異彩を放つフィリピンのドゥテルテ大統領は今週、北京を訪問し、最も親密な同盟国である米国を離れ、台頭する超大国、中国の懐に飛び込むという劇的な転換(ピボット)をなし遂げた。
ドゥテルテ氏が東南アジア諸国連合(ASEAN)以外の国を訪問するのは6月の大統領就任以来初めてだ。4日間の滞在中に同氏は、米国に「別れを告げる」時が来た、「中国だけ」がフィリピンを「助けることができる(だろう)」と言明した。この言葉どおりならば、論理的には、この地域の地政学的な勢力図が冷戦以来、最も大きく塗り替えられることになる。
ドゥテルテ氏は、その強硬な発言とは裏腹に、実のところは、フィリピンの基本的な戦略を反転させる意図はなく、米中との駆け引きを行っている可能性がある。だが、同氏は、自身の動きが自国だけでなく地域全体をも危険にさらす非常に危険な駆け引きであることを認識すべきだ。
同氏は中国におもねって米国政府を罵倒しているが、その大言壮語は、米中の世界二大国ともが同国から遊離するリスクをはらんでいる。フィリピン政府は、ドゥテルテ氏がオバマ大統領に品を欠く発言を投げかけたぐらいで、米国がこの地域で最も親密な同盟国の一つを見捨てることはあるまいとの見通しに賭けているようだ。
だが、米大統領を「売春婦の息子」呼ばわりしたことで、ドゥテルテ氏は大統領に求められる巧妙さを残念にも欠いていることを露呈した。もし南シナ海で米中の緊張が高まれば、この欠点が足を引っ張ることになりかねない。さらに、もし、米国がこの地域での軍事的存在感を示す上で枢要とする米比共同軍事訓練をドゥテルテ氏が中止するなどの核心に触れる言明をした場合、米政府は今後、こうした脅しを見過ごすとは考えにくい。
一方、対中外交では、ドゥテルテ氏はさらに面倒な判断を迫られる。フィリピンが、南シナ海領有権問題で中国の戦略的立場を支持する方向に傾くことの見返りとして、貿易・投資の拡大を望んでいるとしたら、それは短期間は、ある程度、成功したかにみえよう。中国が地域の同盟国に報奨を与えている例は枚挙にいとまがない。地域の政治論争で中国の側にまわるカンボジアも一例だ。
だが、中国政府は南シナ海問題は、イエスかノーのどちらかしかないものとの立場だ。中国は領有権を争っている41の島と岩礁を自国の領土とみなしており、それらすべてを自国のものとする計画だ。そのため、フィリピンの中国向けの耳障りのいい言葉の効果は長続きしまい。中国が、投資と貿易の拡大の対価に、フィリピンに南シナ海の領有権を放棄させようとする場合、フィリピンは中国の外交力学の軍門に下ってしまうリスクを負う。そうなれば、ドゥテルテ氏は、フィリピン国内での人気も、仮借ない麻薬の取り締まりで築き上げたタフガイのイメージも消えうせるだろう。
さらに、ドゥテルテ氏が領土問題で、今年下された国際仲裁裁判判決に反する譲歩を行えば、この地域での法の支配を揺るがし、中国政府をますます、つけあがらせることになりかねない。仲裁裁判所は、中国が南シナ海で主張する複数の領有権の主張は「法的根拠」がないと結論づけた。
深刻な自己反省を必要とするのはドゥテルテ氏だけではない。米政府も、フィリピン政府の中国へのすり寄りの責任がいくらかあることを認識すべきだ。オバマ氏のアジア・リバランス(再均衡)政策は本腰が入らず、フィリピンなどの地域の国々の対米忠誠を当然とみなしてきた。米国はこの地域の友好国に、より強いコミットメントの意思を示す必要がある。
ドゥテルテ氏が自身の性急な冒険主義外交の方向転換を図るには、まだ時間はある。同氏は米国に対し、同盟関係を放棄する意思はないと明確に表明すべきだ。南シナ海のような一触即発の問題を巡って米中の対立を仕組もうとするのは、おろかでかつ危険な行為だ。ドゥテルテ氏は手遅れになる前にこのことに気づかねばならない。
(2016年10月21日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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