投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. アルベア論(773)
  2. ひらがなプロジェクト(176)
  3. 正義のあかし(45)
  4. 掲示板の注意事項(1)
  5. 虚構の大石寺疑惑(0)
  6. 2015年安保法制(977)
  7. アラシ行為記録(21)
スレッド一覧(全7)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


八尋みのる 様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月19日(水)20時43分38秒
  いま読みました、多大な激励ありがとうございます。
でもしくじる時もあるのでご容赦ください。
 

一本の釘 様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月19日(水)20時41分6秒
  えっ!そうなんですか!?それは知りませんでした!
昔手に入れたもので山友がかかわってるとは知りませんでした!
 

寝たきりおじさん様

 投稿者:一本の釘  投稿日:2016年10月19日(水)20時09分59秒
  これって、昔、山友が書いた「ある信者からの手紙」に似ていませんか?

「ある信者からの手紙」は嘘の手紙だったのですよね?
 

すみません、しくじったので削除しました

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月19日(水)19時31分57秒
編集済
  すみません、気をつけます。  

柳チャ~ン、自身のブログでナニ言おうが買ってなんだけど~

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月19日(水)19時31分0秒
  柳チャン、ブログ更新ご苦労様でした~。ナニが書いてあるか興味深々だったんだけど~(笑)

相変わらずの信平問題じゃ~ね~、期待を裏切っちゃいけないよ~(笑)

だってね柳チャン、アナタ10月17日のコラムでこう言ってるよね~

>私がなぜ「宿坊」板の批判に関わり彼らの中心を批判するようになったのかといえば、彼らの批判が前者のレベルにとどまるものではなく、明確に後者に及ぶ批判を行っていることが明らかと思われるからだ。客観的にみれば、それは「獅子身中」の者としての行動にしか映らない<
(10月17日のコラムから引用)

だからね~、柳チャンの言いたいのは「宿坊」板の批判でしょ?

「宿坊」板で信平問題をどう論じているか知ってるのかな~(笑)信平を擁護している論客はいませんよ~(笑)

「宿坊」板が擁護していない信平問題をさも調査したかのごとく乱筆しても、何も変わりましぇ~ん(笑)

クライアントも納得しませんよ~、「妙法のジャーナリスト」としてしっかり論じましょう(笑)

 

地道な活動こそ、大切なこと、

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年10月19日(水)19時28分42秒
  会う会わない、自由なことですね。地道な行動こそ大切だと思います。高校生くらいの境涯で感情的になる。文書に自分の境涯がにじみ出てしまう。読んでいて残念に思います。まずは、そのあたりから、克服しないといけないのではないでしょうか。


 

久しぶりやのぉ~

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2016年10月19日(水)19時23分16秒
  虎、久しぶりやんけ~。
どうしとってん?

元気け?

ワシ、ヤボ用が有って、11月3日から始まる
神戸学院大学の文化祭に行くんやけど、
何処ぞのブースで会おうか?(鬼笑)

忘れてるかもしれんけど、昔と一緒や。
例の如く、あの「ゴルゴ13」と同じ方法で連絡くれや!

その後は、虎の愛車、シャンペンゴールドのポルシェに乗って、新開地辺りでブイブイいわそか?

Ciao!
 

うーこ様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月19日(水)19時04分30秒
  三千大千世界に先生がふれられてるスピーチが
ありましたので紹介させていただきます。



2003年12月28日 一部抜粋

■宇宙大の福運が

 一、弘安2年(1279年)の年の瀬。
正月を祝う真心の品々をお届けした窪尼御前
(くぼのあまごぜん)に対して、日蓮大聖人は、
こう仰せであられる。

「あなたが、これまで法華経に供養してこられた尊い御志
(おこころざし)は、さきざき御礼を書き尽くして、
筆も尽き、指も動かないほどです。

三千大千世界に七日間降る雨の数は、数え尽くすことが
できるかもしれない。また、十方世界の大地の微塵(みじん)
の数を知る人もいるかもしれない。しかし、法華経の
一字を供養した功徳を知ることは難しいと、仏は説かれています」
(御書1483ページ、通解)

大聖人の御言葉には、絶対に嘘がない。 この悪世末法にあって、
一閻浮提の広宣流布に尽くし、仏意仏勅(ぶついぶっちょく)の
創価学会を守っておられる皆さま方は、わが永遠の生命に、
宇宙大の大福運を積まれているのだ。
 

(無題)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月19日(水)18時28分46秒
  人それぞれで、自分が残業無しでのんびり出来るから、アイテ~アイテ~と言わない事。現場組織抱えていたら、そんな妄想やら無駄作業はしませんよ!  

小作人様

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月19日(水)18時06分56秒
  お返事ありがとうございます。
おかげさまで体は丈夫でしてここ3年くらい幹部に吠えてから、
仕事は絶好調でして、バカなのか風邪もひきません。
信心一人前、仕事も三人前くらいはさせていただいております。
もちろん従業員は一切残業禁止になっておりますの、ブラック企業ではありませんので、
ご心配なさらないでください。

『言うこと聞かへんで抗弁する社員さんに「闘争圏外!」って怒鳴ってません?
  どっかのボクシングジムみたく入信強制とかしてません? ほんまに大丈夫ですか?
  ラインで無視されてるってそういうことに原因があるのと違いますかね?』
すみません言っている意味がさっぱりわかりません。

『21世紀の御みやづかい』はすみませんが読むつもりもございませんし、
そんなところで一方的に指導にと言われても???

とにかくお身体をお大事にしてください。
では、また。
 

法華経の智慧如来寿量品第十六なぜ仏教はインドで滅びたか、釈尊滅後――何を師として生きるか

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年10月19日(水)17時26分34秒
  なぜ仏教はインドで滅びたか
池田 大切なテーマです。じつは「法華経」と「寿量品」の肝心要も師弟不二にある。それについては、少しずつ論じることにして、思い出すのは、インドのネルー初代首相の仏教論です。
「なぜ仏教がインドで滅びてしまったのか」。これをアンドレ・マルロー氏(フランスの文学者)との対話で語ったという。
マルロー氏とは私も対談集(『人間革命と人間の条件』。本全集第4巻収録)を出しましたが、″常に問い続ける″あの眼光が忘れられない。全身から巨大な″問い″を発散しているような迫力でした。求道者だった。また仏教に強い関心をもっておられた。ヨーロッパに将来、仏教を基盤とする新しい文明が生まれる可能性も否定できないと言っておられた。
氏とネルー首相との対話については、ドイッでスピーチしたこともある。(本全集第84巻収録)
ネルー首相によれば、「そもそも仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという事実にもとづいていた。人類の生んだ最も深遠なる思想のひとつ、剛毅な精神、このうえなく崇高な惻隠(=慈愛)の情。さらには、神々にたいしてまっこうからこれと向きあった告訴者の態度」(アンドレ・マルロー『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)と。

須田 神々に対する態度という点で言えば、その時のスピーチにもありますが、日蓮大聖人が八幡大菩薩を強い調子で叱ったり、諌暁された姿にも端的に示されていると思います。

池田 そういうすばらしい「仏の人格」が人々の心をとらえた。しかし、釈尊の死後、「仏陀の神格化が行なわれたとたん、仏陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」(同前)──これがネルー首相の洞察であった。

斉藤 たしかにインドでは今、仏教は極めて少数の人しか信仰していません。釈尊も尊敬はされていますが、あくまでヒンドゥー教の「神々のひとり」と位置づけての尊敬のようです。問題は、釈尊を神格化したとたん、釈尊が示した「人間としての道」が消えてしまったということです。

池田 そう。仏教は本来、「人生をどう生きるか」を教えている。人生の正しい「道」を歩まんとする人がいて、師を求め、師がその心に応じて、師弟の関係が生まれる。ところが、仏が人間ではなく″神様″になってしまったら、「師弟の道」は成り立たない。

須田 自分も師匠と同じ道を行けば、師匠と同じ境涯になれる──というのが「師弟の道」の前提です。師匠が″神様″になってしまったら、「自分たちも同じ道を行こう」というエネルギーはなくなりますね。

斉藤 小乗仏教においても、しだいに釈尊を神格化し、自分たちは声聞としての悟り(阿羅漢果)を得られればいいとしました。大乗仏教(法華経以外の権大乗教)においては、釈尊以外の阿弥陀仏とか大日如来とか毘盧遮那仏とかの諸仏が説かれます。
しかし、これらは現実の人間とはかけ離れた存在であり、その「救済」にあずかろうとする面が強く、師匠と仰ぐ存在ではありません。
どちらにも「師弟の道」がなくなっています。

池田 「人間・釈尊」を忘れた時、仏教は「人間の生き方」から離れてしまった。「師弟の道」がなくなった。その結果は、仏教の堕落であり、権威化です。

遠藤 たしかに日顕宗を見ても、「人間の生き方」としての仏法など、皆無です。
自分たちの堕落をごまかす「権威」として、仏法を利用しているだけです。まさに″法滅″です。

斉藤 本来、日蓮大聖人が、そして釈尊が三障四魔と戦いながら、民衆の中へ中へと分け入って、正法を広宣流布された。その「同じ道」に続かなければ、仏法の生命は絶たれてしまう。「人間・釈尊でなくなったから仏教が滅びた」というネルー首相の慧眼は、さすがだと思います。

~中略~

釈尊滅後――何を師として生きるか
斉藤 それに対して、釈尊の滅後は、どうしても「法」が根本になります。ならざるを得ません。「法」それ自体を直接、師としていくしかない。

池田 そう。だから、釈尊滅後、仏弟子たちの修行は、この「永遠の法」即「永遠の仏陀」をどう感得するか──この一点に集中していくことになるのです。
釈尊亡き後、直弟子やその流れを汲む出家僧たちを中心として、いわゆる小乗仏教教団が形成されていく。おそらく当初は、釈尊の遺した教えに基づいて、自己を厳しく律する修行が真剣に続けられていったことでしょう。しかし、時とともにその精神は次第に失れれていった。釈尊の悟った「法」即「仏」を自己の内に見るという本義を離れて、釈尊一人を、自分たちとは違う存在と見なす傾向が生み出されていったのではなかろうか。
人間・釈尊が悟った「永遠の法」即「永遠の仏陀」をみずから体得するという戦いが、いつしか忘れさられていったのです。大ざっぱな言い方だが、本質は、そういうことになるのではないだろうか。

斉藤 現実に「仏」と触れ合うことができないために、時を経るにつれて、″偉大な仏″という観念だけが独り歩きをしてしまった。仏の悟りを得たのは釈尊一人であって、われわれは仏にはなれっこないのだ──と。

遠藤 目指す悟りは、声聞の最高の悟り(阿羅漢果)であり、仏の境涯にはとうてい、なれないとしたのですね。

須田 戒律も次第に煩瑣になっていきました。教団を維持するという要請から、僧侶たちが寺院を神秘化したり、聖職者を権威づける教えをあえて説いたという事実も指摘されています(宇井伯壽「僧伽」、『岩波講座 倫理学』4所収、岩波書店、参照)。こうしたことが相まって、ますます衆生には到達できない高みへと仏を祭り上げてしまったわけですね。

″仏の神格化″が″仏教の非人間化″に
池田 それでも、釈尊の直弟子がいた間はまだよかった。釈尊滅後の百年前後に仏典の結集が行われたといわれているが、このころには、すでに釈尊の神格化は相当、進んでいたのではないだろうか。結集には、いよいよ遠ざかる「人間・釈尊」の記憶をたぐり寄せようという危機感が、背景のひとつにあったかもしれない。

斉藤 漢訳経典で「世尊」と訳されているのは、サンスクリット語(古代インドの文章語)の「バガヴァット」ですが、もともとは弟子が師に対して「先生」と呼びかける言葉だったそうです。ところが、釈尊は次第に神格化されるにつれて、「超神」とか「神々の神」とまで呼ばれるようになります。

須田 それが、大乗仏教になると、民衆を救う「救済者」としての人格的な仏が強調されていきます。

遠藤 ただし、先ほども指摘があったように、その仏とは、釈尊を離れた別の仏です。阿弥陀如来とか、毘盧遮那仏とか、大日如来とか……。ただ、いずれも、慈悲深い人格的な仏であり、しかも永遠に民衆を救済し続ける絶対者として説かれています。

池田 それらは、与えて言えば、釈尊が師とした「永遠の法」即「永遠の仏陀」に迫ろうとした結果と言えるでしょう。その限りでは、「久遠の本仏」の仏身を部分的に表現していると見ることもできる。

須田 法身・報身・応身の三身論で言えば、たとえば、大日如来は「法身」、阿弥陀如来は「報身」にあたるとされます。別の説もありますが──。
これに対して、寿量品の「久遠の釈尊」は無作三身の仏ですから、他の諸仏は、部分観になります。

斉藤 大聖人が、爾前の経経について「皆己心の法を片端片端説きて候なり」と位置づけられていますが、これは仏身についてもあてはまるかもしれません。三身については、また改めて論じていただきたいと思います。

遠藤 「色相荘厳の仏」といいますが、理想化された仏ばかりが説かれるようになってしまったのですね。

池田 一面では、これらは仏を渇仰してやまない人々の信仰心の現れであり、それに応えたものでしょう。日寛上人も「世情に随順して色相を荘厳し」(文段集五二八ページ)と述べられています。

須田 問題は、この大乗仏教運動によって、仏教の源である釈尊をかえって軽んじる結果に陥ってしまったことではないでしょうか。代わりに、他の架空の仏を″神″のように崇めてしまつた……。それは結局、民衆自身の内なる「法」即「仏」を開く道を閉ざすことになったわけです。

遠藤 しかも、こうした仏が説かれると、どうしても民衆自身の内発的な力を重視する方向よりも、「仏の慈悲にすがって救われよう」という心理を助長させます。日本の阿弥陀信仰の「他力本願」はその典型ですね。

池田 要するに、小乗も大乗も、釈尊が言い遺した「法と自己をよりどころとせよ」という心と正反対になってしまった。
あえて類型化していえば、小乗教では、「法」を求めるという側面は強調したが、「仏」をいたずらに凡夫から引き離してしまった。
大乗教では、「仏」と人間のかかわりを復興させようと努めたが、民衆自身が「法」を体得するところまでは開かれなかった。どちらも十分ではなかった。そこに、寿量品の「発迹顕本」の意義がある。

遠藤 仏教のみならず、宗教には人間をしばしばドグマや権威に隷属させようとする宿命的な傾向がありますね。

池田 そうだね。宗教の″非人間化″や″現実からの遊離″に抵抗して、原点たる「人間」へと打ち戻し、また打ち戻し続けていくのが法華経の精神です。

須田 「如説修行抄」の「権実二教のいくさを起し」、「今に至るまで軍やむ事なし」との御聖訓を思い起こします。不断の精神闘争のなかにのみ、仏法の正統があるのですね。

斉藤 大聖人は、常に「釈尊に帰れ!」と叫ばれました。大日如来を崇める真言宗に対しても、「大日如来は、どのような人を父母として、どのような国に出現して大日経をお説きになったのか」(御書一三五五ページ、趣意)と破折されています。

遠藤 現実に生きていた「人間・釈尊」をないがしろにして、父母もわからない「架空の仏」をありがたがる本末転倒ぶりを喝破された。「釈尊に帰れ!」とは「人間に帰れ」ということだったのですね。

須田 徹底して、「仏教を人間化する」戦いであられた──。

池田 それほど、宗教というものは、人間を離れよう、離れようとする傾向がある。そうなると宗教は、一種の権力になってしまう。

須田 本当に怖いことですね。

斉藤 その要因はいろいろ考えられると思いますが、一つは聖職者の堕落、一つは教団組織の硬直化、一つは信仰心の惰性──が挙げられるのではないでしょうか。それらが重なり合って、宗教が民衆からかけ離れて、権威主義化してしまう。

須田 日顕宗などは、その全部が積もり積もった典型ですね。放蕩法主を日蓮大聖人と一体不二だなどと言っているのですから、「人間の生き方」など、まったく問題にされていません。




 

あのさ、虎さん

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年10月19日(水)17時14分47秒
  ・何の言われがあって私が「指導」せなあかんの?

・11月は中旬ぐらいまで母校を含めて大学祭の応援で忙しい。
 (仕事の都合がついて、体調が良ければの話)

・「皆で行く」って、、、いつも徒党を組んで動いてんの?
 なんか怖いな((゚Д゚ll)) 遠慮しますわ(笑)
 貴方が「革命家気取り」と評した元職3人さんとやってること変わらんやん。
 自分ちゃんと仕事してるとか、そんなん部外者から見たら関係ないで。
 民間人の住居を無断撮影してサイトに載せる自称「妙法のジャーナリスト」並みでっせ。。

ーー会社経営してて忙しい(*´ο`*)=3言うてはらへんかった??
  そんなあっちこっち行ってる暇ありますのん? 決算期とかやないの?
  従業員さんの生活大丈夫ですか?
  言うこと聞かへんで抗弁する社員さんに「闘争圏外!」って怒鳴ってません?
  どっかのボクシングジムみたく入信強制とかしてません? ほんまに大丈夫ですか?
  ラインで無視されてるってそういうことに原因があるのと違いますかね?

ーー『21世紀の御みやづかい』、、、全体の1割ぐらいは虎さんが対告衆のつもりで書いてるんです。
  あと1割はここを「貧乏人の憂さ晴らし」て言うてた某人さん、
  残り8割は全国全世界の青年部・学生部・未来部に宛てて。。
  そやからよかったらお仲間ともども眼を通しといてください。これを以って「指導」に換えさせて頂きます。

今日もね第4回、晩に書くつもりが、昨日今日変な天候で、熱出てきて喉も無茶痛い。
さっき早退で帰宅して医者行く気力もないんで今から寝ます。
しばらく養生するけど月末までには投稿します。

活動停止処分の人、昔から個人的に何人かバックアップしてきた。詳細は教えられへん。
まずは他人に頼らず貴方自身の境涯革命した姿で名もなき庶民に一人また一人と親身になって関わってください。
 

そもそも

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月19日(水)16時41分35秒
編集済
  がインターネットの世界
この掲示板に参加している方と会いたいw

なんて考えたり思ったりが全くないww
だから、個別に呼びかけられて
会いませんか?

なんて、気持ちが悪い
ただ、気持ちが悪いだけに
嫌悪感がわきたつのだ

お互い理解しあえばいい
それは確かにそうだ

だからと言って会いたいという思いは
こちらは全くないのだww

善の連帯?
会わなくても出来るでしょう

会わなければ善の連帯が出来ないなら
池田先生に直接会えてない方は連帯できなかったのだろうか?

会うかどうかは
個人の自由
それを意見した人に会いませんか?
ってストカーみたいで余計気持ちが悪い

個人として会ってみたいという意見表明で充分のはず
虎氏に反発が多いのは彼の書き込みが幼稚だからだ

私は現場でやるべきことが沢山ある
先日も密かにとなりの副本部長と
地域の問題について意見交換した
現場の問題の多くは池田先生の指導と違う実態だ
それをどのように変えて
上の幹部に意見具申するかだ
問題意識がある現場幹部は悩んでいる
彼らの言葉に耳を傾け対話するのが
自分が出来る一番の道だと信じている
 

その節はどうも

 投稿者:谷川ひろし  投稿日:2016年10月19日(水)16時05分44秒
  >京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月19日(水)14時44分45秒
>私は一人一人とお会いして目を合わせながら切磋琢磨しながら進んでいきたいです。


その節は御馳走になり有難うございました
まぁ~ むずかしい問題ですな !
ちなみに「谷川ひろし」はその筋からは狙われていますので
そうそう簡単には会いません

しかし、セキュリティが厳重な人には会います
というのは、まだ学会内部でやることがあるので今はまだ身元特定されるのがマズいのです

お察しください
 

こんにちは !

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年10月19日(水)15時36分5秒
  ■ネットで知り合った人同士が対面して信頼関係を深めましょうという意見。

■別に会う必要がないという意見。

■実際会ってネットで公開する人、公開したくない人・・・・。

もう少し、投稿者の皆さんがそれぞれの意見を認め合ったらどうでしょうか。

会いたいという人がいる
ネット内だけで充分という人がいる
今は危険だから会う必要はないという人もいる

それぞれが、それぞれに思うがままに行動すればいいのではないでしょうか。

別にどちらの意見も間違っていないと思いますよ。

それなのに、なぜ そんなに言い争うのですか ?  それがわかりません。

お互いに認め合えばいいではないですか。

きっかけはネットかもしれませんけど、会って信頼関係を結ぶことがそんなにいけない事ですか ?
実際に対面しなければ、ネットだけでは信頼関係は築けませんか ?

グリグリからすれば、どちらでも良いことです。特にこだわりはありません。

もっとおおらかに意見交換したらいかがでしょう。

ちなみにグリグリは個人的な伝手で過去に
「どうしても会ってグリグリさんの意見が聞きたい」と言われて会ったことがあります。

もちろん宿坊を閲覧している方でした。しかし、会わなかった人もいます。笑

その時のその人の状況と、グリグリ自身の判断と状況次第でした。
 

小作人様

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月19日(水)15時31分38秒
  『森井某とか中村某とか名前だけ並べて罵倒だけして、読んでる側が「はぁ?誰それ?」と困惑することが
なくなったのは評価してるけれどもね。。』

貴重なお時間の中、評価していただきごありがとうございます。
ところで、11月の上旬辺りに関西在住の活動停止処分の方とお会いする予定があるのですが、
神戸まで皆で行きますので、ご指導して頂けませんでしょうか。
よろしくお願い申し上げます。
 

師弟不二アーカイブより 【問答無用 対話なき処分】【40】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月19日(水)15時24分27秒
  陽光様の【問答無用 対話なき処分】のシリーズ40をお送りしています。

池田先生の指導と真逆の組織の実態が明らかですね!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「陽光殿、貴殿のSGI-USA会員権について
2015年10月19日付に活動停止処分の手紙をもって処分状態であった。
貴殿の会員復帰に関しては、貴殿が組織に対して噂をばら撒き、
否定的な根も葉もない批判を止める事にあった。


我々は貴殿が自己を良く鑑み、噂や半真半嘘的、風刺的言動等をすべて止めるものと期待していた。
然るに、そういう事実はなく、それどころか、貴殿はますます激しくこのような活動を続け、
インターネットで貴殿の正体を隠しハンドルネームを使い、
意図的に人を驚かせるような、衝撃的、かつ、スキャンダル的な内容の投稿をしたのである。


その内容等を投稿する前に、それらが真実でもないことも、
また、煽情的陳述かを立証する意図も貴殿は持ち合わせることはなかった。
この事から考えるに、貴殿がSGIについて軽んじた情報を拡散し続ける意図を持っている事は明白である。
組織情報を暴露し、本組織のSGI会員の心を混乱し、懐疑的にさせ、
および団結を乱す目的の為に貴殿は作り話を作ったものである。


それのみならず、貴殿は活動停止処分の手紙を日本語に翻訳し、
他の批判を増す目的で、それを投稿した。
従って、貴殿は容赦なく攻撃を続け混乱を招くもので、本組織に留まる理由がないのである。


SGI-USA会則の第11条によって、貴殿の会員権はここに終結した。
これは即刻有効とする。貴殿の名前はすべての会員リストより取り除かれる。
そして、貴殿は、いかなる場所にあってもSGI-USAの活動に参加できないものとする。敬具。
K●。SGI-USA東部方面懲罰委員会代表」



K●氏がどのようなバックグラウンドを持っているかは分からないが、
この文書を読んで、この文面は、多分SGI-USAの弁護士が作り上げたものであろう事は想像できる。
理由は、難しい言葉や形容詞をやたら並び立てて、今回の問題点を反らして私を悪者に作り上げている。


私は自分が体験した事実を投稿しているのみである。
それが、どのように解釈すればこのような文面になるのか理解できない。
最初から最後までSGI-USAの大幹部もローカル幹部も、誰しも私との対話は避けた。
というか、逃げ回っていたのである。


私の質問は教義の根本に関する事で、一仏法者として大事な質問をしたまでなのだ。
それが答えられない、また、答えたくないという理由で、私との対面・対話をことごとく避けた。
同時に、ローカル会員はあることない事を伝播し、私に対する批判・中傷を組織に流した。
これは組織としての常套手段なのであろう。


そして、追い打ちをかけるように6月2日に前理事長。
現理事長および副教学部長三人がローカル会員を会館に集め、私について批判したのである。
私のいないところで大いに吠えるのである。


対話をすればいろいろな意思疎通はできるが本人のいない所で、いない時に、吠えるのである。
卑怯と言えばこれほど卑怯な事はない。考えてみれば滑稽な話ではある。
池田先生の教えられた人間主義とはあまりにもかけ離れている幹部達の振る舞いである。

先生がこの事を聞かれたらさぞかし悲しまれるであろう。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=10055
 

人それぞれ。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月19日(水)14時44分45秒
  何を言われようが、私は一人一人とお会いして目を合わせながら切磋琢磨しながら進んでいきたいです。
今まさに、池田先生が居られる中で直にお会いして語り合っていきながら善の連帯を築き上げなければならないんではないんですか?

谷川ひろしさん、どうなんですかそこのところを教えてください。
 

つーことで西京区乃虎さん

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年10月19日(水)14時38分11秒
  貴方は京都、私は神戸、お互い置かれた場所で泣きなさい笑いなさい、いつの日にか花を咲かせましょう。
・・・なんだけど、SGI結成の時に先生おっしゃったように、自分が花を咲かせるんじゃなくて、
生涯、妙法の種・平和の種を蒔きつつ、青年部・未来部を育てて育て抜いて霊山へと旅立ちましょう。

本当にラインで無視されてるか否かは貴方の一念での捉え方次第。
日頃の言動、振る舞いをよくよく己自身に問い掛けたらどうですか? 祈りの中で。

   「長期的に見れば我々は全員死んでいる」(ケインズ)

だからこそ臨終只今の心で限りある生を各々全うしなきゃならん。
そして後を行く者、追い抜いて行く者のために、捨て石になる覚悟で今出来ることに全力を傾注すること。
誰も誉めてくれないどころか、見てくれてさえもいない。
でも三代の会長が皆通ってきた道がそこにある。
先生がいなくなっても未来に続く道をさらに切り開かなきゃならん。誰かに号令をかけられてではなくて。。

誰かと会って何か話す前に自分で片付けなきゃならんこと目の前に山ほどあるんじゃない?

森井某とか中村某とか名前だけ並べて罵倒だけして、読んでる側が「はぁ?誰それ?」と困惑することが
なくなったのは評価してるけれどもね。。

だいたいさあ、、、ここ加齢臭ただよってそうなジジババばっかで会っても面白くないんよね。
オフ会の類い、昔から嫌いやし・・・と、自分を棚に上げてまた敵を作りましたですww
 

小作人様

 投稿者:一本の釘  投稿日:2016年10月19日(水)14時22分20秒
  賛成です

会う必要は全くないと思います

聖教新聞が「文字で人を救う」ならば、宿板の文字も充分人を救えるはずです

聖教新聞が最近、何故つまらなくなっているのか?

抜苦与楽
破邪顕正
悪を滅し、善を生じる

苦を抜く
邪を破る
悪を滅す

こちらに触れていないからだと思います

大聖人の精神は民衆の側
安倍総理でさえ、「わずかの小島の主」と笑いとばす世界
「連立しているから」と精査することなく、無条件で「増田」を支持する

本来「正義」であるべき学会が黄色信号が灯っているように見える
だから、聖教に感動出来なくなっている






 

師弟不二アーカイブより 【河内の意見です。②】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月19日(水)14時18分9秒
  私たちは「正統か異端か」で話し合っているのではないッ !

どうすれば、池田先生の指導通りに広宣流布を目指す創価学会に戻すことができるか。

みんなが仲良く、楽しく学会活動をし、自身の宿命転換をしていけるか

ここに、皆さんの英知を結集して取り組んでいきましょう、という主旨が、まず第一義。

その上で、まず必要なことは

①情報の共有 (宿坊の板は情報ベースキャンプ)

②悪を暴いていく作業 (どんどん発信してください)

③それぞれが自分の考えを表明していく (落ち着いて なるべく冷静に)

④そして、それらの意見を自分なりに思索の材料とする

⑤自分の持ち場で、どう自身の戦いに転じていくかを考え実行する

⑥議論に議論を重ねていく(反論・激論もOK。まず思っていることをドンドン話す)

⑦宿坊の掲示板 閲覧者の拡大

等々、いろいろありますが まずはこういうことではないかと思います。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=8723
 

はて?「投稿だけ」かな?ここの人たち。。

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年10月19日(水)13時49分13秒
  多少の波はあるけど、ここ最近は特に自己紹介を兼ねて十人十色、
今いる場所での戦いを報告されている方、またこれから着手しよう
との決意を述べてらっしゃる人が増えているように思えたが、、、
小生の勘違いかなぁ~?
いずれにしても聞き捨てならんねェ。。。

ジョーカーさんが以前おっしゃってたように、敵にすべて手の内を
見せるわけにはいかんから、事細かに書く必要がないだけで、
ここの人たちの多くが、深く静かに今自分の出来ることを黙々と
試行錯誤を繰り返しながら取り組んでいるのは間違いないでしょ。
で、そこからまたヒントを得て続々と多種多様な戦い方が広がって
いってると思うよ。世襲のボンクラ揃いの信濃町官僚と係累どもが
よう把握しとらんだけで。
どなたか教えて下さったビマさんのように「便りのないのは良い便り」で
たゆむ心なく“タコ焼き戦法”で現場の一人また一人の生命を変えていってる
素晴らしき闘士も巣立っていってるじゃないですか?

大切なのは「持続する志」でしょ?
ネット弁慶、、、だなんて、そう思ってる人がそうちゃうの??

  ~~~~~~~~~~~~~~~
  我々の間にはチームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。
  有るとすれば、スタンドプレーから生じる、チームワークだけだ。
                           (荒巻大輔)
                 ~~~~~~~~~~~~~~~~

場所も置かれている状況も戦い方もそれぞれ違うのに、
ネットつながりで今の時点で会って何話すって言うの?
 

八尋様

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月19日(水)13時17分48秒
  めんどくさい親父ぼっちゃまは私のことでしょうか。
もし、私に言って頂けてるのなら嬉しいお言葉ありがとうございます。
また、お返事ありがとうございます。
こちらから出向きますのでお会いできませんか?
直接お会いしてお話がしたいです。
よろしければ、ハタチさん、金原さん(電話のみ)、グリグリさん、京都乃鬼(現在会えませんが)
河内平野さん、男子部たけしさん、京都乃銀鬼さんとお会いしたこともあるので、
皆様でお会いしませんか?
 

ひかりさま、ロマンさまに同意します\(^o^)/

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月19日(水)13時04分18秒
  この板を閲覧しているメンバーは、投稿されている者の数倍います。何倍かは私は分かりませんが、様々な投稿で私のところにダイレクトに連絡を頂いたり、会って話もしています。これは、ロマンさま同様に私の現場組織であり、私が仕事の合間を見つけて会うのは、相手が悩んだり、困っている時です。

ネット弁慶でもありません。学会活動の一部であって、私は頭の中を整理立てて論を展開するために、この板に投稿しています。

昨年か、数年前から私の周辺を探るバカ幹部が居る事を或る方からの情報で確認しました。長く出張して現場組織に迷惑がかからないよう配慮していましたが、昨年末には手足になっていた者が単独交通事故死しています。

私は、無意味な余計な対面や対話は控えています。何故なら、相手に即、現証が出るからです。困っていれば助けに行きますが、そのような事も無い、ただ顔をみたいとか、話しがしたいなどと、何処ぞの反板住人のような話は、ご遠慮します。時間が無いし、そこにお金を使ったら良い結果は出ません。時間とお金の使い方は、年を取って良く分かるようになりました。

今は、先生の寿命と言い、組織の健全な寿命も尽き始めており、大変に危険な時です。現場を守り、勤行指導(一緒に勤行)から愚痴・文句の聴き役から折伏・弘教の仏法対話とみなさん忙しいのでは?
 

掲示板の書き込みで変わるか?

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月19日(水)13時00分3秒
  直ぐに変わらないかもね
でも、先生が言われている通り文字は力だからね~
掲示板を読んで、何かしら感じ取る方がいるのは
間違いないだろうね~

その方が、行動を起こし始めたら
何かしら変化があるだろうね

だから、書き込みは変えるきっかけになるんだよ
当たり前なくらい当たり前のハナシ

他人に影響を与える書き込みができる人は
生命が躍動している人だろうね~

寝たきりオジサンの体験談は
本当に感動したよね~

体験談の中身もすごいが
そうした書き込みができる境涯だったのではないかな
 

めんどくさい親父ぼっちゃまやなww

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月19日(水)12時50分16秒
  寂しがりやかいww
一人でも戦うのがイケディアンやないのかww
掲示板の目的とずれていってるな
昔もクジラとか
やってる「琴」が同じやないかいww
 

螺髪様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月19日(水)12時28分44秒
編集済
  >屹立(きつりつ)したひとり一人の合集ですね。<

仰る通りです。深く同意致します。

掲示板に投稿される方々は、問題意識をお持ちの方。
出来るだけ、直接お会いして意見を交わしたいです。

ロマン様がご心配されているように、直接お会いするとオフ会を開き徒党を組んでいると見えるかもしれません。
しかし、そこに集う方々は、まさに屹立(きつりつ)したひとり一人なのです。

先日もお会いしましたが、〇〇グループ、〇〇一派でくくられるような方々では御座いません。
池田先生の元に、一人立つ信心を貫かれてきた方々でした。

投稿のみの「ネット弁慶」と誤解されたくは御座いません。
また、そうであってはいけないと思います。

現実の苦難の中で、先生の言葉を胸にご本尊を抱きしめ、生きて生きて生き抜く姿を持って、正しい仏法の証明をしてゆきたいと思います。

心温まる真心のご投稿、誠にありがとうございました。
これからも宜しくお願い致します。






 

ロマン様

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月19日(水)12時09分24秒
  お返事ありがとうございます。
ご意見ありがとうございます。
もちろん地元でもしていますが、そのラインから無視もされる中でやっております。
オフ会ではありませんし、また徒党を組むつもりもございません。
ここで呼びかけがダメなら管理人さんがダメと仰っていただくまでは、投稿を続けてまいります。
ロマン様お会いしませんか?
 

一人一人が精一杯の力で

 投稿者:  投稿日:2016年10月19日(水)12時09分10秒
  昨年より閲覧し今回はじめて投稿します。

平和の象徴『鳩』です。

同じ仏法者でも時間の使い方はそれぞれで、住んでる地域、仕事も家庭環境も人それぞれです。

大事なことは池田先生の指導、御書根本に精一杯戦った!これだけ変わった!という事が一番大事と思います。

心ある人同士で会う事。投稿する事。閲覧する事。すべてが一人一人の仏法者としての精一杯の戦いであると望みます。

ただ、どれも人間革命の1つの手段であり、その時その時の精一杯の行動として『会い』『投稿』『閲覧』で良いのではとも思います。

昔は会合行ったら疲れが吹き飛び元気になった経験もあるので、年一回、半年に一回、タイミング合えば皆で会って苦楽を分かち合う事も良いのではと。

人間革命の1つ1つの手段、段階を経て広宣流布という大目的が達成するのだろうと確信しています。

自分自身が『何のため』を忘れない為に、自分自身に言い聞かせる事も含めて投稿させて頂きました。

私も今いる場所で力を出し切りたいと思います。

慣れないもので読みづらい文面で申し訳ありません。


この板に投稿されてる方、閲覧されてる方のご健康と絶対無事故、勝利を祈っています。
 

京都西京区乃虎 様

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年10月19日(水)11時53分36秒
  掲示板からオフ会みたいに会うのは、人それぞれ自由だと思いますが、それを掲示板にて促すのはどうかと思いますよ?
おっしゃるように掲示板で闇雲に吠えたって変わらない。ただ、大事なのは、【自身の地元】で何ができるかです。舞台はライン組織です。
掲示板からオフ会を当たり前のようにすると、それこそ徒党を組むと勘違いされると思いますよ。
 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏であり、菩薩仏として出現・如来神力品 6/12

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月19日(水)11時23分53秒
編集済
  上行菩薩は「菩薩仏」5

~無始無終の仏は「仏因」に「仏果」を認めるしかない~


名誉会長:(略)「宇宙と一体の無始無終の根本仏」を説くためには、二つの方法しかない。 一つは、因果を無視することです。(略)しか

     し、因果を無視したのでは仏法ではなくなってしまう.因果を鋭くからこそ仏法なのであって、因果を無視すれば外道です。なかん

     ずく「仏因」「仏果」が、仏法のメーンテーマです。 大乗仏教そのものも、釈尊滅後、釈尊を仏にならしめた「仏因」は何だった

     のか、その探求がテーマだったと言えるのではないだろうか。

斉藤:  はい。もはや釈尊がいない以上、釈尊を仏にした「仏因」をつかむことで、自分たちも仏になろうとしたと考えられます。

名誉会長:言い換えれば、釈尊の生命の「本質」の探究です。その結果、さまざまなかたちで、“永遠性の仏”を説くことになった。

須田: 「生身」の釈尊に対して、永遠性の「法身仏」を説いたのもそうですね。 そこから、三身論(法身・報身・応身)をはじめ、さまぎ

     まな「仏身論」が議論されていきます。

遠藤:  大乗仏教のさまざまな仏 ― 華厳経の盧舎那仏、浄土経の阿弥陀仏(無量寿仏)、大日経の大日如来なども、「無始無終の根本仏」

     を志向しながら、その一面、一面を説いたと言えるかもしれません。

名誉会長:しかし、どんなに“永遠性の仏”を説いても、そこには大きな限界があった。一つは、壮大で華麗な仏の世界を説く結果、「人間・釈

     尊」から大きくかけ離れてしまったこと。これは「人間」そのものからかけ離れてしまったことを意味する。 もう一つは、今、論

     じている「因果」の問題です。「仏因」が先にあって、「仏果」が後に来るというのでは、どうしても、“何らかの時点で”仏が出現

     することになる。 要するに、無始無終の仏を説くためには、「仏因(囚行)」に「仏果(果徳)」を認めなくではならないので

     す。これが、三世常住の本仏を示すうえでの第二の道であり、「唯一の道」です。



編集・作成はClearskyさま

http://

 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏であり、菩薩仏として出現・如来神力品 5/12

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月19日(水)11時13分15秒
編集済
  上行菩薩は「菩薩仏」4

~上行菩薩の出現の意義:仏因に仏果を認める~


名誉会長:しかし、上行菩薩がどこまでも「九界の立場」で出現したことには、さらに重大な意義がある.これは全

     仏教史を大転換させる重大事です。それは、「因行(仏因)」の中に「果徳(仏果)」を認めるというこ

     とです。それまでの仏教は、どこまでも「仏果」が勝れ、「因行」は劣っているとした。ある意味で当然

     でしょう。

遠藤: 「九界」よりも「仏界」が上とするのは当然と思います。

名誉会長:しかし、上行菩薩の出現によって、「因行(九界)」に「果徳(仏界)」を含むことになってしまっ

     た。これがなぜ大切なのか。 寿量品の説法を思い出してみよう。釈尊は五百塵点劫の太古に成仏したと説

     いた。これは、全宇宙のすべての仏は、その久遠実成の釈尊の弟子だということです。それでは、「その

     前」はどうだったのか。

斉藤: 「我本行菩薩道(我れ本、菩薩の道を行じて)」とありますから、五百塵点劫以前は、菩薩の修行をしてい

     たことになります。

名誉会長:すると、修行をしていたのだから「法」はあった。法はあったが「仏」はいなかった時代があったという

     ことになる。これでは「無始無終の宇宙と一体の仏」はいないことになってしまう。

須田: たしかに、途中から出現したのでは「三世常住の仏」とは言えません。

遠藤: 始成正覚の釈尊は「本無今有〔本無くして今有り)」と破折されました。“根無し草”のようなものだと。 し

    かし、「途中から仏になった」という点では、寿量品の「久遠実成の釈尊」も、ただ時間をはるかにさかの

    ぼったというだけで、同じです。 厳しく言えば「本無今有」であって「本有」ではありません。

斉藤: 「本有」でなければ、三世常住の「本仏」とは言えません。



編集・作成はClearskyさま・・

http://

 

「法華経の智慧」・日蓮大聖人は御本仏であり、菩薩仏として出現・如来神力品 4/12

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月19日(水)11時06分35秒
編集済
  上行菩薩は「菩薩仏」3

~神力品の付嘱の儀式は、仏から仏への儀式~

名誉会長:さあ、そこで、「如来のすべてを受けとり、身に体している菩薩」とは、一体、いかなる存在なのかと

     いうことです。通常、「菩薩」と言えば、成仏を目指して修行している存在です。しかし、明らかに「上

     行菩薩」は、そうではない。「如来のすべて」を全身に体していて、なおかつ「菩薩」と呼ばれている。

     上行菩薩は「菩薩仏」なのです。

遠藤:  たしかに国王から国を譲られたら国王です。

名誉会長:上行菩薩はじめ地涌の菩薩は、出現の時から、すでに「身皆金色にして、三十二相、無量の光明あり」

    (法華経p474)と説かれていた。

須田:  「三十二相」というのは「仏」の特徴です。地涌の菩薩が仏であることを示していると思います。

斉藤:  しかも、釈尊よりも立派に見えた。釈尊が、まだ青さの残る二十五歳の青年とすれば、荘厳な百歳の翁に

     見えたと説かれています。

名誉会長:だから神力品の結要付嘱の儀式は、本来は「仏」から「仏」への儀式なのです。唯仏与仏(ただ仏と仏

     と)の境涯です。ではなぜ、上行は菩薩として現れているのか。 それは、ひとつには、「一世界には一

     仏」という原則を破らないためとされる。二仏が並び立つと、皆に混乱を起こさせるからです。

斉藤:  上行菩薩は“釈尊の説法を助ける”ために弟子の立場をとっているということですね。

遠藤:  地涌の菩薩が出現したことによって、弥勒菩薩をはじめ皆が驚いて、そこから寿量品の説法が始まるわけで

     すから、たしかに説法を助けたわけです。


   編集・作成はClearskay様

http://

 

虹と創価家族様

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年10月19日(水)10時58分51秒
  お返事ありがとうございます。
これからもどんどん会っていきましょう。
会わなければ何も始まりません。
ここの板だけで吠えていても何も変わりません。
それが分からないのは、魔に侵されている自分に気付かないだけです。
どうですか、イケディアンの住人様、八尋様、信濃町の人びと様、小作人様、ひかり様、太ちゃん様、螺髪様その他ここに投稿されてる方々、お返事お待ちしております。
 

笑う寒苦鳥様

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月19日(水)10時54分36秒
編集済
  ご自分がなされた投稿の中に書かれた、当該部分を削除しませんと、ズーッと残ります。

折角、イケデイアンさまが削除された事が、活かされないと思います。

削除・修正の編集方法はご存知と思いますが、もしご存知でなければ、掲示板の一番下のある「自分の投稿の編集」

をクリック、そうして編集できます。

わたしも、ずいぶん活用させていただいています。

http://

 

存在意義

 投稿者:海外在住  投稿日:2016年10月19日(水)10時39分57秒
  この掲示板,全世界で毎日どのくらいの方が読み、励まされているのだろう?
幸せになりたくて創価学会に入会し頑張ってきてたのに、いつにまにか池田先生の指導と違う
世界平和の思想から戦争推進に変わってしまった。
「おかしいんちゃう?」と会合で発言したら、組織から除名、村八分にされる。
誰にも相談できない、孤独な暗い世界で、盲亀浮木の譬えの様にやっと
巡り会うことができたこの掲示板です。
助かった、救われた方は沢山いることでしょう。
そして決意新たに組織に戻り、メンバーを激励し、堂々と勇気をもって闘える
一人ではないんだという喜び、叱咤激励し共感、共鳴できる場所は
閉塞感の強くなった社会だからこそ、必要だと強く思います。
 

昨日、本日の

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年10月19日(水)10時18分15秒
  柳原滋雄コラム日記。4日間お休みし週明けの昨日から「信平問題」そして本日も。

昨日のお題は「池田名誉会長が信平信子を民事提訴しなかった理由」

本日のお題は「信平事件で騒いだ三流ライターたち」

と二日連続で信平問題を取り上げている。たしかに経緯、背景、概略はその通りだと思うが、

実はこの信平問題も退転・反逆者や妙観講、マスコミ、三流ライターばかりが敵とみなされクロ

ーズアップされてはいるが、悪人は信濃町界隈の中枢にいた又はいる。という事を忘れてはいけ

ないと思います。

54問題・第一次宗門問題の時も、退転・反逆者、宗門、反学会勢力、マスコミ、三流ライターば

かりがクローズアップされていたが、実際は内部、信濃町の中枢に一番の悪人がいた。

この信平問題、事件も構図は同じく、退転・反逆者や反学会勢力、この中には当時新進党潰しに

躍起になっていた自民党の連中も加担している。そして柳原さんも言及している日顕宗・妙観

講、週刊新潮。三流ライター等々が創価学会というより先生の人格を貶めるキャンペーンを張っ

た。そしてそこばかりがクローズアップされ仏敵とみなされてきた。

しかし、ここで忘れてはならないのが、54年と同じくそういった連中とは別の思惑で先生を貶め

ようとしていた輩が内部。それも信濃町中枢にいた事を。

詳細は記さないが、先生御自身も第一庶務等に54年問題を含め調査を指示され、裏づけを取ら

れた上、本幹壇上で御指摘、御糾弾された事は、本幹本会場に参加されておられた壇上の方は当

然。当時の各地各方面の代表幹部の方々はよく覚えておられるのではないかと思います。

一流の妙法のジャーナリストの柳原さんがどういう思惑、意図でこの信平事件を今頃取り上げた

のか素人の私には想像がつきませんが、信濃町の中枢の一部とはいえ、師弟だとか師弟不二だと

か声高に言っている連中にかぎって、裏では先生を妬み、嫉み、貶めようとしている事が再確認

出来た。

でも柳原さん、これでまたまた信濃町界隈にとっては余計なお話が蒸し返されてしまいました。

ご苦労さんでした。
 

(無題)

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月19日(水)09時04分20秒
編集済
  おはようございます。

投稿だけでは何も変わらない?

そうは思わないです。

変わりますよ。

叫び続けることが肝心で、

100万回「駄目かな」と思い、

「いや、まだまだだ」と踏ん張る。

これを、強い強い一念と忍耐で繰り返すのです。

その間、一人一人は強豪になる。無敵の仙人になる。

長生きして、絶対に勝つのです。

そうしなければ、末法万年尽未来際の広宣流布が虚妄になります。

使命があると決めて進む者が、広布のキーマンなのだと思います。
 

本部幹部会再放送に参加された方へご質問

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月19日(水)08時34分32秒
  今回の四国池田文化会館で開催された第二十回本部幹部会再放送を視聴された方に確認ですが、1994年4月本部幹部会での池田先生のスピーチ紹介で、『11・18学会創立記念日に向けて広布に走る友の指針とします』のと説明は、有りましたか?

私は、先週から昼夜勤務で本幹再放送には参加出来ませんでした。再放送に参加された方へのご確認です。宜しくお願いします。
 

感嘆!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年10月19日(水)08時34分1秒
  虹と創価家族さん

>宿坊の掲示板への投稿だけでは、創価学会は何も変わりません。
投稿だけで、組織が清浄化される事は無いでしょう。(投稿者:虹と創価家族   投稿日:2016年10月19日(水)07時06分29秒)<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58324

 横入り、すみません。
 そうですね。「一人立つ」が学会精神ですが、「一人」では広宣流布はできません。また「一人」だけが信心することを広宣流布とは言いません。屹立(きつりつ)したひとり一人の合集ですね。

 患いを持っているとのこと。だからこそ、心に響く投稿ができるのですね。感銘しました。驚きました。その心を讃嘆し、見習いたいと思います。


 

如説修行抄

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月19日(水)07時44分23秒
  縦ひ頚をば鋸にて引き切り・どうをばひしほこを以て・つつき・足にはほだしを打つてきりを以てもむとも、命のかよはんほどは南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と唱えて唱へ死に死るならば釈迦・多宝・十方の諸仏・霊山会上にして御契約なれば須臾の程に飛び来りて手をとり肩に引懸けて霊山へ・はしり給はば二聖・二天・十羅刹女は受持の者を擁護し諸天・善神は天蓋を指し旛を上げて我等を守護して慥かに寂光の宝刹へ送り給うべきなり、あらうれしや・あらうれしや。

~~~~~~~~~~~~

元々病弱な自分だが、ある時期から、右胸を焼き火箸で貫かれ、首の後ろ側を引き裂かれるような激痛に襲われるようになった。
病院で検査しても原因は不明で、既に20年近くになる。

いつからか、この御書が身近に感じられるようになり、自分の大好きな御金言となった。
腹の決まらない者には、永遠に読めない御書。
自分が過去に何物であったかはわからない、しかしこれからの自分がどうあるべきかは決めている。

魔は狩り出すもの。
正しい信心を貫くために、池田先生から教わった事の一つだ。


 

全集未収録スピーチ残り僅か

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月19日(水)07時44分10秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)の掲載も残りあとわずか。
以下の4編です。講演3編と寄稿1編です。(スピーチではありません)

2008.2.6 創価女子短期大学特別文化講座キュリー夫人を語る
2008.4.23 創価学園 特別文化講座 創立者 ダンテを語る
2008.8.24 文学随想 小説「芙蓉の人」を語る
2010.5.1 会長就任五十周年記念特別寄稿(大白蓮華掲載)

講演3編は、苦難を乗り越える勇気を教えてくださり、寄稿は、将来に渡る永遠の指針を与えてくださっています。
何れも書籍化されていない(と認識しています)ようなので投稿しようと考えておりますが、構成上抜粋できず全文を掲載する事になりますと相当の長文になります。
他の投稿者の方々にご迷惑になるのも避けたいので、管理人様より暫くの間に『待った!』が掛らなければ投稿させていただきます。
又、既に書籍化されているようでしたらご案内くださいます様お願いいたします。
管理人様よろしくお願いいたします。

無冠
 

イケディアンの住人様

 投稿者:笑う寒苦鳥  投稿日:2016年10月19日(水)07時26分56秒
  おはようございます

早速ご対応いただき、ありがとうございました!(^○^)
 

京都西京区乃虎様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月19日(水)07時06分29秒
  おはようございます。
先日はお忙しい中、誠にありがとうございました。
楽しいひと時を、皆様と過ごせて非常に嬉しいです。
不思議なる宿縁の出会いに感謝しております。

やはり掲示板の中だけでは、その方の本意が分かりません。
直接お会いする中で、互いに心が通い合うものです。

宿坊の掲示板への投稿だけでは、創価学会は何も変わりません。
投稿だけで、組織が清浄化される事は無いでしょう。

やはり実生活の中で権力に潜む魔を呼び起こし、迫害を受けながら、
池田先生の仰るように信心を貫いてこそ、新しい時代への突破口が開けると思います。

正しい人生であるために、正しい信心を貫くのみ。
「如是我聞」こそ我が道。

また、お会いできることを楽しみにしています。
これからも宜しくお願い致します。


 

レ・ミゼラブルを読み直す(5)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月19日(水)03時32分41秒
編集済
  p.291

三     ラフィット銀行への預金額

けれども彼は初めのほどと同じように質素だった。灰色の髪、まじめな目つき、労働者のように日に焼けた顔色、哲学者のように考え深い顔付き。いつも縁広の帽子と、襟までボタンをかけた粗末なラシャの長いフロックコート。市長たるの職務を尽くしはしたが、それ以外には孤独な生活を送っていた。人にはあまり言葉をかけなかった。丁重な仕方をすべて避け、簡単な挨拶にとどめ、さっさと行ってしまい、話をするよりもむしろただ微笑み、微笑むよりもむしろ金を与えた。女たちは彼のことを言った。『何という人の良い世間嫌いだろう!』彼の楽しみは野外を散歩することだった。

彼は書物を前に開いて読みながら、いつも一人で食事した。よく精読された少しの書物を持っていた。書物は冷ややかではあるが、完全な友である。財産とともに暇ができるにつれて、彼は自分の精神を啓発するのにその時間を使ったらしかった。モントルイュ・シュール・メールにきて以来、一年一年と著しく彼の言葉は丁寧になり、上品になり、優しくなっていった。
(中略)
彼は以前、田舎に住んでいたに違いないと思われていた。何故なら、あらゆる有益な秘訣を知っていて、それを百姓どもに教えてやったからである。麦の虫を撲滅するために、普通の塩水を穀倉に散布しまた床板の裂け目に流し込んでおくことを教えたり、穀象虫を駆除するために、壁や屋根や垣根や家の中などすべてにオリヴィオの花を吊るしておくことを教えたりした。空穂草や黒穂草や鳩豆草やガヴロールや紐鶏頭など、すべて麦を害する有害な雑草を畑から根絶させるための種々な「処方」を知っていた。また養兎場に天竺鼠を置いてその匂いで野鼠の来るのを防がした。

ある日彼は、その地方の人々が一生懸命に蕁麻を抜き取っているのを見かけた。その草が抜き取られて、うずたかく積まれながら乾ききっているのを眺めて、彼は言った。

「もう枯れてしまってる。だがその使い道を心得ておくのはいいことだ。この蕁麻はその若い時には、葉がりっぱな野菜になる。時が経つと、苧や麻のように繊維や筋がたくさんできる。蕁麻の繊維は麻の布と同じようだ。また細かく切れば家禽の食物にいい。つき砕けば角のある動物にいい。その種を秣に混ぜて使えば動物の毛並みをよくする。根は塩と混ぜれば黄色い美しい絵の具となる。そのうえ、蕁麻は立派な秣で二度も刈り取ることができる。作るにしても何の手数もいらない。少しの地面さえあれば、手入れをすることもいらないし、地面を耕す必要もない。ただその種子は熟すにつれて地に落ちるので、収穫に少し困難である。ただそれだけのことだ。ちょっと手をかけてやれば、蕁麻はごく益に立つんだが、うっちゃっておけば害になる。害になるようになって人はそれを枯らしてしまう。人間にもまったく蕁麻に似たものが随分ある!」

それからちょっと黙って彼はまたつけ加えた。

「よく覚えておきなさい、世には悪い草も悪い人間もいるものではない。ただ育てる者が悪いばかりだ。」

(中略)

また人々の陰の噂によると、彼は「莫大な」金をラフィット銀行に預けていて、いつでも自由にできるようになっているということだった。マドレーヌ氏はいつでもその銀行に行って受取証を書きさえすれば、十分とかからぬうちにニ、三百フランは持ち出すことができるということだった。けれども実際においては、上に述べたとおり その「ニ、三百フラン」も六十三、四万フランになっていたのである。

三    終了
 

笑う寒苦鳥さま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月19日(水)02時42分6秒
  早速ながら、投稿内容を編集し直します。\(^o^)/
 

イケディアンの住人様

 投稿者:笑う寒苦鳥  投稿日:2016年10月19日(水)02時37分39秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/58310

早速、謝罪投稿をいただいたのですが、『どうでも良い音楽隊・鼓笛隊の写真』表現の謝罪先は私ではなく鼓笛・音楽隊の方々へだと思います

また加えての訂正と仰せですが、出来ましたら投稿内容の謝罪に合わせた記事編集をしていただく事はできませんでしょうか

私がお伝えしたかったのは、イケディアンの住人様が投稿された文章をメンバーが目にしたとき、どう思うか?と言うことでした

掲示板の発言は編集で訂正されなければ、永遠に残ったままとなってしまいます。「いや、それはできない」との事であれば、仕方ありませんのでスルーしていただければと思います

細かな所に執着し、また板を汚してしまい大変申し訳ありません
 

ひらがなプロジェクトに投稿しました

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年10月19日(水)02時17分7秒
  ひらがなプロジェクトに投稿しました。
曽谷殿 師壇一分事 1編投稿しました。

本部職員・方面、県、圏、区、本部、支部と組織名があり、その上に総県、総県本部長とか、
学会の役職名が解らなくなって、数十年・・・顔見ても、誰が上で、誰が下なのかさえ分かりません。

総方面長とか、県総合長はないと思うけど、それに、必ず副が2・3人いますよね。
会館での、並びも、微妙なんでしょうね、気にもしていなかったのですが・・・。

支部長の上は本部長だけで、組織は運営できるでしょう。

副会長など、大幹部は普段何をされているのでしょうか。
その動きが全く見えないというのが不思議なんですけど・・・、座談会に来られるので、たまに会うの
ですが、題目10時間あげているとか???、朝3時間唱題してるとか・・・新聞読んでみたり、指導
らしい話を聞いたことがありません。

私は一日1時間唱題するのが、精一杯なんです。
ブログ書いたり、平仮名化したり、ちょこっと仕事したり、毎日忙しいのです。
組織から処分されて、仕事も倍加していますし・・・。

それと、地区唱題会、支部唱題会、圏、県、区、本部唱題会って何ですか???・・・???。

唱題は一人で、家でもあげれるじゃないですか、どうして、会館に集まって、 唱題するんですか。

エアコン、照明、水、お茶、コピー代等々お金がかかっているんです。

自分の家に幹部呼んで、唱題会されたら、会館の費用が助かるのですけど・・・。

よくもまあ・・・こんな組織が、もっていますよね。
未だ会館が、あっちこっちで、出来ているみたいですが、どれぐらい、使用しているのでしょう。
もちろん、涼風空調唱題会は除いてですが・・・一週間に3回か4回ぐらいまともな会合があれば
よいほうです。

極楽百年の修行はやめた方がコスパはいいと思うのですが・・・。

会館使用予定表をたまに見ているのですが・・・。

もっとわからないのが、県の中心会館の事務長の仕事が分かりません。
女子事務員が居れば、電話番ぐらいはできるでしょうに・・。
 

石嵜さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月18日(火)23時58分17秒
  ちょっと、どうしましょう。

実は、私もです。



今、チームを組んで自主映画を進めていますが、これがなかなか、語るも涙。

笑ったり怒ったり心配したり、気苦労の連続で益少なし、でも生き生きと覇気があります。



この過程が、前には確かにあった同志の世界を彷彿とさせるんです。



今、世間でこの感覚を味わい、内部は変な監視社会になり、言いたいことも言えない。

安保賛成の一件以来、どう取り繕っても顕著な組織の「暗黒統治」。

なんだか、組織の価値の基準は、「政治」「数」「組織維持」中心。

悩み多き、生身の人間中心ではなくなり、人間である同志の心情は置き去りです。


そしてこのために、同志の世界の良さがますます失われかかっているように見えます。


こういうのが長く続くと、一人一人の孤独化が加速し、やがて組織は今よりますます

櫛の歯が抜けたように活動家が少なくなって行くのではないでしょうか。



大馬鹿者の執行部は、一体何を目指しているのかわかりません。

完全な迷走です。悩乱です。

彼等にも分からないのでしょうね。

命がけで祈らないから分からないのです。

傲慢ゆえの鈍感さ・命の鈍重さが、障壁になっていると思います。



本部の人間たちの「臆病」仏意仏勅の創価学会に対する「卑怯さ」にも呆れています。

声を挙げやしない。行動しない。排除を恐れている。これが職員とは恐れ入る。

誰がその暮らしを支えているのか、自覚すらないようですよね。

けなげな学会員を護らなければ、ほんとは明日だってあるかわからない身のくせに。









 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年10月18日(火)23時51分43秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
暖かい一日でした
おやすみなさい
 

/1077