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第一王女と、辺境伯
男は、受け取った書簡を無造作に開いた。
そして流れるように中に書いてあることを読む。
男が内容に一通り目を通した後に、その胸中には言いようのない高揚感が溢れるようにあった。
「――――――――――馬を。
直ぐに王都に向かう」
鷹の目のような鋭い視線を、長年使えている執事に言う。
執事は、なんの感情も見せずに、ただ一礼した。
「かしこまりました、グラン様」
グラン・ライゼルトは、その言葉に満足げに頷いて自ら旅装の支度をしに椅子から腰を上げた。
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「・・・あらまぁ、なんと・・・」
イルミナは届いた書簡を目にして、ついそう零した。
「どうされたのです、殿下」
ヴェルナーは不思議に思って聞いた。
彼女との付き合いは長いわけではないが、それでも他の人より知っていると思っている。
その彼女が、このように声を出すことは珍しいのだ。
しかも届いた書簡は鷹を使ってのもの。
なにか緊急な事でもあったのだろうか。
「・・・ライゼルト辺境伯が領地を発ったようです」
「・・・はい?」
ちなみにもっと凄い反応をするであろうアーサーベルトは不在だ。
騎士団の訓練があるらしい。
「待ってください、殿下。
先日時間が掛かると・・・」
「私もそのつもりでした。
とりあえず他の貴族が知っていることを書簡にて知らせたのですけど・・・。
そうしたら執事殿からこれが来て『当家の当主は先ほど王都へと出立されました』と」
ヴェルナーは頭を抱えそうになった。
辺境伯であるグランがイルミナからの書簡で出立するなど誰が想像できるか。
ヴェルナー自身、宰相補佐として何度かライゼルト辺境伯と対面している。
だからこそ、なおのこと信じられなかった。
今のお茶会だって、案の穴を出来るだけ見つける事は勿論のことだが、本来の目的が別にある。
ヴェルナーが知るライゼルト辺境伯という人を想像上でもいいから知り、萎縮してしまわないことだ。
見た目が怖いわけではない。
むしろアーサーの方が怖い見た目をしている。
しかし、ライゼルト辺境伯の威圧感は異常なのだ。
かつて、馬鹿な事を言って彼を怒らせたものがいた。
そのものはライゼルト辺境伯に睨まれ、それ以降、彼がいる場で一切言葉を発することが無くなったのだ。
何かをしたわけではない。
ただ、睨んだだけ。
それが彼の恐怖を増長させる一因となった。
曰く、視線で人を黙らせる、と。
「あのお方が・・・来るのですか・・・」
ヴェルナー自身も遠い目をしそうになる。
彼の事は尊敬している。
しかし若造だったヴェルナーに、彼は容赦しなかった。
今では軽いトラウマ状態だ。
「そのようですね。
ライゼルト領から王都まで、最速でどのくらいで到着するのでしょうか?」
「・・・最速で50日ほどですが、かのお方は化け物並みの体力があるようですからね。
もう少し早く来るかもしれません」
イルミナはその言葉を聞くと、すぐさま席を立った。
「こうしてはいられませんよ、ヴェルナー」
そう言うと、そのまま部屋を出て行った。
突然の事についていけない。
「で、殿下!!
お待ちください」
ヴェルナーは慌ててイルミナの後を追った。
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「ようこそ、
グラン・ライゼルト辺境伯殿。
遠いところをよくぞいらしてくださいました」
イルミナはヴェルナーに鍛えられた笑顔でグランを出迎えた。
あの後、ヴェルナーの言ったことが本当になった。
グランは最速で50日を、38日で踏破してしまったのだ。
正直、人外ではないのかと勘繰る速さだ。
しかし共にやってきたライゼルト領の人も、同様についてきているようなのでライゼルト領自体がおかしいのだろうという事にしておく。
「イルミナ王女殿下、
お久しぶりですな。
あの小さかった貴女が、ここまで大きくなられているとは・・・。
私も年を取ったものですな」
そう笑う男は、ヴェルナーとは違った見目の麗しさだった。
栗色の髪は緩めに首元で括られ、切れ長の目は若芽のような明るいグリーンだ。
そしてその身体は、服の上からでは分かりずらいがしっかりと鍛えられている。
ロマンスグレーという言葉を送りたくなる美丈夫だった。
「私も少しは大きくなれたと信じたいものです。
両陛下には?」
「あぁ、そうですな。
一言挨拶をしたいのですが」
イルミナはグランの言葉を聞くと部屋付きのメイドに視線をやった。
「恐れ入ります、殿下。
両陛下とリリアナ様は本日遠乗りに出かけられておいでの為、不在にございます」
「・・・そう。
申し訳ありません、ライゼルト殿。
またの機会でも構いませんか?」
「その方がよろしいでしょうな。
私も急に来てしまいましたから、お気になさらず」
グランはそう穏やかに返す。
しかしイルミナは気が気でなかった。
グランが今日到着するのは時前に知っていた。
そしてそれを両陛下が知らないはずがないのだ。
想像の域を出ないが、リリアナの為に遠乗りをしているのだろう。
せめてもの救いはグランが王に会いに来たわけではないという一点のみだ。
「ここではなんですから、どうぞこちらへ」
イルミナはそうグランを自身の執務室へと案内した。
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「・・・そろそろ、本題をお伺いしても?」
イルミナはグランを部屋のソファに案内し、自ら紅茶を淹れて出した後、そう切り出した。
グランは、出された紅茶の香りを楽しんでいる。
「殿下、クライスは呼ばなくてよろしいのですか?」
「・・・呼んでいいのであれば、呼びますが」
「ふふ、いや、後程に嫌でも会いましょう。
さて、本題と言いますが何のことでしょう」
グランはにこにこと人好きのする笑顔でイルミナに対応した。
一見、彼が物凄い力を持つ貴族には見えない。
しかしイルミナはちゃんと気付いていた。
「私は言葉遊びにお付き合いしたほうよろしいですか?」
イルミナは微笑みながら返した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人の間に沈黙が降りる。
しかしここにヴェルナーがいたらきっと背筋を凍らせていた事であろう。
「っく、くく・・・
あっははははは!!」
爆笑しだしたのはグランだった。
そんな彼を、イルミナは変わらない笑みで見ている。
「ただのお嬢さんかと思ったら、よくぞここまで成長されましたね!
言葉遊びには付き合って頂かなくて結構ですよ、殿下」
グランは快活に言った。
イルミナはその言葉に内心で安どのため息をつく。
「単刀直入に言いましょう。
アレは貴女が考案したのですか?
貴女の名前で出されただけで、実際には他の考案者がいるのですか?」
「その問いの答えは私が考案しました、ですね」
グランはイルミナの言葉に、心底楽しそうに笑った。
彼を知るものであれば、きっとグランの偽物だと叫んでいた事であろう。
それくらい、有り得ない光景だった。
「非常に、有意義な話し合いが出来そうですな。
イルミナ・ヴェルムンド第一王女殿下」
「えぇ、そのようで非常に喜ばしい事です。
グラン・ライゼルト辺境伯」
そういって二人は微笑み合った。
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