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姉なるもの -灰色の女-

作者:椎名 恋
「38.5°…。夕君、お熱すごく高いね。」
 僕の脇から抜いた体温計を枕元に置くと、お姉ちゃんの手が額に当てられ、温度が伝わってくる。
「風邪かな…?咳は出てないし、鼻も詰まってない…。声も枯れて無いし…。昼間はあんなに元気だったのに。」
 心配そうに布団に伏せた僕に視線を落とすお姉。
「き、きっと夏風邪だと思いますから …!だから心配しないでください。」
 僕はお姉ちゃんに悟られない様に取り繕った。本当?と心配そうに見つめる千夜姉だったけど、それ以上は追求してこなかった。
 僕にはこの体調不良の原因が分かっている。
 でも…。これだけは秘密にしないと…。
 気だるい身体。確かにお姉ちゃんの言った風邪の症状はない。
 その代わりに僕の身体は高熱の身体とは思えないほど冷え切っていた。
 真夏の気候なのに真冬の空気に包まれている様だった。
 なんでこんな事になったんだっけ…。
 僕は今日の昼の出来事を思い出していた…。

 昼食後、お姉ちゃんはいつもみたいに食器を洗い、僕は夏休みの宿題を進めていた。
 窓から心地よく風が吹き、宿題をするのにとても良い気候。
 加えてお姉ちゃんの食器を洗う音と、最近覚えたと喜んでいた曲の鼻歌。
 お姉ちゃんが僕の姉になってから自然に増えた生活音。
 独りで生活している時は聴くこと無かった音。
 僕にはそれが心底心地よく感じていた。
 機械的なサイクルの音では無く、人が作り出す自然な音。お姉ちゃんしか出せない音。
 本当にお姉ちゃんが来てくれて良かった。
 思わず幸せに笑みが溢れたその時だった。
 心地よい風が一変、生暖かいでも無く、冷たいでも無い。
 違和感と不快感…。
 嫌な予感が一瞬巡ると、‘ソレ’と目が合った。
 家の庭のブロック積みの壁の隙間
 灰色の身体を透き通らしてソレは存在していた。
 生を失ったモノ。
 ヒトとの存在の階層が違うモノ。
 この世に存在しないはずのモノ。

「アナタワタシガミエルノネ…?」

 ‘ソレ’は満足そうに、嬉しそうに微笑むとそのまま消えていった。
 僕には人には見えない‘モノ’が見える…。
 一般的には幽霊とか悪霊とか呼ばれるモノ。
 これは別に今始まった事ではない。
 物心ついた時からだった。
 だから、少しは驚く事はあるけど特には気にしない様にしていた。
 でもこの時は言葉にできない不安と不快感、そして寒気が僕を支配された。
 身体を硬直していた僕は、洗い物を終えたお姉ちゃんの心配する呼び声でようやく我に返った。
  数時間後…僕は高熱で布団に伏せたのだった。

 とにかく早く寝て休息を取って!
 お姉ちゃんは半ば無理やり僕を就寝させた。
 いつもの寝床にいつもより早い時間に移動し、入浴はさせてもらえなかった。
 微熱くらいなら入浴は逆に良しなのだが、高熱となると話は別。
 偶然見たテレビ番組の情報をお姉ちゃんは得意げに僕に説いた。
 正直とてもじゃないけど寝られる気がしなかった。
 けど、お姉ちゃん高熱の原因を悟られたく無かった。
 お姉ちゃんに原因を悟られたら、先日の雷様の時みたく、文句を言いに行くと血相を変え始めるだろう。
 その時はなんとか止めることが出来たけど今の体調じゃ…。
 僕にはあの幽霊が普通の幽霊とは違う、タチの悪いモノだと分かった。
 現に僕が姿が見えると分かっただけでこの有様。
 霊障と言うらしい。
 悪霊からうける悪影響。
 万が一お姉ちゃんの身に何かあったら…。
 そう思うと簡単に話せる事では無かった…。
 僕は冷え切った身体を横にくねらせ布団に包まった。
 いっときの症状かもしれない。
 静まり返った家の中に辛うじてお姉ちゃんが入浴する音が聞こえて来る。
 すぐに戻るからね!と、日中かいた汗を洗いに行ったお姉ちゃん。
 少し安心出来た気がした。
 家の中にお姉ちゃんがいる。
 それだけで少し心が軽くなった。
 本格的に眠りに入ろうと寝返りを打とうとした僕。
 アレ…………?
 何かがおかしい。
 身体の違和感に気付いた。
 身体が…動かない。
 それだけじゃない。
 鼓膜に高音の機械音が響く。
 金縛りだ…。
 過去に何度か経験した事があるけれど、何かが違う気がした。
 呼吸が苦しくなり、息を荒く吸う。
 声も出ない事にも気付いた。
 そして。
 僕は。
 辛うじて動く眼球でソレを捉えた。
 捉えてしまった…。
 昼間に見てしまった女の幽霊。
 灰色の透き通った身体。
 虚ろな目。
 身体の輪郭はぼんやりとけれでもハッキリとソレを捉えた。
 ゆっくり…ゆっくり…。
 一歩一歩庭からその幽体を揺らして僕に近付いて来る。
 逃げようにも動けない。
 助けを求めようにも声が出ない。
 冷え切っているはずの身体に汗が滴り落ちる。
 辛うじて動いていた眼球もついにらソレから視線を外す事も出来なくなっていた。
 時間が止まった気がした。
 僕が寝ている空間だけ切り離されたかな様な…。
 そしてソレは僕の元に歩み寄り耳元で囁いた。

 アナタガホシイ…。

 その言葉が何を意味するのか。
 想像したくも無かった。
 お姉ちゃんが言っていた、ヒトとの階層が違う場所。
 そこに連れて行かれるのだろう。
 生でも無く死でも無い。
 灰色の身体が僕を包み、身体が沈んでいく。
 冷え切っていた身体が限界を超える。
 このまま連れて行かれるのだろうか。
 氷が溶けるように視界が下がっていく。
 ソレが僕の身体に侵食していた。
 お姉ちゃんごめん…。
 お姉ちゃんにちゃんと話をしていればこんな事にならなかったのだろうか?
 今更こんな後悔をしていた。
 大好きなお姉ちゃんに会えなくなる。
 お姉ちゃんを独りぼっにしてしまう。
 そして…僕もまた独りになる。
 一歩先の現実を思い涙が溢れた。
 お姉ちゃんとの日々が走馬灯の様に見えた。
 お姉ちゃん…大好きだよ…。
 心まで支配される前に僕は目を閉じた…。
 そしてその声を聴いた…。

「誰に許可を得て手出してるの…?アンタ。」

 僕は閉じた目を開けた。
 切り取られた空間が現実と繋がる。
「お姉…ちゃん?」
 支配されていた意識が辛うじて戻った。
 正常に機能した意識は僕に眼球を動かさせた。
 灰色の幽霊から透き通って見えた姿。
 入浴後故に、一糸纏わぬ姿で此方に対峙したお姉ちゃん。
 灰色の女をお姉ちゃんの鋭い視線が向けられていた。
「今ならまだ許してあげるわ…早く夕君から離れて…、消え失せなさい。」
 鋭利な言葉がお姉ちゃんの口から発せられる。
 口調は穏やかだけど、敵意がハッキリと感じられる。

 イヤ…。

 灰色の幽霊はハッキリと返答した。
 しっかりと敵意をお姉ちゃんに向けて。
「そう…じゃ。」
 お姉ちゃんは触手を出したと思うと瞬間に灰色の幽霊を捉えた。
 ずっと不気味に笑みを浮かべていた表情が一気に強張る。
「何をされても文句は無いわよね?」

 ヤメテ…。コノコ…。ホシイ!ホシイ!

 金切り声の悲鳴が木霊した。
 家全体が揺れた。
 強風が吹き木々が大きく揺れた。
 それでもお姉ちゃんは触手で灰色の幽霊を逃さず、ゆっくり近付いた。
「残念だけど夕君は私のモノなの。」
 声にならない叫びを上げ続ける灰色の幽霊。
 なんて言ってるかは分からないが、お姉ちゃんに対して憎しみを表しているのは分かった。
 もう少しで手に入れるハズだったモノを邪魔された憎しみ。
 それを全て表現し全力で対抗した。
 でも力の差は歴然だった。
 お姉ちゃんの触手の力が増す。
 苦しそうに叫び続ける灰色の幽霊。
「大人しく消えれば、こんな事せずに済んだのに…。でも夕君に手を出したのだから仕方ないわね。」
 お姉ちゃんの触手が灰色の幽霊の身体に突き刺さった。
「死になさい…。」
 その言葉とともに灰色の女は塵になって消え去った。
 家の揺れも止まり、強風も止まった。
「夕君!!!」
 一糸纏わぬ姿のお姉ちゃんに強く抱きしめられた。
「お姉…ちゃん。」
 豊満な双丘が顔に当たった。
 いつもなら恥ずかしがる所だけど、身体が未だ動かなかった。
「ごめん…お姉ちゃん…。」
「夕君、喋らなくて良いわ。まだ身体の中に残ってるのね。」
 お姉ちゃんの言ってる意味が分からなかった。
 どういう意味?そう尋ねようとし時。
 僕はお姉ちゃんに唇を奪われていた。
 しっかりと後頭部を抑えられて抗う事など出来なかった。
 酸素を求め始めるとお姉ちゃんは唇を離す。
「夕君大丈夫…。お姉ちゃんが全部。吸い出してあげるからね。」
 再び唇を奪われる。
 先程よりも激しく。
 身体の内側から何かが吸い出される。
 それと同時に冷え切っていた身体に体温が戻って来るのを感じた。
 再び酸素を求めるとお姉ちゃんが唇を離す。
「お姉…ちゃん。」
 荒い呼吸でお姉ちゃんを見つめた。
「もう大丈夫。お姉ちゃんが守ってあげるから。」
「うん…。」
 僕はお姉ちゃんの体温に包まれたまま目を閉じた。
 お姉ちゃんの匂いを鼻腔が捉えると、急激な眠気に襲われそのまま眠りに落ちた。

「お姉ちゃんに相談してくれれば良かったのに。」
 翌日の朝、僕の体調が回復したのを確認すると、お姉ちゃんは分かりやすく頬を膨らませた。
「ごめん…。」
 お姉ちゃんに迷惑をかけた手前謝るしかない僕。
「そうすれば大切な夕君をあんなのに指一本触れさせなかったのに!」
 ワナワナと拳を握るお姉ちゃん。
「で、でもお姉ちゃんの身に何かあったら僕…。」
 そこまで言うと言葉が詰まってしまった。
 お姉ちゃんが居なくなる。
 想像したくもない。
「夕君…。」
 そういうとお姉ちゃんに抱きしめられた。
「夕君…。お姉ちゃんのこと心配してくれたのね?」
「うん…。」
「でも夕君…。お姉ちゃんがあんなのに負けると思ってるの?」
「うぅ…でも。」
「あんなのが10人、ううん100人いたって負けないんだから。今度から絶対にお姉ちゃんに言うのよ?」
 僕は頷くしか無かった。
「夕君の身に何かあったら、私だって悲しむんだからね…?」
 大きな瞳に見つめられて僕は顔が熱くなるのを感じた。
「うん、分かりました…。」
「だからね?夕君。これからも一緒よ?ずっとね…。」
 僕はお姉ちゃんに再び抱きしめられたのだった。
Twitterにて姉なるものアカウントより許可を得て執筆させて頂きました!
なるべく原作の世界観を崩さず、設定や一人称、喋り方など気を付けて書いたつもりです。
何か違和感等あったらどんどん言って頂けると幸いです。
初めて姉なるものを読んだ時、なんだこの神作品はー!!
と動悸が止まりませんでした。
千夜ちゃんの夕君LOVE度が堪りません。
お気に入りのシーンは雷に怖がる夕君を見て文句を言ってくると見事クレーマーになったシーンです。
少しでも姉なるものを愛する読者さん、これから姉なるものを読む人に読んで頂けると幸いです。

椎菜 恋

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