NHKスペシャル「あなたの家が危ない〜熊本地震からの警告〜」(10/9放送)では、熊本県阿蘇市にある免震病院が取り上げられました。この免震病院は熊本地震の本震(4/16日)の時、水平方向に最大約46cm変形しましたが、建物に損傷は全くなく、地震後も医療行為を継続することができています。

免震構造は熊本地震においても、これまでの地震においても、十分な性能を発揮してきています!

このような効果をもたらしたのは、建物の基礎に配置されている「積層ゴム」の効果です。積層ゴムというのは薄いゴム層と薄い鉄板をサンドイッチ状に積層したものです。建物の重さを支えながら、地震のときには水平方向に非常に柔らかく、大きく変形してくれます。これによって地面が激しく揺れても、建物自体に揺れが伝わるのを防ぐことができるのです。

写真は、積層ゴムが水平変形しているときの写真です。積層ゴムの変形性能を表すときには、「せん断ひずみ」という指標を使います。これは積層ゴムの水平変形の量を積層ゴムの全ゴム層厚さで割ったものです。写真に示されている積層ゴムのせん断ひずみは250%以上です。ゴムの厚さの2.5倍以上変形しています。
積層ゴムの変形

積層ゴムには、当然ながら「ゴム」が使われています。使われているゴムの耐久性は高いですが、建物に長期間使われていると多少劣化していきます。その劣化をできるだけ抑制するために、積層ゴムの周囲には「保護ゴム」といわれるものが取り付けられます。保護ゴムに使われるゴムはより耐候性が高いものが使われます。

積層ゴムには、保護ゴムを積層ゴムと一体にして成型したタイプと、積層ゴムだけを成型した後にテープ状の保護ゴムを何層にもわたって巻くタイプがあります。阿蘇の免震病院で使われていた積層ゴムには、後者の保護ゴムのテープが巻かれていました。この保護ゴムのテープは、積層ゴムが大地震で大きく水平方向に変形すると、ちょっとズレてきてしまいます。

下の写真はそれを実験で検証したときのものです。積層ゴムのせん断ひずみが250%以上となると、保護ゴムテープが少しめくれ上がっていることがわかります。保護ゴムテープがずれるのは非常に稀なことで、今回のような震度7クラスの熊本地震ではじめて観察されました。
積層ゴム+保護ゴム

なお、ずれた保護ゴムテープは、地震後すぐに取り除かれて、積層ゴム本体に異常がないことを確認した後、保護ゴムテープを再度巻きつけています。

番組では、この保護ゴムテープのズレを「積層ゴムが変形した」と表現していますが、変形したのはテープだけであって、積層ゴム本体は健全だったのです!報道された内容は大きな誤解に基づいています。事実が正しく認識されておらず、都合良く使われているように感じます。これを見た視聴者に、免震構造も危険なのか、積層ゴムも壊れたのか、といった非常にネガティブな印象を持たせるものでした。実際には、免震構造は十分な性能を発揮したし、積層ゴム本体も健全だったのです。
NHKスペシャル161009

番組内で十分な説明をしないまま、いかにも危険そうだ、免震でも不安だといった内容になったことに憤りを感じています。免震建物に住んでおられる方々や免震の関係者に大きな不安を与えたのではないでしょうか。

加えて、番組では長周期地震動のことも取り上げられていました。長周期地震動によって阿蘇の免震病院が想定範囲を超えて危険だとされていますが、想定範囲を超えても免震建物の変形性能には余裕が持たせてあり、番組で指摘されたように擁壁に衝突することはありませんでした。

免震構造は積層ゴムなどで建物の周期を長周期化することで揺れを低減しています。そのため長周期地震動は苦手です。しかし、長周期地震動であっても、積層ゴムなどの変形性能を適切に確保したり、建物の減衰性能を高くすることで、長周期地震動へ対応することは十分可能です。

将来発生する地震動は、誰にもわかりません。そのため、建物の安全性を確保するには、耐震構造でも免震構造でも、設計に余裕を持たせることが大事です。熊本県益城町では木造住宅に甚大な被害がでています。しかし、そうしたなかでも無被害の住宅もあるのです。なんでも危険だではなく、より高い耐震性をもつ住宅や建物が建設されていくことが推奨される番組内容であれば良かったと思います。

この番組によって、免震構造に不信感をもたれた方がいたかもしれません。免震構造もどんな地震に対しても絶対安全ということは言えません。しかし、現時点では、安全と安心を与えることができるのは、免震構造だけだと思っています。この記事が、少しでも免震不安を和らげるものになれば幸いです。

余談ですが、番組のなかで、私が取材に答えているシーンがほんの少しだけ出てきました。この取材では、全部で1時間ほどのインタビューを受けています。取材した記者は、阿蘇の免震病院がこのように大きく変形したのは衝撃的だ、といったような感想を言って欲しかったようです。嫌な予感がしたので、そうした発言はしませんでしたが。番組のストーリーを見ると、もしそうした発言をしていたら、ますます免震の危険性を煽るように使われたかもしれませんね。怖い怖い。