ホンダの「空飛ぶシビック」 誰がつくったのか
米欧を中心に本格的な販売が始まったホンダの小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」。実はホンダにとって航空機参入は創業者、本田宗一郎氏からの夢だ。二輪車、四輪車に次ぐ第3の収益事業となるかはまだ先の話だが、半世紀余りにわたり受け継がれた「空への夢」は、「世界のホンダ」を築いてきたリーダーたちを育成する起爆剤にもなってきた。
「どこまで会社が真剣に考えているのか分からなかった」――。プロジェクトを主導した「ミスター・ホンダジェット」、ホンダエアクラフトカンパニー(米ノースカロライナ州)の藤野道格社長は当時をこう振り返る。
ホンダが航空機の研究チームを極秘裏に立ち上げたのは1986年。参加を命じられた藤野氏は「最初は疑心暗鬼だった」という。東京大学工学部で航空工学を学んだが、入社して3年目の「若造」。社内にはジェット機を開発するための技術やノウハウ、インフラもない。しかし、杞憂(きゆう)だった。経営陣は大真面目だったからだ。
すでに社内には「飛行機野郎」が数多くいた。創業者の本田宗一郎氏が「次は飛行機」とぶち上げたのは1962年。翌63年(昭和38年)に四輪車事業に参入するが、もともと静岡県の浜松発祥の二輪車メーカー。3代目の社長までは同県内の学校出身だ。社内では「おやじの大ぼら」といわれたが、若者たちは本気にした。この63年から全国の難関大学の学生が続々とホンダに入社した。
■創業者、航空機参入表明 「花の38組」入社
1990年に4代目の社長に就任した川本信彦氏、後任社長の吉野浩行氏、技術担当の副社長だった入交昭一郎氏、長く販売トップだった元副社長の雨宮高一氏の4人はいずれも63年に入社した。宗一郎氏は91年に死去するが、90年代からこの4人が10年以上にわたってホンダの経営をリードした。社内では「花の38(サンパチ)組」と呼ばれる。4人は宗一郎氏の息子と同世代なので、ホンダの第2世代にあたる。吉野、入交両氏はともに東大工学部で航空工学を学んだ親友でもある。
東大工学部には1学年に1000人余りの学生が在籍するが、最難関の学科は今も昔も航空工学といわれる。卒業生は現在の宇宙航空研究開発機構(JAXA)など公的機関か、航空宇宙事業部門を抱える三菱重工業など大手重工メーカーに入社するのが定番だった。
「本田さんに見事にだまされた」。かつて吉野氏は笑いながらこう語った。航空開発をやれると思って入社したが、そんな部署はどこにもない。38組だけではない。2009年に社長となった伊東孝紳氏も京都大学で航空工学を専攻。車体技術者となり、スポーツカー「NSX」開発などで頭角を現した。結局、飛行機野郎たちがホンダの新車開発をリードしてきたのだ。
ホンダジェットの開発はスムーズに進んだわけではない。「挑戦企業」とのイメージが強いホンダだが、極めて慎重な会社だ。販売部門幹部からは「トヨタ自動車も手を出さないのに、何でウチがそんなリスクの高い事業をやるのか」。「そもそもビジネスジェットのニーズは限定的。米国の富裕層ぐらいしかなく、採算の見込みがつかない」と何度もダメ出しされた。技術部門幹部からも燃費改善や安全性確保など様々な課題解決を求められた。航空機開発計画は何度も頓挫しかけたが、吉野氏らの後押しもあり、一歩一歩進んでいった。
藤野氏は「自らスケッチした」という独創的なデザインをベースに様々な改善を加え、経営陣の厳しい要求に応えた。1997年に正式にホンダジェットの開発が米国でスタートした。目指すのはホンダらしくあくまで小型機。米国の新車市場を開拓したのは燃費効率のいい小型車「シビック」だった。現在も米国のトップブランドだ。「空飛ぶシビック」をつくろうと開発・生産体制が整えられ、03年12月には初飛行を遂げた。
現地主義を標榜するホンダは、航空機開発・生産・販売サポートの拠点をすべて米国に配置。2006年にホンダエアクラフトカンパニーを設立、10年目の15年末からホンダジェットの販売を開始した。
■第3世代が夢つかむ
「販売エリアは北米から欧州、南米のブラジルにも広がっている」(藤野氏)という。ホンダエアクラフトカンパニーの社員は現在1800人、国籍は30カ国に及ぶ。「多国籍社員の工場だ。現在は月産2~3機のペースだが、IT(情報技術)を駆使し、極めて効率的な生産をやっている」とホンダ全体の次世代工場の先駆けにもなりそうだ。
藤野氏らホンダジェットの開発陣は本田宗一郎氏から見ると、孫のような第3世代にあたる。半世紀余り前に創業者が抱いた「空への夢」が、有能な人材を集める磁石となり、新車開発をリードする原動力となった。第3世代が花咲かせたホンダジェットは、「世界のホンダ」を創ったトップ人材を育ててきた「志」そのもののようにもみえる。
(代慶達也)
「キャリアコラム」は随時掲載です
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