(英フィナンシャル・タイムズ紙 2016年10月10日付)
米フロリダ州レイクランドで行われた選挙集会で、「女性はトランプを支持する」と書かれたプラカードにキスする大統領選の共和党候補ドナルド・トランプ氏(2016年10月12日撮影)。(c)AFP/MANDEL NGAN〔AFPBB News〕
ソビエト連邦崩壊後の1990年代に、ロシアでは男性の寿命が急激に短くなった。巷では、ウオツカの消費量が増えたからだと言われた。片や米国では、ブルーカラーの男性の死亡率が上昇している。こちらはオピオイド鎮痛剤の流行が原因だとされることが多い。どちらの論評も、症状を原因だと見なす間違いを犯している。
ドナルド・トランプ氏の支持基盤とソ連崩壊後のロシア人男性の間に共通しているのは、意欲の低下だ。それは彼らの世界が消滅しつつあるからだ。タイムマシンでも発明しない限り、その世界を取り戻すことは誰にもできない。
トランプ氏が11月の本選挙で負けるか否かはともかく、彼が立候補したことで、悪意に満ちた新種の政治が目覚めてしまった。その名をホワイト・バックラッシュ(白人たちの巻き返し)と言い、しばらくは消えそうにない。
これに同調するグループに見られるトランプ支持の心情は、彼が何を言ったりやったりしてもまず変化しない。実際、トランプ支持者が米共和党のエスタブリッシュメントに抱いている侮蔑の気持ちは、トランプ氏の女性蔑視発言が公になってから大物の共和党員たちが次々に支持を撤回していることで、むしろ強化される公算が大きい。
米国の白人ブルーカラーの地位は、相対的にも絶対的にも低下しつつある。相対的には、米国では過去100年近くで最悪の所得格差の底辺に置かれている。ここには、この世で何年生きられるかという究極の格差も含まれる。1970年には、低所得の中年男性の平均寿命は高所得の同じ年齢の男性のそれよりも5年短かった。1990年までに、この差は12年に広がった。最新の推計ではほぼ15年になっている。
所得のせいで15年早く死んでしまうだけでも十分にひどい話だが、自分の両親が亡くなった年齢に達しないうちに死ぬことが予想されるとなれば、もっとひどい。これは西側諸国全般で、とりわけ米国では当たり前だと思われてきたこととは正反対の現象だ。米国の独立戦争(独立革命)のころ、平均寿命は38歳だった。1920年までにはこれが57歳に延び、現在は78歳になっている。
シリコンバレーには、人類は死そのものをなくそうとしているという突飛な考えの持ち主もいる。だが、経済学者のアン・ケイス、アンガス・ディートン両氏によれば、ブルーカラーの中年男性の平均寿命は今、実際に短くなりつつある可能性があるという。