何年前でしたかねえ。5年前だったか、6年前だったか、、、
ある年の秋、
「あ、こないだ鰹食べました」
という話をしたときのことです。
「目に青葉 山ほととぎす 初鰹、、、だからいまは、戻り鰹か」
と言われ、
「…なんですか、その呪文みたいなやつ」
と答えた私は、かの有名なこの句を、このときまで知りませんでした。
小さい頃、「お箸を持つ方が右、お茶碗を持つ方が左」のような教わり方をしますが、
以来この句はわたしにとって、初鰹と戻り鰹を見分けるときの、お箸とお茶碗のような存在になりました。
そして今週月曜日、ミモレで見て「おお!」と嬉しくなったこちらのテキスト。
歌舞伎「梅雨小袖昔八丈ー髪結新三ー」を観てまいりました。
江戸の悪党、髪結の新三(しんざ)が、お金目当てに大店の美少女を誘拐して拉致、身代金で一儲けしようと企むお話です(大部分省略&割愛・笑)
目に青葉 山時鳥 初鰹ーー髷にさしたる房楊枝 浴衣の裾をかいどりて 髪結新三はいい男…粋でいなせな江戸っ子の悪党、新三の湯帰りのようすを描いた小唄です。
上機嫌で朝風呂から帰ってくる途中、当時とても高価だった初鰹を魚屋さんから景気良く買う場面で「江戸っ子は”初”に大金を払うんだ」というセリフがありました。
なんでも一番初めじゃなくては格好良くない…まさに江戸っ子気質の最たるもの!というより江戸の悪人は粋だったり格好良かったり可愛かったり、ヒーローのような扱いだったのですね。今回は中村橋之助丈のニヒルな「格好良い新三」を堪能しました。
(関 瑠璃 「お江戸の悪党」より)
先日、歌舞伎に連れて行ってもらったと書きましたが、それがまさしくこの
「梅雨小袖昔八丈ー髪結新三ー」
だったんです。
これはずいぶん後になって知ったことでしたが、
江戸時代の俳人、山口素堂が詠んだ句は、正確には
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」
で、「目に」のあとに「は」が入っています。
だけど私は、「は」のない句の方が語呂が良くて好きで、
「髪結新三」を書いた河竹黙阿弥の狂言を好きになったのも、「七五調」と呼ばれる耳に気持ちのいい台詞がたくさん登場するからです。
役者さんから発せられた調子の良い台詞は、耳から入り、体内で反響し、また耳から抜けるように通り過ぎて、
一定のリズムが体を巡っていくその気持ちよさは、幸せな眠気を誘うほどです。
この狂言の中で欠かせないのが「初鰹」の存在。
わたしは教えてもらうまで知らなかったけれど、この狂言の中で大家さんが言う
「鰹は半分もらって行くよ」
は、
弁天小僧で言うところの
「知らざあ言って聞かせやしょう」
のような(までは言い過ぎかもしれませんが)、有名なセリフなのだそうです。
初鰹を肴に燗酒を酌み交わすシーンは、役者さんの力量もあってとても美味しそうで、それを見て鰹が食べたくなったのは、どうやらわたしだけではなかったようでした。
終演後、劇場近くのお店で食べた初鰹のたたきは、まだ脂こそのっていないものの、もっちりと噛みごたえがあって、とても美味しかったです。
この時期の鰹は、ねっとりした身が包丁に絡み、切るたび刃を拭き取らなければならないほどで、そういう鰹のことを「モチ鰹」なんて呼んだりもします。
そのもっちり感が、戻り鰹とは少し違う初鰹の美味しさであり、この季節の味ですね。
何より、「初物」を食すときのあのふっくらとした幸福感は、一緒に嗜むお酒の味や、食事の時間そのものまでを豊かにしてはくれませんか?^^
鰹を食べに行く前に、神社へお参りしに行きました。
「じゃあ、奈々さんの前途を祝して、奮発してあげよう」
と手の平に載せられた5百円玉を握りしめ、お賽銭箱に近づく私に、
「お願いごとは、ひとつだけだよ」
などと背後から釘をさすこの人は、いったい私を何歳だと思っているのかと笑ってしまいました。(32歳です)
鈴を鳴らし、柏手を打って、言われた通り、ひとつだけ願い事をしました。
境内を抜け、食事処へ向かう道すがら、細い枝にちんまりと花をつける、数本の木を見ました。
「これは…梅?」
「梅だね」
「かわいいですね~」
「今はボケの木もいいよ」
「ボケかあ。あんまり馴染みないなあ」
「青山霊園には、もう早咲きの桜が咲いてるよ」
「へえ~」
「『十月桜』の鉢を買うといいよ。小さな鉢があって、今は高いけど、秋になると安く出回るから。春と秋に咲くんだよ」
「へえ~」
知らなかった花の名前や、渋柿と柿の見分け方や、鰹の句。
そういったものを教えてくれるのはいつもこの人で、「歩く歳時記」のような人です。
全然関係ないけれど、
「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」
を知ってしばらくしたあと、再び鰹を食べていて、ふと思ったことがありました。
「戻り鰹の句って、あるのかな」
ふと思ったその疑問をSNSで呟くと
「確かに聞かないね~」
なんていう友達のコメントがあっただけで、有力な情報は得られませんでした。
ですがその翌日、くだんの「歩く歳時記」から
「いちねんに いきつもどりつ 鰹かな」
という、おそらく自作の、"句だけ" が綴られたメールが、ひょっこりと送られてきたのでした。