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梔子のなみだ 作者:水無月
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第一王女とお茶会




イルミナは部屋を後にすると、そのまま毅然と歩きだした。
会議は終わり、次の会議はさらに有意義なものになると確信している。
それは、今までのイルミナのすべての結晶と言っても良かった。

見慣れた部屋に戻ると、そこはいつもと変わらず殺風景だ。
15年も住んでいるのに、そこには何もない。
何もないというより、年頃の娘がもつようなものが全くと言っていいほどないのだ。

しかし、以前と少しだけ変わったところもある。
イルミナにとっての執務用の机には、ガラス細工の花が飾られている。
それが唯一、この部屋で女の子らしさを出していた。
キラキラと光を反射するそれは、イルミナの心を少しだけ癒した。
ガチャリ、と鍵の錠を落とす。
これで部屋にはイルミナ一人だ。

「・・・・・・はぁ―――――」

そうしてようやく、ゆっくりと息をつくことが出来た。
そしてそのままずるずると座り込む。

「・・・・・・」

手を見れば、微かに震えている。
それが何からくるものなのか、イルミナは判断しない。
しかし、やっと始まったのだと思った。

今までのこと全て、この為に行ってきた。
ただ一つ、自分の望みを叶えるために。

そう、第一王女イルミナの居場所を作るために。





**********************





「・・・今日のは少し強めね」

イルミナは飲んでいた紅茶から口元を離すとふと呟いた。

「、新しいのをお持ちしましょう」

アーサーベルトは、一瞬表情をしかめると、そう言い席を立とうとした。

「いいわ、アーサー。
 もう飲まないから」

イルミナはそういうと、そのまま紅茶をソーサーに戻した。
その色は普通のものと変わらない。

「・・・毎回毎回飽きないわね。
 それでも効かないのは、彼らにとって誤算かしら」

そう薄っすらと微笑みながら言うイルミナに、アーサーは苦笑ともいえる笑みを向ける。


あの、会議の日から。
イルミナの食事に毒が盛られるようになった。
今のところは生死に関係するほどのものでもない。
というより、ほとんどイルミナが服用したことがあるので耐性があるものばかりだ。

時折だが、暴漢に襲われそうになる事もあった。
そのほとんどは、アーサーかハザに撃退された。
稀にだがイルミナ自身が剣を取る事すらあった。
しかし、基本的に最終手段となるのでほとんど使用する事は無く、万が一使ったとしてもイルミナだと分からないように変装した時しか剣を取る事は無かった。

「ヴェルナーの言った通りでしたな」

アーサーベルトは言葉にできない思いをその一言に集約する。
それしか、彼には言えなかった。
自分には気付けなかったこと、それをヴェルナーが気付いた。
結果的に、自分が第一王女を鍛えたのは間違えではない。
しかしこうなるとは少しも予想できなかったのだ。
それを、少しだけ悔しく思う事もある。


「お待たせしました、殿下。
 あぁ、アーサーもいるのか」

そう言いながら颯爽とやってきたのはヴェルナーだった。
彼の手にはたくさんの書類が握られている。


会議の日以降、彼らは定期的に四阿にお茶会と称して集まって話し合いをした。
イルミナの推す案件に関してもそうだが、これからの事についても話し合っているのだ。
いまや貴族から鬼才と名高いイルミナだが、まだ15歳でしかない。
そもそも鬼才でもなんでもなく、ただの努力の賜物だ。
穴があることがある、むしろ多いのでそれを埋めるために定期的に集まってはそれを直していった。



「そういえば、殿下。
 婚約のお話しを耳にしましたが」

ヴェルナーは突然切り出した。
その言葉に一番驚いたのはアーサーベルトだ。

「んな!?
 殿下、本当ですか!!」

当の本人は、興味が無さそうに書類に視線を落したままだ。

「まだわかりません。
 ただ辺境伯との会談がありましてその子息も来るそうです」

「辺境伯と言いますと?」

「ライゼルト辺境伯です」

「「!!」」

その名は、ヴェルナーにもアーサーベルトにも聞き覚えのあり過ぎる名であった。
辺境伯とは、その名の通り王都から離れて辺境に屋敷を構える貴族の事である。
国境に居を持つ彼らは、その殆どが王都にいる貴族より力を持つ。
当たり前だ。
辺境伯は、いざという時に他国を相手に戦わなくてはならない。
他国だけの話ではない、賊なども入る。
そんな重要なポジションにいる彼らが、力を持たないはずがないのだ。

その中で、ライゼルトと言う名はこの国の人間なら誰でも知っているだろうと言うほど有名だ。
彼らは、何代にもわたって国境を守り通してきており、民からの信頼も厚い。
その力は計り知れず、彼らのおかげでこの国は侵略を許していないとっても過言ではない。

中でも、今代の辺境伯は歴代の中でも随一とうたわれている。
グラン・ライゼルト。
彼を敵に回して生きていられる人間はいないと言わしめる程の力の持ち主だ。
その彼が、なぜイルミナと会談をする必要があるのだろうか。
アーサーベルトの疑問を読み取ったイルミナは、その体勢のまま続けた。

「会談と言うのも嘘ではありませんが、実際の目的は違う事でしょう」

「と言いますと?」

「・・・子息との対面ですね」

ヴェルナーが苦虫を噛み潰したかのような渋い表情で言う。

「ヴェルナーもそう思いますか。
 私も同意見です」

つまるところ、彼の子息とのお見合いの様なものなのだ。
辺境伯の力は強い。
それこそ、王家に匹敵するほどに。
どんなに辺境伯が王家に対立する意思がなくとも、周りはそうは見ないのだ。

そこで一番手早く事を収束させることができるのが婚姻だ。
イルミナと、ライゼルトの次男の婚姻が成立すれば、下手な邪推をするものが減るだろうと言うのが両家の考えなのだろう。
それに対して、イルミナは怒りなど抱かない。
それが当然だとすら考えるからだ。
王族として。
国の為に臨まぬ婚姻すらも受け入れる。

しかし、イルミナにとってこの婚姻は非常に良いものだと思っている。
ライゼルト辺境伯の力は、出来れば国の為に王家に取り入れたい。
さらに当主のグランにも意見を聞きたい。
今回の政策に、貴族の力は必要不可欠だ。
もし、これでライゼルトの力を借りることができれば他の貴族もいう事を聞くだろう。
そうすれば、自分の政策は一気に稼働する。

「私はこの婚姻が成り立てばいいと思っています。
 ライゼルト辺境伯の力はぜひとも手に入れたい。
 お互いに協力すれば、きっと国をもっと良くすることができる」

イルミナは自分の思い描く未来が、形になっていくような気がした。
自分の居場所がある未来。
国が良くなる事で、必要とされる未来。

それが、イルミナはどうしても欲しい。

「いつ頃会談するご予定なのですか?」

「まだ未定です。
 辺境伯がこちらに来るまでにも相当時間が掛かりますからね」

書簡でやり取りはしているものの、お互いに忙しくすぐ動けるような立場でもない。
可能であればイルミナ自身が辺境伯のところへ足を運びたくとも、そんなことをすれば他の貴族が黙っている訳が無い。
だから辺境伯が来るのを待つしかないのだ。
だからと言って、やることが無いわけではない。

「さぁ、2人とも。
 辺境伯を唸らせるほどの案を考えなければ」

そう言うイルミナの表情は今までになく晴れ晴れしいものだった。



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