June 2006
June 08, 2006
SIX DRAWERS
01;クロロ=ルシルフル
たとえば遺伝子レベルそのものを書き換えられると仮定して、そうしたら僕は僕というものを書き換えるかどうかを考える。答えはノーであることが決まりきっているのに考える。
誕生のゲートの向こうにはどろりとした闇も消毒臭のする白色も勿論鮮やかな赤、青、黄色、そんなものなどもなくて、ただぽっかりとした空白が広がっているのだろう。色でいうなら薄い青みたいな。虹の下の、その色みたいな。
生まれた後に刻み付けられたはずの聖痕の宿った目にはその様子がありありと映し出されていて、愚直な僕はまた、それを信じてしまうのだ。いくらでも。
そのゲートは僕の誕生の瞬間に静かな音をたてて閉まってしまい、その向こうにはもう何もない。塵芥の一欠片さえも。
だから僕は僕を、僕の遺伝子レベルを、門の向こう側の空色で作られた何かを信じるしかないのだ。
(その世界が虚構だと、僕はたぶん、知っているけれど。)
[01;螺旋する門の、跡]
***
02;シズク
わたしを待つのはうつくしい、小さな箱。
それはきれいな薄いピンク色をしていて、丈夫な紙で出来ていて、つやつやした白いタイルの床に置かれてとてもひそやかに佇んでいる。箱は時折微かな声でブーンと鳴くので、わたしは途端に、収納されたいような気分になってしまう。
最初に仕舞われるのは腕がいい。ことりという音がして腕が体から外れると、わたしはそうっと、腕を箱に収納する。そうしてしばしうっとりする。わたしの白くひ弱な腕はひどく、箱に似合うのだ。
次に、靴を脱がせた足。ひざ。ふともも。臍の部分。わたしは段々楽しくなって、その薄いピンクをした小さな箱の中にわたしの部品をどんどんと詰め込んでゆく。それらはやはり、しつらえたように、よく似合う。
耳、つめ、髪。
箱はやがてずっしりと重くなり、そして最後に残るのは脳だ。
わたしは満足げに自分が詰め込まれた箱を見遣り、その暗闇を思ってうっとりとする。くらやみ。わたしを全て内包する、その漆黒について。
脳が入ったら箱はいつものように、ひとりでに閉まるだろう。
わたしはそこに入りたいときに入り、出たいときに出ることができるので。
ぱたり、と蓋が閉まる音がする。
わたしの思考はそこでいちど、
[02;わたしを収納するプロセス]
***
03;ウボォーギン
俺は既に死んでしまった身なのでもう二度と煙草を吸えないし新しい車も買えないし仲間を思う存分抱きしめることも出来ないムカつく野郎に喧嘩売ることも出来ないのでなんだかとても残念におもっている。夏の日に飲むビールも、一度食べたことのあるベルベッタ産クローン羊の肉の味だってもう思い出せない。死ぬというのはまあ、そういうことなので俺は半分諦めているのだ。諦めているし受け入れているというのに俺は未だ間抜けにも空中をふわふわ漂っていて、それで仕方なく、クロロの読む本を後ろからのぞいたりシャルナークの仕事ぶりを見に行ったりもする。彼らはまあ、うまくやっているらしい。俺がいなくても。
うまくやっているらしい幻影旅団はそれでもたまに、いないはずの俺に向かって悪態をついたりする。俺を恋しがって泣いたりもする。
死んでしまっていることを諦めている俺はだけどそんなとき、手を払ったり頭を抱いたり頬を殴って額にキスしたり、そんな当たり前のことをしてやりたいと思うのだ。幽霊だって人間なのだ。人間のコミュニケーションの基本を奪われて空中をふわふわ浮いていて体は半透明で、それでも人間らしい感情が残っているなんて一体どういうことだと俺は思う。もしかしたらこれは地獄なんだろうか。これこそが地獄なんだろうか。それで俺は、いつもの祈りを口にする。泣いているマチや俺の墓に酒をかけるノブナガの前で、何かに誰かに見せ付けるように、口にする。
(ああ、頼むからいい加減、俺を成仏させてください。)
[03;手を払い頭を抱き頬を殴って、額にキスを、(侵食。)]
***
04;シャルナーク
抱えている予感はたぶん思い過ごしだと思いたいけど、けれど俺はわりと勘のいい方なので困ってしまう。桜なんて咲いちゃってそういう気分になっているだけなのかもしれないしまあそんなこと、よくあるものだ。そう思うけど。
俺のまわりにいる人はよく死んでしまって俺はその度に泣いていたがクロロに連れられて盗みとか殺しとか楽しいことをやっているうちにそういうことも少なくなった。
予感からは遠ざかって、予断からも遠ざかって、今じゃ感覚も薄れてる。あの、舌にぴりっとくるような味のようなものだって。
でもわかる。このにおいはもう俺の中に染み付いてしまっていて、俺のまわりのやさしいひとたちの言葉なんかじゃもう、どうにもならないところまで来てしまっているのだ。俺は既に、その予感と共に生きている物体なので。
そして俺は春の真昼の公園なんかでよわくてきらきらした光を浴びながら絶望と混沌とほんの少しの救いの入り混じった予感なんかをまた抱く。舌にあの味が蘇ってくしゃみをする。誰かがまた泣いてしまうかもしれないと思う。伸びをして、俺はただ予感を抱いて考える。それしか出来ない自分が悔しいのだ。
光の軌跡にほこりが舞って、とてもうつくしい。予感はたとえばこういう色をしているのだけど、その奇麗さを、俺はまだ誰にも言えないでいる。
[04;Zの予感]
***
05;カルト
ゴシックロリータが大好きだったけど一神教と多神教の違いさえわかっていなかった、マリスミゼルと嶽本野ばらなんかが大好きだった、至って真剣にお人形に話しかけたりもした。
わたしには本物のトラウマがあったのでまあそれでも許されるんじゃないのという甘い考えでわたしはそれらの行動を為し、でも、そういう感情は大抵一過性のものなのだった。
人の視線なんかが一々絡まってくるように思える。
みんながわたしのことを悪く言っているように思える。
わたしはみんなとは違うことをかたく、信じている。勿論将来OLなんかには絶対ならない。フリーターにもならない。下品なセレブにも。(なんて言ったら「当たり前だろ、お前は殺し屋になるんだから。OLだのフリーターだの、どこでどんな言葉覚えたんだ」とイルミお兄様に笑われた)
将来わたしはきっと、自分らしい道をつかむことだろう。
好きなものに従事して、忙しいながらも、幸福な暮らしを掴むだろう。
そして趣味に勤しんで、大往生するだろう。わたしはそれを、妄信的でも過信的にでもなくただ信じている。
けれどわたしは、次は、一度死んだあとにはわたしであることをやめたいと思うのだ。
幽霊のように地上に縛り付けられるのも嫌だし澁澤龍彦の小説のようにずっとぐるぐる空を歩いているのも嫌だ、天国に行くのも地獄に行くのも煉獄だって真っ平だ。
蜘蛛の糸にだってつかまりたくないしお釈迦様とも会いたくない。
わたしは。――だからわたしは、ブラックホールに投げ込まれて一瞬のうちに消滅するような、そんな消え方をしたいと、思うのだ。
それは決して、リストカットするような、そういう心境じゃなく。ね。
(かくも明るい輪廻廃棄!)
[05;輪廻廃棄]
***
06;フランクリン
純化した言葉は鋭利な刃物で純化されない言葉は俺をうつ石である。
雲の切れ間からのぞく光は問答無用に我が身を苛み曇り空は体から熱を奪い雨はわずか残った精神力さえ搾り取る。コミュニケーションは皮膚をはぎとり孤独は骨をくだく。友愛は心から水分を奪い恋情は互いを、そう、死に至らしめるのだ。
苦痛と快感のような感情が交互にやってきて不眠症と眠る時期が交互にやってきて入れ替わり立ち代り、この俺の前にも人が来る。やさしくしたり、冷たくしたり、愛したり、裏切ったりする。
そのたびに傷つくのは体であり精神であり、たぶん、本当の死を迎えるまでに俺は手ひどく傷つくのだろう、死に続けるのだろう。
(でも、そう、この連鎖をとめないでくれ)
痛みなんて軽減しないでいい。
ただ入れ替わり立ち代り来る人々と、そして苛むものに囲まれて暮らしていたいのだ。人間でありたいと思うのだ。不器用でもいいと、思うのだ。
うまくやれるようになるまで、俺はいくらだってしにつづけるから。
「あはははははは!」
[06;しにつづける]
・:*:・*・:*:・
最後のフランクリンがキモくなったので反省してます。
カルトの話がお気に入り。てか久々の更新でごめんなさいと最初に言うべきでした。
たとえば遺伝子レベルそのものを書き換えられると仮定して、そうしたら僕は僕というものを書き換えるかどうかを考える。答えはノーであることが決まりきっているのに考える。
誕生のゲートの向こうにはどろりとした闇も消毒臭のする白色も勿論鮮やかな赤、青、黄色、そんなものなどもなくて、ただぽっかりとした空白が広がっているのだろう。色でいうなら薄い青みたいな。虹の下の、その色みたいな。
生まれた後に刻み付けられたはずの聖痕の宿った目にはその様子がありありと映し出されていて、愚直な僕はまた、それを信じてしまうのだ。いくらでも。
そのゲートは僕の誕生の瞬間に静かな音をたてて閉まってしまい、その向こうにはもう何もない。塵芥の一欠片さえも。
だから僕は僕を、僕の遺伝子レベルを、門の向こう側の空色で作られた何かを信じるしかないのだ。
(その世界が虚構だと、僕はたぶん、知っているけれど。)
[01;螺旋する門の、跡]
***
02;シズク
わたしを待つのはうつくしい、小さな箱。
それはきれいな薄いピンク色をしていて、丈夫な紙で出来ていて、つやつやした白いタイルの床に置かれてとてもひそやかに佇んでいる。箱は時折微かな声でブーンと鳴くので、わたしは途端に、収納されたいような気分になってしまう。
最初に仕舞われるのは腕がいい。ことりという音がして腕が体から外れると、わたしはそうっと、腕を箱に収納する。そうしてしばしうっとりする。わたしの白くひ弱な腕はひどく、箱に似合うのだ。
次に、靴を脱がせた足。ひざ。ふともも。臍の部分。わたしは段々楽しくなって、その薄いピンクをした小さな箱の中にわたしの部品をどんどんと詰め込んでゆく。それらはやはり、しつらえたように、よく似合う。
耳、つめ、髪。
箱はやがてずっしりと重くなり、そして最後に残るのは脳だ。
わたしは満足げに自分が詰め込まれた箱を見遣り、その暗闇を思ってうっとりとする。くらやみ。わたしを全て内包する、その漆黒について。
脳が入ったら箱はいつものように、ひとりでに閉まるだろう。
わたしはそこに入りたいときに入り、出たいときに出ることができるので。
ぱたり、と蓋が閉まる音がする。
わたしの思考はそこでいちど、
[02;わたしを収納するプロセス]
***
03;ウボォーギン
俺は既に死んでしまった身なのでもう二度と煙草を吸えないし新しい車も買えないし仲間を思う存分抱きしめることも出来ないムカつく野郎に喧嘩売ることも出来ないのでなんだかとても残念におもっている。夏の日に飲むビールも、一度食べたことのあるベルベッタ産クローン羊の肉の味だってもう思い出せない。死ぬというのはまあ、そういうことなので俺は半分諦めているのだ。諦めているし受け入れているというのに俺は未だ間抜けにも空中をふわふわ漂っていて、それで仕方なく、クロロの読む本を後ろからのぞいたりシャルナークの仕事ぶりを見に行ったりもする。彼らはまあ、うまくやっているらしい。俺がいなくても。
うまくやっているらしい幻影旅団はそれでもたまに、いないはずの俺に向かって悪態をついたりする。俺を恋しがって泣いたりもする。
死んでしまっていることを諦めている俺はだけどそんなとき、手を払ったり頭を抱いたり頬を殴って額にキスしたり、そんな当たり前のことをしてやりたいと思うのだ。幽霊だって人間なのだ。人間のコミュニケーションの基本を奪われて空中をふわふわ浮いていて体は半透明で、それでも人間らしい感情が残っているなんて一体どういうことだと俺は思う。もしかしたらこれは地獄なんだろうか。これこそが地獄なんだろうか。それで俺は、いつもの祈りを口にする。泣いているマチや俺の墓に酒をかけるノブナガの前で、何かに誰かに見せ付けるように、口にする。
(ああ、頼むからいい加減、俺を成仏させてください。)
[03;手を払い頭を抱き頬を殴って、額にキスを、(侵食。)]
***
04;シャルナーク
抱えている予感はたぶん思い過ごしだと思いたいけど、けれど俺はわりと勘のいい方なので困ってしまう。桜なんて咲いちゃってそういう気分になっているだけなのかもしれないしまあそんなこと、よくあるものだ。そう思うけど。
俺のまわりにいる人はよく死んでしまって俺はその度に泣いていたがクロロに連れられて盗みとか殺しとか楽しいことをやっているうちにそういうことも少なくなった。
予感からは遠ざかって、予断からも遠ざかって、今じゃ感覚も薄れてる。あの、舌にぴりっとくるような味のようなものだって。
でもわかる。このにおいはもう俺の中に染み付いてしまっていて、俺のまわりのやさしいひとたちの言葉なんかじゃもう、どうにもならないところまで来てしまっているのだ。俺は既に、その予感と共に生きている物体なので。
そして俺は春の真昼の公園なんかでよわくてきらきらした光を浴びながら絶望と混沌とほんの少しの救いの入り混じった予感なんかをまた抱く。舌にあの味が蘇ってくしゃみをする。誰かがまた泣いてしまうかもしれないと思う。伸びをして、俺はただ予感を抱いて考える。それしか出来ない自分が悔しいのだ。
光の軌跡にほこりが舞って、とてもうつくしい。予感はたとえばこういう色をしているのだけど、その奇麗さを、俺はまだ誰にも言えないでいる。
[04;Zの予感]
***
05;カルト
ゴシックロリータが大好きだったけど一神教と多神教の違いさえわかっていなかった、マリスミゼルと嶽本野ばらなんかが大好きだった、至って真剣にお人形に話しかけたりもした。
わたしには本物のトラウマがあったのでまあそれでも許されるんじゃないのという甘い考えでわたしはそれらの行動を為し、でも、そういう感情は大抵一過性のものなのだった。
人の視線なんかが一々絡まってくるように思える。
みんながわたしのことを悪く言っているように思える。
わたしはみんなとは違うことをかたく、信じている。勿論将来OLなんかには絶対ならない。フリーターにもならない。下品なセレブにも。(なんて言ったら「当たり前だろ、お前は殺し屋になるんだから。OLだのフリーターだの、どこでどんな言葉覚えたんだ」とイルミお兄様に笑われた)
将来わたしはきっと、自分らしい道をつかむことだろう。
好きなものに従事して、忙しいながらも、幸福な暮らしを掴むだろう。
そして趣味に勤しんで、大往生するだろう。わたしはそれを、妄信的でも過信的にでもなくただ信じている。
けれどわたしは、次は、一度死んだあとにはわたしであることをやめたいと思うのだ。
幽霊のように地上に縛り付けられるのも嫌だし澁澤龍彦の小説のようにずっとぐるぐる空を歩いているのも嫌だ、天国に行くのも地獄に行くのも煉獄だって真っ平だ。
蜘蛛の糸にだってつかまりたくないしお釈迦様とも会いたくない。
わたしは。――だからわたしは、ブラックホールに投げ込まれて一瞬のうちに消滅するような、そんな消え方をしたいと、思うのだ。
それは決して、リストカットするような、そういう心境じゃなく。ね。
(かくも明るい輪廻廃棄!)
[05;輪廻廃棄]
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06;フランクリン
純化した言葉は鋭利な刃物で純化されない言葉は俺をうつ石である。
雲の切れ間からのぞく光は問答無用に我が身を苛み曇り空は体から熱を奪い雨はわずか残った精神力さえ搾り取る。コミュニケーションは皮膚をはぎとり孤独は骨をくだく。友愛は心から水分を奪い恋情は互いを、そう、死に至らしめるのだ。
苦痛と快感のような感情が交互にやってきて不眠症と眠る時期が交互にやってきて入れ替わり立ち代り、この俺の前にも人が来る。やさしくしたり、冷たくしたり、愛したり、裏切ったりする。
そのたびに傷つくのは体であり精神であり、たぶん、本当の死を迎えるまでに俺は手ひどく傷つくのだろう、死に続けるのだろう。
(でも、そう、この連鎖をとめないでくれ)
痛みなんて軽減しないでいい。
ただ入れ替わり立ち代り来る人々と、そして苛むものに囲まれて暮らしていたいのだ。人間でありたいと思うのだ。不器用でもいいと、思うのだ。
うまくやれるようになるまで、俺はいくらだってしにつづけるから。
「あはははははは!」
[06;しにつづける]
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最後のフランクリンがキモくなったので反省してます。
カルトの話がお気に入り。てか久々の更新でごめんなさいと最初に言うべきでした。