲、川口篤ほか訳)と述べています。
 猛勉強の結果、マリーは、1893年に物理学の学士試験を1番で、翌年は数学の学士試験を2番で合格しました。
 「激しいぜいたくと富への欲望の支配する我々の社会は学問の値打を理解しない」(ウージェニィ・コットン著、杉捷夫訳『キュリー家の人々』岩波新書)
 これは、マリーの慨嘆です。今は残念ながら、マリーの時代以上に、そうした風潮に満ちているかもしれません。
 しかし、だからこそ、わが短大の真剣な向学と薫陶の校風が、清々しく光ります。
 マリーは、勉学に明け暮れた屋根裏部屋を「いつまでも 変わらずたいせつな 心の部屋」と謳いました。
 「そここそ ひとりひそやかに挑み その身を鍛えつづけた場
 今もあざやかな いくつもの思い出にいろどられた世界」と振り返っているのです(前掲、河野万里子訳)。
 悩みに直面したときに、立ち返ることのできる原点をもった人生は、行き詰まらない。この短大のキャンパスは、皆さん方の永遠の前進と勝利の原点の天地です。

 ● 学問に王道なし
 一、短大の「文学の庭」には、マリー・キュリー像に向かい合うようにして、ハナミズキの木が植えられています。
 桜花の季節が終わると、そのバトンを託されたように、ハナミズキが一斉に開花して、行き交う新入生たちの心を明るく照らします。
 これは、キュリー像が除幕された1カ月後、あのアメリカの人権の母、ローザ・パークスさんが来学され、記念植樹してくださった木です。
 1992年、創価大学ロサンゼルス分校(当時)を訪問したパークスさんを、語学研修中だった短大生が歓迎しました。パークスさんは、この出会いを、生涯の宝とされておりました。
 「彼女たちとの出会いは、私の一生における新しい時代の始まりを象徴するように思えてなりません」とまで語っておられました。
 その2年後、誕生したばかりのキュリー像が見守るなか、パークスさんが八王子の短大と創価大学を訪れました。
 キャンパスを案内したとき、「万葉の家」のそばで、私の言葉が刻まれた石碑を、じっと見つめておられた姿が印象的だったそうです。
 この言葉を、今ふたたび、皆さんに贈ります。
「学問に王道なし
 故に学びゆく者のみが
 人間としての 王者の道を征くなり」

わが母校 見つめて勝ちゆけ 我が友と

人間の本当の美しさ──それは生命が放つ光彩
 理想をめざして打ち込む生命こそ、最も尊い

 一、私が家族ぐるみで親しく交流させていただいた方に、「現代化学の父」ライナス・ポーリング博士がおられます。博士はキュリー夫人に続き、二つのノーベル賞を受賞した知の巨人です。
 1990年、創価大学のロサンゼルス分校(当時)で、研修中だった短大生と一緒にポーリング博士を歓迎しました。
 「笑顔で迎えてくださり、うれしい。こちらまで笑顔になります」と、博士は喜色満面であられた。
 ポーリング博士は若き日、夫妻でヨーロッパに行き、マリー・キュリーのもとを訪問することを考えていたようですが、実現はしませんでした。
 ポーリング博士も、マリーと同じく、幼き日に親を亡くしています。〈9歳で父が急死〉
 病弱なお母さんや、妹たちを抱え、経済的にも苦しい」若き博士は、道路舗装の検査員など、さまざまな仕事をして家族を支えながら、忍耐強く努力を貫き通し、自分自身を鍛え上げた。そして、苦学に苦学を重ねて、世界的な業績を残していかれたのです。
 心強き人にとって、苦労は、ただの苦労で終わらない。苦労は「宝」である。
 学生時代の労苦を振り返って、博士は「どうしても一生懸命に長時間働く必要があったので、懸命に長時間働く習慣が身についたことはプラスだと思います」と、さわやかに語っておられました。
 ポーリング博士が受けた二つのノーベル賞は、「化学賞」と「平和賞」です。博士の核廃絶と平和への貢献は、最愛のエバ夫人と一体不二の戦いでした。
 「私が平和運動を続けてきたのは──『妻から変わらぬ尊敬を得たい』と思ったからでした」
 そう率直に語っておられた博士の声が蘇ります。
 崇高な理想に結ばれた夫婦──ポーリング夫妻も、そしてキュリー夫妻も、まさしくそうでした。

 ● 正義の人を正しく評価
 一、マリーがピエール・キュリーと初めて出会ったのは、1894年の春のことです。マリーは26歳、ピエールは35歳でした。
 このときすでにピエールは、物理学の世界で、いくつかの重要な業績をあげていました。しかし、いわゆる有名校を出ていなかったため、国内ではあまり評価されていなかった。
 ピエールは生涯を通じて、名声を得ようとか、自分を売り込もうとか、少しも考えなかった人です。"評価されるのは誰であれ、人類のために科学が発展しさえすればいい"という高潔な信念の持ち主でした。
 しかし、心ある人は、ピエールの力と功績を知っていました。英国の大物理学者ケルビン卿など、具眼の士から、特に国外で高く賞讃されていたようです。
 ケルビン卿は、あのグラスゴー大学の教授でありました。
 グラスゴー大学は、名もなき職人ワットを擁護し、ワットは「蒸気機関」を開発。産業革命の新時代を開く原動力となりました。
 グラスゴー大学には、いかなる偏見や風評にも左右されず、正義の人を正しく評価せずにはおかないという信念の気風が脈打っています。
 マリー・キュリーは、このグラスゴー大学をはじめとする世界の大学・学術機関から、21の名誉博士号・名誉教授称号を受けています。〈創立者には1994年6月、グラスゴー大学から名誉博士号が贈られている〉
 ピエールは、自然を深く愛する人物でした。文化の国・フランスへの感謝を込めて私が創立したヴィクトル・ユゴー文学記念館はビエーブルにありますが、ビエーブル川周辺の森も、よく散策していたようです。
 ピエールもマリーも、過去に恋愛で苦い経験をしており、二人とも、そうしたことには重きを置いていませんでした。学問こそが、二人の恋人でした。しかし、出会ったときから、お互いの中にある、崇高な、その魂に気づいたのです。
 二人は、科学に関する語らいや、手紙のやりとりなどを通じて、お互いへの尊敬の念を深めていきました。
 しかし、生まれた国が違うなど、いくつかの障害もありました。特にマリーには、祖国ポーランドに帰って、同胞のために尽くしたいという願いがありました。
 結婚に際しては、ピエールのほうが強い熱意を持っていたようです。
 二女のエーヴは、母の美しさについて、「ほとんどなにもないような小部屋で、着古した服に身をつつみ、情熱に輝く意志の強い面差しのマリーほど、美しく見えたものはなかった」(河野万里子訳『キュリー夫人伝』白水社)と綴っております。それは「内面の精神性」の輝きであり、自らの力で勝ち取った深き人格の美しさでもありました。
 人間の本当の美しさ、それは「生命」それ自体の光彩でありましょう。大いなる理想を目指して真剣に打ち込む生命こそ、この世で最も美しい光を放つのです。

 ● 理想主義から精神的な力が
 一、牧口先生は、「遠大な理想をいだき、目的観を明確にしながら、身近な足もとから実践するのが正視眼的生活である」と訴えておられます。マリーは、この「正視眼」を持った女性でした。
 のちに長女のイレーヌは、母マリーの結婚観は「生活のよき伴侶となれる夫が見つかったときにだけ、結婚すべきであるという考えでした」(内山敏訳『わが母マリー・キュリーの思い出』筑摩書房)と書いています。
 さらにまた、マリーは、二女のエーヴに、このように書き送りました。
 「わたしたちは理想主義のなかで、精神的な力を求めていくべきだと思います。
 理想主義によって、わたしたちは思いあがることなく、自分のあこがれや夢の高みに達することもできるのです。
 人生の関心のすべてを、恋愛のような激しい感情にゆだねるのは、期待はずれに終わると、わたしは思っています」(前掲、河野万里子訳)
 真摯に人生を生き抜くなかで深めてきた恋愛観であり、結婚観であるといってよいでしょう。
 この点、私の恩師の基準は明快でした。
 「恋愛をしたことによって両方がよくなれば、それはいい恋愛だ」「両方が駄目になってゆくようであれば、それは悪い恋愛だ」と。

 ● 信念を深く共有した結婚
 一、マリーは自ら書いたピエールの伝記の中で、科学の発展に生涯を捧げた大学者パスツールの次の言葉を引いています。
 「科学と平和とが無知と戦争とにうち勝つであろう」(渡辺慧訳『ピエル・キュリー伝』白水社)
 この言葉は、二人の共通の信条とも言えるものでした。
 信念を深く共有できたからこそ、ピエールとマリーは結婚を決めたのでありましょう。
 結婚のため、マリーはずっとフランスで暮らすことになりましたが、ポーランドの実家の家族は、皆、心から祝福してくれました。
 結婚という、人生の大きな決断をする際には、お父さんやお母さん、そして、よき先輩や友人と、よく相談して、皆から祝福される、賢明な新出発を心がけることが大切です。
 ピエールとマリーの結婚は、1895年の7月26日でした。
 結婚式は、親しい家族や友人だけで祝う清々しい集いでした。
 豪華な衣装も、ごちそうも、結婚指輪もありませんでした。
 二人とも、財産といえるようなものは何も持っていなかった。しかし、そこには誠実な心が光り、聡明な知恵が冴えわたっていました。
 "新婚旅行"は、自転車に乗って、フランスの田園地帯を駆け回ることでした。
 そして、多くはない収入でやりくりするための家計簿を買ったのです。
 私と妻の結婚に際しても、恩師からアドバイスをいただいたことの一つは、「家計簿をつけること」でした。現実の生活を、一歩一歩、賢明に、堅実に固めていった人が、勝利者です。
 マリーとピエールの二人の新生活は、めぼしい家具など何一つない、質素なアパートで始まりました。
 「わたくしたちは、そこで生活し、そして仕事をすることのできる小さな一隅以上のものは望んでいませんでした」(木村彰一訳「キュリー自伝」、『人生の名著8』所収、大和書房)と、マリーは綴っています。

 ● 科学の世界の新しい扉を開く
 一、結婚から2年が経ち、マリーは長女イレーヌを出産して母となりました。博士号を取得する研究の取り組みも始まりました。
 当時、フランスの物理学者アンリ・ベックレルは、「ウラン化合物が不思議な放射線を発すること」を報告していました。
 この現象の正体は何か? なぜ、このような現象が起きるのか?
 まだ、ほとんど誰も手をつけていなかったこの現象の究明が、マリー・キュリーの挑戦となりました。
 さまざまな実験を重ねた末に、キュリー夫妻は放射線を発する性質を「放射能」と名づけました。
 さらに、調べている物質のなかに、まだ人類に知られていない元素があることを突き止めていったのです。
 この解明によって、マリーは、物理学における「新しい世界」の扉を大きく開く一人となりました。
 すなわち、マリーをはじめ、優れた科学者たちの心血を注いだ研究の積み重ねによって、それまで物質の最も小さい単位と考えられていた「原子」は、さらに小さい「素粒子」で構成されており、そこには限りない可能性が広がっていることが明らかになっていったのです。

 ● 故郷を忘れない
 一、ピエールとマリーは、初めて発見した元素を「ポロニウム」と名づけました。
 マリーの祖国ポーランドへの、万感の思いを込めた命名です。
 彼女は、その研究論文を、かつてお世話になったポーランドの恩人に送りました。
 今なお圧制のもとで苦しんでいる故郷の人々の存在は、彼女の胸から片時も離れることはなかったのです。
 現在、うれしいことにこのポーランドでも、またフランスでも、さらにヨーロッパ各地をはじゆ世界中で、短大白鳥会のメンバーが生き生きと活躍されています。

 ● ヤング・ミセスの溌刺(はつらつ)たる活躍
 一、さらにマリーは、第2の未知の元素を発見しました。
 二人はその元素を「ラジウム」と名づけました。ラジウムとは「放射」を意味するラテン語に由来します。
 これらは、若き妻として家庭を支え、母として幼子を育みながら積み重ねていった業績です。
 いわゆる「ヤング・ミセス」と呼ばれる年代に、マリーは、現実と悪戦苦闘しながら、その持てる生命の智慧と力を、遺憾なく発揮していったのであります。
 皆さんの多くの先輩方も、全国各地で、「ヤング・ミセス」のリーダーとして溌剌と前進されています。
 短大出身者の弾けるような生命の息吹と、同窓の麗しき励まし合いの絆は、新時代の希望と光っており、私と妻は、いつも喜んでいます。

 ● 明確な実証を
 一、マリーにとって、果てしなく困難な作業が待っていました。
 ラジウムの存在を完全に証明するために、"実際に手に取れる形"で取り出すことに挑み始めたのです。
 理諭だけでは、まだ不十分だ。目に見える形で、決定的な証拠で万人を納得させる必要がある──これがマリーの固い決意でした。
 理論や説明で納得してくれる人もいるかもしれない。しかし、そうでない人もいます。そうした人に対しては、反論の余地のない、明確な実証を示していく。目に見える結果があってこそ、その正しさを完全に立証できるのです。
 ピエールとマリーは、懸命に働きました。当時のノートには、マリーの筆跡と、ピエールの筆跡が、交互に記されています。まさしく、夫婦一体の協同作業でした。

③に続く

 

戦争大国アメリカのポチ(安倍内閣)の弟子

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年10月22日(土)08時22分12秒
  連立与党に執着するがゆえのポチの手下化

連立与党に入っていれば一切難を受けないからね

秋谷、八尋、谷川、原田、浩、お前達の臆病が戦争可

能な法案を通してしまった。万死に値するぞ

飯島発言を入れ知恵した浩、オカマひろし恥ずかしく

ないの?

私たち末端会員は非国民扱いされても池田先生のご指

導を貫く、信心を貫く覚悟は出来てるぞ(# ゜Д゜)

アメリカに尻尾を振り主権者である国民の命や財産を

差し出す安倍首相(ポチ)に脅されて尻尾を巻く意気

地無し、みっともない。こっぱずかしい。┐('~`;)┌

犬であるポチの手下って何者だよ┐(´д`)┌

恥ずかしい男共だ┐(´д`)┌

ずる賢く、欲深く、臆病で・・・・・御書の通りじゃ

ねーか ?(笑い者)


 

tesuto さま

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2016年10月22日(土)08時21分51秒
編集済
  以前,ベルギーかドイツだったか忘れましたが ヨーロッパにおける
創価学会の実態を報告した白書的な内容が2ちゃんでもさらされていたので
拙い翻訳ソフトをかけて読むと「オウム」と同じ臭いがある・・といったニュアンスで書かれいたうえ
ボージョージが監禁か何かで逮捕されたりしていることを考えると
やはり世界では中華人民共和国を除き 好意的には思われていない実態が浮かび上がります

誰かが書いていたじゃないですか 高橋とかいう大幹部が
欧州では なんにもやらなかったがゆえに ボタンの掛け違いが発生して
大きな誤解が生まれてしまった。・・・と 納得です。

アメリカでの活動実態がどうなっているのか?なんとも言えませんが
少なくとも 米国サイトでのSGI会員が書いている電波的な内容とか火病ぶり

(権威論証で相手を言いくるめようとする強弁的かつ恫喝的な態度や見下しぶりは日本と同じで
 今は無き ふうふう氏のサイトは この点をまったく指摘しなかったし
 外国人でも日蓮仏法を理解していないと自ら創価学会の素晴らしさを伝えきれなかった
 見事な無能ぶりの現実をしっかり晒して それ読んで なぁ~んだ 創価の宣伝は北朝鮮と同じか
 どこが世界では創価が素晴らしいと認識しているの・と 突っ込みたくもなったし・・・)

また 米国におけるシアトル裁判の結果(あちらでは共謀罪の疑いがかけられていた可能性が否めない)とか
中国との癒着とか 埃を叩けば出てくるので
必ずしもSGIがアメリカでは好意的には見られない可能性はありますし
そこを飯島さんが指摘すれば 活動停止にはしないだろうけれど
日本で言えば反社会団体に指定するんじゃないでしょうか?
まして男女わかれての活動は1978年にガイアナで信者が集団自殺をした人民寺院を連想しますし
この点をついていけば 米国政府が 創価の危険ぶりを鵜呑みにする可能性も否めません。


ちなみに人民寺院について申し上げると
やはり 集団自殺が起こる直前に 米国の議員が人民寺院を視察したのですが
その議員に対し 信者 および主催者が その議員に対し ものすごく親切に対応したため
好意的に受け止められて 一旦はシロと判定し帰国しようとしたところ 信者からの密告で
隠されたゾーンが明かされて 再調査 その結果 ブラックな部分が出て 悪事がバレてしまい
追い詰められてしまったんでしょうね~
その後 教主の言うことに疑問を抱かない洗脳から解けていない無知な信者に対しては
教主から指導された 集団自殺を指示に従って 悲劇になったわけで
この悲劇から カルト問題が発覚し
世界中で マインドコントロールや 心理的虐待など研究するきっかけにもなったわけですよ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%AF%BA%E9%99%A2


この点を よくよく考えてください。 これが創価を取り巻く現実だし
創価の幹部も幹部で 1978年に発生したガイアナの悲劇を
当時は 対岸の火事の視点で家には関係がないと 慢心していたんじゃないでしょうか

大体「モラルハラスメント」を浮き彫りにしたのは
カルト指定を行ったフランスの女性心理学者で フランスの方が心理学の探求では上だったわけで
こういった点など考えると実は西洋と創価との間に溝や価値観のズレや温度差があって
その温度差やズレを本家 日本のSGIが放置している 或いは「気付かなかった」のが実態なんじゃないでしょうか?

もっと掘り下げれば 本当は 心理学を破折しないといけないような気がするのですが
ところが悲しいことに心理学原理主義に走って
ミイラ取りがミイラになる幹部や 創価御用ライターさんとか居て 難しいようです
 

となりの創価学会より 5/5

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月22日(土)07時53分27秒
  ●滝山祭

副会長(東京長)(1995年当時) 正木正明さん

大学生だった私が、池田先生の人間性を肌で感じた
エピソードがあります。夏の炎天下で行なわれた
滝山祭(大学祭)のことです。

期間中、先生は毎日キャンパスにやってきては、ズラッと
並んだ模擬店に一軒一軒足を運び、学生を激励されて
いました。もう汗ダクダクになりながらです。
滝山祭の最終日の夜に行なわれた盆踊り大会では、
先生自らヤグラに上がり、大きな太鼓を叩いてくれました。

そりゃあ、学生たちはみな大喜びです。すると先生は
さらに太鼓を叩く。そのときです。池田先生のところに
実行委員長が駆け寄っていったのです。何をしているの
かなと注意して見ていると、先生の手が真っ赤に腫れ上がり、

皮が擦りむけて血が滲んでいるのです。そこに絆創膏を
貼ってまた太鼓を叩きつづける。その情愛あふれる姿を
目のあたりにして、私は泣けてきました。

池田先生は厳しい師匠でもあります。大学生のとき、
私は先生が大学にいらっしゃったときの雑用をお手伝いを
するメンバー(4人)の1人に選ばれました。あるとき
「ここにいる者は全員、大学院に進学しなさい」と
先生は私たちに約束させたんです。

ところが、私だけ先生との約束を破り、本部職員として
就職してしまったのです。もともと、大学に入ったときから
将来は本部職員になろうと思っていましたし、どちらかと
いうと学問は苦手でしたので。

最初、私が本部のなかで配属されたのは、先生のお部屋に
近い庶務局でした。先生ともお会いできる、私は内心喜んで
いました。ところが、先生は私の働いている職場によく顔を
出されるのですが、いつも私だけを無視し、いちども口を
きいてくれないのです。

エレベーターの中で先生と2人きりになったときのことです。
私は今日こそは口をきいてくださるだろうと、先生に挨拶を
したのですが、やはり知らん顔です。このときはたいへん
ショックでした。そんな厳しい状態が1年4ヶ月も続きました。

私にすれば、先生に見放されたような気持ちで、一時は深刻に
悩みました。しかし、師匠との約束を裏切ったのは私なのです。
私は猛反省をし、いつの日か先生からあいつはこれでよかった
んだと言っていただける日が来るまで、腐ることなくしっかりと
仕事に打ち込もう。そう心に決めました。

それから、しばらくして全国高等部書記長に任命され、
恐る恐る先生のところに行きました。先生は私の顔を見るなり、
「よく頑張ったな!」と笑顔で声をかけてくださったのです。

先生は突き放しながらも、ずっと私を見守っていてくださった
のです。先生の厳しさと優しさを、このときほど感じたことは
ありません。どんなことであれ、師匠との約束は命懸けで
守っていこう。今はそう実感しています。

<完>                  
 

となりの創価学会より4/5

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月22日(土)07時30分16秒
編集済
  ●アメリカで知った大きな心

SGI婦人部長(1995年当時) 秋山栄子さん

私の主人は勤行はしていたものの、学会が大嫌い。
平和主義者の彼は、いくら学会は素晴らしいと
言っても、命令一つで動くような組織はどこか
軍隊のようで馴染めない、の一点張り。だから、

活動にも参加しませんでした。ところが、妻の私は、
女子部のバリバリの活動家。主人と結婚して
アメリカへ渡る前にも、アメリカの副婦人部長という
役職をいただいてしまうほどです。申し訳ないけど、
心の中は新婚生活よりも信心のことでいっぱいでしたね。

出発前に、池田先生にご挨拶に行きました。先生は
「これをあなたにあげるから、しっかりやってらっしゃい」
と短刀をくださったんです。その刀がずっしりと重く
感じられたことが、今も忘れられません。

先生の思いを強く感じました。主人のことも心配されて
いたんでしょうね。ずっと見守っているからねと、私を
心から激励してくださったんです。

なんとしても先生には迷惑をかけてはいけない。
と同時に、アメリカでの広宣流布に私の使命感は燃える
ばかり。ニューヨークに着くや、私は主人に
「アメリカでも、日本と同じようにしっかりと闘いたい。
それは私の使命だし、私の人生そのものだから、
わかってほしい」と自分の心のうちをぶつけました。

主人は、アメリカに来てしまえば、いくら私が学会活動を
やりたくたってできないだろうと思っていたんでしょう。
そのときは、あっさりと「そうか、わかった」と認めて
くれたんです。で、次の日からさっそく活動を開始しました。

しかし、志に燃えていた私も、だんだん活動に元気がなく
なっていきました。言葉もよくわからない、指導を受けようにも
誰もいない。ましてや主人には愚痴はこぼせません。

そんななか、池田先生がアメリカに指導に来られるという
知らせがありました。もう私、いてもたってもいられなくて、
主人に頼み込んでハワイまで先生を迎えに飛んでいって
しまったんです。お会いして、先生に真っ先にこう話しました。

「先生、アメリカって広いんです。アメリカの広宣流布と
いっても、太平洋の水をスプーンですくっているようで、
とにかく広くて・・・・・」 先生は「そんなこと、知ってるよ。
広いのが何なんだ」って言われるんです。

「仏法から見たならば、アメリカなんて庭先だよ。
どこが広いんだ。地球に響くお題目をあげているじゃないか。
お題目はぜんぶ宇宙に響いていくんだ。
私は日本にいて世界中の人びとの幸せを祈ってるよ。
アメリカぐらいの広さにビックリしてどうなるの」

その一言を聞き、先生の大きな“境涯”に触れて、今まで
あった心の中のわだかまりがスーッと消えるようでした。
そうだ、私はアメリカの広さに圧倒されていたんだって。
それにしても、先生の心はなんて大きいんだろうと思いました。


 

となりの創価学会より 3/5

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月22日(土)07時21分1秒
編集済
  ●直球勝負

創価高校(東京)元野球部員 牛牧英二さん

僕が初めて池田先生にお会いしたのは、高校1年生の
ときです。昭和60年1月31日、池田先生は創価
高校の甲子園合宿所に来られて、僕たち野球部員を
激励してくれたんです。

「3割から3割5部の障害があっても、ジェット機が
飛ぶように巻き込んで前に進みなさい」
「君たちの時代に甲子園に行きなさい」

どう説明したらいいのかな、とにかく先生の迫力はスゴイ
んですよ。僕たち高校生に対しても全力投球、まっすぐに
思いのたけをぶつけてこられる。池田先生は、高校生の
僕たちにも、世界の著名な方にお会いするときも、いつも
直球で勝負されているんだなって僕は感動したんです。

その日、合宿所の前で一緒に記念撮影をしました。先生は
「この写真はお母さんに送ってあげよう」とも言われてね。
先生は両親、とくに母親を大切にということを学園に来る
たびに話されるんです。親元を離れ東京で寮生活をしている

僕たちには、それって何よりも温かい励ましだった。
と同時に、遠くで見守ってくれている母親にも嬉しい言葉
だったと思うんです。とにかく池田先生は、僕たち学園生に
対して、あらゆることに気を配られていました。

会食会を開いてくれたり、生活用品やジュース、パンの
差し入れをしてくれたり、親のように温かいんです。
 その年、秋の大会が始まる前にも先生は会食会を開いて
くださり、野球部も全員参加させてもらったんですよ。
スキヤキの会食会でした。

僕たちは「よ~し、甲子園へ行くぞ」と気合が入りました。
結果は残念ながら初戦で負けちゃったけどね。
高校3年生の夏、栄光祭(学園の文化祭)の日に初戦突破の
報告を池田先生にできたときはもう感無量でした。

最初、試合は2対1で負けていたんです。その日は栄光祭で
池田先生が学園に来ているでしょう。負けの報告はしたくない。
とにかく無我夢中で試合をやって、僕はその日2安打3打点、
逆転打を打って試合にも勝ったんです。

試合を終え、ユニホーム姿で学園に戻り、勝利の報告をした
ことは忘れられません。野球部での3年間は、「創価高校の
野球部が甲子園に出ることは、野球で広宣流布するということ
なんだ」という先生の言葉を胸に必死に練習に励みました。

今振り返ると、きつい練習のなかで頑張ってこれたのも、先生が
「自分たちの人生で勝利するんだ」という指針をくださったから
じゃないかと思います。僕たちの時代には残念ながら甲子園には
行けませんでしたが、「人生の甲子園」では勝利していきたいですね。



●ダブダブセーターの思い出

創価大学国際部長(1995年当時) 北 政巳さん

昭和50年3月、僕は30歳のときに創価大学の在外研究の機会を
得て、イギリスのスコットランドに留学しました。僕は池田先生
からことあるごとに激励を受けてきました。そのお礼に贈り物を
しようと思い、グラスゴーの百貨店で真っ青なセーターを買って
日本に送ったのです。僕にとっては先生への初めてのプレゼントでした。

ちょうどそれから約1ヶ月半後のことです。池田先生がロシア、
パリの訪問を終えてイギリスにいらっしゃると聞き、僕もパリまで
お迎えに出かけたんです。会って驚いたことに、僕がプレゼントした
セーターを先生が着ておられたんです。

でも、「シマッタ!」と思いました。イギリス人と日本人ではそもそも
体型が違うでしょう。当然、同じサイズでも日本のそれより大きいんで
すね。僕が先生に贈ったセーターは、腕やお腹の部分がだぶついていて、
見るからに大きめだったんですよ。でも、先生はそんなことにはまったく
無頓着。かえって「君がくれたセーターを着てきたよ」と言わんばかりの

様子に、僕は非常に感動しました。先生は、真心には真心で応えてくださる
方なんだなと思いました。そのときのことを思い出すたびに、先生の優しい
思いに今でも胸が熱くなります。
 

となりの創価学会より 2/5

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月22日(土)07時00分15秒
編集済
  ●抜歯の痛みもぶっとんだ!?

 地区婦人部長 大山恵子さん

地区の先輩に「池田先生が出席されるかもしれない
会合なのよ。一緒に行きましょう」って言われた
とき、最初はなかなか行く気になれなかった。
ちょうど前日に歯を抜いて、その傷跡が痛んで
しょうがなかったの。でも先輩があまりに熱心に
誘うんで、痛みをこらえながら出かけていったのよ。

昭和57年の7月17日、創価高校で行なわれた
北多摩圏の総会でした。会合が終わって帰るとき、
小雨が降っているにもかかわらず、グランドに人垣が
できている。もうじき先生がここを通られるって
いうんで、みんな待っているんです。私もせっかく
だから池田先生を見てみたいと思って人垣に加わったの。

しばらく待っていると、池田先生が通りかかって、
集まっている人に向かってにこやかに会釈をした。
そして「風邪をひいてはいけないから、早く帰りなさい」
って声をかけてくれたんです。

池田先生との初めての出会いはたったそれだけでしたが、
なんて言うのか、すごいエネルギーを感じたの。
自分の生命が躍動するような気持ち。胸の奥底から熱い
ものが込み上げてきて、歯が痛いのなんてどこかに
ぶっとんじゃったわ。

それからは、池田先生のスピーチが元気の素。衛星放送の
ときは真っ先に会館に駆けつけ、いちばん前で見るんです。




●渡世人の哲学        自営業 古川義朗さん

人生なんて、ほんとわかりゃしねえ。俺は旧制中学のときに
グレたために、学校を中退してな。ブラブラしているように
見えたのか、17歳で赤紙(召集礼状)が来ちゃったんだよ。

いくらなんだってひどいだろう。それで予科連に入って1日目に
逃走したんだよ。それからはよ、なにも悪いことなんかして
いないのに“おたずね者”さ。捕まれば処罰される、だから
いろんな所に逃げ隠れてさ、それで渡世人の世界に
入っちまったんだ。

さんざん逃げてよ、だけど戦争が終われば、時代はコロッと
変わっちゃった。だから俺は信心だろうが、学会だろうが、
とにかく誰も信用出来ない、そう思っていたんだよ。

でもよ、その頃の学会人ってのはしつこくてさ。それで「入る」
と言ってしまえば、うるさい奴らから解放されるだろうぐらいの
気持ちで入会したんだよ。昭和30年の頃だよ。だから、まあ
のらりくらりと信心をしてたんだ。短いローソクを仏壇に飾って、
適当に勤行をやっているふりなんかしてさ。

たまに学会の人が「信心して、いいことありましたか?」といって
訪ねてくるんだけど、「ボチボチやってんだけど、たいしたこと
ないじゃないか」なんてケチをつけてやったんだよ。だけどな、
ちゃんと信心している人には不思議と見抜かれちゃうんだ。

相手はよう、ニコッと笑って「古川さん、頑張ってやってたら
変わってますよ。やらないから変わらないんですよ」と言いやがる。
これには参ったね。 俺は昔、ある新興宗教団体から金を借りて
バクチを打ってたこともあったんだよ。

「儲けて返すからよ」なんて言うと、信者のご供養を貸して
くれちゃうんだよな。腰抜けの幹部がさ。宗教なんてそんなものさ。
だから創価学会とかいったって、たいして変わりないだろうと、
俺はタカをくくっていたんだ。だけど、ちょっと違うんだよ。
創価学会の人にはごまかしが来かねえんだ(笑)。

俺も渡世人からやっとのことで足を洗って、メッキ職人になった
だろう。けど、いい年して中学を卒業した小僧と同じ給料しか
もらえねえんだよ。そんな苦汁はイヤというほど味わってきたから、
とにかく実力をつけるしか生きてはいけねえと必死だったよ。
そんななかで、そりゃ信心は面倒臭いよ。でもな、こんな俺の

人生がほんとうに切り開けるのならと、少しずつだけど勤行も
始めてみたんだ。 頭から信じてやるわけじゃないよ。だけど
やってみるしかないじゃねえか。だから言われた通りに折伏にも
励んだよ。友だちといったって、俺の仲間の多くはバクチを打って
いるだろう。だから賭博場にも折伏に出かけたよ。

俺が行くと、やっこさん、渋い顔をしてな。「古川、その話なら
今度にしてくれよ」なんて言うんだよ。だけど不思議なんだ、
この信心って。頑張ってやるだろう、ちゃんと結果が出るんだよ。
それで、やめられなくなっちまってよ。

渡世人の世界なんていうのは、景気のいいときはみんな「兄貴」、
「兄貴」なんて言ってペコペコするんだけど、地に落ちたときは
そりゃ冷たい世界だ。だけど学会はどんなことがあっても、
温かい庶民の世界なんだ。その先頭を切って走っているのがさ、
池田名誉会長だよ。

俺は池田名誉会長と同じ年なんだけど、池田先生というのは凄い
男だよね。戸田先生が亡くなってから、昭和35年に池田名誉会長が
32歳の若さで第3代の会長になるんだ。俺はさ、正直言って池田
先生というのは、いい度胸をした男なのか、それとも何も知らない
奴なのか、そんなふうに思ってたんだよ。

でも会長推戴式に参加して、あらためて肝の座った男だとびっくり
したよ。若武者のようだった。俺は後で知ったんだけど、大阪事件の
ときには無実の罪なのに、刑務所にも入ったっていうじゃないか。
俺も昔は警察に厄介になったけど、警察を敵に回して闘うなんて
並大抵のことじゃないよ。学会員を守るために身を盾にして闘って
きた。それが学会の代々の会長なんだよ。
 

陽光さま

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年10月22日(土)06時37分0秒
  初めまして よろしくお願いいたします 失礼な質問の仕方で 申し訳ございません  

英米法?

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年10月22日(土)06時19分0秒
  米国の最高裁判所判事は 終身制です 任命は大統領の権限です 日本と違い あくまでも rule of law(法の支配)です 飯島ごときが なにかできるのでしょうか? 陽光様 ご教授 お願いいたします  

レ・ミゼラブルを読み直す(6)補足

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月22日(土)06時06分58秒
  この項で、ジヤベールの生い立ちと思考が描かれています。映画では、ジャン・バルジャンとの対決シーンで『俺もお前と同じところにいた』云々というセリフがあったと思います。小説の通り、ジヤベールは、骨牌占いの女と徒刑囚の間に生まれた子供です。そして「ジヤベールは大きくなるに従って、自分が社会の外にいることを考え、社会のうちに帰ってゆくことを絶望した。社会は二種類の人間をその外に厳重に追い出していることを彼は認めた、すなわち社会を攻撃する人々と、社会を護る人々とを。彼はその二つのいずれかを選ぶのほかはなかった。同時にまた彼は、厳格、規律、清廉などの一種の根が自分のうちにあることを感じ、それとともに自分の属している浮浪階級に対する言い難い憎悪を感じた。」と言う思考のままに警察官となりました。ジャン・バルジャンとの出会いは、「彼は青年時代には南部地方の監獄に雇われていた」との通り、トゥーロンの徒刑場(造船所)にいたのです。
そのジヤベールが警視となって、今度はモントルイュ・シュール・メールの警察署長として赴任して来た。なんとも因果な展開で物語は進みます。

 

忘れもしない本幹での出来事

 投稿者:ただ一言  投稿日:2016年10月22日(土)05時52分44秒
  男子部時代に本部幹部会の本番会場に参加させて頂いた時の忘れもしない出来事。
2002年5月1日、創価大学の池田記念講堂での本部幹部会。高く見上げる第三層まで埋め尽くされた講堂内はまさに壮観だった。超一流のSGI芸術部メンバーによるジャズの記念演奏。中でも病を克服して舞台に立ったメンバーのボレロは圧巻だった。
待ちに待った先生のスピーチが始まる。「今日はお祝いだから‥」と先生はすこぶるご機嫌だった。未来部に期待を寄せ、青年部を激励。健気に戦う婦人部を讃えて壮年部を励ました。全員に呼びかける「自分が創価学会の会長の自覚で」と。
先生は突然、壇上にいる当時の佐〇男子部長にやさしく声をかけられる。
先生「佐〇、いくつになった?」
佐〇「〇才です」   ?ま40?位だったか‥
先生「50才まで青年部をやりなさい」
佐〇「ハイ」
先生「手続きの都合はあるが、学会の
          会長は必ず青年部から出す」と。
このやりとりを見ては思った。先生は佐〇男子部長を50才まで青年部にして会長にするんだと‥それから間もなく谷〇青年部長と佐〇男子部長が共に青年部のまま副会長に任命された。当時は先生のご期待は少なからずあった思う。

その後話を戻されてスピーチは続いた。また突然の出来事だった。先生の語気が強まる。後ろを振り返りすぐ隣に座る〇谷会長に向かって一言。先生の鋭い声が響く。
先生「〇谷、お前は私を守ると言って守らなかった」手を膝に置いたまま動けない。会 場は静まりかえる。さらに続く。返す刀でその斜め後ろの野〇副会長に‥「野〇、お前も守ると言って守らなかった」と。あまりの厳しさに声も出い様子だった。一瞬の出来事だった。
思った。「先生は54年の事は未だに許されてないんだ」と。そして54年のことを会員に忘れさせない為に‥   もちろんこの2つのやりとりは同中ではカットされていた。

感動的な本部幹部会が終わり、講堂をあとにし創価大学の正門前の横断歩道を渡ろうとした時、隣に谷〇青年部長が歩いて来られた。携帯を耳にあて何か険しい表情で話をしていた。笑
将来の会長候補の話題でもしていたのだろうかと‥「俺じゃないのか」と。

お二人共に全国学生部長の時は輝いていた。
ストロングとか、ビッグウェーブとか言って。
古い話ですみません。アラフィフの方ならわかると思います。

それから14年。「会長は青年部から出す」とのその時の先生のお言葉が心に響く。
先生の思い通りにさせない力が学会の中にある。









 

創価学会本部が豹変

 投稿者:海外在住  投稿日:2016年10月22日(土)05時42分33秒
  週刊誌記事だったので真実の解明はできませんが

佐藤Hが創価学会員を黙らせ正当化するために
この様なシナリオを用意したとのことです

記事抜粋=http://news.livedoor.com/article/detail/10365289/
「問題の根底にあるのは、次期会長をめぐる正木正明理事長と谷川佳樹副会長(事務総長)の権力闘争です。
正木派は学会原理主義のような存在で、自民党との連立解消、さらには小選挙区からの撤退も視野に強硬姿勢を貫いていた。
一方、谷川派はあくまで連立維持の立場で、集団的自衛権行使容認もやむを得ない選択と考えていた。
当初リードしていたのは正木派でしたが、"連立離脱"が具体的に囁かれるようになると党にも学会にも動揺が広がった。
とくに翌2015年に統一地方選を控えていたこともあって、谷川派がしだいに優勢になっていった。
例の飯島発言も、谷川派からの入れ知恵だったといわれています」

http://news.livedoor.com/article/detail/10365289/

 

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