【動画】「夢があふれる社会に希望はあるか」著者の法政大・児美川孝一郎教授=瀬戸口翼撮影
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■就活する君へ

 「夢があふれる社会に希望はあるか」。この春、一見すると刺激的なタイトルの本が出版されました。著者の法政大学キャリアデザイン学部の児美川孝一郎教授(キャリア教育)に、その真意を聞きに行きました。「夢」って悪いものなんですか?

■夢は「マジックワード」

 ――本のタイトルに少し驚きました。夢を追いかけてはいけないのですか。

 「夢はマジックワード、反論ができない。『私の夢、いけないですか?』と言われると困っちゃう。否定にかかる人はほとんどいない。『言った者勝ち』みたいな部分がある」

 「でも、夢は持ってはいけないという意味ではないんです。もちろん持って良い。目標ができ、やる気が生まれる。行動につながり、情報も集まってくる。継続して頑張ろうというモチベーションにもなる。良い点はいっぱいあるのですが、全面的な称賛はしません」

 ――夢を持つことの悪い点とは。

 「夢をピンポイントで持つと、という条件をつけた方が良いかもしれません。ピンポイントだと、視野が狭くなり、将来の選択の幅も狭まる。本当は、その子にとってほかの選択肢が向いているかもしれないけれど、そんなこと見向きもしない」

 「根本的な問題は、夢を職業レベルで考えると、声優とか作家とか、専門職に就きたい人にしか当てはまらないということなんです。大多数は会社員や公務員になるわけで、そうすると自分でやる仕事は選べませんよね。組織の側が、これをやってと言われたらそれをやる。営業をやっていたと思ったら、人事や総務に行ってくれということもある。そこに柔軟に対応しないといけないのに、最初からやりたいのはこれなんです、というのはかえってその子の成長を狭める」

 「『こんなんでいいのかな』と思ってやり始めて、3年もやるうちにだんだんと面白くなって、10年やってコツや広がりがつかめて『これはオレの天職じゃないか』と思っている人だって、たくさんいる」

■就活を難しくする「夢あおる文化」

 ――正しい「夢の持ち方」があるんでしょうか。

 「夢を追求するとき、たとえばアナウンサーなら、なぜアナウンサーになりたいと思ったのか、なぜそこまでなりたいのか。自分の中の何かそうなりたい根っこみたいのがあると思うんです。人にわかりやすく伝えたいということであれば、普通の企業に入っても広報を担当する部署はある。そういう風に発想を広げることができたら、何かを追求することが狭さにつながらない」

 ――視野を広げるとうまくいく、というのは当たり前にも聞こえます。なぜうまくできないのでしょうか。

 「ここ10年、『夢をあおる文化』が出てきたからでしょう。学校のキャリア教育は夢づくしなんですよ。『夢を持て、夢を語れ』と常に迫ってくる。その影響を強く受けながら、小中高と過ごしてきてるから、自分がこれだと思ったら一直線。出合い頭の恋に近い形で夢に出会ってしまう。夢を称揚する社会がそれでいいんだと思わせている」

 「ちびっ子に夢を語らせるのは良いですが、中学生になった人に対して、やすやすと何になりたいのかと聞いちゃダメなんです。何になりたいの、と聞かれると何か答えないといけないじゃないですか。将来やりたい仕事はあるの、と聞くと良いんです。『まだありません』『そうなんだ』。それで終わらせれば良い」

■「やりたいこと」は後回しでもOK

 ――結局、どうすれば就活がうまくいくのでしょうか。

 「周りの学生の就活を見ていると、上手に転換できる学生がうまくいっている。こっちでもどうだろうかと考え直して、なんとか決まっていくことが多い」

 「すべての学生が第1志望の企業に決まるなんてあり得ない。第1志望がダメだと分かったときに、次の一歩が出ない若者がいるんですよ。例えばテレビ局のアナウンサー志望の学生が、対策講座に通ったりして前向きにグングンやるわけですよ。だけど地方局を含めて通らないこともある。そういうときに、はたと困ってしまう」

 ――夢を語る人に、周りの大人はどう向き合えば良いのですか。

 「否定する必要は全くない。なぜそこを目指しているのかを本人がじっくり考えられるような働きかけをすることが必要だと思う。ある職業に就きたいなら、その仕事をしている人が1週間どういう生活をしているか、定年までのキャリアパスはどうなっているのか。そしてなぜ自分はそこを目指すのか。仕事の側と自分の側を掘り下げるのを促すことは必要だと思います」

 ――逆に、「夢なんてない、やりたいことがない」。そんな学生はどうすれば良いのですか。

 「『自分がやりたいこと』だけに集中して考えるから見つからないんです。『やりたいこと』、『やれること』、『やるべきこと』を三つの円として描いてみて、混じり合う場所を探す。やりたいことだけでなく、自分がやれそうなこと、世の中のみんながやってほしいと思っていることって何だろうと考える」

 「社会は分業で成り立っている。その中であなたはどういう役割を背負おうとするのか。社会が見えていないと、その役割を見つけることはできない。個人の軸だけでなく、社会の軸も含めて考えると良い。それを自分がやりたいと思えるかは、後回しだって構わないんですよ」

■夢実現せずとも「幸福」に

 ――人生全体を見渡したとき、夢とはどう向き合えば良いのでしょうか。

 「ある調査(※1)で、40代の8割が小学生の頃に夢だった仕事に就いていないという結果が出ました。8割が夢を実現していない。でも日本人の8割が不幸ということはない。別の調査では、8割が幸福と答えている、ということは、子どもの頃の夢が実現しなくても大丈夫なんですよね」

 「食う分はこっちの仕事で稼ぐとして、やりたいことも諦めずに続ける『パラレルキャリア』というのも、一つの人生。ミュージシャンにこだわるなら、音楽をやめろとは言わない。だけど、それを仕事にするだけが選択肢ではない、アマチュアっていうのもあるでしょうと」

 「イチロー選手も内村航平選手も、夢を実現した人たちは一方できっと苦労も多いはず。周りのプレッシャーも大きい。そうではなくて、様々な変化に柔軟に対応しながら、夢を自分の中でどう残していくかを考えていくと良いのではないでしょうか」

※1:スマートフォンメディア事業の「セレス」が、2012年に実施した「子どもの頃の夢と(現在の)職業比較」調査。

■もうひと言:学生だらけのバイトはやるな!

 ――日頃、学生の就活を見ていてどんな問題を感じますか。

 「3年生で就活が始まるときに、『やりたいことがないんですけど……』というパターンが圧倒的に多いことですね。『インターンシップをやらなきゃいけない、先生、どこが良いですか』となってしまう。選べないぐらいなら、インターンをしないで、ちゃんとしたバイトやったほうが良いんじゃない」

 ――「ちゃんとしたバイト」ってなんですか?

 「一緒に働いて、叱ってくれる大人がいれば、それでいいんです。学生のアルバイトは、居酒屋やコンビニかファミレスが多いけれど、一緒にいるのが学生だらけで、周りに大人が少ないじゃないですか。それでバイト先の仲間と飲み会をやっている。それがダメなんです。バイトがサークル化して、鍛えられる場にはならない」

 ――例えば、どんなバイトが鍛える場になりますか?

 「近所の総菜屋で働いている学生は、周りがおばちゃんだらけで、常に文句を言われる。『あなたもっとこうこうしなさいっ!』と(笑)。でもそれを1年間やったらすごいですよ、話題も豊富になるし、面接で普通の学生と違う感じにみえる。おばちゃんたちのおかげで、普通の女子学生とちょっと違う『引き出し』が持てるんですよ」(篠健一郎

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 こみかわ・こういちろう 1963年生まれ。法政大学キャリアデザイン学部教授。専攻は教育学(青年期教育、キャリア教育)。主な著書に「夢があふれる社会に希望はあるか」(KKベストセラーズ)「キャリア教育のウソ」(ちくまプリマー新書)など。