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日蓮本仏論について。

 投稿者:一会員  投稿日:2016年10月20日(木)21時27分50秒
  筆者は創価学会の一壮年部員に過ぎないが、以下拙稿を載せ、教学上の議論の一石としたい。
筆者は純粋な創価学会の会員であり、現在の創価学会の教学力の低下に危機感を覚える一人でもある。学術的なご批判を頂き、我々一人一人が現在の創価学会の教義を考える、その一契機となれば幸甚である。







日蓮本仏論について。



1、はじめに


創価学会は基本、日蓮本仏論を採用してきた。この教義は日蓮正宗の教義であり、この教義の完成者は大石寺26世法主・堅樹院日寛である。


ところで、創価学会員にはにわかに信じがたい事実であるが、日蓮本仏論は日寛により天台宗の恵心流の口伝法門をほぼ盗用して作られた教義である。これは多くの研究者が指摘しているように、天台宗・俊範の流れを汲む仙波談林の口伝、天台本仏論をそのまま日蓮本仏論に置き換えただけもの。後述するように、そもそも日蓮、日興には日蓮を本仏とする思想は存在しない。


ではなぜ日寛がそのようなことを行なったのか。これは左京日教、また日寛以前の北山系法主の影響があると考えられる。
当時大石寺には体系づけられた教義らしい教義は存在しなかった。確かに日蓮本仏思想に近いものは大石寺9世日有のいくつかの文章に見られるが、体系化されたものではない。17世日精は両巻血脈抄において日興、日代、日尊、日順に相伝がなされたとしており、この頃にはすでに血脈抄は"偽作"されていた可能性が高いが、日精本人はまだ釈迦仏造立を認めており、やはり日蓮本仏論が明確だったとは考えにくい。
そこへ堅樹日寛が現れた。26世日寛は教義が明確でなかった大石寺を立て直した中興の祖とされる。体系化された教義が未だなかった大石寺に明確な日蓮本仏論、本門戒壇本尊論を確立させた彼は、強い信仰心からこれらの教義確立を行なったと考えられる。


だが例え日寛の教義の体系化が強い信仰心に基づくものだったとしても、日興の遺文中にも思想にもこの日蓮本仏論の思想は見られず、日目にもこれらに関する言及は見られない。
創価学会では「五老僧は日蓮大聖人が本仏であることを知らない」等と言うが、そもそも日蓮が本仏であるとする日興の遺文は存在しないのである。後述するが、日興本人でさえ日蓮を本仏と見なしてはいない。「久成の釈迦仏」と表現もしている。
日寛に先行して日蓮本仏論の萌芽が現れるのは、富士大石寺日有、それ以降は保田妙本寺日我等になる。しかしまだ体系化されたものではない。
日蓮本仏論をそのまま弘安2年の戒壇本尊と結びつける教義の完成は、まさに大石寺堅樹院日寛の出現を待たねばならない。まさに彼によって大石寺の教義は天台口伝を換骨奪胎することで偽作され、それにより同寺のアイデンティティとして確立されることとなる。


創価学会は日蓮正宗から独立し、別教団となった以上、このような創作の教義、根本の日蓮大聖人とは何も関係がない日蓮本仏論のような教義とは決別することが必要であると筆者は考える。



2、天台宗恵心流の口伝と日寛教学の形成


そもそも比叡山に入山される折、蓮祖聖人は俊範に師事している。
俊範は天台宗山門派の恵心流の流れを汲んでいた。


天台宗は当時、山門派と寺門派の争いの渦中にあり、そのような混迷の中、日蓮は比叡山に入った。山門派もまた源信の恵心流と覚運の檀那流の二つの流れが存在し、その流れもまた様々に別れていた。
ここで簡単に言うと、恵心流は本覚思想で仏の境涯から一切衆生の仏性を見ようとし、檀那流は始覚法門であり、凡夫が修行の後に仏になれるという立場をとっていた。



創価学会の会員の方にわかりやすく言えば、檀那流が法華経の文上の立場に立っており、恵心流が法華経文底の立場に立っているという感じである。
そもそもこのような説明は日寛教学による恵心流の盗用なのであって、この説明が学会員にとって理解しやすいという事実は、日寛が恵心流をまさに盗用して自らの法門を体系化したその逆証明とも言い得る。
したがって創価学会の教学は、会員が信じると信じないに関わらず、日寛教学に影響されており、日寛教学抜きには創価学会の思想が成立しないほどのものである。


比叡山における日蓮の師匠、俊範法師は弟子の中に檀那流もいたことから、恵心流と檀那流の両方の流れを修めていた。俊範の立場としては念仏、禅、真言は法華経に劣るという立場であり、ここから日蓮の思想形成はあと一歩といったところである。つまり日蓮は俊範法師のもとで、高度な天台教学を学びつつ、法華第一の自身の思想を確立していったということである。


堅樹院日寛は日蓮本仏を「久遠元初自受用報身如来」と表現する。しかしこの表現は蓮祖の遺文中にも日興や日有の文献にも見ることができない。

実はこの「久遠元初自受用報身如来」という表現のオリジナルはこの恵心流口伝法門の中に見られる。以下、早坂鳳城氏の日蓮本仏論の構造の研究に依拠して引用しつつ、論を進める。

すなわち俊範の『一帖抄』によれば


「自受用報身如来以顕本為正意也」


とあり、また『二帖抄』には


「以来報身自受用為顕本正意相伝也」


とある。すなわち「自受用報身如来」という表現はどこが由来かと言えば、それは天台恵心流口伝法門から来ているのである。


また「等海口伝抄」によれば


「当流住前習智一心三観故。本因妙有住習也。而約菩薩界論本因本果。約仏果論本因本果不同可習分也。」

「俊範御義云。釈尊本因行者。不軽菩薩也。此菩薩教導本来有善者方化他也。有界内穢土修行止観方自行也。是名本仏行因也。本因行時能化仏者。止観本尊也。実相也。一心三観也。阿弥陀也。無作三身也。能化本仏無作三身也。本果仏云成此仏也。無作三身者。別無名仏也。故経釈不出其名也。」


ここでは「本因行の時の能化の仏」はそのまま「止観の本尊」と同義であり、同時に「無作三身」であることが説かれている。この本因の仏は本果の仏と同じものであるとされている。
つまり「本化地涌の菩薩」である日蓮が「本因妙の教主」であり、そのまま「本仏」であるとする思想は、これらの口伝をもとにして創作されたものと容易に察することができる。


大石寺に伝わるとされる「御本尊七箇相承」では、唯授一人の口伝として七箇の相伝を強調するが、もとはと言えば「七箇の相承」という用語も天台口伝法門に用いられる言葉である。


早坂鳳城氏の研究によれば、恵心流・中古天台の口伝法門と大石寺教学とは用語の関連上、以下のような対応が見られる。


中古天台(恵心流)    →    大石寺教学(日寛)

止観勝法華    →    文底勝文上
寿量品の内証    →    寿量品の文底
自受用報身(天台)    →    自受用報身(日蓮)
七箇の大事    →    七箇の大事
切紙相承    →    切紙相承
本因行の能化    →    本因妙の教主
嫡流一人秘すべし    →    唯授一人秘すべし
五百塵点最初    →    五百塵点当初


つまり中古天台口伝法門では、天台を本仏と捉え、釈迦は仮の仏と考える。同じように法華経は仮の教えであり、その内実は止観であると考える。まさにこれを置き換えると創価学会および日蓮正宗の現在の教義になるのである。この内実は実は日寛によって作られたものであり、天台口伝法門を用語で言い換えたものに過ぎないのである。



3、蓮祖、日興他の遺文から


日蓮の御書には日蓮本仏論はどのように説かれているか。古来、日蓮正宗、創価学会は「開目抄」の「日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり」を主・師・親と読み、ここからこれを主師親の三徳を持つ本仏としての宣言としてきた。
だが、仮にこの「しうし父母」を「主師親」と読むのが正しいとしても、ここから主師親の三徳を持つものがそのまま釈迦を越えた本仏であるとする論理を日蓮が述べたことはないし、そのような解釈もまた論理の飛躍である。その証拠に「撰時抄」には次のようにある。


「此の事一定ならば闘諍堅固の時・日本国の王臣と並びに万民等が仏の御使として南無妙法蓮華経を流布せんとするを或は罵詈し或は悪口し或は流罪し或は打擲し弟子眷属等を種種の難にあわする人人いかでか安穏にては候べき(中略)されば日蓮は当帝の父母・念仏者・禅衆・真言師等が師範なり又主君なり」
(日蓮「撰時抄」『日蓮大聖人御書全集』創価学会版、265ページ)


ここでは引用部の末文が「主師親の三徳」を持つ宣言となっているが、日蓮はここではあくまで「仏の使い」を自認している。この引用部からは自身が三徳を持つものとしながらも、久成の釈迦の御使として法華経を弘めているとの自覚を読み取ることができる。どう読んでも日蓮自身が釈迦を越えた本仏であるという文脈は出てこない。


また日興の遺文中ではどうか。


「今日蓮聖人は共に本化垂迹の師檀となって迹門を破して本門を立てて末法を利益し国土を治む可き之を図す。
本門の寺  付属の弟子  上行菩薩  日蓮聖人。」
(日興「三時弘教次第」堀日亨編『富士宗学要集』第1巻49ページ、創価学会)


とあり、日興もまた日蓮を本仏として考えてはいない。
また「原殿御返事」には以下のような一文がある。これは身延を離れる時に身延の釈迦像造立について述べられた部分である。


「此れのみならず日蓮聖人御出世の本懐南無妙法蓮華経の教主釈尊久遠実成の如来の画像は一二人書き奉り候へども、未だ木像は誰も造り奉らず候に、入道殿御微力を以て形の如く造立し奉らんと思召し立ち候を、御用途も候はずに、大国阿闍梨の奪い取り奉り候仏の代りに、其れ程の仏を作らせ給へと教訓し進らせ給いて、固く其の旨を御存知候を、日興が申す様は、責めて故聖人安置の仏にて候はばさも候なん。それも其の仏は上行等の脇士も無く、始成の仏にて候いき。其の上其れは大国阿闍梨の取り奉り候いぬ。なにのほしさに第二転の始成無常の仏のほしく渡らせ給へ候べき。御力契い給わずんば、御子孫の御中に作らせ給う仁出来し給うまでは、聖人の文字にあそばして候を御安置候べし。」
(日興「原殿御返事」『編年体日蓮大聖人御書』1732~1733ページ、創価学会版)


日朗が日蓮滅後に一体仏の像を安置したのを見て、波木井の原氏もまた釈迦像を造立しようとした。日興はこれに対し、一体仏の造立は始成の釈迦仏ゆえに不可とし、四菩薩を伴った仏像の造立ができるまでは、日蓮御筆の紙幅の曼荼羅を以って仏像の代わりにしてもなんら問題はないと述べている。
つまりここでの日興の思想は仏像を否定するものではない。むしろそれが始成の仏でなく四菩薩の脇士を伴う久成仏であれば、それは曼荼羅の代わりとできるということである。
「報恩抄」における「本門の教主釈尊」とはまさにこのことを述べているのであり、それゆえ日蓮系教団では紙幅の曼荼羅とともに仏像の造立形式を認めているのである。



では日蓮正宗において、日蓮が自身を「自受用報身如来」の本仏として述べた御書として認められているものは何か。それこそまさに『本因妙抄』である。「本因妙抄」「百六箇抄」以外に明確にこの日蓮本仏論を述べた御書は存在しない。


まず「本因妙抄」は偽作説がほぼ確定している。この書は伝教大師最澄の「三大章疏七面相承弘決」を基にして書かれたものであり、内容はほぼ盗用と言ってよい。そしてこの伝教の弘決そのものさえも偽書の疑いが濃厚なものなのである。


前述したように大石寺17世・日精は両巻血脈抄をもって日興、日代、日尊、日順に相伝がなされたとしており、この頃にすでに血脈抄が創作され、存在していたと考えられる(日精によれば日蓮からの血脈相承はこの4名に為されており、すでにこの時点で唯授一人とは言えず、唯授一人という教義も後代の創作であろうと推察される)。
この「本因妙抄」には大石寺6世日時の古写本が存在する。しかしこれはその筆致から日時筆を疑問視されており、後世の作の疑いもある。


この写本を真蹟と仮定して、日時による"本因妙抄創作"説も存在する。というのも日時は仙波談林で台家を修学しており、仙波に伝わる恵心流口伝法門を学んでいたことは間違いない。そこからこの「本因妙抄」の創作が起こったとの仮説も成り立つことは多く指摘されている。



内容からも偽書の疑いは強い。
例えば本書では六老僧への言及があるが、六老僧の選定は弘安5年10月8日であり、弘安5年7月執筆の本抄に六老僧への言及があるのは時間軸として矛盾がある。



さて「本因妙抄」には以下のような記述が見られる。


「予が外用の師伝教大師生歳四十二歳の御時、仏立寺の大和尚に値ひ奉り、義道を落居し生死一大事の秘法を決し給ふ。曰く、大唐貞元二十一年太歳乙酉五月三日、三大章疏を伝へ各七面七重の口決を以って治定し給えり。」
(「本因妙抄」『日蓮大聖人御書全集』創価学会版、807ページ)


「大唐貞元二十一年」は西暦805年であるが、これは本文の改竄である。


実際の日時写本は「大唐貞元二十四年」となっており(堀日亨編『富士宗学要集』第1巻口絵参照)、また『三大章疏七面相承弘決』でも伝教は「大唐貞元二十四年」(西暦808年)に唐で相伝を受けたことになっている。


筆者は創価学会版御書で「貞元二十一年」とあるのが誤植ではないかと一瞬驚いたのだが、この「二十一年」の記述は『富士宗学要集』第1巻所収の「本因妙抄」本文でも同様「二十一年」となっている。つまり口絵の写真に見られる「二十四年」から日蓮正宗では「二十一年」に「本因妙抄」本文が改竄されているのである。


なぜこのような改竄が行われたのか。それは実際の史実と記述が異なってしまうからである。
日蓮の「報恩抄」には


「延暦二十三年七月御入唐西明寺の道邃和尚仏滝寺の行満等に値い奉りて止観円頓の大戒を伝受し霊感寺の順暁和尚に値い奉りて真言を相伝し同延暦二十四年六月に帰朝して」
(同304ページ)


延暦23~24年は西暦804~805年に相当する。
日蓮の「報恩抄」の記述によれば、伝教は西暦805年に日本に帰ってきていることになる。これは「伝教大師伝」の記述とも一致する。
そうであれば「808年に唐で相伝を受けた」とする「本因妙抄」の記述は矛盾になってしまうのである。そのため、富士門流ではこの記述をあえて改竄したと考えられる。
これが改竄である証拠は明快である。上述の日時の写本では「二十四年」と書いてあるのは事実であり、富士宗学要集第1巻の口絵写真からも明白に「廿四年」と読み取れる。
しかも、これがもし仮に「大唐貞元二十一年」であるとするなら伝教大師の年齢は「四十二歳」ではなく「三十九歳」でなければならず、干支も「乙酉」ではなく「壬午」でなければならないはずである。それがそのままになっており、「本因妙抄」の記述ですでに史実との矛盾が生じているのである。


以上のことから「本因妙抄」は偽書説が確定される。同時に日興の著作とされている「本因妙抄弘決」も後世の創作であり、偽書であることは明白である。
伝教の著作としては偽書である『三大章疏七面相承弘決』の記述をそのまま写して「本因妙抄」が創作されたのは誠に不名誉な日蓮正宗の歴史と言うほかない。



4、結語として、今後の創価学会の課題


このように、後世に創作された日蓮正宗の教義を果たして創価学会が今後も維持して良いのかという問題になる。つまり日蓮の法門でないものが広宣流布されたとして、それは本当の意味で広宣流布なのかということになってしまう。


では、日寛が富士門流の教義を創作したことは間違いであったのだろうか。
私個人の私見に過ぎないが、そこには悪意と言うより日寛本人の強い使命感があったものと考えている。
日寛はそもそも教学を持たなかった大石寺門流に初めて独自の教学を確立させることに成功した。そこには富士門流管長としての、また日興門流としての強い使命感があったのだろうと考えられる。


だが、それにしてはあまりにも文書の改竄が過ぎる。当然ながら日蓮本来の思想でないものを折伏によって弘めても、それが広宣流布とはならない。
最新の学問の成果、史学的な研究の成果を取り入れ、矛盾しないものへと、創価学会も改革を果たさなければいけない。そのためには個々人の教学を深めることにより、大きな教学の流れを生み出さなければなるまい。






追記1
ここではあまりに煩瑣に渡るため『百六箇抄』や『御義口伝』『産湯相承事』等の偽書説の問題に立ち入らなかったが、それについては別稿を期したい。ただ御義口伝といい、百六箇抄といい、最古の写本が他山流であることが堀日亨氏の富士宗学要集からわかっている。唯授一人の大石寺の血脈のはずが、保田妙本寺に伝わっていたり、最古の写本が八品派の写本でしかも蓮祖滅後数百年後のものであったりすれば、それでは文献の正当性を対外的に主張できないことを日蓮正宗も創価学会も自覚すべきである。そのことが日蓮正宗、就中創価学会を日蓮系教団から孤立させ、国内における宗教間対話を困難なものとしていることを自覚すべきであるとは筆者は考える。
なお天台口伝法門について述べる際、上記の論中では『一帖抄』については俊範の著作としているが、これは花野充道氏の論文「日蓮と四重興廃」(『印度学仏教学研究』第51巻第1号)に依拠している。花野氏の説によれば『二帖抄』は心賀談、尊海相伝となるが、ここではあえて断定を避けた。大方の御叱正、御批判を賜れば幸いである。


追記2
信じない方もいるかと思うが、筆者は創価学会の壮年部メンバーである。男子部時代は総県幹部、方面幹部としても戦わせて頂いた。
私の論は日蓮本仏論を肯定し、日蓮正宗の教学とりわけ日寛教学から離れようというものだが、多くの異論があってよいと考えている。大切なことは学会員が各自で自身の教学を鍛え、多くの教学の人材を学会より出すことだと考えている。その意味では今の創価学会本部が教学運動を推進しているとは到底思えないし、現在の創価学会の教学力は崩壊しているとさえ思える。
ただ感情的な否定ではなく、きちんと文証を挙げ、学問的な研究の成果を否定しない反論であれば私は大いに歓迎したい。むしろこのような論を筆者がここで挙げたのは、創価学会会員、幹部たちのどうしようもない教学力の低下という事態を痛感していることにある。








参考文献
◯堀日亨編『日蓮大聖人御書全集』創価学会
◯創価学会編『編年体日蓮大聖人御書』創価学会
◯堀日亨編『富士宗学要宗』全10巻、聖教新聞社
◯早坂鳳城「日蓮本仏論の構造と問題点(一)ー恵心流口伝法門との関係を視点としてー」『日蓮宗現代宗教研究所所報』日蓮宗現代宗教研究所
◯執行海秀『日蓮宗教学史』平楽寺書店
◯執行海秀「初期の興門教学に於ける本尊意識の展開」『清水龍山先生古希記念論文集』
◯執行海秀「中古天台教学より日蓮聖人教学への思想的展開」『大崎学報』100号
◯水谷進良「堅樹院日寛教学の一考察」『立正大学大学院年報』
◯花野充道氏「日蓮と四重興廃」『印度学仏教学研究』第51巻第1号








 

寝たきりオジサンさんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年10月20日(木)21時25分11秒
  どうやら、あなたを掲示板から潰そうと『詭弁』を行ってるのがいるようですなぁ
お気をつけをm(__)m

というか、「下げたいコメント」のために、あなたを利用してるだけのことでしょうね
完全スルーでいい範囲に感じますよ

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

十円玉って人、それ、掲示板と関係ない話になってませんか。

 投稿者:通る人  投稿日:2016年10月20日(木)21時15分26秒
編集済
  どうでもいいことばかりだね。つまらない。  

体験談

 投稿者:十円玉  投稿日:2016年10月20日(木)21時10分33秒
   駄目なんです。こういう類いの体験談ものは。誰が、いつ、どこで、誰に話したかを明らかにしないことには。百歩譲って、この板に載せるのなら、その話を「真実だと信じるに足る人」が紹介すべきですね。グリグリさんとか、ジョーカーさんとか。でないと、一人歩きしますよ。

 まぁ、ご覧になって下さい、次の物語を。「一杯のかけそば」です。ご年配の人ならご存知ですよね。私も、久しぶりに私も読みましたが、泣けます、心の奥からこみあげてくるものがあります。
 ◆一杯のかけそば(栗良平、1988年、栗っ子の会)。
http://www.midorii-clinic.jp/kyuukei/img/ipainokakesoba.pdf#search='%E4%B8%80%E6%9D%AF%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%9D%E3%81%B0'

 公明党の大久保直彦が衆議院予算委員会の竹下登首相に対する質疑で、ほぼ全文を紹介しました。同席した自民党の金丸信も泣いたとか。


 

警鐘さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月20日(木)20時55分22秒
  警鐘さまの言葉に救われました、ありがとうございます。
諸天善神がいっぱい出てきてくれるのは大変ありがたいです。
 

生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月20日(木)20時52分25秒
  激励ありがとうございます!私の意をくんでいただいてありがたいです。
これからもがんばりますのでよろしくお願いします!
 

大仏のグリグリのとこさんへ

 投稿者:ウォーキングシューズ  投稿日:2016年10月20日(木)20時17分7秒
  ずーっと見てきたけど、あんさんから
先生を感じひんのは、わいだけ?
テメーごときが、自分の心を師とするのは、
原田と一緒ちゃいまっか?
教学を評価してもらいたいんやったら、
何処ぞの学校行ったらええんとちゃいまっか?
その、教学活かせてる?
お山の大将になってへん?
先生を師匠と仰ぐんやったら、愚直にな^_^

日蓮大聖人がこの世に出現して何をしたかった
のかが、少しずつ分かってきたような気がします。

え、何様?
一兵卒で信心やろーな
名もなき同志で、ええやん
ほなな
 

なんちゅ~目つきしてんだか

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年10月20日(木)20時15分23秒
編集済
  いま、偶然にも野球のドラフト番組(?)をみてる
感動的ドラマに出演者が涙のシーンも

が ・・・ ご当人はなんちゅ~目つきしてんだかf--;
まともに信心してない目つきじゃないか
親にしてもおかしな「目つき」で気持ち悪いったらありゃしないね
「ハラになにか抱えてる」ような日常の人によくある「目つき」じゃないか
まともに「信心」してるなら、再現ドラマの内容ももっと違った感じなんじゃないかと「違和感」があるのだけどね

大丈夫かこんなんでf--;

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

柳原さんに敢えて述べるのなら

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2016年10月20日(木)20時07分53秒
編集済
  http://megalodon.jp/2016-1020-2002-35/www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/kd_diary.cgi?viewdate=20161020

悪いけれど ドンキーやトンキーじゃあるまいし
そんな テキストたれながしの スローガン的な思考経済まるだしの手法や
武勇伝まがいの自慢話にも等しい承認要求ばかり繰り返す記事より
あなたの脳内では三流週刊誌と思い込んでいる
「週刊SPA」今週号(10月25日号)の特集記事の方が、よっぽど価値があって読みたいと思いますし
新鮮味を感じさせます。


「週刊SPA広告」
http://nikkan-spa.jp/magazine/1219170
おはよう寺ちゃん 活動中 | 文化放送 | 2016/10/19/水 05:00-07:00
http://radiko.jp/share/?sid=QRR&t=20161019052951

あ でも 坊主憎けりゃ袈裟まで憎し
柳原さんの頭の中では「撲滅!産経新聞」と呪っていましたっけ・・・



※おことわり
電子媒体で著している「著者」自身が 自ら記事を改竄したり日付を変えたりしている癖が
多々見受けられたので 念のため魚拓をとっておきました。

http://

 

京都西京区乃虎さんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年10月20日(木)19時55分2秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/58334

遅くなりすみません。
僕は「元創価学会職員3名のブログ」の集会には参加してるし、そこでなら僕と会えることになりますけどね。
京都西京区乃虎さんに限らず。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

最近の幹部指導を拝します...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月20日(木)18時25分9秒
  佐藤優先生は創価学会擁護の諸天善神。叡智の普賢菩薩の化身。佐藤優先生のご著書を拝して安保法制に反対する共産党学会員を撲滅して参りましょう。(笑)  

ひらがなプロジェクトの進化!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月20日(木)18時05分47秒
  赤胴鈴之助様

ひらがなプロジェクトの投稿ありがとうございます。
せっかくの御書のひらがな化の素材を活かす方法を考えています。御書の本文とひらがな文字と音声による画像をつくれないかと考えています。

他の方も、ひらがなプロジェクトを活かすアイデアがあればお願い致します。

それから、毎回鋭いご意見ありがとうございます。

>>学会の大幹部になったからって、聖教新聞毎月30ポイントできる訳ないし、折伏年間3世帯できる訳もない。
それは、学会内だけで、活動しているから、外部の人と接する場が少ないからだと思いますが・・。<<

これも、その通りです。内輪で檄飛ばしても広宣流布は進みむせん。
最高幹部が本気になって戦えば、学会はあと10倍伸びる。と池田先生が厳しく指導されていた通りです。

>>幹部の人と、話をすると自分の弱いところや、仕事での失敗など話すことを聞いたことがありません。
偉い人は、失敗しないと勘違いしていませんか。<<


学会幹部をえらい人だと思ってしまう。いや、思わせているところに間違いの元があります。会長は偉い人なんです。
などと、馬鹿な発言を平気で行う、元青年部最高幹部の副会長もいましたが…。


>>そのような幹部は、居てもいなくても、組織は回っていきますから、くだらない会合で長々と話をしないでもらいたいのです。「時は金なり」なんですよ。<<

居てもいなくても、組織は回っていく。どんな組織でもそうですね。一般社会では当たり前です。
自分が自分が。こんな幹部がいるから組織がおかしくなる。

ちなみに、自分が直弟子。と周りに言いふらす、おかしな人が今の会長です。情けない。
 

寝たきりおじさん様

 投稿者:警鐘  投稿日:2016年10月20日(木)18時03分40秒
編集済
  大変ですが、このままドンドン投稿お願いします

その場限りの無責任な情報が一人歩きしたままになっていることはよくあります
また、その時は確かに事実でも人は変わります
例えば、凄くがんばっていた人が退転したり等色々あるものです
かつて頑張った人=今も頑張っている人と思いガチ

先生の「人間革命の原稿」を手書きで書写した原田さん
そんな原田さんが、会長になったら
2006年以降の先生の御指導を出版しない
メッセージも「先生のご了承を得て、削除」との説明もなく、削除
先生の代理として、授賞したにもかかわらず、その後、先生にお会いした形跡がない(聖教に記事がない)
まさか、ここまで変わるとは!

先生の後ろで鞄持ちしている時とは違う人のように見える

朝日のインタビューで先生の事を話をするのも傲慢そのもの
会長に就任した時、先生から「誠実」の2字を贈られた人とは思えない

人は変わる
良くなる人
悪くなる人、色々

寝たきりおじさん様が知っていた時とその後が違うのは当たり前
気にしないで、逆に精査できるいい機会だと思って投稿していただければ、嬉しいです
 

やれる事

 投稿者:通行人  投稿日:2016年10月20日(木)17時58分51秒
  八尋みのる様の下記のご投稿内容に強く同意します。

「私は現場でやるべきことが沢山ある
先日も密かにとなりの副本部長と
地域の問題について意見交換した
現場の問題の多くは池田先生の指導と違う実態だ
それをどのように変えて
上の幹部に意見具申するかだ
問題意識がある現場幹部は悩んでいる
彼らの言葉に耳を傾け対話するのが
自分が出来る一番の道だと信じている」


戦いながらも、指弾すべきはしていくようにしています。
嫌がられますし、人によっては犯人探しに狂奔しますよ。
病的なくらいなこともあり、笑ってしまいます。

幹部の多くは、自分の担当する地域で起きた内容を地域外で話されることを、
嫌悪する傾向があまりにも顕著。方面や周囲からの評価や人気ばかり気になるのでしょう。
どこを見て指揮を執っているのやら。会社の〝管理者〟のように振る舞って…。
そんなこと考えている時点で現場と一体になっていないのですよ。

だから、ここぞという時に、先生のご指導と御書に照らして「それはどうなのか!?」と
忠言や諫言が出来ていない。見て見ぬ振りをしている。

300人近くもいる副会長はどこで何をしておられるのか?
 

カンピースさま、間違ってマス!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月20日(木)17時39分15秒
  便1は、裁判じゃない、もっと厳密な狂言刑事告訴デスマスさん!!

そして、当然の琴ながら、不起訴処分(-_-)

笑われる痴態を晒しました。恥ずかしい~みっともない。還暦過ぎた変態中年男!!

こんな奴が、未来の日蓮世界宗創価学会のカイチヨーセンセになったら、世間の笑い者デス。
徹底的に叩いて、真面目な現場会員が大多数居る創価学会から追放しませう!!
 

幸せな人さんへ

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年10月20日(木)17時32分58秒
  投稿者:幸せな人  投稿日:2016年10月20日(木)04時32分3秒
グリグリ様のアーカイブの御書講義拝見させて頂きました。
非常に分かりやすく、親しみやすく、楽しく学べて重宝しております、
失礼ながらこの場をお借りして御礼申し上げます、ありがとうございます。
========================


わざわざ、読んでくださりありがとうございました。

書きたいことは、まだまだいっぱいあります。

・・・・しかし、どうも最近 文章が出てきません。題目不足でしょうか。笑

口で講義するのと、文章で伝えるのは大分違いますね !

グリグリは今、毎日何をしているのかというと御書講義です。笑
日蓮大聖人の説いた「法」を求めている人はたくさんいます。

いっぱい質問もされます。毎日必死です。・・・でも楽しいです。

本当に毎日、いろんな人と話していると

日蓮大聖人がこの世に出現して何をしたかったのかが、少しずつ分かってきたような気がします。

ほんとうに読んでいただいてありがとうございました。
 

寝たきりオジサン様

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月20日(木)17時15分29秒
  折角、立ち上がられたので、もう二度と寝込む必要はありません。

投稿されるお気持ちは、重々、理解しています。

間違いは誰しもあります。信念を持って続けてください。

誤りは、誤りで訂正すればいいのですから・・そのうちタイミングですとか、

紹介の仕方とかお慣れになります。私のように、心臓に毛が生えてくるとか・・

引っ込んでしまうのは簡単ですが、題目をあげ、投稿し続ける事が生命の練磨にもなります。

お願いします。


生涯広布 ペンギン
 

ひかり様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月20日(木)16時34分39秒
  すみません、全然悪く思ってませんよ~
これからもよろしくお願いします。
 

感性さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月20日(木)16時31分36秒
  ああ、すみません!感性さまの指摘にムッとしたわけじゃありません!
ちょっと自分に腹立てただけです。

題目あげて頭冷やしてきます。
 

2015年、「小説新・人間革命」は11月18日発売だったね。

 投稿者:真実  投稿日:2016年10月20日(木)16時20分4秒
  27巻は昨年の11.18に発売
http://books-ruhe.co.jp/cgi_bin/bbs/shinbunka/read.cgi?no=6649

なんで28巻は11.17に発売するの?
クーデタ記念日だから?

11.17クーデタはこちらから

http://6027.teacup.com/situation/bbs/41405


 

寝たきりオジサン様~

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月20日(木)16時19分43秒
  すみません、ほんとに。

御投稿にケチをつけるような結果になってしまって。でも悪気はないのです。

時々、こういうのがあるのが実際の話と思いますから~。。。わ~ん(涙&冷汗)



 

敢えて異論をリンク

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月20日(木)16時12分15秒
  >参りましたね~   投稿者:寝たきりオジサン   投稿日:2016年10月20日(木)14時15分12秒

ケチをつけるつけない以前の問題として、もし結果として虚偽や過剰脚色の場合は
額面どおり受け継がれ語り継がれていくのは好ましからざることだと思い
敢えて異論をリンクしたことを御理解くださればと思っています。

これからも御投稿は続けてくださいませ。


その件は?   投稿者:感性   投稿日:2016年10月20日(木)15時06分11秒
 

水を差すようでゴメンナサイ

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月20日(木)16時12分5秒
  感性様のご指摘の検索箇所は、そのまま当たると変なのが出てきます。

日蓮宗現代宗教研究所の所報第35号:68頁 で検索するとありますよ。



ところで、、、

以前のことです。

たま~~に、体験者の発表が伴わない体験話を、幹部が読み上げることがありましたが、

その中には、「盛り過ぎ」「出来過ぎ」ヘタすりゃ「作り話」感がぬぐえないものが

あったように思います。体験者本人が発表していればいいのですけれど。



また、逆に、すごい現証(良い現証)が出ているのに、幹部たちには都合悪い事でもあるのか、

黙殺するかのような扱い、というのもありました。


 

セカイノオワリ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年10月20日(木)15時08分41秒
  念のため・・・
「私たちが存在している宇宙はうまれてから137億年ぐらい」という、いわゆる「ビッグバン」がもし真実なら「無始無終」を説く仏法は間違っているということになります。

この説を流行らせたホーキング博士は
今、これを否定しています。ビッグバンなんか無かった。「宇宙の存在に神の手は必要としない」と。

池田先生との対談集で、天文学者ウィックラマシンゲ博士は、ビッグバン説はキリスト教の天地創造が根本にあり、広まったが、フレッド・ホイル博士ら有力天文学者は、宇宙はやはり無始無終であると主張していると言っていました(1990年代前半頃)。
天文学者としてホイル博士はかなり優れた研究をされていたが、「基本的にノーベル賞はユダヤ・キリスト教に不都合な人物は受賞していない」とのことでした。

今、キリスト教会は、ホーキング博士に対して、ビッグバンを否定する発言をするなと、圧力をかけています。

無始無終などという「無限」というものは、言葉で表現することが難しいです。「有限」は簡単です。
この難しい「無限」というものをなんとか表現しようと、知恵と慈悲とで方便として、遠い過去、超長大な時間の一点をとって、「久遠」という言葉を使っています。久遠元初というのは、宇宙の始まり、ビッグバンではありません。

仏教発祥のインドでは同じく0(ゼロ)が発見されました。
ゼロは「無」であると、一応は小学校で習いました。中学校に行くと、0よりも小さい、マイナスというものを習いました。
0をかけると0になりますが、0で割ることはできない。「無限大」になる。
このゼロという概念は同じインドに生まれた仏教と通ずるような気がします。
ゼロは無というよりも仏教的な「空」のイメージに近い。
ゼロを無と考えるのは、生命を有限と捉えるキリスト教的な感じがします。

ビッグバンで、「宇宙が生まれて137億年」というのは、同時に「137億光年先に宇宙の始まり=宇宙の端っこ」と言われます。この宇宙の端っこはどうなっているのでしょう? 小学生が考えそうな疑問にビッグバン説は答えることができません。ここまでが宇宙で、宇宙の終り? そこには壁でもあるのでしょうか? 公明党のポスターでも貼っているのでしょうか?

この「137億」は近年まで136億から上方修正されました。
近年、ハッブル宇宙望遠鏡が、130億光年先まで観測することが出来ました。やがて136億光年よりも先まで観測されたら、そこに宇宙の端っこが無かったことが分かり、問題になるから?

科学を弾圧して科学に敗れたキリスト教。彼らは何百年もたって、ガリレオ、ダーウィンに謝罪しました。それから丁度20年が今年2016年です。
 

その件は?

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月20日(木)15時06分11秒
  >北海道・牙城会員の話   投稿者:寝たきりオジサン   投稿日:2016年10月20日(木)14時15分12秒

水をさして申し訳ないのですが、この件についてはその後以下の情報があります。

>本当に日蓮宗僧侶が創価学会員になったのか
http://nippon-senmon.tripod.com/soukagakkai/shukyou/nyuukai_uso.html

どちらが事実あるいは事実に近いのかについては私にはわかりません。
 

参りましたね~

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月20日(木)14時15分12秒
編集済
  これは組織から流れてきたものでホントだと
思っていたのですが。

否定する記事があるのは知ってましたが
ケチがつくと投稿できないですね。

27日の男に戻ったほうがいいのかな?
 

通る人様

 投稿者:警鐘  投稿日:2016年10月20日(木)13時49分43秒
編集済
  「ある信者からの手紙」ありがとうございます
始めて見ました

こんな嘘話に簡単に騙されて、先生を辞任に追い込んだ日達猊下
世間知らずの怖さ

世間知らずの原田会長、谷川主任副会長
世間知らずの人間が権力を握ると「危険」
教訓にしてください

所で最近、ブログの更新もない元職員三名
秋に本を出版するとの事でしたが
11.18に出版するのでは?
それで、1日前に人間革命を出版するのでしょうか?
結果、「クーデター」と呼称されている日に出版するとは!

死せる孔明
生きる仲達を走らす

人間の本気の思いは必ずなんらかの「形」となって現れる
まさに「火種」

2010.6.2
先生が公式会合を欠席されてから起きていることは、全て我々池田門下の責任だと思っています

現実は秋谷さん、原田さんが運営して起きている問題さえも、いつまでも彼等に任せている我ら池田門下の責任

戸田先生は事業の倒産という「罰」を受け、自身を見つめ抜きます
そして、邪宗をかくも蔓延らせ、民衆を不幸にしている事、自身の罪であると断罪されます

今の創価学会で起きていること
全て我ら池田門下の責任だと思う
その思いから、大責任感から、発する言葉とただの批判では大きな違いがあります

その大責任から発しているのが宿板の皆さんの投稿であると思います

他のサイトには、そういう危機感、責任感が感じられない
ある面、気楽でいいなと思う

寝たきりおじさん様
感動的な話、ありがとうございます

あの頃の学会には、他宗の僧侶さえ改宗する「正義」「真心」がありました

「心の時代」に心を大事するべき学会が、人ではなく、数字しか見ない団体に変貌しています
一番心を感じる事ができない団体に変貌しています
まさに「変貌する創価学会」を内部だけでなく、外部さえも感じています

安保問題、マサキ氏更迭、原田執行部の対処の仕方がそれを露見しています

全て我ら池田門下の責任!
全て信心で解決して見せる!
と題目と折伏に挑戦します
必ず今世でなんらかの結果が出る!
と思っています

こちらの板を読むと池田先生は本当に凄い弟子をたくさん育成されている!
と感激します

池田門下の皆さん
本領を発揮するのはいよいよです
頑張りましょう!
 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現・如来神力品 9/12

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月20日(木)13時01分25秒
編集済
  上行菩薩は「菩薩仏」8

~「凡夫こそ本仏」:「九界」を離れた「仏」は実在しない~

遠藤:  そうしますと、付嘱の儀式は、「仏界から九界へ」の付嘱となりますが、これは何を意味するのでしょう

     か。

名誉会長:そこに、「凡夫こそ本仏」という意義が含まれているのです。

斉藤:  前回、諸法実相抄の文(「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり」)を引い

     て、強調してくださったところですね。

名誉会長:これについては、また論じたいが、今回、一つだけ言っておくと、三十二相の「完成された仏」と言って

     も、冒頭に引いた「ユートピア」のように、近づけば、近づくほど、その分、遠ざかる理想像だというこ

     とです。 「完全なる仏」というのは想定はできるが、現実には「目標」にすぎない。つまり、凡夫という

     「九界」を離れた「仏」は実在しない。三十二相の“仏様らしい”仏は、実在しないのです。仏とは現実には

     「菩薩」の姿以外にない。「菩薩仏」以外の仏はないのです。 「因行のなかに果徳がある」すなわち「因

     果倶時」が、宇宙の根本仏の成仏のすがたです。本仏の成仏が「因果倶時」であるゆえに、それ以外の成

     仏はありえないのです。 (略)

名誉会長:立派そうな格好をしている仏は「夢の中」の存在だというのです。実在しないのです。本当は、ありのま

     まの凡夫が瞬間瞬間、久遠元初の生命を身にわき立たせていくのが、唯一、実在の「仏」なのです。 「人

     間」以外に「仏」はないのです。「人間以上」の「仏」は、にせものなのです。方便なのです。だから、

     人間らしく、どこまでも人間として「無上の道」を生きていくのが正しい。その人が「仏」です。 それを

     教えているのが、法華経であり、神力品の「上行菩薩への付嘱」には、そういう「人間主義の仏法」への

     転換の意義が含まれているのです。(略)


     編集・作成はClearskyさま

http://

 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現・如来神力品 8/12

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月20日(木)12時57分30秒
  上行菩薩は「菩薩仏」7

~久遠以来、日蓮大聖人が南無妙法蓮華経の本法を所持~

斉藤: (略)法華経では、「久遠実成の仏」から「上行菩薩」へと結要付嘱されますが、その渡された法とは、

              「法華経二十八品」ではなく、文底の「南無妙法蓮華経」ということになります。

名誉会長:その通りだが、「渡された」というところが、誤解を招きやすい。 上行菩薩は本来、もともと、南無妙法

                 蓮華経の当体です。 もともと持っておられる法であるが、末法に南無妙法蓮華経を弘めていく資格という

                 か、立場を確かに認められているという「証拠」を示す儀式なのです。(略)

名誉会長:(略)神力品の文は「証文書」です。「証文書」であるということは、妙法そのものから見れば「迹」で

                 す。たとえば、一千万円を親から受けついだとする。それも、一つの「付嘱」です。この一千万円それ自体

                 は「本」です。受けついだという「証文書」は「迹(影)」です。「本」と「迹」には、天地の差がある。

                 百六箇抄には、こう仰せだ.(「本門付属の本迹」) 「久遠名字の時・受る所の妙法は本・上行等は迹な

                 り、久遠元初の結要付属は日蓮今日寿量の付属と同意なり」(御書p865) 難しいが、要するに、久遠以

                 来、名字即の凡夫のまま日蓮大聖人が南無妙法蓮華経の本法を所持しておられる。それが「本」。それか

                 ら見れば、法華経の経文上の上行菩薩等の儀式は「迹」になる。経文は、大聖人が事実として妙法を広宣

                 流布されるための「予証(あらかじめ出す証拠)」であり「文証」 です。 「南無妙法蓮華経如来」が、

                 法華経二十八品というスクリーンに「影」を映した結果、久遠実成の釈尊(仏界)や上行菩薩(九界)の

                 姿になったのです。だから、どこまでも妙法が「本」、上行菩薩は「迹」です。


                編集・作成はClearskyさま
 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏・菩薩仏として出現・如来神力品 7/12

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月20日(木)12時52分48秒
  上行菩薩は「菩薩仏」6

~上行菩薩は「因位の仏」.「久遠」とは御本尊~

名誉会長:この「因位(仏因の位)の仏」 ―それが上行菩薩です。「因果倶時の仏」です。上行菩薩が出現しなかっ

     たならば、無始無終の本仏は示せないのです。 上行菩薩の出現は、五百塵点劫という想像もつかない過去

     をも突破した「無始無終の久遠の本仏」を指し示しているのです。

須田:  これまで、わかったつもりで、あいまいだったことが、かなりはっきりしてきました。この「無始無終の

     本仏」とは、私たちが「久遠元初の自受用報身如来」と呼んでいる「南無妙法蓮華経如来」のことです

     ね。

名誉会長:もちろん、その通りです。

須田:  そうしますと、この「久遠元初」というのは、もはや「はるかな昔」という意味ではありませんね。時間

     の枠を突破しているというか、もう「時間の概念」ではないということになります。

名誉会長:そうです。「久遠元初」とは「無始無終の生命」の異名です。 時間論ではなく、生命論です。生命の奥底

     の真実 - 無始無終に活動し続けている宇宙生命そのものを指して「久遠元初」と呼んでいるのです。それ

     は「無作三身如来」と言っても同じです。 大聖人は「久遠とははたらかさず・つくろわず・もとの儘と云

     う義なり」(御書p75)と仰せだ。「はたらかさず」とは、途中からできたのではない、本有ということ

     です。「つくろわず」とは、三十二相八十種好を具足していない、凡夫のありのままということです。 本

     有常住であり、「もとの儘」です。これを「久遠」という。「久遠」とは「南無妙法蓮華経」のことで

     す。御本尊のことです。だから、御本尊を拝する、その瞬間瞬間が「久遠元初」です。 私どもは、毎日が

     久遠元初なのです。毎日、久遠元初の清らかな大生命を全身に漲らせていけるのです。毎日が久遠元初と

     いう「生命の原点」から新たな出発をしているのです。

斉藤:  それこそ「本因妙」ですね。

名誉会長:だから「今」が一番大事なのです。(略) だから「久遠の妙法」の広宣流布へ本気で立ち上がれば、その

     とき、生命に「久遠元初の夜明け」が訪れる。


     編集・作成はClearskyさま
 

何が正義で何が悪いのか?

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年10月20日(木)12時31分11秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

何が正義で何が悪いのか?

誰が正義で誰が悪いのか?

しっかり見極めて行動して行かないと(^w^)

大変な事になりますよヽ(^○^)ノ

その基準は池田先生の御指導と御書では無いでしょうか?

池田先生が私たち弟子の行動を見守ってくださるために表にお出にならなくなり(ToT)

すぐに蠢き出したのが秋谷、原田、八尋、谷川、であり、しかもすぐに先生のご指導に背く行動を起こした。(*`Д´)ノ!!!

馬鹿で単純でわかりやすい┐(´д`)┌クズ共だ(ToT)

可哀想で仕方ないよね(ToT)

執行部の極悪四人組お前達のせいで多くの真面目な職員幹部の人達まで与同罪で地獄行きを強いられてる。


いくら、上司と部下だと言っても地獄まで道連れは可愛そうだろお前らだけで行けヽ(^○^)ノ

いくら、親分子分だとしても地獄行きは可哀想だろ。

お前達執行部の極悪非道の行動は未来まで永遠に語り継がれることでしょう(^○^)

学会を乗っ取ったのだ(# ゜Д゜)(*`Д´)ノ!!!

でも一時的だぞお前達に明日はない覚悟しろ
(# ゜Д゜)(*`Д´)ノ!!!

ゴクロウさん

 

柳チャ~ン、ようやく言いたいコトがわかった気がするよ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月20日(木)11時40分57秒
  柳チャン、ブログ更新ご苦労様でした~。(笑) 昨日に引き続き、今度は日顕か~い\(^o^)/

でもね~、なんか柳チャンの言いたいコトが少しわかった気がするね~(笑)

「2種類の狂言訴訟」ってことだよね~。その例として信平問題とシアトル事件を引き出したんだ~。

「なかった」ことを「あった」ものとした事件と「あった」ことを「なかった」ものとした事件

これをふまえていったい何を言いたいのかな~(笑)

そして昨日のコラムの一文がはっきり示しているね~(笑)

>古今東西無実の男性を貶めるための最良の道具は女性問題をでっち上げることのようである<
(10月19日コラムより引用)

ecoさん貴重な御意見ありがと~\(^o^)/

つまり柳チャンの言いたいコトは、「なかった」を「あった」こととして訴訟をおこした信平と「あった」ことを「なかった」こととした日顕

この事から、谷川主任伏怪鳥様の374919事件を「なかった」事として「あった」ように騒いでいる「ハタチ氏をはじめとする一派?」(実際そんなものないけど)

を信平問題と同列に扱いたいんだよね~(笑)


でも残念でした~(笑)374919事件は「あった」事だし、まさに日顕と同様に谷川主任伏怪鳥様は「あった」事を「なかった」事として騒いでいるんだよね~

それが証拠に、谷川主任伏怪鳥様が原告となって、波田地氏を名誉棄損で訴えた裁判をみればあきらかじゃな~い(笑)

結果は、裁判所は本件を「不起訴処分」と判断しているんだよ~。

原告側つまり谷川主任伏怪鳥様は「不起訴処分」を不服として上告することもできたのにナニもしなっかたのはどうしてかな~(笑)

「和解」もせず「上告」もせず、「不起訴処分」を受け入れたコト自体が、本件が真実であったことの何よりの証明じゃな~い(笑)

柳チャン、遠回し遠回しにモノ言って、結局墓穴を掘る事になるんじゃないかな~(笑)

まあ明日を楽しみにしてるよ~(笑)ファイト!柳チャン、(笑)
 

イケディアンの住人さま【やはり聖教タイトルは後付け】『11・18学会創立記念日に向けて広布に走る友の指針とします』

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月20日(木)11時36分57秒
編集済
  >本幹再放に参加した副支部長に確認したところ、同じ話をされました。彼いわく『後付けね、何か変な本幹再放だったけど、聖教紙面も変になってきたね~』と言われました。<

>今年の11月18日創価学会創立記念日は、昨年同様にクーデターでしょうか?今年は、シン・御本尊開顕~とか?益々深まる昏迷・混迷・こんめいとう(-_-)みたいになるのでしょうか?<

広布に走る友への指針って??カイチョ~さんは新聞拡張運動を無理くり意義付けたかったのかww

それから、特装御本尊に特別をつけてどんなに深い意味があるのかww
凡人なのでゼンゼンわかりましぇーんww

本尊認定力のある原田カイチョ~さん
認法一箇のシン御本尊さま、御開陳なのでしょうかね~

https://www.youtube.com/embed/j_a6m_1A-GU

>特別特装御本尊は55cmx34cmのサイズだとか<
 

近所の知人からは、まずは、

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年10月20日(木)11時28分11秒
  まずは、地元の知人から、じっくりと対話をしていきたい。その方々にとって最高の善き話し相手となれるように、自分の人格をみがいていかねばと考えています。若き日には会館の任務をしていました。そこでは訓練という意味から理不尽な叱責がまかり通り、皆さま信心で受けとめて励んでおられました。当時、理不尽に切りまくっていたリーダーは皆さま現在どこかへ飛んで行ってしまいました。残念なことです。
自分の枠の中に入れたがる人。この中に入った人は、信心がある。枠の外の人は、信心がないというレッテルを貼る。これがまさしく増上慢の命でありましょう。
最後は破綻していくのです。

 

フェイク 第1552号

 投稿者:宿坊  投稿日:2016年10月20日(木)10時33分39秒
  (発行=16.10.18)

「悪侶は放逐するか重労働を課せ」
戸田二代会長、宗門の堕落坊主を指弾 ④
「信徒を召使いと勘違いする悪い癖」

本紙で三回にわたって連載した戸田二代会長の堕落坊主を指弾した「寸鉄」
は多大な反響があった。この「寸鉄」を見ると、日蓮正宗の腐敗体質は昔も今
も変わらないことが分かる。今号でも宗門の本質を突いた同会長の「大白蓮華」
巻頭言、論文、指導を紹介する。
    ◇
仏教界においても、僧侶は、ただ食うための坊主商売であり、葬式と墓場の
管理人にすぎない。その教義や説法も、大衆の日常生活とは何の関係もなく、
これこそ大衆から遊離した無用の長物といわざるをえない。
(「大白蓮華」巻頭言 昭和二十四年七月)

坊主ほど、日本再建の今日、無用のものはない。かれらは、なんのために法
事や葬式にお経を読むのかということを深く考えたことがあろうか。先祖代々、
各宗各宗によって葬式や法事のとき、お経を読んできた。自分も坊主になった
のだから、葬式や法事に、師匠ゆずりの経を読む。そうして、お布施と称する
労働代金をもらう。それで本人は不思議ないとしても、よくよく考えてみると、
こちらでは不思議でならない。

お経を読むことは、なんのためなのか。葬式や法事になくてはならない儀式
の一つで家族、知友が、それによって涙するだけの効能とするならば、酒宴の
席上、芸者なる者が出てきて、三味線とかいうものを弾いて、客の興をたすけ
るのと、陰陽異なりといえども、その効能は同じである。

そうなると、坊主と芸者は同じようなものであるが、芸者は女一人食うだけで
大きな寺のような建物をもっているものではない。坊主は大きな寺をもって、
大威張りで労働代金を過分に請求する。(中略)役にも立たぬ経文を、しらじら
読んで「読み賃」を取って食っている坊主は悪人でもあり、詐欺漢でもあり、
非生産的な存在である。今日の日本に、こんな種類の人間を養う余力はない。
ゆえに吾人は叫ぶ。「現代の坊主は、まず放逐せよ! さもなくんば重労働を
課せ」と。
 (「大白蓮華」巻頭言 昭和二十四年九月)

仏様のような顔で集金

寺を建てたが、本尊を下げわたさないというならば、寺は建ったが、なんの
はたらきもしない。ただ坊主の寝床を作ったにすぎないことになる、広宣流布
とは寺を建てることとかいうことではない。(論文「創価学会の歴史と確信」
昭和二十六年八月十日)

御住職をいばらしてはなりません……坊さんは、信者を家来か召使いのごと
く思う悪いくせがある。(高崎・勝妙寺入仏式 昭和二十九年十二月十五日)

大聖人様は、お布施を出せとはおっしゃらない。しかし、法華経の行者を供
養した者には功徳があるとおっしゃっている。そうすると、出さねばならない
ような気持ちが出てくる。どうですか。これが邪宗教の起こるもとになってく
る。悪いことをするやつは、この原理だけ使うのです。日蓮大聖人様でないも
のが、大聖人様のような顔をして金を集めるから邪宗教だろう。(本部幹部会
 昭和三十二年二月二十八日)


 

少し違和感・・・?

 投稿者:黄金柱  投稿日:2016年10月20日(木)10時20分41秒
  少々荒れてますね。

しかし先日の「本幹」参加者含めて暗かったですね。

博正氏が先生のメッセージ読み終わったとたん、壇上から即、降りていく姿には違和感を感じました。
最後には壇上後ろに戻っていましたが・・・

非常に気になる。。。
 

わが友に贈る 2016年10月20日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年10月20日(木)09時39分26秒
  信心に無駄はない。
「必ず意味はある」と
わが一念を定めよ!
そのとき全ての苦難は
幸福の糧に変わる!
 

11.18 シン・御本尊登場か!? 投稿者:neco

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年10月20日(木)09時25分3秒
  neco様より特別特装御本尊授与の情報がありました。(下記参照)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58225


こんなYouTubeみつけましたよw

御本尊様に差別をつけて商売するの?
仏壇屋も新入会減ったから稼げないもんな

宗教ビジネス露骨やなw

https://www.youtube.com/embed/j_a6m_1A-GU

この方の説明によると特別特装御本尊は55cmx34cmのサイズだとか。
サイズは会館用サイズとほぼ同じかな

@金剛堂ホームページより参考までに

会館用特装御本尊様
575x 348mm
特装御本尊様
480x274mm
御形木御本尊様
395x227mm(全てのお仏壇にご安置可能です)


追伸で失礼します。
窮状辞任させられた元?長 様

貴重なお話をありがとうございました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58224
 

宗祖大聖人の悲しみ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月20日(木)08時30分54秒
  >わたしが嘆くのは、一宗が滅びることではない。一国が眼前でみすみす亡び去ることだ。
宗祖大聖人の悲しみを、私はひたすら恐れるのだ。いまこそ、国家諫暁の時ではないか。<
http://www.shinetsu-soka.jp/feature/page1_6.php

11月18日は創価学会創立記念日であり、牧口初代会長の御命日です。

国家神道を全国民に強要し、戦争へ突き進む軍部政府。
牧口先生が日蓮大聖人の仏法を楯に、堂々と軍国思想を批判されたのは皆さんご存知です。

11・18が来るたびに、牧口先生の仰られた「宗祖大聖人の悲しみ」という言葉に思いを馳せる。

牧口先生の言葉から民衆の顔が見える。
それを教えて下さったのは池田先生です。

三代の会長は、民衆への深い愛情がありました。
原田会長に足りないものの一つは民衆への愛情。
2006年会長就任時から、原田会長の言葉が冷たく感じるのは、それが原因かもしれない。
 

クーデター記念日?

 投稿者:魂の炎  投稿日:2016年10月20日(木)07時53分46秒
  今日の聖教の一面に新・人革第28巻が11月17日に発売とありましたが・・・。
どうして、11月18日発売じゃないのだろうか?
執行部は11月17日を記念日にしたいのかな?
 

妄想される方が1人居られるので。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月20日(木)07時09分51秒
  結局は何か自分に不都合なんでしょうね。
新しい改革には何かとあれやこれやと言われますが。
多分、命の底の一点がずれるとそこから全てズレまくるんでしょうね。
京都乃鬼さんとは兄弟以上の中ですが、ここ5年は会ってませんのでね。
京都のアホ幹部さんへ、是非とも神戸で密会してるところを激写してください。
除名のネタになるんですかね。
反板に載ってるって見たことないので知りません。
明日から北海道に出張です。
夜は空いているので北海道在住の方語り合いませんか。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、新・人間革命はどうなるんでしょ~

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月20日(木)06時42分36秒
  おはようございます。原田怪鳥様、「新・人間革命」第28巻の発売誠に、誠におめでとうございま~す。

いよいよ佳境に入った人革デスが、今後はどうなるのでしょうか? いつ54年問題に筆が入るのか、楽しみにしていま~す。

いつかいつかと思いながらも、話が離島に跳んだり、九州に跳んだり、インドに跳んだりと毎回期待を外されているのですが(笑)

ましてや原田怪鳥様、清新六十では会長辞任の前フリともとれるような表現にはも~ビックリ!です。

「いや、私は、会長を辞めようかとも考えている。今や、学会本部には、世界中から大勢の同志が来る。
海外の要人との対応も大事になっています。だから、会長は譲って、世界のために働こうと思っているんです」
(新・人間革命清新六十より引用)

原田怪鳥様はど~しても会長辞任を「勇退」として誤魔化したいのかもしれませんが、真実はもはや多くの方々が知っているのデス。

それは会長辞任を申し入れた現場にいたアナタが一番よくご存知のはずですよね~(笑)

どのように54年問題が語られるか? 楽しみにしてま~す。(笑)
 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2016年10月20日(木)04時32分3秒
  おはようございます。皆様の議論を拝見させて頂き、思いましたが、投稿をするだけで変わるのか?という点につきましては、自分が変わる=たこ焼き戦法よろしく組織も少しは変わるのでは?と思いました、また、真実開示の投稿を閲覧するだけで、何人の閲覧者が存在するかはわかりませんが、意識は変わるのでは?
    私は学会おかしいな、変だな、と思って宿坊に出会い、教学部レポートを読ませて頂き、最初は疑いに疑いましたが、なるほど、と納得と共に幹部のかたも凡夫であるし、狂ってもおかしくないと納得できました。真実を求める方の水かさを増やすことが大事だと思います。

会う会わないはグリグリ様の仰るとおり、自由でしょう。グリグリ様のアーカイブの御書講義拝見させて頂きました。非常に分かりやすく、親しみやすく、楽しく学べて重宝しております、失礼ながらこの場をお借りして御礼申し上げます、ありがとうございます。

 

おサルの独り言 3

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年10月20日(木)04時27分9秒
  京都乃鬼 殿
お久しぶりです。覚えておいでですか?
昔、『がん公』でたびたびお会い(ネット上で)した猿ヶ島です。
その語り口、お懐かしゅうございます。
数年前、突然、がん公が閉鎖してしまいまして、当時の皆さまとお会いできなくなり
寂しく思っておりました。今後もよろしくお願い申し上げます。

管理人 殿
ひとつお願いございます。
こちら私のような新参者にはスレが早すぎて話題についていけないこと多々です。
出来れば、表示は「ツリー表示」にならないものでしょうか(途中からでは設定、無理なのかも知れませんが)
ご検討よろしくお願い申し上げます。
 

八尋みのるさま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月20日(木)01時54分28秒
  もう、昨晩ですが本幹再放に参加した副支部長に確認したところ、同じ話をされました。彼いわく『後付けね、何か変な本幹再放だったけど、聖教紙面も変になってきたね~』と言われました。(-_-)

さて、今年の11月18日創価学会創立記念日は、昨年同様にクーデターでしょうか?今年は、シン・御本尊開顕~とか?益々深まる昏迷・混迷・こんめいとう(-_-)みたいになるのでしょうか?
 

ひらがなプロジェクトに投稿しました

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年10月20日(木)01時30分54秒
  ひらがなプロジェクトに投稿しました。
下山御消息  1編投稿しました。


学会大幹部のことを言うと、誰もコメントしてくれないことは分かっています。

まず副会長レベルの人は、知り合いが居りません。
亡くなってしまいました。

総県長とか、県長とかのレベルの人の特徴は、教えてやる・・・オーラを出して、指導をされますが、
感動するような話は、まずありません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ある人がこのように言っています。

心の中で「自分は偉い」と思っている人には共通する2つの特徴がある。
1つ目は「質問をしない」ということだ。

「偉そうに感じる人」の2つ目の特徴は「自分に関するマイナスの情報を開示しない」ことだ。

「人生の挫折経験、病気、仕事の失敗といった話をすることは、相手に弱みを見せることだ」とでも考
えているのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・

学会の大幹部になったからって、聖教新聞毎月30ポイントできる訳ないし、折伏年間3世帯できる訳もない。
それは、学会内だけで、活動しているから、外部の人と接する場が少ないからだと思いますが・・。

幹部の人と、話をすると自分の弱いところや、仕事での失敗など話すことを聞いたことがありません。
偉い人は、失敗しないと勘違いしていませんか。

それと、若い人や、婦人部などに質問しないですよね、自分が偉いと思っているから、人に聞くことは沽券にかかわると、思っているのでしょう。

そのような幹部は、居てもいなくても、組織は回っていきますから、くだらない会合で長々と話をしないでもらいたいのです。
「時は金なり」なんですよ。
 

勝てば官軍

 投稿者:警鐘  投稿日:2016年10月20日(木)01時19分43秒
  若狭氏の応援に明日小池都知事、野田聖子議員が行くという

小池氏を応援したら、除名と言われる中、堂々と応援した若狭氏、そして密かに応援した野田氏
この三人が揃う

閉塞感溢れる今、権力に逆らい、そして勝利
今度は正々堂々と応援できる
「勝てば官軍」
正義は勝たなければいけない事を痛感する
 

イケディアンの住人様

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月20日(木)01時14分0秒
編集済
  >今回の四国池田文化会館で開催された第二十回本部幹部会再放送を視聴された方に確認ですが、1994年4月本部幹部会での池田先生のスピーチ紹介で、『11・18学会創立記念日に向けて広布に走る友の指針とします』のと説明は、有りましたか?<

はっきり断言出来ないですが  ~  説明があった記憶がないので
無かった  と言っていいかな~
皆さん、記憶にある方いますか?

p.s
くだらない投稿w  や掲示板の趣旨違いにはスルーが一番ね~
 

西京区虎さん

 投稿者:ロム専MR  投稿日:2016年10月20日(木)00時55分58秒
  京鬼さんからの誘いに乗るんだね。
やめたほうがいいのではないでしょうか。
 

ある信者からの手紙ってこれかな?

 投稿者:通る人  投稿日:2016年10月20日(木)00時55分45秒
  http://www.geocities.jp/shinichizz/gakkai/siryou/aru-sinjakarano-tegami.htm  

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