大人は自分が何をしているのかを分かっていないという認識、それが成熟だ。大人は博識ではなく、難しい世界で最善を尽くそうとしている、誤りを犯す人間にすぎない。
この事実で判断すると、市場は未熟だ。外国為替ほど奥が深く古い市場でさえ、未熟だ。部屋にいる唯一の大人というイメージを醸し出すテリーザ・メイ首相が英国の欧州連合(EU)からの完全撤退を予告するようなことを言うと、英ポンドは下落する。首相が妥協を示唆すると、ポンドは高騰する。いずれにしても、市場はメイ氏が何らかの計画に沿って動いていると考え、まるでおこぼれを押し頂くように中身の手がかりを探し回る。
なんという無邪気さだろうか。労働者の移動の自由に幕引きを望む以外、政府には何も計画がない。だから混乱を引き起こす発言は大抵、ほんの数日内に、より穏便な身ぶりによって打ち消される。市場は、圧力にさらされた急場しのぎの対策の中に、たくらみや一貫性を拡大解釈している。市場においては政治における戦略の役割は過大評価され、さまざまな出来事に対して市場自身が持つダイナミックな影響力は過小評価されている。
■生活に影響があれば世論が動く
もし消費者がポンド安で生活が圧迫されると感じるようなら、ウェストミンスター(英議会)で起きるどんな出来事よりも、ポンド安は世論と政府の行動を大きく変えるだろう。もしEU加盟に関する国民投票の前にポンドがこのようにもだえ苦しんでいたら――実際、EU残留を唱える活動家たちは、絶望的な局面でポンド急落を願った――我々は今ごろ、投票でEU残留を決めた国家について思いを巡らせていただろう。
分かり切った事実を述べた発言であるはずのものが、一から打ち立てなければならない論証と化した。分かっていながら、自分自身を困窮させる方に賛成票を投じる人はいない。英国民投票、米国におけるドナルド・トランプ氏の台頭、欧州の多種多様なポピュリズム(大衆迎合主義)の流行――。それらを経てさえ、欧米の民主主義国が「ポスト経済」の瞬間を迎えたのかはっきりしない。有権者が(EUへの)団結と帰属というつかみどころのないものと引き換えに、物質的な繁栄を手放す意思を改めて持ったのかどうか。欧米諸国は、よりなじみ深い文化と引き換えに力強さを欠く経済に甘んじる、日本流のトレードオフを行っているわけではない。少なくとも、意識的にそうしているわけではない。
英国人の3人に2人は、欧州系の移民を減らすために自分の所得を1ポンドたりとも犠牲にする気はないという。この調査結果は本来、もっと有名であるべきだ。大多数の人は、今後数週間の交渉で、英政府がEUとの貿易に焦点を絞ることを望んでいる。こうした調査結果は、設問の言葉遣いによって少々異なってくる。また、ほかの調査や玄関先の会話、そして国民投票が白熱のごとく放つ、移動の自由に対する敵意とも食い違うように思える。