貧困の現場に長年携わり、その改革に力を尽くしてきた稲葉剛氏。その経験をまとめ、社会を変えることを呼びかける本『貧困の現場から社会を変える』を上梓されました。なぜ、いま貧困問題なのか。刊行の背景や現在の貧困問題に関してお伺いしました。(インタビュアー / NPO法人POSSE渡辺寛人)
出版の経緯
渡辺 日本の貧困問題について考えたい、取り組みたいと思ったときに、入門的に学べる文献は、実は意外にもあまり多くありません。そこで、稲葉さんにそうした本を書いてもらいたいということで、堀之内出版とブラック企業対策プロジェクトから企画のご相談をさせていただいたのが、本書を出版することになったそもそものきっかけです。
そして、書くだけではもったいないから講座にしようということで、2014年7月から「稲葉剛のソーシャルワーク入門講座」として全6回の公開イベントを開催、その内容を収録することになり、2016年9月に本書が刊行されました。最初にこの企画を持ち込まれた時はどう思いましたか?
稲葉 まあ半分、ブラック企業対策プロジェクトの藤田孝典さんにそそのかれるような感じで始まって。6回も違うテーマで話すのは大変かなっていうのが最初の印象でした(笑)。
「ソーシャルワーク入門講座」というタイトルで話をするということで、自分のしてきた二十余年間の活動を振り返るきっかけになるかなと。ホームレス支援に始まり、その時々の必要に応じて活動を広げてきたということを、改めてソーシャルワークという視点から振り返るというのも面白いかなというふうに思って引き受けたということです。
貧困バッシングの高まり
渡辺 今回ご自身の実践を振り返りもお書き頂いていますが、そのうえでいまの貧困問題の状況をどのように見られているのでしょうか。
稲葉 「はじめに」でも書きましたが、2006年が、国内の貧困が再発見されるきっかけになった年だと思っています。きっかけは、竹中平蔵(当時)大臣が新聞のインタビューで、「社会的に解決しないといけない大問題としての貧困はこの国にはない」と言ったことに憤りを感じた湯浅誠が、「反貧困」をスローガンにした社会運動を構想したのが最初です。
当初は貧困問題の可視化を当面の目標として運動を始めて、それが年越し派遣村の成功とか社会的に大きなインパクトを与えたということもあり、貧困問題自体は可視化されました。さすがに10年経って、いまでは日本国内に貧困問題はないって言う人はいなくなったかなと(笑)。
ただ、生活に困窮している人が増えた分、互いに分断させられている状況があるのではないでしょうか。
たとえて言うなら、大型客船が沈没しかかっているのに、「沈んでいない!」と言い張っていた時代が終わり、いまは誰の目にも船が沈んでいることが明白になった状態です。ただ、大勢の乗客が海原に投げ出されていることへの怒りが、本来、責任を負うべき人に向かわず、先に救命ボートに乗っている人に向かっている。冷たい海で泳いでいるのがつらければ、「自分にもボートをよこせ」と言えばいいのですが、「あいつらはズルをしているから、ボートから降ろせ!」となってしまうのですね。
この間の動きでいうと、NHKの貧困高校生へのバッシングや、この前も人工透析の患者さんへのバッシングもありましたが、国の財政問題を口実に、「真に困窮している人」は救うけれど、そうは見えない人は切り捨ててもいいんだ、という風潮が強まっていますね。
渡辺 この本の中でもバッシングについては1章を割いて論じていますが、反貧困の取り組みを通じて貧困を可視化したときになされたバッシングと、現在のバッシングに違いを感じることはありますか。
稲葉 90年代からホームレス問題はずっとあったわけですが、路上生活者や日雇労働者への差別や偏見は根深く、「あの人たちは好きでやってる」とずっと自己責任で語られてきたところがありました。
年越し派遣村の時に潮目が変わりはしたのですが、例えば次の年の「公設年越し派遣村」において、国と東京都が年末年始に公的な施設をつくった時にも、「行政のお世話になって宿泊施設に入りながらもタバコを吸っている人がいる」といった点が叩かれたりしました。
根本的なところで貧困を見るまなざしが変わっていないと感じますね。貧困状態にある人に「清く正しく美しく」というイメージを求めて、生活保護にしても恩恵として与えるけど、権利としては認めず、美しいイメージを裏切るようなら取り上げても構わないという発想。根っこには日本社会の人権意識の希薄さがあると思うのですが、「貧困へのまなざし」はこの四半世紀で大きく変わっていないと感じますね。【次ページにつづく】

稲葉剛氏
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