M5.8地震:余震続く慶州で「週末婚」夫婦が増加

M5.8地震:余震続く慶州で「週末婚」夫婦が増加

 最近女の子を産んだイさん(27)はマグニチュード4.5の余震があった9月19日、慶尚北道慶州にある産後ケア施設で子どもと一緒に休んでいた。同日午後8時30分ごろ、イさんは地震を感じるやいなや赤ちゃんを抱いて外に避難した。複数回にわたって揺れを感じたため、生後3週間になった赤ちゃんと共に車で4時間の所にある光州広域市の叔父の家に向かい、その日からそこに泊まることにした。イさんは「気持ちは実家にいる方が楽だが、まだ子どもが小さいため、大きな病院が近くにある叔父の家に泊まることにした」と話す。

 慶北慶州で発生したマグニチュード5.8の地震とその後の余震のため、別々に暮らす家族が増えている。特に子どもや妊婦がいる家庭の不安は大きく、首都圏の親戚の家に身を寄せるケースが多くなっている。このため「地震週末婚」という言葉も登場した。夫は慶州に、妻と子どもはソウルに住みながら週末だけ夫婦として暮らすという意味だ。

 慶州の産後ケア施設にいる産婦たちは、余震が来るたびに子どもを抱いて何度も外に飛び出し、数十分ごとに不安におびえる時を過ごしたという。光州広域市に「避難」したイさんは「あまりにも気疲れしてしまってもう二度と慶州には戻りたくない。夫が他の地域に人事異動になるまでは、親戚の家や実家に泊まって週末婚として暮らすことにした」と説明する。

 蔚山に住むAさんは、秋夕(チュソク=中秋節)の際にソウルの実家にやって来て、そのまま自宅に戻れなくなった。テレビで慶州に地震があったというニュースを見た時、今年7月に起こった蔚山地震の時の恐怖が頭をよぎったという。Aさんは「当時2人の子どもを連れて不安におびえたことを思うと、怖くて家に戻ることができない。ようやく心を静めて蔚山に行こうと思った時、また地震がやって来て、結局2週間以上にわたって実家のお世話になっている」と言う。Aさんの夫は職場のために蔚山で一人で暮らしている。実家が地震発生地域とそう離れていない子どもの母親たちは、夫の親戚を訪ねて嫁入り暮らしを自ら希望する人もいる。5歳の息子がいるBさんは、慶州地震以降に大田にいる小じゅうとめの家に泊まっている。Bさんは「透明なコップに水を入れて揺れがあるかどうかを一日中見守っている。慶州の家にいた時、外で工事する音を聞いて驚く子どもの姿を見て、これ以上家で子どもを育てるのは無理だと思った。そこで小じゅうとめの家に移った」と話す。

 首都圏に縁がない家庭では、適当な対策がなく不安におびえている。今月末に出産予定のある妊婦は「実家も夫の両親も皆慶尚道だから、これといって避難できる所がない。出産までどうか地震が来ないように祈るだけ」と話す。この女性は「地震発生時刻の午後8-9時ごろになると、おなかの調子が悪くなる」と訴えた。蔚山に住む主婦Bさんは「原発が近くにあるため長期的にはこの地域で子どもを育てるのは難しいと思う。先に子どもの学校を他の地域に移し、夫も新しい職場を探す計画」と話した。休職中のCさんは「最初に地震があった時、本当に驚いて生後100日になったばかりの赤ちゃんを抱いてただ泣くことしかできなかった。子どもと二人きりになるのが恐ろしくて、昼には近くの実家に身を寄せている」と話した。

ユ・ソヨン記者
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