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長男が登校拒否になってから。

親からすれば、やはり高校へは行ってもらいたいものです。
と、いうよりも…。
中学校から高校、そして大学やら専門校へと進むべき物だと私自身当たり前のように思っていたのです。

今から思えば、それも本人の人生だと割り切って
もっと長男に寄り添って一緒に考えていけば事態は良くなったのかもと、過去への要らぬ妄想で日々未だに辛くなるのですが…。

しかしながら。

せめて高校は行って欲しい、そして卒業して欲しいと思う親の気持ちも事実。
しかし
一歩も外へ出たがらない息子…。


まだ元気だった私の父も心配して様子を見にきた事もあったのですが…。
なんせ昭和の「おやじ」です。
学校に行かないのは怠けぐせがついているからだと、どんな事があっても勉強出来る環境があることは幸せな事なんだと、怒鳴り散らし
理由を言わず頑なに話さない長男を
「それなら出ていけ!!今すぐ働け!!」
と、玄関まで引きずり出し…。

見るに耐えなかった私は
泣きながら
父に帰ってもらったのです。

それも今から思うと父の方法が長男を立ち直らせるためには刺激として良かったのか…止めて帰ってもらった事の方が正しかったのか…わかりません。



そんな息子をなだめすかして、どうにか学校の校門まで連れて行った事もありました。

車から引きずり出して
「一歩でもいいから校門をくぐってみたら?」
「少しでいいから」
「もたもたしたって、仕方無いよっ!」
急かす私の言葉に
うつむいたまま微動だにしない息子。

下唇を切れんばかりに噛み、大粒の涙をポタポタ落とし 
足を踏ん張り、強く握りしめた拳を震わせて…何も言わない。

「一生懸命勉強して入れた高校でしょ?」
「ここへ行きたい!って言ってたじゃない!?」
「夢もあるんでしょ?」
選択授業が出来る学校で、歴史が好きな長男はそれを夢見て大学へ進みたい夢を持っていたのです。

その夢を叶えてあげたい、その思いで母子家庭ながら家庭教師をつけ受験に備えたのですから。

学校の校門をくぐることを訴えている私を払いのけ
長男はポタポタ溢れる涙を拭いもせず、きびすを返し車と反対側へ歩いて…さらに走って逃げて行ったのです…。

必死で追いかけましたよ。

しかしながら男子高校生にかなうわけもなく…。
途中で長男を見失ってしまったのです。

散々探しました。
…が、見つからず…。

自宅へ戻ると玄関に息子の靴があったのです。

子の部屋へ行き…ドアを開けようにも頑なに開けない息子。
「なんで逃げたの?」
「何があったの?」
「どうして嫌なの、行きたくないの!?」
「お母さんに話してよ!」

どんっっ!!

ドアを殴る音…。


それから


長男の5年にも渡る長い引きこもり生活と
物を壊す、潰す、暴れるという
「生活するのさえが困難な」生活に突入したのです。


















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長男は元々、よく笑う明るい子供でした。
今でもその笑顔を、たまに夢で見ては現実との差に落胆するのですが…。

2~3歳の頃は、おふざけも大好きで。
ありがたい事に当時は、ごくごく普通に成長していたと思います。

ただ、高熱をよく出し
頻繁に熱性けいれんを起こす子供でした。


激しく遊ぶ事はしませんでしたが慎重派で、お友達の聞き役になるタイプでした。

幼稚園入学前に、ひらがなを全て覚えて、幼稚園入学後は(2年通いました)漢字の横にひらがなが打ってある本なら小学生低学年程度の物も読めていました。
親バカながら、将来どんな素晴らしい大人になるのかとワクワクしたものです。

その長男が中学3年生頃から時々、学校へ行くのを嫌がりました。

行くふりをして靴を持って押し入れに隠れていた事もありました。

「ドラえもんですか?汗」
という私のツッコミに

「…そうなりたいよ…。」

とバツの悪そうな顔で這い出てきて…。

責めはしませんでした。



本人に学校での生活や、いじめにあっているのかと聞いてみても
「そんなことないよ。」
「いじめられてないよ。」
と、カラッと答える長男。

確かに友達もいてました。
学校の帰りには道角で爆笑しながら友達と雑談している姿を何度もみています。

学校へ相談もしましたが、毎日行きたくない訳でもなく…。
嫌いな教科があるのか?
特定の人が嫌で行きたくないのか?
等々…色々考えても聞いても謎のまま…。

そして、高校受験。

本人の希望していた公立高校へ無事合格。
親子でハイタッチをして喜びあいました。

そしてアクシデント(この話は別物で長くなるので、またの機会に…。)
しかし、これだけが長男を引きこもりに繋いだのか?
それは今でもわかりません。
しかしながら気持ちのやりようが無いのも事実な出来事があったのです。



高校入学式。

パリッと新しい制服に身を包み、あどけなさの中に少し大人びた雰囲気の息子の姿。
本人の様子も誇らしげに見えたのです。

それから。

数回程学校へ行き…

そして








行かなくなってしまったのです。



今から思えば

この時、すでに長男はSOSのサインを私に向けて発していたのかもしれません。








しかし当時の私は
長男の登校拒否を
ただの怠け癖だと思っていたのです。








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こんにちは。

しばらくブログをお休みしていました。



今までは明るい内容のブログが多かったワタクシですが…。
らぶの死をきっかけに、長男との関わりを文字として残していきたいと思い
こちらへ綴っていこうと考えました。

何故らぶの死をきっかけに?とお思いでしょうが…。

昨年の年末押し迫る頃、長男が統合失調症と診断され
強制入院となりました。
(統合失調症とは、以前は精神分裂症と呼ばれていた病です。脳が誤作動を起こし、見えない物が見えたり話し声が聞こえる等の幻覚や幻聴を引き起こす事で知られている病です。)

それから程なくしてらぶの死…それを入院中の長男に話すも悲しむ訳でもなく、淡々と自分の先行きの話しかせず、とても辛い思いをしたのです。

しかし、それも「統合失調症」という病の特徴と知り…溢れる涙。

可哀想だとか、辛かろうとか、悲しいという感情の欠落。それも病の特徴…。

その説明を、聞いたとたん…。
身体中に熱い何かが溢れだす感覚。
心臓もバクバク激しく鼓動し…。
とにかく愕然とし、膝から崩れ落ちるように泣いたのです。

患者さんの中には母親が亡くなったと聞いても動揺もせず、悲しみもせず、
ふーん…。の一言で返す方もおられると医師から説明を受けました。
親である私ですが…正直…怖いとさえ思いました。


そして
統合失調症のご家族をお持ちの方々へ。
この病は家族で乗り越えなければならない病だと医師から説明を受けました。

が。

一筋縄ではいかない病なのだと現在痛感しています。
統合失調症の家族が居ているがゆえに、家族がバラバラになってしまったり、お世話をしている他の家族までもがうつ病を発症してしまったり…。
他の家族仕事にまで影響が出てしまう事も。

ただ今統合失調症の長男を抱え、必死に生活している私ですが、
日々戦っておられる方々の何かのお役に立てればと…。
そう思い、赤裸々に綴っていこうと。


注:統合失調症は現在100人に1人の割合で発症している病との事です。
そして1人1人症状が異なるようです。
なので我が家の長男の行動や考えが全ての統合失調症患者さんに当てはまるとは言えませんので、差別することなく読んで頂けたら幸いです。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




店主の長男は16歳から引きこもりでした。
(現在、今年で23歳になります)


当時の長男は、高校受験にも無事受かり念願だった学校へ通える事となりました。

しかし。
入学式とその後1~2回程、学校に行ったきり
ずーっと、ずーーっと1日中部屋へ引きこもる生活になってしまいました。

大きい住まいでも無いのに1日中部屋へ引き込もり、顔を会わすことすら出来ない状態になってしまいました。

食事はリビングのカウンターに置いておくと無くなっている=長男が食べた(生きている!)
…当時は、なんだか目に見えない野生動物と共存しているような感覚でした。


部屋へ訪れると暴れる、声をかけた翌日にはお風呂場のドアが割れて無くなってしまっている等…。
とにかくその時期は
それ以上の被害を恐れてしまい、そっとしておくことしか出来ませんでした。

もちろん一歩も外へ出られない長男の代わりにですが、公的な場所へ相談にも通いました。

訪問もしていただいたのですが、その後は興奮してか
トイレの壁には大きな穴が…。
2階の扉のガラスも叩き壊し、食器棚の食器は全て投げ壊され…本当に毎度大変でした。
ガラスの破片やらが足を傷つけないように…。
部屋の中なのに安心して素足などにはなれず、靴やスリッパを履き日々片づけに追われる毎日でした。

正直、毎日が地獄のようでした。

仕事からクタクタで帰宅しても、まずは片付けをしないと歩くことすら出来ないのですから。

何度も泣きながら、時には叫びながら、
軍手にゴム手袋姿で四つん這いになりながら片付けました。

その内、冷房機器も全て壊され
暖房器具も全て破壊され。
室内に居ているのに
夏は暑い、冬は寒い、まるで外での生活に近いような暮らしをせざるえませんでした。

次男は当時まだ小さく、父親の居ない家庭…成長した息子相手に母親が力でかなう訳もなく
さらに次男に被害が及ばないよう、ただただ神に祈るばかりでした。


今思えば、我が家の長男の場合…。
これが病へのプロローグだった訳です。




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