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第一王女の帰路
がたごとと、馬車が揺れる。
窓から見える景色は、数日前と何ら変わりはないのに、なぜか色鮮やかに見える。
行きと同じ道を、帰りは違った気持ちで進む。
イルミナは今までにない高揚感を抱えていた。
自分にも、出来る事があると言うのは良い事だとイルミナは思う。
今までのように、何もできない、王家の不出来な姫という立場から抜け出せるかもしれない。
そうすれば、ここに居てもいいと実感することが出来る。
リリアナの事は大好きだ。
両親の事も。
それでも、ここにいていいと思わせてくれる存在ではなかった。
だから。
**************
「殿下、休憩をはさみましょう」
しばらく揺れていると、ドア越しに声を掛けられる。
「わかりました」
イルミナはそう一言だけ言うと沈黙する。
折角馬車が動かないでいてくれるのだ。
この時間を有効に使わなければ。
そう考えていると、ドアの前の人影が動いた。
いつもであれば、一声かけた後すぐにいなくなるのに。
「殿下」
イルミナは不思議に思いながらも返事をした。
「はい、ハザ殿でしょうか?」
そう声を掛けると、人影が息を飲む。
まるで、驚いたと言わんばかりに。
「・・・私の名を、知っていたのですか」
イルミナは、その質問を変に思う。
「?
私の我儘で付き合わせている人の名を知っているのは普通でしょう」
今回、アーサーが彼を推薦した事は前もって聞いている。
本当は彼が、それをやりたがらなかったことも。
だからと言って他に出来る騎士がいなかったのだ。
イルミナは、それに対して申し訳なさすら感じていた。
だからと言っては何だが、なおの事名を覚えていたのだ。
彼は国の騎士である。
しかし、彼がリリアナの専属騎士を希望していたことは知っていた。
が、王の目に留まるほどの能力では無かった為外され、今はアーサーベルト率いる騎士団に入団しているのだ。
騎士団の仕事には、もちろん王族の護衛も入っている。
しかしきっと彼は、城に残ってアーサーベルトからの鍛錬を受けたかったであろうと考えている。
アーサーベルトという団長は鬼神の様に強い。
その彼が鍛錬し、磨けばリリアナの専属騎士になる事も夢ではないのだ。
「・・・」
沈黙するハザに、イルミナは珍しい事だと思った。
彼は今回の護衛で、イルミナに話しかけるのは事務的な内容のみだ。
その彼が、いったいどういう風の吹き回しだろうか。
「、殿下・・・少し、お時間を頂けますか」
ハザが決意したようにイルミナに声を掛ける。
本当に珍しい事ばかりだ。
彼が自らその様な事を、イルミナに言うなんて。
「馬車の中でも構わないですか?」
イルミナの言葉は、本来であれば淑女としてはしたないと取られる言葉だ。
馬車とはいえど、半密室に二人きりという状況は、あまりよろしくない。
しかし、もしハザがそれを我慢してでも話したいことがあるのであれば、自分もしっかり聞こうという算段だ。
逆に、これで拒否するのであれば大したことではないと判断し、自分の仕事を続けるだけのこと。
「・・・よろしいのですか」
どうやら前者の様だ。
「構いません、すこし散らかっていますがどうぞ」
許可の一言を出すと、躊躇いがちに扉が開かれた。
入ってくる彼の表情は、どことなく気まずそうだ。
大きい身体を小さく折りたたむのも一苦労だろう。
「すみません、今片付けますので」
ハザが馬車に入ると、そこには大量の書類が乱雑に置いてあった。
10枚や20枚ではない。
それを優に超える紙が、馬車の中にあった。
正直どこから持ってきたのだと問いたくなるほどだ。
「・・・これは・・・?」
「あぁ、今回の視察の報告書とかです」
イルミナは紙を確認しながらどんどん書類をまとめていく。
その速さは明らかに手慣れた手つきであった。
「で、どうかされたのですか。
貴方が私の時間を要ると言われたのは初めてですね」
ハザは、所在無げに進められた座席に腰を下ろす。
そわそわと落ち着きのない様子を見ていると、不思議とイルミナの心は安らいだ。
「その、今回の視察の・・・殿下の考察を、伺いたく・・・」
「・・・グイード殿に何か言われたようですね」
ハザのその言葉に、なぜ彼がこのような行動をとったのかすぐにわかった。
きっとグイードが彼に喧嘩でも売ったのだろう。
そしてそれを彼は買ったと。
「そっ、そのようなことは!!」
「そういうことにしておきましょう。
・・・今回の視察についてでしたね。
ハザ殿はどう思われました?」
イルミナは手元の書類に視線を落としながら問う。
それにハザはむっとした。
自分が聞きに来ているのに、その態度はどうなんだと。
「・・・治水が優れているのはわかりました」
「それを視察に行ったのですからね・・・、
あぁ、ありました」
イルミナは、探していたらしい一枚の紙をハザに渡す。
「?何ですか?」
「これが今回私が視察した内容をまとめたものです」
読んでみてください、そう言われハザは目を通し、そして絶句した。
「――――、貴女は・・・」
それは、視察した内容に加えこれからの予測、改善案などが簡略的に書かれたものであった。
それを、彼女のような年端もいかぬ少女が、書いたと言うのか。
「まだ清書をしていないので粗いのですが・・・。
これが、今回私が視察して得た事です」
自分達が休暇だと遊んでいる間、彼女はずっと国の為に働いていた、その事実がハザを打ちのめす。
そして、イルミナと言う王族を軽視していたことを恥じた。
アーサーベルトが何故、自分をここにやったのか、それが少しだけわかったような気がした。
「殿下は、なぜ、ここまで・・・」
ハザの言葉に、イルミナは不快そうに眉を上げる。
それは、イルミナには不要な質問だと自身で思っている。
ヴェルムンドと言う国の王族として生まれたからには、当然のことだと思っているのに。
その言葉は、王族としての仕事をしなくてもいいと言われているみたいなのだ。
「・・・それを貴方が知ってどうなるのですか」
その、冷たい言葉に。
ハザは冷水をかけられたような気がした。
彼女が不快感を表すことなど、今回の視察でただの一度もなかった。
その彼女が、そこまで不快に思うような質問なのか。
正直、グイードに言われなければ、自分は彼女と話をしようだなんて思わなかった。
それはつまり、アーサーベルトの願いを叶えずに帰還するという事。
そこでようやく、ハザは自分がグイードの言った通りだという事に気付いた。
自分は、何も知らない、知ろうとしない。
そんな自分が、彼女の信念を聞くなど、烏滸がましい。
なぜ、そんなことに気付けなかったのか。
アーサーベルト団長が、なぜ彼女を気にかけるのか。
その理由が、ようやくわかった。
分かってしまった。
そして、あの長や気にくわない小僧のいう事が、分かってしまった。
リリアナは美しい。
愛するべき存在だ。
神の手によって作られた彼女は、いつでも笑っていてくれないといけない。
しかし、それは崇拝でしかない。
イルミナの様に、人として尊敬できるところはあるのか、それすらも知らないのだ。
そんな人を、生きている人として認識して守って行けるのだろうか。
崇拝と尊敬は、全く違う。
そんな簡単な事に、今の今まで気づけなかった。
自分のあまりのふがいなさに、涙がこぼれる。
それに慌てふためいたのはイルミナだった。
「ハザ殿!?
お、怒っている訳ではないのですよ!?
ただ、当然のことを聞かれるので・・・!
あ、貴方はリリアナの騎士となりたいのでしょう!
こんなことで涙を見せてはなりませんよ!?」
ぼやける視界で、イルミナを見る。
あぁ、彼女は、優しいのだ。
そうだ、彼女はいつだって優しかった。
村では休暇をくれ、休憩だって好きに取らせてくれた。
本当に、自分は何を見ていたのか。
帰ったら、団長に話そう。
そして、しごいてもらわないとならない。
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