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梔子のなみだ 作者:水無月
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イルミナとグイード




「もう帰るんだな」

「そうですね、長くは空けていられませんから」




イルミナが馬車に乗り込もうとしたとき、グイードはやってきた。
タジールやアイリーンに叱られていたが、本人に気にした様子はない。
その飄々とした態度に、イルミナはここ数日で慣れていた。
もう出立すると言っているのに、グイードはイルミナを連れてどこかへ行こうとする。

「グイード殿、私はそろそろ出立してしまうのですが・・・」

イルミナが恐る恐る声を掛けると、グイードはもう少しだと一言だけ言う。
そうして、本当に少しの間歩くと、グイードはいきなり止まった。

「グイード殿・・・?」

「イルミナ、殿下」

彼がイルミナをそう呼ぶのは、初めての事だった。
グイードは、イルミナの事を名で呼ばずオヒメサマと呼んでいたのだ。
いきなりのことに、イルミナの方が驚いてしまう。

「ど、どうされたのですか、グイード殿」

目の前に立つグイードを見上げる。
イルミナ自身、背が高い方だがそれでもグイードの方が高い。
そういえば、ここまで人と近付いたのは久しぶりだと気付いた。

見上げると、グイードは今まで見たことが無いような表情をしている。
なんだろうか。

「お前、城でどんな生活をしているんだ」

そんなこといきなりグイードはイルミナに聞いた。
その真剣な表情に、イルミナは下手なことは言わない方が良いと判断する。

「そうですね・・・、日々勉強をしていますね」

嘘は言っていない。
本当のことも言っていないけど。
だって、彼が知る必要はあるのだろうか。
知って、いったい何になると言うのだろうか。

「勉強・・・ね」

「?」

グイードのその言い方には、なにか含みがあるような気がした。

「・・・毒に耐性付けて、剣を握る勉強か」

「・・・、」

それを知っている人は、少ない。
それを、なぜ知っているのか。
別に知られて困るわけではない。
しかし、出来る事であれば秘密にしておきたいものだ。
第一王族で女である自分がそれを身につけていると言うのも外聞はよくはない。
それに万が一に備えて会得しているのだ。
基本的にそれを知る人が多いのは好ましくない。
はったりなのだろうか。
それとも確信をもっているのだろうか。

「いいよ、俺、知っているし」

「―――、」

なんで、も。
どうして、も。
聞けなかった。
彼は、確信をもっている。
そう気づかされた。

「そう、ですか・・・」

イルミナは呆然としながらその言葉を言った。
それはある意味肯定の言葉でもあった。

「・・・誰に・・・?」

「護衛騎士のハザってやつ」

「そうですか・・・」

考えてみれば、アーサーベルトの部下だ。
今回推薦したのもアーサーベルトだと聞いているし、彼が話したのであろう。
でもなぜ話したのかまでは分からない。
ハザに言って、どうしようと言うのだろうか。

イルミナが考え込んでいると、グイードがイルミナの手を引いた。
結構な強さに、バランスを崩しそうになる。
しかしそういった事も鍛えているので、転んだりなど無様な姿は見せない。

「はは、鍛えてるのも本当なんだな」

イルミナがほぼ動じなかったことに、グイードは驚かなかった。

「俺さ、イルミナが普通にお茶を飲んでるの見て、馬鹿だなって思ったよ」

グイードは独白するようにイルミナに告げた。
そしてその考え方は間違っていないとイルミナも考える。
王族ともあろうものが、毒味も無しに何かを口にするなど褒められたことではないのは知っている。
しかし言い訳としては、長に認めてもらわねばならなかった。

あの場で毒味をさせていたら今のような速さで打ち解ける事は叶わなかったであろう。
だから、あの時の自分の判断は間違っていないとイルミナは考える。
それに王族に毒を盛ったとして、彼になんの得もない。
むしろそんなことをすれば処刑されてしまうのだ。
村長と言う立場である彼が、そのような愚行を犯すとは考え難かった。
しかし、それをイルミナがグイードに言う事は無い。
それは彼が知らなくていい事だ。

「話してみて、お前がめちゃくちゃ頑張ってるのが分かった。
 知って、なんでお前が冷遇されてんだろうとも思った。
 何で、お前が毒に耐性なんかつけなきゃならねぇんだろって。
 何で、剣なんか持たなきゃならなかったんだろうって」

その独白のような言葉は、深い悔恨に満ちているかのようだった。
しかしイルミナにはわからない。
なぜ、グイードが気にする必要があるのだろうか。
自分が望んだことなのに。

「俺は、あいつが嫌いだ」

「・・・あいつ?」

グイードはまっすぐにイルミナを見る。

「ハザも、城のやつらも。
 ・・・俺も」

「グイード殿も・・・?」

イルミナは、支離滅裂なグイードの言葉に驚く。
彼は、いつだって理性的に話していた。
言葉遣いこそ悪いものの、彼が感情的に話す事はほとんどなかった。
その彼が、いったいどうしたのであろうか。

「お前のことを、良く知りもしないで馬鹿だと。
 阿呆だと思っていた自分が・・・嫌いだ。
 お前は、お姫様だ。
 この国で大切にされるべき存在だ。
 なのに、毒に慣れなきゃならなかった。
 剣を握らなきゃならなかった。
 誰も、お前を守ってはくれない、そんなことが・・・
 そんな話しがあってたまるか・・・!」

それは、正解でもあり、間違えでもある。
イルミナは確かにあそこで常に守られている訳ではない。
専属騎士も、メイドもいない。
だから剣をとった、それは理由としてある。
しかし、それを選んだのはイルミナなのだ。
仕方なしにやっているわけではない。
自らそれを選んだのだ。

「グイード殿、それは・・・」

「なぁ、イルミナ」

イルミナが言葉を発そうとすると、それをグイードが留める。
いったい何が、彼をそんな表情にしているのだろうか。

「お前、またこの村に来るか?」

「・・・・・・、来ます」

イルミナのその言葉に、グイードは泣きそうな顔で笑った。
それは、イルミナの心を締め付ける。

どうして、彼がそんな表情をするのか。
どうして彼が、そんなことを聞くのか。
イルミナは一つとして聞くことが出来なかった。

きっと、聞いたところで彼が真実を言うとは思えなかったから。

グイードはその後、何も言わないでイルミナを連れて馬車のところまで戻った。
タジールやアイリーンに案の定また怒られたが、グイードは沈黙したまま、厳しい表情でハザを睨んでいる。
ようやく出発するという時、グイードはイルミナの耳に口を寄せた。

「俺も、必ず役に立てるようになるから・・・
 それまで待っててくれ」

「!!」

イルミナは慌ててグイードから距離を取る。
反対にグイードは満足そうに笑っていた。
何も明確には伝えられていない。
グイードがどうやって役に立つように頑張るのか、イルミナは見当もつかない。
しかし、彼は言ったのだ。
待っていてほしい、と。
だから。

「・・・待っています」

そうして、2人はその人生みちを交わらせたのであった。



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