識者が選ぶ 「わたしのディラン、この3枚」
歌手で初めてノーベル文学賞に選ばれた米国のシンガー・ソングライター、ボブ・ディラン。あまたのアルバムの中から、お薦めの3枚をディランを愛する識者3人が紹介する。
■「?」の魅力たっぷり
(1)ブロンド・オン・ブロンド(1966年)
(2)タイム・アウト・オブ・マインド(97年)
(3)トゥゲザー・スルー・ライフ(2009年)
時代の代弁者? そうじゃない、放っておいてくれ――とフリーに音楽をつくり出す。その頃に制作した(1)は、解放された感じがあり曲の長さに構成、歌詞、音楽性と四拍子そろって自由だ。興味があることを全て歌うが、詞は比喩的で何を歌っているかは「?」が付く。「ボブ=よく分からない人」の魅力が詰まる。
2000年代の出発点になった作品が(2)。U2を手がけたダニエル・ラノワをプロデューサーに起用し、ラノワは新しい観客にもボブが訴求力を持つか試した。セールスは成功。ボブは自分の音楽を他者に委ねてもうまくやれると証明し、新たな階段を上った。
ボブは00年代に入り、自分の音楽のバックボーンを表す。それが(3)に濃く出ていて、モダン・ブルースにフォーカスした曲を入れるなど、新しいドラマをつくり直している。さらに、殺伐とした感覚を取り込み直していて「殺気=ロック」ならば00年代以降で最もロックだ。
(音楽評論家 湯浅 学)
■突き抜けた多義の世界
(1)追憶のハイウェイ61(1965年)
(2)ジョン・ウェズリー・ハーディング(67年)
(3)セルフ・ポートレイト(70年)
素朴なフォークソングともヒットチューンとも違う次元に自身の音楽性を高めていったディラン。(1)はその完成形を初めて見せた名盤。歌詞はメッセージ性のある分かりやすさを突き抜け、多義的な世界へと展開。「ライク・ア・ローリング・ストーン」(転がる石のように)にしても両義的だ。
(2)は生ギター、ベース、ドラムによるシンプルなサウンドで、曖昧さを含んだ歌詞は分かりにくいとも多義的とも言える。例えば「見張塔からずっと」。こちらの気分によって様々な意味に変わる豊かさがある。湧いてきた言葉にメロディーを乗せた印象で言葉自体に運動がある。
(3)はラブソングのカバーがあるかと思えば女性コーラスやオーケストラを取り入れたりと、ほとんど冗談のように解放的。古いものを捨て最新のスタイルをよしとする業界の常識とは全く異なる発想だ。フォークの反戦ヒーローからロックシンガー、そしてさらなる転身の結果の見事な一枚。
(翻訳家 柴田 元幸)
■枯れてなお独創的
(1)ラヴ・アンド・セフト(2001年)
(2)トゥゲザー・スルー・ライフ(09年)
(3)テンペスト(12年)
ここに示した3枚のアルバムは、ディランの作品としては新しいものばかりだ。いずれも彼が若い頃のオリジナリティーから離れ、土地や歴史から聞き取った「音」を音楽にしている。オリジナリティーでないことが、新たなオリジナルを生み出しているのだ。
特に(1)は体が世界に拡散していくような感覚でリラックスして聴くことができる。(1)と(2)は割とゆるく作っているのが印象的で、うまく力が抜けて「枯れた」感じがいい方向に出ている。(3)は2012年なので、最近の中の傑作といえる。
ディランのヒット作といえば若い頃の曲ばかりが挙げられるが、彼は若いうちは若者なりの生き方をし、中年になれば中年なりの音楽を作ってきた。常に、その年代のお手本になるのだ。若い頃に人気が出て、後半は受け入れられなくなって埋没する音楽家が多い中、活躍し続けているのは他にローリング・ストーンズのキース・リチャーズくらいしか見当たらない。
(作家 保坂 和志)
[日本経済新聞夕刊2016年10月18日付]
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