日記 2016年10月8日〜 *月*日

2016年10月18日

 

自分より大きな者への接し方

 

田舎の人が都会に出て、都会の人の大きさに圧倒される。

仲間打ちで力自慢の碁打ちが、プロの打つ手に劣勢となり、プロの強さに恥ずかしくなる。

精神の徳を修養した老人が、若者の優れた精神にかなわないと思う。

兄弟の中では腕力で威張っていた兄が、学校でより強い男児の前で、たじろぐ。

 

井の中の蛙が大海に出て、その大きさ、広さに我が身の小ささが恥ずかしくなる。

そう感じるのは、健全である。高い者、能力ある者のその技、その力に負け、実感して、感動する。

それまで自分が一番だったのに、そうではない。まだまだ高みがあると新しい目標が持てる。

向上心が再び芽生える。

 

たいていの人は、素直に相手の力を認める。それは自然なことだ。

 

が、たまに自分たちが最高だとふんぞり返る人たちは、そういう外の偉大なものを認めない。

 

囲碁は勝敗が全てなので、相手が強いなら強いと認めることができる。腕力勝負もそうだ。財産をもっている人も、比較しやすいから、田舎町の金持ちがアラブのお金持ちにかなわないと、すぐにわかる。相手の能力の高さを認め、敬意を払える。

 

が、力の差を厳然とみせつけられ、我が身の小ささを理解しないと、いつまでも、小さい人物は、自分が最高だと思い込む。

 

『大阪の人は、態度やがたいが大きいだけ。アホである。』 東京人が大阪市内に来て、人間性で負けているにも関わらず、悔し紛れに言う。東京人は平均的には大阪より賢い。が、東京人は大阪に来て、自身が小さく感じる。それは、社会性や合理性で劣るからだ。大阪人は合理性を極めた生活スタイルをする。その能力において、東京人は負けるのだ。しまいには『大阪人は威張っている。謙虚でない。頭を垂れるのが、徳ある人だ。』と言い出す。見苦しい。東京人は、生活のシステムが不合理で、大阪人はそれを何度指摘しても、理解しない。大阪人は、東京人のその鈍さにあきれる。

 

 相手を認めない点で極地にあるのは、霊能者である。神とつながったと信じた者は、自らが最高で、絶対なのだ。相手のほうが、霊能力で上回っても、合理的であっても、知識で上回っても、より精神的でも、いつまでも自分が高みにある。単独で霊言をもらい、少ない弟子をもつ者に、こういうのがいる。はたから見ると、とても貧弱な思想なのに、本人は悦に入り、とても満足している。かなり鈍い人間である。

 

 大きな団体になると、さすがにあまりに狭量では信者もいないから、柔軟になる。『自らを低くする。稲穂のように頭を垂れるのがよい。』と、例の言葉で、高慢と独善を戒める。が、彼もまた他の力を認めることができない。科学者の力の源泉、キリスト教の神学者の宇宙論(教義は時代錯誤なのだが、神学的な宇宙論議は進んでいた)、イスラム者の法の力、ユダヤ人の法、思想家の理論の質。

 

だから、これらより劣る彼は、これらの者達の前では小さくなる。人は、能力ある人のほうが大きく見えて、能力が低い者は小さくなる。で、彼は、これら才に囲まれると、自分が小さくなって、相手ばかり大きく見える。すると言い出す。『私は偉大だから、君たちは頭を下げなさい。』と。これもまた見苦しい。

 

 物理学会に間違って入場した宗教家は、小さく座って、学者を尊敬して、学者の話を謙虚に聞けばよい。宇宙と神を専門的に研究してきた者に会ったら、その話を傾聴するとよい。倫理学の教師にあったら、宗教家は対等だが、相手の専門は大事と思い聞く。自尊心が強すぎて、それができないのは、傲慢である。

 

 今日の教訓

 大きく見える人は、何かしら自分より優れた才能をもっている。それを認めて、謙虚にそれを学ぼう。もし、自分より才能がない人物なら、彼はけっして大きく見えはしない。大きく見える人間は本当に大きいのである。

 

 相手を自分より下に無理やり貶めてみても、相手の才が高いことには変わりない。だから、大きく見えることが気に食わないからといって、相手の頭を無理やり下げさせても、意味がない。別の力をもってそうするのは、横暴である。

 

 無理やり自分を小さく見せようとしたり、大きく見せようとしたりする必要はあまりない。それは能力者の自然な表現を歪ませるからだ。才能ある人は、それなりの顔の輝き、目の動きや意志の強さがある。それを隠さないようにしなくてはいけない。

 

社会の標準にあてはめて、ムリに自分を大きく見せることもあまり必要がない。詐欺師は、よく金がないのに、仕事をする時は、紳士淑女になりきり、信頼を得ようとする。そういう『みかけ』と実力(実際の能力)の乖離は生じないようにしなくてはいけない。

 

 本当にしなくてはならないこと

 

 相手が大きく見えたら。相手の言葉が強く感じられたら。相手に自分よりまさる何かがあると感じ取ったら。

 

 まずはそれをつきとめよう。都会の人間は、田舎の人よりも必ず何かが優れている。だから大きく見える。都会人がもち、田舎の人がもたないその優秀さは習得しなくてはいけない。態度が大きい中国人も思想哲学などで何かが優れている。日本人はそれをつきとめて学ぶとよい。

 

 子供はずっと自分が小さい。大人よりも小さい。が、大人になるにつれて、一つずつ学び、大きくなる。大きな人が悪いわけではない。小さいほうが無能であり、欠点であり、幼稚であり、悪いのである。

 

 例外もある。それが正当なものでないなら、反撃する方法は考えよう。相手が明らかに優秀でない。が、威圧的に、横暴に、何かこちらを見下したように振る舞う。彼が大きな態度をとるのは、偏見に基づく。が、それは自分の力を見せることで、彼をしりぞけられる。相手も、自分より力が上とわかると、威圧的な態度はやめるだろう。

 

小学校や中学校、高校では1年の違いは大きいから、低学年はよく見下される。が、柔道や剣道、囲碁などは年齢は関係ない。見下された時は、実力を示す。相手に勝つしかない。よくある話だ。

 

 ここからは自分の話

 私はいろんな分野に足を踏み入れてきた。はじめは小さかった。囲碁は、2級から碁会所に行った。私は一番下のほうだった。しだいに上がって、大学入学頃は町の碁会所では頂点くらいになった。10年かかって、見上げられる立場、雲の上になった。

 

 霊能者としては、私はずっと下のほうだった。大学の頃には、直感の源がわかるくらいだった。町の霊能者や宗教家の霊能力は、つまらない能力でも、私よりは力があった。私が頭角を現したのは、2001年頃だ。それまで独学だった。霊の転送はできたのだ。が、無名だった。実力はそこそこあったが、いわば、業界では末席だった。

 2004年頃に、霊能者が襲ってきた。東京からわざわざ来ることを、東京駅を出発する事までを私は池田にいながら、感知しえた(今でもそう思っている)。こういうことがアカを通じて、メディアのほうにも知れ渡って、有名になった。私の透視、テレビ予知や事故予知はすごい、と。

 

 で、5-8年ほどで、有名チャネラーなどを超えた。この頃には、いろいろ霊能者とテレパシー交流はした。

やはり、能力ある人は、大きく見えるのだ。私のほうが正統だとは言う気にもならない。なぜなら、能力は部分的に優れていも、それが相手の強みになるからだ。その時は、相手に敬意を示さなくてはいけない。私が持たないものをもっているからだ。総合力は私が高い。が、透視では相手がよく見える。そういうことはよくあった。

 

 今では、私の右に出る人を数えるほうが難しいだろう。ここまでくるのに25年くらいかかった。

 

 今でも、私にない何か優れた霊能力をもつ人がいたら、尊敬はしないとしても、敬意は払う。その技、すごいと。この素直さが大事なのだ。相手がへなちょこの霊能者だとしても、たった一つよいものを相手がもっていて、それで私が不利になることが私にあるからだ。だから、その点では、その者は私より大きいのだ。私はそれが当然だと思っている。

 

 今は、社会思想で、這い上がろうと頑張っている。『電波犯罪と超科学』。まだまだこの業界(右派)で私は新米なのだ。表現力もやっと人前に出せるほどになったくらいだ。囲碁の弱い初段くらだ。

 

自前の『理論』も完成させてない。私の主張もまだ完成されてない。本もだしていない。この業界の友人も出来てない(とはいえ、困った事態に陥ったら、私のブログの実績と熱意と、私の隠されたる力を使い、その手の人たちと親しくなるのはわけないことだ)。まだまだ、この業界では上がいる。

 

 組織運動をするものたち。多くの本を書いた売れっ子作家。政治家。著名な社会評論家。彼らは、私にはまぶしく見える。

 

 私には芸能人もそう見えるのだ。

 

 彼らは大きいなりのものをもっている。態度が大きい(正確には大きく見える)のすら、正しい根拠があるのだ。横柄に振る舞うとか、横暴とかそういうことで、大きく見せようとしているのではない。彼らの大きさは、実力にもとづく。

 

 彼らに頭を垂れろと強制するのは、愚かである。なにしろ、彼らが大きくはない。こちらが小さいからだ。何も小さい人物に、わざわざ合わせる道理はない。彼らの才能がなくなってしまう。

 

 

彼らの『大きさ』をムリに小さくする試みは、成功しないだろう。そんなことをしても、社会的に得にもならないだろう。道徳的でもないだろう。彼らを無理やり小さくして、『卑屈』、『卑下』させるのはよくない。

 

 共産主義者は、経営者や資本家、知識人が大きな顔をして目障りだから、粛清した。強制収容所に送った。しかし、そのせいで、経営、伝統的な技術、知識がなくなってしまい、その社会は荒廃した。文革、カンボジアの強制労働後の惨状。何もかも失った。

 

 大きい人間は、残さなくてはいけない。それが社会の様々な技能や知識、文化、社会の水準を守ることなのだ。無理やり下に合わせることはない。そういうことは、組織トップの者はしないように、戒めなくてはいけない。会社で、才能のために発言力がある者が、目障りだからと追い出してしまうと、人材がいなくなってしまう。彼らを僻地においやるのもよくない。彼らを相応に扱い、活用することが、大事なのだ。

 

 大きくみえるものには、理由がある。それをムリに小さくするのは、不自然である。そのままでよいのだ。大きくみえるようにするのが自然である。せっかくの才能を隠すように強制するのは、愚かなことである。

 

 今日は、そういう反論である。

 

 

2016年10月18日

 

交信

2.5億年後の我々。

 

中心宇宙 2万年以内の惑星

 この惑星の神の雰囲気を味わう。それから、3代に聞く。彼は、規則を書き、教会を建て、弟子を育てた。この惑星は、燃やして暗殺するというのが流行る。3-4つの国があり、戦争が行われていると、暴徒も派手である。

 

中華惑星 67万年進む文明

 この惑星の1年の長さは地球の1.2倍だ。一日は23時間という。

 今日話したのは、物知り猫の子だ。爺さんだ。

 彼の一日をきいた。朝起きて、食べて、身だしなみを整えて、彼はそれに結構時間をかける。迎えの車に乗り、部下か同僚と共に、その日の出来事などを読みつつ、出社する。

 

 彼が到着すると、うやうやしく出迎える人たち。通りすがりの挨拶をする人々。ビルに入り、廊下を抜けて、エレベーターに乗る。何階かにあがり、おりる。廊下を歩いて、自室に入る。そこで、レポートを読む。知らないことは、尋ねて、調べる。

 昼飯を食べる。午後は、指示を人にだしつつ、仕事をする。

 終わると、学校で、工学の何かを作る勉強をする。その次は、絵画のようなものを描く。これは趣味だという。

 家に帰り、家族や友人と共に過ごす。夕食を食べる。寝る。

 

 そんな一日だった。何の変哲もない。いちおう彼は、惑星の大物ではある。 

 

 

2016年10月17日

 

地震予知

 11月初旬と思っていたら、今日、新しいサインが出まくり。それが、震災関連なのだ。富士山と遊園地。富士山だぞ。ここ1ヶ月みかけなかった富士山だ。これが、事実なら、11月初旬説がぶっとぶ。

 

 大慌てで送る予知の書き変えだ。その前に、確認せねば。本当に、後半なのかを。

 

 確認はできた。ほぼあっていた。11月前半ではない。では、修正。

 

 

2016年10月17日

 

交信

2.4億年後の我々。

 

中心宇宙 新しい星 数万年以内と思う。

2代は、道徳が少々できる者。彼の時代では、大陸が3つはあり、国が3つに分かれ、戦争もしていた。戦争する惑星は、はじめてだ。

 彼は法を現し、教会を建て、弟子を育てた。

 

中華惑星 東より北に30-40度、水平より下に15-20度の方角にある

 文明は60万年ほど進むはず。

 

そこの水色の猫の子と話す。三大祭をきいた。一つは建国祭。2つは、神の生誕祭。惑星出身なので、生まれた日がわかっている。3は新年のお祝い。

 建国祭というのは驚きだ。神法よりも、建国のほうが大事とは。

 

春夏秋冬の行事をきいた。春は、新しい男女の出会いがある。夏は、水泳大会みたいなのがある?。 秋はスポーツをする。長い冬に芸術をする。

 

2016年10月15日

 

忙しくなったつもりで、ペースをあげている。が、私の毎日は、暇だらけ。暇なのに、暇と意識しない生活が続いた。そのくせ、私の日程は埋まっていて、何かと忙しい。

 

このところ、おかしな変化が一つある。一つは、性的ものへの感覚が今までと変わってきたことだ。知識が増えて、身につけつつある。そろそろ解禁。女性といい出会いでもあるのだろうか。

 

もう一つは、京都市の女性で新たな発見があったことだ。また今まで私と縁とゆかりもないと思っていた女性を、受け入れられるような気になっていることだ。

 

女性に対する見方の変化がある。もう一つは、特定地域人への見方。それはまた今度。

 

2016年10月15日

 

交信

2.3億年後の我々。細かく研究しない。

 

中華惑星 60-65万年後あたり

方角不定。

三毛猫の子が現れる。ここはおそらく猫の惑星。

三大観光地は、1.3万b火山、1.1万b火山、火山の崖。

彼らは、シリアの戦争、電波犯罪の撲滅。私の被害を止めることなどに関心をもっていた。

 

中心惑星 210度。5000年ほどの文明

 

サイズは地球の1.2-1.3倍。衛星は小さい。文化開発度は55%ほど。地球のような時代に、彼らが地球にない物を作った。一つは、超巨大ビル。社会主義的な統一国家だったからだという。次に、地下都市街。平原ばかりの惑星では、防衛のために地下に潜りたくなる。地球は山があるから、地下に潜らない。大きな緑の公園。20kmものものが、作られたという。スケールが大きい惑星である。

 惑星王と地球の交信はない。彼らの神は、オーラ圏が5-7mで、黄色い赤だ。実力は、黒い段階で、文学ができる。特徴は、絵画や彫刻、建築が高い。工学は弱く、理論が強い。ここは私に似る。などだ。

 

 私と似ていると思ったが、そう親しくはならないらしい。

 

2016年10月13日

 

震災は11月説が強くなってきた。どうしよう。とりあえず、10/21説は残しておいて、それが外れたら、11月初旬説ということにしよう。

 

 

2016年10月13日

 

交信

2.2億年後の我々。5代めも追加した。なお代理は含めない。なぜなら、私の周りにいる知性的な霊達は彼らに興味がないからだ。

 

中華惑星 53年進む文明

 オリオンが東の空に上る時、東より北に30-40度、水平より上に20-30度の方角にある。

 

神の子だった。ここの神は惑星出身の50-80代めで、アールの子。神はアール系列なのだ。

統治してから、1.3-1.4万年。特徴は、運動神経が高い、絵画や彫刻に優れ、工学的。自慢は、女性の心が美しく、能がある。絵画などの芸術が盛ん。音楽は除く。運動能力が誰も高い。

 

そんなことをきいた。彼は元預言者という。なるほどなるほど。

 

中心星 5000年進む文明

 方角、中心銀河系で、地球の方角とは反対。地球方向からは、210度ほど逆にある。

 この惑星は、神(指導者)が、空と黄色のあたりの階層で、心理学系なのだ。それで、私とよく話が合う。

 

2016年10月13日

 

京都市の人の謎

 私は京都市南東部と相性がよいと思っていた。私は枚方育ちで、近いから。で、京都市北部の人は、あまりあわないと思っていたが、そうではないようだ。京都市南西部は、どうだろう。私とは違った立ち位置となる。

 

京都市北部は、今は、使えるらしい。私はあの地域から遠い文化にいるから。今は、私の核心地域、京都市南部、その周辺部の文化になじみやすいのだろう。

 

 ともかく、その地域の力で、私の社会性が解放される。それを使って、新しい景色を見てみよう。

 

 

2016年10月13日

 

映画の予告

 日常生活をつまらなく描いて、何が楽しいかと思う。日本のドラマも退屈だ。精神的なものが何も感じられない。

 同じ日常でも、豊かに描いてくれたら、なんとかもつのに。ドラマチックなほうが、よいのだけど。

 

 サラリーマン、ビジネスマンのスタイルのほうが、大きな人間に見える。そんな人達もいるらしい。確かに、彼ら(ビジネスマン)は、一定の範囲で、専門的に話す。それが大きく見えるのだろう。

 

 ただ精神性というのは、ビジネスの用語をうまく話せるかどうかではないのだ。

 

ビジネスの合間にあるもの。人と人とのつきあいで、会社の人間として振る舞う時に現れるものではない。本音の付き合いの時に出る人間性なのだ。

 

 ビジネスでも、ある分野の社交性は高められる。対人の表現力も身につく。説得や会話の才も長ける。忍耐力もつくし、組織力も身につける。だが、そういう周辺部の才能を高めても、内面が幼いままでは。

 

 最近は、そういうことで、会社での振る舞いが、立派なのに較べて、家庭での態度、会社や仕事以外の人づきあいのできないのが増えてる。これは、ビジネスの現場の才能と、個人の日常生活の才能のギャップからくるものだ。

 

 会社人間というのは、そういう社会的な才能だけを高めた人間である。会社に長く努めると、一定の力量には達する。が、人間としての才能は、人により上がったり、ほとんど上がらなかったりするのがいる。で、人間性が上がらないのは、少数ながらいる。そういうのが、家庭に戻り、何もできない人間となる。

 

ビジネスマンとしての才能に、比例して、精神性をあげるべきだろう。それが達成できた者だけが、大物になれる。

 

精神だけを高めた者は、社会的な能力が低いために、社会では活躍できない。

 

2016年10月13日

 

神の探求

 初期惑星は文明が4万年をすぎると、指導星から離れて、自らの惑星で育った才能が、統治する。これが本当の独立だ。神も惑星出身者である。その神は、1.5-1.7万年ずつ統治する。そして交代する。

 

 初期惑星の神になる霊達を研究する。

 

 最初に現れたのは、黄色い感じの者。現在、9次元。神にまだなってない。神の仕事も終えてない。彼はしっかりと育てられていた。才能を比較してみた。彼は、絵画や彫刻、建築などの芸術に優れていた。彼は、工学的な才能に卓越していた。そんなことがわかった。

 

まずは、わかりやすいのから。

 

神には通常、優秀な預言者が死後、数万年の時を経てなる。生まれた時から、そういう教育を受け、その才能は養われる。並みの預言者よりもしっかりと育てられる。そのポイントを確認する。それが、今回の研究の目的である。

 

 

2016年10月13日

 

交信

 2.1億年後の我々。

 

中華惑星 52万年進んだ文明

 黄白の猫の子。彼は預言者、つまり王だ。

 

 彼の惑星の課題は、脳神経で、空間認識で、ルネサンス期の論理知性だ。彼の三大業績は、噴火処置。回収した火山灰は海中に投棄するという。次に、内的次元で見えるものは、霊や神ではなく、瞑想上のノイズという。曼荼羅のような。この迷信を解く。3つめは、海中のいそぎんちゃくの毒を無毒化する処置を行うかどうからしい。

 

未来では、蚊は絶滅する。もしくは、人間の血を吸わない蚊に遺伝子操作される。これは、今回の交信とは関係ない。が、いくつかの有害な動植物は、人間によって淘汰される。病原中を撲滅するように。

 

中心惑星は、中心銀河を240度ほど回転した位置にある惑星。人類より5000年ほど進む。

 

2代の守護は、なんと白猫のパパと同じようなところで、心理学好きなのだ。これは2代では初なので、楽しみだ。

 

2016年10月12日

 

精神の全体を表す枠組みを模索する。

 

生きる、がよいか。成長は、生きる時に起きること。

生きるの反対は、死である。それは成長が止まった状態というか、静止した状態だ。

 

愛ではない。愛は、基本、人間どうしの観点だ。尊敬も人間関係論。慈悲も同じ。というわけで、精神は自己内のものだ。が、これら徳目は、自分以外の他人への考え方となる。それは、自分自身の精神を示す精神論ではない。これらは精神の外縁部といえる。

 

外的なもの、人間関係論の精神--愛、尊敬、信じる、義、正義(社会正義)、怒り

 

内的な精神論のほうが、重要だ。

 

内的なもの--欲求、感覚、感情、理性、社会性(通信の表現)、言語、苦痛、快的さ、

 

状態を表すもの-- 正しい、間違い、正義、悪、能力、技能、理論、方法、目的・目標。

 

まずは精神をもつ者と持たない者との差は何か?

 石には精神がない。虫にはある。脳が反射機構だとする。その初歩的なのが虫だ。高度なのが人だ。

 

精神とは、単に、死にかけると苦痛を感じ、自らの行動を変えて、生きるように動くものだ。これは単細胞生物をモデルにした。

 

 空腹になると、苦痛だ。食べると苦痛はおさまる。さらに快適にもなる。

 

 苦痛とは、センサーの反応だ。暑いことを感じる感覚センサー。それが感じると、暑くなる。空腹も空腹感を感じ取るものがある。苦痛になると、それをなくさないと、どんどん苦痛が増す。それで、人は、小さな苦痛をなくすように動く。

 

 空腹になると食べる。喉が渇くと、水を飲む。暑すぎる時は涼しい所にゆく。寒すぎる時は、温かい服装になる。痛い時は、痛くないようにする。

 

 このように、苦痛という体が壊れるサインに反応して、体を動かす。そうして、生命活動が維持される。これらが、生きるということだ。

 

 生物は、生きることが第一なのだ。生きた物だから。生きてない物は、生物ではない。

 

 生きるという思想は、生物の理論だ。生物の防御反応。その体系ともいえる。この体系が精神なのだ。よりよく生きるシステム。高度に快適で、安定した生き方をする。その体系が精神である。

 

 生物に精神がある。生物でないものに、精神はない。

 

 精神論をこのように基礎から構築する。それが求められている。

 

 生きるために、まずは、苦痛を和らげるのは、防御反応だ。こちらは初期の生物に、絶対不可欠なものではない。なぜなら、苦痛など感じなくても、動く細胞は食べていると、生き残れるからだ。というわけで、最も基礎的な反応は、痛みを取り除くことではない。

 

 最も最初の反応は、食べ物をみつけて、食べることだ。植物は、食べ物の材料のあるところに、移動することが大切だ。食べ物の材料を吸収することが大事だ。

 

食べ物をほしがるのは、欲求だ。そして、それを探して、見つけ、体内に取り込むのだ。ミドリムシの行動をモデルに説明している。

 

食べ物のほうに、動く。それが大切だ。まずは、生物ごとに、食べ物が決まっている。欲求とは、ほしい物をもち、それを求めることだ。求めるとは、それを探して、取り込むことだ。

 

ミドリムシは、1,ほしい食べ物がある。それを2,探す。そして、3,食べ物をみつけられる。4,取り込む。

 探すのは、面倒で、ほしい食べ物が外界にあるか、どうかを区別することだ。

 

さて、これで、生物に必要な要素がみえてきた。欲求があること。

 

 欲求があるのは、それを食べないとエネルギーがなくなり、動けなくなる(死ぬ)からだ。

 

生物の要素は、1,欲求がある 2,探す機能がある。3,取り込む 4,体内で食べ物を吸収する

 

1は、精神的なものだ。2は運動だ。3は運動だ。4は体内の作用--消化だ。

 

欲求。

食べ物を探して、動き回る。食べ物かどうかを判断する機能は、選択するから、論理機構だ。理性とする。

食べ物を取り込む。これは運動だが。

消化は、これは人間も食べた後は、消化器官に任せているから考えない。食べてはいけないものなら、体調を崩す。あとは、体内でやってくれる。ここは、精神ではない。

 

ミドリムシにも、初歩的な欲求と理性があった。あとは運動だ。

 

苦痛が第一にあるわけではない。で、仏教は、苦痛の精神論だから、副(サブ)の理論となる。欲求の論のほうが、生物にとっては、本質的なものである。

  

 

2016年10月11日

 

今までよりも、女性の目をみられるようになった。何の効果かな。運命の人との出会いが近いのか。新しい友だちが現れるのか。はじめてのことなので、楽しみ。

 

2016年10月11日

 

滋賀県の武奈ヶ岳、登山から帰って来て、筋肉疲労が残る。最近、なぜこんなに後遺症が残るのに、登山するのか、よくわからない。私は人の行楽につきあっているのだけど。

 

交信

 中華惑星 40万年代の惑星

 東から南に30-40度。水平から上に10-20度の方角の惑星。

 

 そこの物知り猫の子と話す。この文明年令では、内的次元上昇。いわゆる、発達心理でも、精神次元でも、瞑想でもない。もう一つの精神次元向上。それを誰もがする惑星だ。

 

 彼らにとって、この次元向上は、ノルマだ。瞑想で、脳の上の段階を知ることと、似たような意味がある。精神次元は、上の波動は得られる。

 私の勘違いがいくつか正された。これは脳内に高次元のエネルギーを必要としないようだ。神経をつなげる。すると、瞑想と同じように、向上を始める。その後は、自動的に上がる。何か変なエネルギーは必要ない。

 

 頭の回転が早く鳴るのは、正しくはない。単に、老けた段階の課題を知るので、現在の年齢の課題よりも先に進んでいる。そういうより上からの視点を感じるのだ。頭の回転が速くなるのは、間違ってないかも。

 

 上の次元の感覚が得られるのは正しい。だが、上の次元とわざわざつなげるのは、変だ。脳内にそんな波動の拠点を、私は設置している。不自然だ。そういうのは取り外しておいたほうがよい、という。

 

 高い段階では、より上の次元の霊の影響を受ける。これは、彼らの説明ではよくわからなかった。

 

 中心惑星 数千年進んだ惑星

 宇宙中心にある銀河系。その惑星は、地球方向から反対側に銀河系を200度ほど回ったところにある。サイズは、地球の1.3倍。やや寒い惑星だ。文明の総合度は50数%。いくつかの種族がある。など様々に聞いた。惑星の特徴は、神からきて、絵画、建築、彫刻は進む。音楽はそうでない。工学的だという。そんなところで、私はこの惑星の王とはやがて面会することになった。イエスの子も予定されている。この2代は、特別の扱いを受ける。

 

2016年10月8日

 

私は宇宙人と語り、地球のことがさらによく見えるようになった。地球のごわごわした思想、理論、人間観。理論の洗練性が足りないことなど。

 

 全ては神の文明(3.6億年)にある。そんな文明の価値観が、地球に投影されている。そこが地球の狭量さの元なのだ。4億年の文明なら、もっと理知的になって、精神も大きくなっただろう。そうならないのが、時々に感じる猫の不満であり、私の自由の一つなのだ。

 

愛の理論は深化した。北斗の拳の幻影--愛はすべて--からは抜け出た。いまだ、それを語る日本人とも、もうすぐ完全に距離を置く。

 

次の目標は、ソホクレス。オイディプス王なのだ。彼の知見をつきめることだ。王たる心を知ることだ。

 

愛の話をしよう。

 

能力の伝達こそが、その愛の本質だ。上らか下に流れるものだ。すると、愛を最もなしとげるのは、学校の教師だ。愛情も精神論もないが、小学校の先生は、一年分の成長をもたらしてくれる。なんの教師、師匠でも同じだ。

 

ここから、最高の愛の実践者は、「教師」となる。キリストが西洋では、「教師」と呼ばれる所以だ。

 

しかし、教師こそが愛の限界なのだ。愛は、自分を愛することもあるけれども、他への愛のほうが高い。自分の能力を下の者達に、伝える。

 

 愛に専念すると、要は、自己の成長が弱くなる。下ばかり見ているから。で、私愛の反対の概念として、「尊敬」が必要となる。尊敬とは、自分より上をみることだ。その才能に心打たれ、認め、それを表すことだ。尊敬こそが、自己成長の原動力なのだ。

 

自己愛では、自分の足りないところを埋めることはできる。もちろん、自分の能力で、自分の欠落箇所を埋めるわけだ。これは、5級の碁打ちが、他人の5級の碁打ちに教えるようなものだ。自己愛は、自分が自分を教えるわけだから、伸びにくいのだ。

 

愛だけでみると、自己成長は、ゆっくりとしたものになる。そこで、それを早めるのが「尊敬」というものだ。他に、自分の能力の上のものをみつける。尊敬する。それを求める。好奇心は、似ているがやや違う。上というよりは、同等のものを外に探す感じだ。

 

 

尊敬した後に、行動する。それは何か? それこそが愛の対義語だ。受け取る、及び、学ぶだ。愛の概念では、「愛されること」。愛される才能なんてのは、響きがよくない。

 

 愛が「教える」なら、対義語は「学ぶ」だ。では、学ぶの愛に対応する概念は何だ? 喜びか? 成長か?

 

 尊敬は感じることだ。愛は行為だ。対義語ではなかった。尊敬の反対語は、「軽蔑」や「軽んじること」だ。が、それは間違いだ。能力が下の者への純粋な感情は、そういう蔑むものではなく、欠落感、いとしさ、子供らしさ、かわいそう、哀れ、などである。

 

 では、尊敬した後に、彼から能力を受け取るのは何か? やはり学ぶか。愛の反対語は、「学ぶ」でも外れてはいない。

 

 

 

 

 

2016年10月8日

 

退屈な日常で、他の世界を夢見て、愉しむ。池田ぐらし。

 

今日はアンドロメダの橙色のタンポポだった。明るく楽しく、ほんわかしている。

どうやって演出しているのだろうか。

 

地球の私の周辺の色は、黄色の活気。それが池田では、消えている。

 

池田には透明なバリアがあって、私の活動を遮る。

かつては思っていた。何だろうか。何だろうか。

 

私が共感する者は、ここにいないのだ。欠落者達の集まりだ。

犯罪をするために、私の周りにきて、私を見張る彼ら。

 何の人間味もない。彼らの心の中に、何もないことを知る。

 

透明なバリアは、生き物によって作られ、私と彼らの間に距離を作る。

彼らに関わる気がまったくないから、私は気にもとめなくなった。

 

欠落者のいない所に、同調者がいる。私の友人。これが、精巧に設計されているものだから、驚く。

 

私と似た体験を、彼らをしてきた。心、霊、神。少し違う角度で彼らは体験する。そんな過去をもつ。だから、どこか似る。気が合う。

 

欠落者ですら、私に何か奇異な面で心的優位になのだ。そのくせ、他のことはてんでダメ。だから、私に悪さだけはできると思い込む。その信念こそが作り物なのだ。

 

ダメな人間は粗雑に作り込む。私と友人でよい人物は、さらに精密に作られてる。大事に、大事に。

 

誰も私と合わない。これを檻と呼んでいた。管理者は誰か、だいたい見当はつく。

私を精神の達人にするための、私から人間関係を遠ざけ、人間の規則に関心をもたないようにするための仕掛けだ。

 

というわけで、今日は、愚痴。設計者たちへの。下手なんだな彼らは。

 

2016年10月8日

 

交信

 1.6億年後の我々

 

中華惑星 41万年後の惑星

 神の子 黄白猫の子

 彼の守護系列が神である。彼らの惑星に西暦はないが、その年数で言うと、西暦15000-20000年の間に生まれた預言者。その人物が天国に上り、40万年成長して、神の役割を担う。

 

 その特徴は、1,工学的なことだ。きれいな工場のような感じ。2, 精神的に寛容なことではなく、何か特徴があった。3,文学に優れた文化だという。

 

 自慢は、工学の発展があること、文学の名作があること、工業デザインがさえていることだ。

 

 よいことも聞いたが、何だったかな。

 

中心惑星

 宇宙の中心の銀河で、地球と反対側に100度回った方向にある惑星。地球より5000年ほど進む。3代の霊と話す。指導した惑星が3.8億年くらいで、その心意気がいつもよりはよくわかった。

 

 指導する惑星が、3.65億年の地球。精神文化が似るのは、同じように若い星の指導があるところだ。それで、別に、そういう惑星(中心宇宙の銀河系が反対側にある)とも交信すると、確かに人物観や社会観が非常に似て、わかりやすかった。共感しえるのだ。次は、地球側にあるそんな惑星も調べてみる。

 

 

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