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2016年10月19日水曜日

イケダハヤト氏が「お試しあれ」と言ったホメオパシー半可通講座

みなさん、どうも。
ぷちウェブ作家のとし兵衛です。

アルファブロガーとして毀誉褒貶半ばする高知県在住・脱東京派のイケダハヤト氏が、[【ホメオパシー】ムカデや蜂に刺されたときは「エイピス」を飲むと治るらしい。] という大変おもしろい記事を書いていらっしゃいます。

この記事は、次のようなストーリーで、「効き目の分からない商品」を上手に宣伝するものとなっています。

1. イケダ氏は、「ホメオパシーって怪しい」、「個人的にはあんまり信用してません」と書いています。

2. それなのに、自分の知人二人を含め、Twitter からの複数の発言を紹介しながら、「ホメオパシーのエイピスというレメディ(薬のようなもの、実態は無害なアメ玉)は「効くんだろうなぁ」と述べています。

3. その上で、自分は使ったことがないし、なぜ効くのかは「よくわからない」が「値段はリーズナブルなので、田舎暮らししている方はいざという時に『お試しあれ』」として、エイピスという商品を売るアフィリエイトのリンクを紹介しています。

新聞で見かける「健康食品」の広告をひとひねりした感があり、イケダ氏はなかなか優秀なコピーライターだなぁと思います。

イケダ氏の「広告記事」については、それだけの感想です。否定も肯定も特にしません。

  *  *  *

イケダ氏はなぜこのような記事を書いたのでしょうか。

イケダ氏はブロガーとして大層な収入を得ていらっしゃるようですし、エイピスのような低価格の商品を紹介しても手数料収入はそれほど得られないでしょうから、この記事は特別に収入を狙って書いたものではないように思えます。

ネット上の「正義派」の人をからかいながらの、話題作りの「炎上商法」でしょうか。

そうだとすれば、狙い通りに「正義派」の人々が噴き上げてくれているようです。
ホメオパシーのような、疑似科学の詐欺まがい商品をネット上で宣伝するのはけしからん、というわけです。
そういう話題が好みのかたは、こちらのまとめ記事をどうぞ。

  *  *  *

さて、ぼくはホメオパシーの信者ではありませんし、エイピスというレメディを誰かにすすめるつもりもありません。

そのことをお断りした上で、「ホメオパシーはなぜ効くのか」を説明することにしましょう。

ホメオパシーとは何なのか、そしてそれが「疑似科学」でしかなく、「科学的」な意味では効果がないとされる理由については、TAKESAN氏の[イケダハヤトさんのホメオパシー紹介記事について] を読んでいただくことにして、この記事でもTAKESAN氏にならい、ホメオパシーのレメディ自体には特別な効果はないという立場を取ります。

けれども「ホメオパシーは効く」のです。

「レメディに効果がないのにホメオパシーは効く」などとたわごとを言って、お前は人をおちょくってるのかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

TAKESAN 氏の記事でも少し説明がありますが、偽薬(プラシーボ)の効果というものがあります。

たとえ小麦粉であっても、医者がこれを飲むとよくなりますよ、といって出されて飲むと、何も飲まなかった場合に比べて早くよくなる、といったことが起こる現象が知られており、これをプラシーボ効果と呼ぶのです。

そのため、薬の効き目を判定するためには、プラシーボ以上の効果があるかどうかを念入りに確かめるんですね。

TAKESAN氏の記事には、複数の妥当な実験によって、ホメオパシーのレメディにはプラシーボ以上の効果はないことが分かっている、ということが書かれているのですが、逆に言うと、どんな物質でもプラシーボ効果を引き出すことはできるわけです。

つまり、ホメオパシーのレメディにもプラシーボ効果はあるのです。

じゃあ、そのプラシーボ効果とかいう、けったいなものは一体何なのか、という話になりますが、これは「催眠による自己治癒力の増加現象」であり、科学的に確認できる現象です。

おまじないやお祈りにもこうした効果があるわけですし、催眠療法というものも存在しますよね。

そして、その催眠を容易に引き起こすきっかけとしてレメディを使うことは、まったく合理的な方法ですから、これを闇雲に否定することは、「公共の利益」に反することのように思われるのです。

  *  *  *

ホメオパシーのような疑似科学が批判される理由について、木村すらいむさんが [「疑似科学はどうして批判されるのか?」ネット上の反応から見えた3つの理由] という記事を書いてらっしゃいます。

その三つの理由というのは、

1. 「疑似科学とされている商品は、科学的な効能がないにもかかわらず、それがあるかのように宣伝している。これは詐欺だ」

2. 「実際は科学的ではないにもかかわらず、科学であるかのように宣伝している。これは科学の信頼を損ねている」

3. 「疑似科学が普及すれば、最悪人が死ぬ」

というものですが、1. は催眠の効果を無視している点で、科学的な議論とは思えませんし、2. は「科学」には揺るぎない基盤があるのだから、その信頼性が「疑似科学」で損ねられるわけがないと思います。

この三つの理由のうち、一つだけ考えておく必要を感じるのは三番目の「疑似科学が普及すれば、最悪人が死ぬ」というものです。

しかし、これに関しても、ホメオパシーについて言えば、濡れ衣としか言いようがありません。

合州国の FDA が注意を呼びかけている Zicam 社や Hyland 社の製品は、問題になっているような副作用があるという時点でホメオパシーのレメディとしては欠陥商品としかいいようのないものです。
これはそうした商品を販売している会社の問題であって、ホメオパシーの問題とは言えません。

また、[山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故] というものがあり、これをホメオパシーによる死亡事故だと考える方々がいます。

この事故は、ホメオパシー医学協会(wikipedia記事のママ)に属す助産師がビタミンK2シロップを投与しなかったことが死亡の原因だとして、死亡した新生児の母親が訴訟を起こしたものです。しかしこの訴訟は和解が成立し、法的な判断は示されておらず、これを直ちにホメオパシーの起こした事故と言うことはできません。

そして仮にこれがホメオパシーと関連する事故だったと仮定しても、ここで問題とするべきは、ホメオパシーの「誤用」であって、ホメオパシーそのものではないはずです。

つまり、もしも、助産師がホメオパシーを根拠に、ビタミンK2シロップの効果の説明という助産師としての義務を怠ったのならば、それはホメオパシーの「誤解」であり、「誤用」であるということです。
[参考: ホメオパシー新聞その14(日本ホメオパシー医学協会の記事)]

このことをたとえ話で説明させていただくと、新歓コンパなどで、アルコール飲料を「強制的」に目下の人間に飲ませるという、アルコールの「誤用」によって起こる死亡事故はあとを絶えません。

しかし、これを理由にアルコール自体を非難する人は皆無と思われます。

「疑似科学が普及すれば、最悪人が死ぬ」ということを理由に「疑似科学」を非難する方々は、同じ論理でアルコールも非難するのでしょうか。

  *  *  *

以上、ホメオパシーが効く理由とともに、ホメオパシーのような「疑似科学」を非難することについての疑問を述べましたが、「疑似科学批判」はよろしくない、とか、「疑似科学批判」をするな、とか言いたいわけではありません。

「疑似科学批判」をしたい人は、どんどんすればいいと思います。

いきすぎた「擬似ホメオパシー」には問題がありえますから、そうした意味でホメオパシーの問題について注意を喚起するのもよいでしょう。

けれども、「疑似科学批判」していらっしゃる方々が、「自分は正しく、相手は間違っている」と、万が一にも思っているとすれば、それは全く科学的な態度とは呼べないと思うのです。

現実に催眠による治癒効果があるのに、治癒効果はない、と主張するのは矛盾していないでしょうか。

催眠を目的として、適正と思われる価格でレメディを販売することには、どのような問題がありえるのでしょうか。

依存性もあり、有害性がはっきりしているアルコールの販売を取り締まらないことは、科学的に見て正しいことなのでしょうか。

物理学者のファインマン氏の著書「ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉」に「カーゴ・カルト・サイエンス」についての警告があります。
「カーゴ・カルト・サイエンス」とは、現実の科学界の中に存在する「似非科学」のことです。ファインマンさんは、カリフォルニア工科大学1974年卒業式式辞において、自分に都合のよい実験結果を取り立てて、都合の悪い結果は捨ててしまうような「似非科学」に手を染めてはならないと警告しているのです。

ぼく自身は、学部でコンピュータソフトをかじっただけの、なんちゃって理系にすぎませんので、「擬似科学批判」を真摯になさっている「立派な科学者・技術者」のみなさんについて科学とは何か、などというべき立場にはありません。

けれども、「疑似科学批判」ということになれば、これは科学の内部の問題ではなく、社会の問題であり、政治・経済の問題であり、宗教の問題でもあるでしょう。

そうした社会的事象を論じるにあたって、狭い意味での「科学的真実性」を根拠として提示して、相手を叩くだけでは建設的な議論にならないように思うのです。

プラシーボ効果で救われている人の存在も評価しなければ、社会的に適切な評価とは言えないのではないでしょうか。

大風呂敷を承知で言えば、思想・信条の自由、言論の自由ということを踏まえた上で、人類の価値に貢献できるような、楽しい議論をネット上で交わすことができたらなぁと、思うのです。

長々と書きました。
最後まで読んでいただいたみなさん、どうもありがとうございます。
ではまた。

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