August 2005
August 28, 2005
So-Far.(ヒソフェイ)
溢るるバックミュージック/蝉の声、朴訥とした抑揚で滴り落ちる感情、むらさきの宵空、青々とした山脈におちる雲の影の(メディアに侵された)反リアリティ……、
そんなものが一くくりにして無造作に放り出されたような夏の、雑路の片隅でフェイタンはヒソカと出会って、そうしてわずかな間もなく唐突に舌打ちをくらったのだった。
「なんだ、フェイタンじゃないか」
「・・・」
「待ちなって、つれないなぁ」
ヒソカは目を細めて笑い、まぶたの裏の目の力を誇示するのでフェイタンは少し苛苛する、垣間見えた蛇の紫のそのあざとい色。
フェイタンは彼の横をすり抜けようとして歩みだすが夏でも長い袖に覆われた二の腕をつよい力で引っ張られたのでそれをパシリ、と冷酷な平手で払ってみせた。ヒソカが少し驚いたような顔をするのを横目で見やる。(フェイクだ)――触られた部位が生ぬるい。人のまとわりつくような体温よりは外の刺すような熱の方がまだマシだと、フェイタンは夏の間、常々思っている。
「つれないなあ、相変わらず」
「次ワタシに触れたら今度は刺すよ」
「ひっかくって意味? 猫ちゃんみたいだねぇ君」
「・・・・・・」
「それにしてもさ、ぐだんぐだんじゃないの、君」
「夏は苦手よ」
「それはそれは」
世の定石だよね、なよっちいコは夏に弱い、とヒソカはわざとフェイタンの神経を逆なでするために言い放ち、まあちょっと付き合えよ、と嫌な顔をするフェイタンの腕を再び掴んだのだった。
ところでどうせ連れて行かれるのは裏酒場か何処かだろうというフェイタンの予想に反して、ヒソカが入っていったのはスターバックスのオープンテラスであったので彼は逆にうんざりする、この暑い真夏日にあの燦燦と陽を浴びた白いオープンテラス!静かな喧騒にみちた薄暗い、現代人が好みそうな(軽薄な)モダンを気取った店内のソファにはまだ随分空きがあるというのに、ヒソカは心なし嬉々とした足取りで外の席へと向かってゆく。空調が発す小さな機械音が、ひやりとした空気が名残惜しげに耳に届いて、フェイタンはとうとうコーヒーをトレーに乗せて歩くヒソカを呼び止めた。
「席、ここでいいね」
「中で飲むなんて来た意味ないだろ?」
「外にいる方が来た意味ないよ」
「いいからいいから」
……、
………、
黒色のラインの入ったスニーカーが自動ドアの線を越してアスファルトを踏み潰す。
(オープンテラスの白さはいっそ嫌味だ)
結局外にあるかたい椅子に腰掛けたフェイタンがそう思って、ふとヒソカの腕に結わえられた腕時計の柄に目を向けた。蜘蛛柄。…嫌味だ。
ごつごつとした骨が露出する手首の、すぐ横に食い込むように嵌められたその時計はどうやら本革を使っているらしく、見つめているとてらてらと艶かしく光った。
二枚重ねの薄いタンクトップから伸びたうつくしい腕(いくらヒソカが嫌味でもそれは認めざるを得なかった、フェイタンは自分の偏った感性においてはひどく公正だ)(そうしてフェイタンはあの腕になら、少しくらいキスしてやってもいいかなと思っている)にその腕時計はとても似合い、フェイタンの視線に気づいたヒソカはしかし、ただ唇の端をシニカルに上げてコーヒーに砂糖を入れかき混ぜはじめるだけだった。嫌味だ。
「暑い」
「君もなかなか煩いね、奢ってあげたんだからこれくらい我慢してほしいな」
「…・・・そもそもなんでお前ここにいるか」
「そういう質問は会った最初に言うべきだよね。ボケてるのは夏のせいかな?」
「そうでもないよ」
「・・・」
「なに笑てるか」
ヒソカと会話を交わしながらもフェイタンはぼんやりと、白色のパラソルから刺し込み続ける光のことを気にし続けていた。
フェイタンはごくまずそうにコーヒーを啜る。普段の傾向からブラックでも頼むのかと思いきや、彼の頼んだものはキャラメルフレーバーのコーヒーで、ヒソカはほんの少しだけそれを微笑ましく思った。(夏の間は糖分を控えると決めているのでヒソカが頼んだのはノーマルのコーヒーフラペチーノだった、無論シロップなんかは入れない)
ヒソカの腕では相変わらず、蜘蛛の時計の毒のある美しさがてらてらとひかっている。もはや耳に馴染んだ蝉の叫び声、あの音に何かを投影しようだなんてとんだお門違いだ。
彼らはただ鳴いているのであって、別に魂の叫びでも、夏の象徴でも何でもない筈なのに。
「ねぇ、フェイ」
「…」
「"フェイタン"」
「何か用か」
「興味ないけど暇だから聞いてあげるんだけどね、なんで"夏が嫌い"なの?」
「焼けるから」
「馬鹿じゃないの♪」
どうやら本当に暇らしいヒソカの声を適当に聞き流し、パラソルから降る見えない光の筋を親の敵のように睨み付けながら、フェイタンはどの日焼けどめを買おうか真剣に思考をめぐらせていた。SPFは50?65?
溢るるバックミュージック/蝉の声、朴訥とした抑揚で滴り落ちる感情、むらさきの宵空、青々とした山脈におちる雲の影の(メディアに侵された)反リアリティ……、それから夏を凝縮したような紫いろのフェイタンの目。
腐食しかけの夏は相変わらず、そこかしこに無造作に、放り投げられてただ放置されていた。蝉が鳴く。フェイタンのコーヒーの上に乗ったクリームの塊が、無残にスプーンで潰されてぐにゃりと崩れる。そうしてフェイタンは優雅に立ち上がって少し微笑んでみせてから、白色のオープンテラスにヒソカを残して、冷房の効いた店内へと移動して行ったのだった。
・:*:・・:*:・
これ最初シズクとレオリオで書いた。
「どんな二人だよ!」と自分ツッコミが入ったのでヒソフェイに変更。
フェイタン大好きです。
9/15
ちょっと修正しまひた。
August 25, 2005
CaLl mY nAMe(フィンフェイ)
「フィンクス」
いとも容易く俺の名を呼ぶ、声。
ごく気軽に、最初から、フェイタンは俺の名を呼んだのだった。唇だけを絶妙な角度でずらした笑いかたでにやりと、揶揄るように。
馴れ馴れしく俺の名を呼ぶことが出来るのはフェイタンを含め12人(蜘蛛の入れ墨のないヤツに名前を呼びつけられるのなんざごめんだ)。
しかし、フェイタンが俺の名を呼ぶのは、その中でもさらに違った。
7月末のその日は朝からうだるような快晴で、馬鹿みたいに澄んだ空のスカイブルー、高い天球には雲さえなかった。
細やかに儚げな紫陽花は水無月に溺れて既に枯れ果て、代わりを務めるのは耳に痛い壊れた蝉の声。
路上駐車の車ごしの歩道からは目に見えて熱気が立ち込めているし、乱立したビルで四方を固めたコンクリの街は澱んだ湿気に囲まれてけだるい様だ。
高いヒールを履いた女が靴音を鳴らして目前を行き過ぎて、ミニスカートから大きく露出したそう長くもない足が生々しく夏を物語る。アイメイク濃いぜオネーサン。
7月末のその日、
都会の夏の暑さに辟易した俺とフェイタンは車内で時間を持て余し、俺は何をするでもなく運転席のシートを倒して寝転がっている。
同じく暇そうに雑誌のページを繰っていた彼が突如フィンクス、と名前を呼んで、ビールが飲みたいと気のない声音でそう続けた。
脈絡なく言葉を発するのは多分彼の癖で、唐突に話題を変える会話は日常的会話の延長線ですらないことが多い。ビールが飲みたい。あっそ、勝手に買ってこいよ。
「フィンクス」
「あー?」
「…」
「何だよ」
「呼んでみただけね」
「…んだよ、それ」
動かない車内は冷房も効かず、うるさいエンジンをふかすキーを無造作に引き抜いて歩道側のドアを開け放った。
何が可笑しいのかくつくつと笑う彼から逸らした顔は、少し拗ねていただろうか。
硝子のコップなら砕けるだろう、なんでもないことのように繕う急激な温度差。
使い込んだ赤いシートは扉からの陽光を受けててらてらと光り、同じくして紫煙のようなフェイタンの黒髪が茶に透け、きれいだと思った。
真実脈絡のない言葉とは反し現実を楽しむような微笑は統一されて、いつも彼の表情に余裕みたいに存在するのだ、於いて。
愛しい、とかそういう気持ちを感じた。俺流に言うなら、『ヤリてえ』。
「なあ、」
「………。」
ごく自然に運転席から腕が伸びて四肢をやわらかに拘束しようとするが、なすがまま、フェイタンは抵抗はしなかった(意思表示とフェイクだけは明確に、だ)。既にとらわれてると思ったがそんな恥ずかしい心中に対してFuckもsitも口をついては出なかった。
いかにもエロティックな真夏の太陽 とやらに侵されて、とうとう脳味噌も腐ったか。まるで惰性だ。ところが。
あつい、と言って眉根を寄せたフェイタンはほんの数秒間でするりと俺の腕の隙間をくぐり、後部座席に避難すると何事もなかったかのように再び本を開いた。
またそしていつものクールなポーカーフェイス。
「フェイタン、ビール」
「…何だっつの」
認めたくはないが少し落ち着こうと火を擦ってニコチンを肺に入れれば、筋張って長い指先が、反射する太陽光に透けながら伸ばされる。何時の間にか少し焼けたその肌色。
「それ吸いたい」
「吸いたきゃ盗ってこいよ」
「外出るのめんどくさいよ」
雑音混じりのラジオが歌う、ほんの微かに指が触った唇、見透かすように微笑った彼の口元は皮肉げで酷く、…
名を、
名を。
名を。
真剣に、からかうように、愛しげに呼ばれる度、想いが募っていくことを俺も彼も決して認めはしない。
彷徨する心を留めようとしないでくれ、
孤独を奪おうとしないでくれ。何度も、その名を。
馬鹿みたいにそう思うけれど、思考なんてきっと暑さにやられるだけなのだ。いくら考えても律しても素直に従ってはくれない。面倒くさいと舌打っても。
太陽はどんどん熱を上げて思考能力を奪ってゆく一方だ。人間はきっと冷えきるのに温暖化する地球。紫煙は車内に燻り続ける。
主張するように吸ったのに掠め取られた煙草、確かに奪われたその跡には、じんと響く痛いような熱が残ってすぐに消えた。
・:*:・*・:*:・
わけわかんねー話を勢いで書いてしまった。
フィンクスがきもい。そのうち修正します。
August 19, 2005
軋む音、狂気、いびつ、・・・歪み?(ヒソクロ)
(夏の夜のまどろみはクロロによく似ている)
家中が寝静まった寅の刻、しかし埋み火のような明かりが灯ったヒソカの部屋だけは仄かに明るい。
座って向かう文机の、しかし手元に置かれたまっさらな白紙には一文字の言葉も落とされてはいなかった。ただ白い紙が淡い月影をうつして、わずか発光しているように泰然と闇に浮かんでいる。
ヒソカはただ、気だるさに身を任せて、座っていればよかった。
それだけで、夏の夜に彼が望むものは手に入ったからだ。
開け放した障子の向こうからは鈴の音を模した風鈴の音が幾重にもなって聞こえてくるが、停滞した夜はその他に何も連れてこない。
意図せずほとりと紙上におちた汗の粒は、控えめに和紙に滲んですぐさま溶け消えた。
青々と香る畳の上に放り出した手足は、夏の夜に、何かを求めて幾度となく疼いてヒソカをどうしようもない気分にさせる。
手遊びにカードを繰ってみれば少し治まるが、それでも慢性的にじくじくと彼の体を蝕んでゆくような"物足りなさ"は、どれほども埋まりはしなかった。
(夏の夜のまどろみはクロロによく似ている)
部屋から見える小さな箱庭、背景に徹した庭灯篭、部屋をゆらめかせる小さな蝋燭の甘い橙の光の影にさえ、夏の夜には至るところで何かが燻っているのだ。
それは欲に似ていて、不規則的にうごめく細胞体であり、獣の黒い眼に牙に爪に宿る本能と狂気に近しい「人間の闇」だ。
そうしてこの部屋ではそれら全てを含んだ何かしらの感情が、けだるい湿気につつまれ鋭い輪郭を曖昧にぼかされて空気中のそこかしこに混じっている――確実に潜んでいるはずなのに、姿ばかりが見えないのだ。
…ヒソカには正体もなく夏の夜にひそむそれが、理性を取り払いただ研ぎ澄まされたクロロの姿に見えた。彼の幻影が棘を隠してここにいる、と。
部屋のあちらこちらに潜んでいるのはクロロであり、またヒソカでもある。彼らが併せ持つ、狂気のにおいだ。
それら全ては融合し、湿気と熱気とに何重にもくるまれて境界をなくし、そうして一緒くたになっているのだ。
汗が滲んでいた。光がとおく、見える。
湿気は甘ったるく体を覆ってひどく心地よかったが、うずく彼のゆびさきは、カードを握りこんだままとうとう小刻みに震え始めていた。
闇に抱かれたヒソカはとらわれたように動けない。
(クロロ)
ただ鋭利なクロロの姿が、自分を壊しに来てくれるのを待っている。
同じ狂気を共有したはずの同類、嫌悪し崇拝する対象、(だって僕らはあまりにも似ているんだクロロ、) ヒソカは思う。青白い肌、うすくて尖ったつめ、唇の形も色も狂気を存分に孕んだぬばたまの闇の髪の流れひとつでさえ、…
ただ純粋に、幼い恋をしていた。
生ぬるい夏の夜に呼んだ名は湿気の重さに押しつぶされ、ついぞ闇に触れることはなかった。
・:*:・・:*:・
ヒソカと日本風の家って似合わねー!
家中が寝静まった寅の刻、しかし埋み火のような明かりが灯ったヒソカの部屋だけは仄かに明るい。
座って向かう文机の、しかし手元に置かれたまっさらな白紙には一文字の言葉も落とされてはいなかった。ただ白い紙が淡い月影をうつして、わずか発光しているように泰然と闇に浮かんでいる。
ヒソカはただ、気だるさに身を任せて、座っていればよかった。
それだけで、夏の夜に彼が望むものは手に入ったからだ。
開け放した障子の向こうからは鈴の音を模した風鈴の音が幾重にもなって聞こえてくるが、停滞した夜はその他に何も連れてこない。
意図せずほとりと紙上におちた汗の粒は、控えめに和紙に滲んですぐさま溶け消えた。
青々と香る畳の上に放り出した手足は、夏の夜に、何かを求めて幾度となく疼いてヒソカをどうしようもない気分にさせる。
手遊びにカードを繰ってみれば少し治まるが、それでも慢性的にじくじくと彼の体を蝕んでゆくような"物足りなさ"は、どれほども埋まりはしなかった。
(夏の夜のまどろみはクロロによく似ている)
部屋から見える小さな箱庭、背景に徹した庭灯篭、部屋をゆらめかせる小さな蝋燭の甘い橙の光の影にさえ、夏の夜には至るところで何かが燻っているのだ。
それは欲に似ていて、不規則的にうごめく細胞体であり、獣の黒い眼に牙に爪に宿る本能と狂気に近しい「人間の闇」だ。
そうしてこの部屋ではそれら全てを含んだ何かしらの感情が、けだるい湿気につつまれ鋭い輪郭を曖昧にぼかされて空気中のそこかしこに混じっている――確実に潜んでいるはずなのに、姿ばかりが見えないのだ。
…ヒソカには正体もなく夏の夜にひそむそれが、理性を取り払いただ研ぎ澄まされたクロロの姿に見えた。彼の幻影が棘を隠してここにいる、と。
部屋のあちらこちらに潜んでいるのはクロロであり、またヒソカでもある。彼らが併せ持つ、狂気のにおいだ。
それら全ては融合し、湿気と熱気とに何重にもくるまれて境界をなくし、そうして一緒くたになっているのだ。
汗が滲んでいた。光がとおく、見える。
湿気は甘ったるく体を覆ってひどく心地よかったが、うずく彼のゆびさきは、カードを握りこんだままとうとう小刻みに震え始めていた。
闇に抱かれたヒソカはとらわれたように動けない。
(クロロ)
ただ鋭利なクロロの姿が、自分を壊しに来てくれるのを待っている。
同じ狂気を共有したはずの同類、嫌悪し崇拝する対象、(だって僕らはあまりにも似ているんだクロロ、) ヒソカは思う。青白い肌、うすくて尖ったつめ、唇の形も色も狂気を存分に孕んだぬばたまの闇の髪の流れひとつでさえ、…
ただ純粋に、幼い恋をしていた。
生ぬるい夏の夜に呼んだ名は湿気の重さに押しつぶされ、ついぞ闇に触れることはなかった。
・:*:・・:*:・
ヒソカと日本風の家って似合わねー!
SICK(フィンクス+フェイタン)
月光のうつくしく満ちた夜に。
丑の刻参りの時間帯、白い着物を纏う代わりにいつもの黒い服でフェイタンはベッドに倒れこみ、眩暈と頭痛と、ゆるやかに体内を満たしてゆく高熱に負けそうになっていた。
恐ろしく響く、耳鳴りのする耳朶が突発的にクリアーになって水音をとらえた。それは締め付けのゆるい、むきだしの配水管から常のようにぽたぽたと落下するそれではなく、勢いよく突出する、水だ。
喉が渇いて咳き込み、喘息持ちのような呼吸をする。水。水が飲みたい。うわごとのようにそう思う。
――風邪だということはわかっていた。市販薬も氷枕も必要はない。熱帯夜のうだるような湿気がまとわりついて鬱陶しげに毛布を振り払うと、逆に寒気が襲って皮膚が鳥肌だった。
("夏風邪"…)
(馬鹿、か…まさか、フィンクスじゃあるまいし)
うつぶせに倒れこんだまま、自嘲する。辛いと認めるのは嫌で、そうなったらもう嘲笑のほか浮かべるものは見つからない。
嫉妬を絡めた憎悪も取り残されるような不安も醜かった。いらなかった。
眠って意識を閉ざしてしまおうとするのに、熱い東京の夜と熱を存分に孕んだコンクリートの壁と体内に篭る温度はそろって眠れない夜の様態を作り出す。
流れっぱなしだった水道の音が止まって、歪んだ視界に黒く陰がゆらめいた。ひたひたと、足音。
締め付けの緩い配水管は未だぴちゃぴちゃと音を発し完全には止まらないのだ。そう、いつものこと。
窓のない部屋ではもう、今がどれくらいの時間なのか分からなかった。丑の刻参り、…そう、多分にそれくらいなのだろう。ちょっと首を回してみて、ベッドサイトに置かれたデジタル時計の、その緑色にひかる数字を確認する動作さえも気だるいのだ。
天井に無造作に取り付けられた蛍光灯も点けない部屋では、部屋の外の通路につけられた切れかけの電球が時折室内を照らすのみだ。ジジ、と不快な音を発して、スパーク。足音は近くで止まったのに水音は止まない。煩わしい。耳鳴り。
感電するな、と意味もなく思った。死ぬかもしれない。それに対しての感情は沸いてこない。…そんなわけないのに。
戻ってきた声が、いつもと変わらぬ硬質さをにおわせながら、耳に届いた。
「フェイ?」
「…」
「布団かけてろよ」
「あついよ」
「我慢しろ、病人だろ」
潤んだ目で捉えようとした人影も、夜の闇と瞼にかかる痛んだ金髪に遮られて禄に見えやしない。
仲間(この表現も既に正しいのか正しくないのか分からないが。仲間だなんて、偽善的な響き、自分がフィンクスに対して使うにはあまりに滑稽ば気がした)のひとりは手に何かを持っていた。自分の細い指とは対照的に骨張ってごつごつした指が近づいてきて、その後に額に冷えた感触がすると、それが濡らした布だったと分かった。
「全く、お前が風邪なんて笑っちまうな。フランクリンがこの薬飲めってよ」
「…そんなもの、要らないよ」
高熱で思考など停止しているのに、最後に残ったちっぽけなプライドが彼に甘える気持ちを躊躇させては止むことがない。しかしそれを捨ててしまえばワタシはきっと駄目になる、と、漠然とした予感のみを抱いていた。
張り詰めた緊張感の中にある関係を、崩せば終わりだと意味も無く悟っていたのだ。思い込んでいたのだ。
「フィンクス」
なんだ、と彼は無造作に言葉を放り投げて、顔を覗き込むように影が覆い被さった。汗ばんだ前髪をぐしゃぐしゃに掻き揚げながら、溜息を吐くように言葉を吐き出した。廊下の電球がジジジと鳴る。スパーク。閉じた目の奥で白い光がはじけて断続的な言葉が浮かんだ。
弱っているときくらい・捨てても・いい・プライドなんて・滑稽な・?
「薬要らないよ。すぐ治る」
「…」
わずかな沈黙のあち、フィンクスは自分の額にキスをおとして(彼がそんなことをするとは思えなかったのでこれは既に夢かもしれない)、座ったのであろう安っぽい鉄色のパイプ椅子がぎしぎしと軋む音がした。「分かったから寝ていろ」。
吸い込まれるように目を、閉じる。
髪を梳く手は穏やかにやさしい。
今はまだ、濁流に身を任せている。
行き着く先には妬け付くような憎悪しかなくとも、今更そんなこと問題にはならないと、そう思ってフェイタンはゆっくりと意識を手放した。
窓のない部屋の先にためらう月は佇むのだろうか。
視界がフィンクスを失う最後に、古い水跡が残る灰色の壁をみて、とりとめもなくそんなことを考えた。
水音はまだ、止まない。
・:*:・・:*:・
フェイタン風邪なんかひかねぇよ、と途中でやめたくなりながら書きました。
いや、でも彼も人間だし、とか。
数学の授業中、フェイが風邪引いてフィンクスが薬もってきたら萌えると思って書いた。
丑の刻参りの時間帯、白い着物を纏う代わりにいつもの黒い服でフェイタンはベッドに倒れこみ、眩暈と頭痛と、ゆるやかに体内を満たしてゆく高熱に負けそうになっていた。
恐ろしく響く、耳鳴りのする耳朶が突発的にクリアーになって水音をとらえた。それは締め付けのゆるい、むきだしの配水管から常のようにぽたぽたと落下するそれではなく、勢いよく突出する、水だ。
喉が渇いて咳き込み、喘息持ちのような呼吸をする。水。水が飲みたい。うわごとのようにそう思う。
――風邪だということはわかっていた。市販薬も氷枕も必要はない。熱帯夜のうだるような湿気がまとわりついて鬱陶しげに毛布を振り払うと、逆に寒気が襲って皮膚が鳥肌だった。
("夏風邪"…)
(馬鹿、か…まさか、フィンクスじゃあるまいし)
うつぶせに倒れこんだまま、自嘲する。辛いと認めるのは嫌で、そうなったらもう嘲笑のほか浮かべるものは見つからない。
嫉妬を絡めた憎悪も取り残されるような不安も醜かった。いらなかった。
眠って意識を閉ざしてしまおうとするのに、熱い東京の夜と熱を存分に孕んだコンクリートの壁と体内に篭る温度はそろって眠れない夜の様態を作り出す。
流れっぱなしだった水道の音が止まって、歪んだ視界に黒く陰がゆらめいた。ひたひたと、足音。
締め付けの緩い配水管は未だぴちゃぴちゃと音を発し完全には止まらないのだ。そう、いつものこと。
窓のない部屋ではもう、今がどれくらいの時間なのか分からなかった。丑の刻参り、…そう、多分にそれくらいなのだろう。ちょっと首を回してみて、ベッドサイトに置かれたデジタル時計の、その緑色にひかる数字を確認する動作さえも気だるいのだ。
天井に無造作に取り付けられた蛍光灯も点けない部屋では、部屋の外の通路につけられた切れかけの電球が時折室内を照らすのみだ。ジジ、と不快な音を発して、スパーク。足音は近くで止まったのに水音は止まない。煩わしい。耳鳴り。
感電するな、と意味もなく思った。死ぬかもしれない。それに対しての感情は沸いてこない。…そんなわけないのに。
戻ってきた声が、いつもと変わらぬ硬質さをにおわせながら、耳に届いた。
「フェイ?」
「…」
「布団かけてろよ」
「あついよ」
「我慢しろ、病人だろ」
潤んだ目で捉えようとした人影も、夜の闇と瞼にかかる痛んだ金髪に遮られて禄に見えやしない。
仲間(この表現も既に正しいのか正しくないのか分からないが。仲間だなんて、偽善的な響き、自分がフィンクスに対して使うにはあまりに滑稽ば気がした)のひとりは手に何かを持っていた。自分の細い指とは対照的に骨張ってごつごつした指が近づいてきて、その後に額に冷えた感触がすると、それが濡らした布だったと分かった。
「全く、お前が風邪なんて笑っちまうな。フランクリンがこの薬飲めってよ」
「…そんなもの、要らないよ」
高熱で思考など停止しているのに、最後に残ったちっぽけなプライドが彼に甘える気持ちを躊躇させては止むことがない。しかしそれを捨ててしまえばワタシはきっと駄目になる、と、漠然とした予感のみを抱いていた。
張り詰めた緊張感の中にある関係を、崩せば終わりだと意味も無く悟っていたのだ。思い込んでいたのだ。
「フィンクス」
なんだ、と彼は無造作に言葉を放り投げて、顔を覗き込むように影が覆い被さった。汗ばんだ前髪をぐしゃぐしゃに掻き揚げながら、溜息を吐くように言葉を吐き出した。廊下の電球がジジジと鳴る。スパーク。閉じた目の奥で白い光がはじけて断続的な言葉が浮かんだ。
弱っているときくらい・捨てても・いい・プライドなんて・滑稽な・?
「薬要らないよ。すぐ治る」
「…」
わずかな沈黙のあち、フィンクスは自分の額にキスをおとして(彼がそんなことをするとは思えなかったのでこれは既に夢かもしれない)、座ったのであろう安っぽい鉄色のパイプ椅子がぎしぎしと軋む音がした。「分かったから寝ていろ」。
吸い込まれるように目を、閉じる。
髪を梳く手は穏やかにやさしい。
今はまだ、濁流に身を任せている。
行き着く先には妬け付くような憎悪しかなくとも、今更そんなこと問題にはならないと、そう思ってフェイタンはゆっくりと意識を手放した。
窓のない部屋の先にためらう月は佇むのだろうか。
視界がフィンクスを失う最後に、古い水跡が残る灰色の壁をみて、とりとめもなくそんなことを考えた。
水音はまだ、止まない。
・:*:・・:*:・
フェイタン風邪なんかひかねぇよ、と途中でやめたくなりながら書きました。
いや、でも彼も人間だし、とか。
数学の授業中、フェイが風邪引いてフィンクスが薬もってきたら萌えると思って書いた。
August 18, 2005
インリン・オブ・ジョイトイ(シャルクロ)
「うだうだ説明するのも物憂いから簡潔に言わせてもらうよ。"やりたいからしようクロロ"、以上」
つい先ほどまで花粉症で鼻をぐずぐず言わせていたシャルが気付いたら目の前にいて俺の手首を押さえつけていた意味を一体どうとったらいいだろうとぼんやり考えていたら彼はさっさと俺を突き飛ばして淡々と乱暴にベッドに乗せた。
「別にそんな考え込まないで、俺の行動に意味なんてないから。分かったらさっさと始めていいよね?」
そんなことを言うシャルの目はやっぱり花粉症によって潤んでいて、彼はむず痒そうに目をこすって瞳をまた赤く腫らした。俺の頭はまだついてゆけていないし倒された背筋が安物のベッドの骨格にあたって少し痛い、
「…待てよ、シャル」
「待たない」
圧し掛かられる。予告も色気もなく唇に唇があたって肌寒い夜にそこだけが気だるげに生暖かい。
開け放った窓からは目に見えない花粉が入ってきていて、黄色だか円状だかの形で鼻腔から入っては人間の機能のどこかを侵すのだろう。シャルがくしゃみをひとつしてあーあ頭がぼーっとする、とか何とか言い恨めしげに窓の外を見遣ってから俺の手をゆるく拘束していた腕の力を緩める。もう抵抗しないと見たらしい。
それから彼は俺の服を脱がせようとしたがそれだけは断固阻止し逆に彼の服に手をかけてやったら不満そうに鼻をすすった。この美しい幼馴染は出そうと思えばすさまじい色香も出せるのに、どうして時折こんなに間の抜けた誘い方をするのだろう。
…それには他意も駆け引きもない気がして、安堵する反面残念にも思う。どうせならもう少し色っぽく誘えないものか。(などとクロロは頭の中で考えつつも口には出さなかった。仮に彼が自分の思うことをそのまま言葉にしていたならば、シャルは「すさまじい色気」「美しい幼なじみ」それらの言葉は君のためのものだよクロロと平気でうすら寒い台詞を吐いただろう)
シャルと目があい「何なんか不満でもあるの」と睨まれた、その目が赤い。彼の血液の中を流れる黄色で円状の小さな生命体を想像する。それは増幅するだろうか、そうしてやがて彼を満たすだろうか。
「いいや」
「あっそ」
彼はその下に着ていたシャツを自分で脱いでから安物のベッドのスプリングを鳴らして俺の上に乗っかり、髪を耳にかけてから唐突に笑って
舌なめずりを、した。
タチが悪い。淀みない動作でさっさと俺のシャツを剥ぎ首筋に口付ける。唾液でたっぷりと塗らされたそこに彼は躊躇なく噛みつく。その喉が猫みたいに鳴っていて、尖った犬歯が皮膚を破って突き抜ける、そのギリギリ手前まで歯が食い込む。
(シャルが抱きかかえたクロロの細い腰は骨ばっていて女のような脂肪はなかった。黒い髪が上品な音をたてて零ち落つ。)
しかし視線の先にはやっぱり色気のない顔をした彼がいた。愛撫を返そうと思う前にふと気付いて彼を近くに引き寄せる、噛まれた部分がじりじりと熱い。
理性が崩壊する前にしておかねばならぬ質問があった。シャル、と呼ぶと彼はまるでいつものような気軽さで「ん?」と顔を上げて赤くなった両目で俺を見る。
「それで?」
「"それで?"」
「何かあったのか」
「…さあね」
答えるまで少しだけ間をあけたシャルは空とぼけた後に俺の背に回した手にぎゅうと力を込めた。
頭を撫でてやろうと手を伸ばすと彼はふと顔を背け盛大なくしゃみをひとつ。
四方がコンクリに囲まれた灰色の俺の部屋でその音はひどくよく響き、そして二人で顔を見合わせて苦笑を零す。
俺もシャルも憎いのは花粉だけであってそれ以外は考えないことにする祭りの後葉桜の宵、
黄色で円状の生命体も、今夜だけは増殖を止めるだろう、多分。 (そう願う)
・:*:・・:*:・
曼珠沙華のイオリ様への献上品その2。
始めマチクロで書いてたけどなんか違うよと思い、その後フェイクロで書いたけど「フェイタンとクロロてどっちが攻め!?」と悩み結局シャルクロに。
曼珠沙華様の設定に沿わせたつもりですが、上手くいかなかった。なんであんなに可愛いクロロが書けるんだろう・・・
一番最初のシャルの台詞が書きたかっただけなんですけども。
タイトルはあんまし関係ないっ。
August 03, 2005
モバイルピアス(マチクロ)
AM11:00、まるでどこかの歌のような時間に目が覚めて、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。慣れた気怠さ、気を抜くと下がってくるまぶた、上々じゃないか一日を始めるには、こんな、夏の、快晴。
純粋な頭脳活動は今だけ暫し停止して、ただ残酷なほど美しく無邪気な彼に相応しい(自然体の)笑顔を。「おはよう、団長」。
団長が自分を呼んだのはたまたまだということくらい、マチは知っている。
たいして大きくもない盗みの仕事の相棒にクロロが自分を選んだのは、気まぐれな彼の脳が何気なく選んだ12本の手足のうちに一本、それがたまたま自分であってから、ただそれだけの理由にすぎないと、マチは知っている。
それでも嬉しい。
今クロロの隣にいるのは自分だと、世界中にふれてまわりたい。
そんなわけで、マチはクロロを連れ出したのだった。そのマチにとって特別(と言えなくもない)その日にクロロを連れ回してとった行動とは
「次はあのCDショップなんてどう?」
ただひたすらに買物をすること ではあったのだけれど。
既に購入したものの羅列には統一性が欠落していて、例を挙げればアールグレイの茶葉の缶、本(数学書と古典と恋愛小説)、ミニサイズの地球儀、CD二枚とDVD一枚、(途中ハーゲンダッツのアイスクリームをダブルにしてクロロに押し付け)、小玉の西瓜、ヴィンテージもののジーンズ、とてんで意図の見えないものばかり。
「どういうつもりだ?」肌寒さを感じるほど冷房で冷やしたカフェの中、漸く腰を降ろせた(荷物に埋もれた)クロロがそう困惑気に問うのも当然のことで、しかしマチは満足げな笑みを浮かべるだけでその質問をなかったことにして、最後に高級そうなショップで買った小さなミュールを弄んでいるのだった。
「ヒールは高すぎても下品だし低すぎても可愛くない」というのがマチの言だ。目を細め乍靴を見遣って感動したようにそう言ったマチを前に、そうしてクロロはこっそりと溜息を吐いた。
「…そんな細いヒール履きにくくないか?」
「仕事では履かないわよ。この細いラインと収束する重点は完璧だと思うんだけれど…、あ、すみません、レモネードをふたつ」
仮宿にしていた廃墟を出るときには既にマチは私服に着替えていたが、しかし高く結ったポニーテイルと涼やかな糸の音、のどれもに全く変わりはない。
なのに今日の奇行はどうしてかと考えを巡らすクロロを、マチはやや上目遣いで楽しげに見遣った。
「そんな顔、しなくても」
くすくすと笑いながらマチが言う。しかしその手中には相変わらずピンクにひかる小さな靴があって、ほっそりとした指は時折、そのラインをなぞってみたり傾けてみたりするのだった。それはまるでお気に入りの玩具を手にした幼子のように。
平日のカフェに人は少ない。
幸福げに黄色に透き通った飲料水は既に運ばれてきていて(考えてみればレモネードなど出す店は中々珍しい)、クロロは変わらず大量の荷物の包みに囲まれている。
氷が溶ける音、からん、喧騒は遠くざわめいて耳を抜ける。
飲み物をひとくち啜ったマチに、クロロは自分を囲む荷物についてふと気づいたことを口にした。
「マチ。着物はこれには入っていないんだな」
更紗、簪のような髪飾り、その他色々なものや、靴。
その羅列の関連性、ミッシング・リングは何かなど、クロロは疾うに知っていた。
言われたマチは最初からその答えを予想していたようにして――にやりと、笑む。
「気づいてて付いてきてくれたんだ?」
「気づいたから付いてきたんだ。…それで、これは一体どうするんだ」
「あげるよ」
分からなかったのは、意図だ。
「全部、あげる」
「…?どういうことだ、これは、全て」
「『これは全部お前の好きなものだろう』?…だからだよ」
テーブルの下で足を組み替えて、マチの悪戯げな目はただ純粋に嬉しそうだ。
引き込む強さも射る強さも持っている、闇。
「団長にあげる。単純なことでしょ?」
無造作に靴を放られて、咄嗟に受け止めたクロロは唖然と眉をしかめる。
「貰ってどうする」
「空白の時間を埋めようかと思って」
「…もっと分かりやすく言え」
「団長、鈍い。つまりね、どうしてあたしと二人きりになっても、その口調なの? ってこと」
「・・・・・・」
「首かしげないで。例えば、これがシャルとかヒソカとかウボォーとかだったら、団長はクロロに戻るでしょ?」
「『クロロに戻る』ってお前・・・」
「だってそうじゃない、その『いかにも団長』な口調。そりゃ、あたしはクロロよりずっと年下だし、小さい頃から面倒見てもらってたけど、今は同じ組織の一員なんだから。シャルとかウボォーみたいに、仕事が終わった後は対等に扱って欲しいの」
「・・・・・・」
「だから首かしげないで。つまりね、」
可愛らしく小首を傾げてみせマチはレモネードを口に運ぶ。その動作の延長線上、至極、さらりと零れた台詞。
「つまり、あたしはもうクロロのものってこと」
クロロが珍しくぽかんと表情を崩し、氷が間抜けな音をたてて溶けた。
それを見たマチは一瞬遅れて笑い出し、合わせて鳴る鈴の音はりんりんと涼しげに小気味良い。
笑われてはじめて取り繕うようにグラスに手をやったクロロは中身を一気に飲み干し、未だ笑い続けるマチを嗜めるように軽く睨んでみせた。
「飛躍しすぎで全く理解出来ない。…どうしてそういうことになる?」
「だからその口調、やめてよ今くらいは。理由は、自分の趣味嗜好を全て理解してもらうことによって僕のアイデンティティは確立するから、よ。あたしの全てを正しく理解するのはクロロ=ルシルフルただ一人しかいないから。」
「証明になっていない。それに」
そこで一旦言葉を区切って、少しの躊躇も見せずクロロの視線がマチを捉えた。
「お前を正しく理解しているのは元より俺一人だけだ。」
喧騒、カフェ、握られたままの小さなミュール。
レシートを持って立ち上がりかけていたマチを逆光が照らす。呆気にとられるのは、今度はマチの番だった。
「『正しく理解している』? 団・・・クロロがあたしにそれを言っても嬉しくないわよ。クロロが正しく理解していないものなんてないじゃない。あたしのこと他の団員と全く同じに見てるって言ってるのと同じよ。」
「お前がまだるっこしい真似をするからだ」
「ふふ、そうかもね。」
お決まりのセオリーを実行するための手段、理解の再確認、…そんな建前はどうでもよかった。
ただ今日も一日をはじめるには上々の夏の終わりの快晴、明日もきっと自分のベッドの上で迎える朝、自分なんてもう半分以上彼のものでけれど敢えて。
カフェを出たところで強引に引き寄せられた体、過保護なお目付け役は今日も護ってくれるので安心だ。
小さなヒールもクラシカルな赤の口紅もハーゲンダッツのアイスクリームも好きなもの全部捨てたって良いよ。
全部を理解するだなんて端から無理に決まっているけれど、完全移行、自分の中の移せるものは全部あなたの中に入れても良い?理解してって言っても?
重い だなんて言わせない。『わたしの全てをあげるから。』
・:*:・:*:・
マチクロというか、マチ→クロロ。
断じてクロマチではありません。
団長はみんなのものだけど、マチはそれじゃイヤなんです。
おかしいなぁなんか最近団長受けが楽しくて仕方ない・・・
純粋な頭脳活動は今だけ暫し停止して、ただ残酷なほど美しく無邪気な彼に相応しい(自然体の)笑顔を。「おはよう、団長」。
団長が自分を呼んだのはたまたまだということくらい、マチは知っている。
たいして大きくもない盗みの仕事の相棒にクロロが自分を選んだのは、気まぐれな彼の脳が何気なく選んだ12本の手足のうちに一本、それがたまたま自分であってから、ただそれだけの理由にすぎないと、マチは知っている。
それでも嬉しい。
今クロロの隣にいるのは自分だと、世界中にふれてまわりたい。
そんなわけで、マチはクロロを連れ出したのだった。そのマチにとって特別(と言えなくもない)その日にクロロを連れ回してとった行動とは
「次はあのCDショップなんてどう?」
ただひたすらに買物をすること ではあったのだけれど。
既に購入したものの羅列には統一性が欠落していて、例を挙げればアールグレイの茶葉の缶、本(数学書と古典と恋愛小説)、ミニサイズの地球儀、CD二枚とDVD一枚、(途中ハーゲンダッツのアイスクリームをダブルにしてクロロに押し付け)、小玉の西瓜、ヴィンテージもののジーンズ、とてんで意図の見えないものばかり。
「どういうつもりだ?」肌寒さを感じるほど冷房で冷やしたカフェの中、漸く腰を降ろせた(荷物に埋もれた)クロロがそう困惑気に問うのも当然のことで、しかしマチは満足げな笑みを浮かべるだけでその質問をなかったことにして、最後に高級そうなショップで買った小さなミュールを弄んでいるのだった。
「ヒールは高すぎても下品だし低すぎても可愛くない」というのがマチの言だ。目を細め乍靴を見遣って感動したようにそう言ったマチを前に、そうしてクロロはこっそりと溜息を吐いた。
「…そんな細いヒール履きにくくないか?」
「仕事では履かないわよ。この細いラインと収束する重点は完璧だと思うんだけれど…、あ、すみません、レモネードをふたつ」
仮宿にしていた廃墟を出るときには既にマチは私服に着替えていたが、しかし高く結ったポニーテイルと涼やかな糸の音、のどれもに全く変わりはない。
なのに今日の奇行はどうしてかと考えを巡らすクロロを、マチはやや上目遣いで楽しげに見遣った。
「そんな顔、しなくても」
くすくすと笑いながらマチが言う。しかしその手中には相変わらずピンクにひかる小さな靴があって、ほっそりとした指は時折、そのラインをなぞってみたり傾けてみたりするのだった。それはまるでお気に入りの玩具を手にした幼子のように。
平日のカフェに人は少ない。
幸福げに黄色に透き通った飲料水は既に運ばれてきていて(考えてみればレモネードなど出す店は中々珍しい)、クロロは変わらず大量の荷物の包みに囲まれている。
氷が溶ける音、からん、喧騒は遠くざわめいて耳を抜ける。
飲み物をひとくち啜ったマチに、クロロは自分を囲む荷物についてふと気づいたことを口にした。
「マチ。着物はこれには入っていないんだな」
更紗、簪のような髪飾り、その他色々なものや、靴。
その羅列の関連性、ミッシング・リングは何かなど、クロロは疾うに知っていた。
言われたマチは最初からその答えを予想していたようにして――にやりと、笑む。
「気づいてて付いてきてくれたんだ?」
「気づいたから付いてきたんだ。…それで、これは一体どうするんだ」
「あげるよ」
分からなかったのは、意図だ。
「全部、あげる」
「…?どういうことだ、これは、全て」
「『これは全部お前の好きなものだろう』?…だからだよ」
テーブルの下で足を組み替えて、マチの悪戯げな目はただ純粋に嬉しそうだ。
引き込む強さも射る強さも持っている、闇。
「団長にあげる。単純なことでしょ?」
無造作に靴を放られて、咄嗟に受け止めたクロロは唖然と眉をしかめる。
「貰ってどうする」
「空白の時間を埋めようかと思って」
「…もっと分かりやすく言え」
「団長、鈍い。つまりね、どうしてあたしと二人きりになっても、その口調なの? ってこと」
「・・・・・・」
「首かしげないで。例えば、これがシャルとかヒソカとかウボォーとかだったら、団長はクロロに戻るでしょ?」
「『クロロに戻る』ってお前・・・」
「だってそうじゃない、その『いかにも団長』な口調。そりゃ、あたしはクロロよりずっと年下だし、小さい頃から面倒見てもらってたけど、今は同じ組織の一員なんだから。シャルとかウボォーみたいに、仕事が終わった後は対等に扱って欲しいの」
「・・・・・・」
「だから首かしげないで。つまりね、」
可愛らしく小首を傾げてみせマチはレモネードを口に運ぶ。その動作の延長線上、至極、さらりと零れた台詞。
「つまり、あたしはもうクロロのものってこと」
クロロが珍しくぽかんと表情を崩し、氷が間抜けな音をたてて溶けた。
それを見たマチは一瞬遅れて笑い出し、合わせて鳴る鈴の音はりんりんと涼しげに小気味良い。
笑われてはじめて取り繕うようにグラスに手をやったクロロは中身を一気に飲み干し、未だ笑い続けるマチを嗜めるように軽く睨んでみせた。
「飛躍しすぎで全く理解出来ない。…どうしてそういうことになる?」
「だからその口調、やめてよ今くらいは。理由は、自分の趣味嗜好を全て理解してもらうことによって僕のアイデンティティは確立するから、よ。あたしの全てを正しく理解するのはクロロ=ルシルフルただ一人しかいないから。」
「証明になっていない。それに」
そこで一旦言葉を区切って、少しの躊躇も見せずクロロの視線がマチを捉えた。
「お前を正しく理解しているのは元より俺一人だけだ。」
喧騒、カフェ、握られたままの小さなミュール。
レシートを持って立ち上がりかけていたマチを逆光が照らす。呆気にとられるのは、今度はマチの番だった。
「『正しく理解している』? 団・・・クロロがあたしにそれを言っても嬉しくないわよ。クロロが正しく理解していないものなんてないじゃない。あたしのこと他の団員と全く同じに見てるって言ってるのと同じよ。」
「お前がまだるっこしい真似をするからだ」
「ふふ、そうかもね。」
お決まりのセオリーを実行するための手段、理解の再確認、…そんな建前はどうでもよかった。
ただ今日も一日をはじめるには上々の夏の終わりの快晴、明日もきっと自分のベッドの上で迎える朝、自分なんてもう半分以上彼のものでけれど敢えて。
カフェを出たところで強引に引き寄せられた体、過保護なお目付け役は今日も護ってくれるので安心だ。
小さなヒールもクラシカルな赤の口紅もハーゲンダッツのアイスクリームも好きなもの全部捨てたって良いよ。
全部を理解するだなんて端から無理に決まっているけれど、完全移行、自分の中の移せるものは全部あなたの中に入れても良い?理解してって言っても?
重い だなんて言わせない。『わたしの全てをあげるから。』
・:*:・:*:・
マチクロというか、マチ→クロロ。
断じてクロマチではありません。
団長はみんなのものだけど、マチはそれじゃイヤなんです。
おかしいなぁなんか最近団長受けが楽しくて仕方ない・・・
August 02, 2005
距離、温度。(シャルクロ)
生来、奇麗な顔をした男だった。
陳腐な表現になってしまうが、まさに人目をひく美しさだ。彼の顔ひとつひとつの部位は丁寧すぎるほどの繊細さで精密に作られていて、クロスワードパズルの空欄を埋めるようにそれぞれのパーツがぴったりと彼の端整さを形作っていた。
しかしそんな丹念に磨きこまれた宝石が、わざわざ泥を被っているような青年だと、はじめて会った時シャルナークは思ったものだ。
クロロは、無為に尖って自分ばかりを傷つける。シャルはそのことをひどく心憂く思っている。
「もったいない」と思う。こんなに美しい彼がシンプルなままでいることも、いつも彼ばかりが傷ついてしまうことも。
鴉の濡れ羽色の髪を梳いてやると、それは指に抗うことなくさらさらと音楽のような音を立て零れる。
思うままに彼に触れていても抵抗が少しもなく、コンクリを覆った光に零れ落ちる吐息が正常なのは彼が眠っているからであって、そしてシャルがそんな風に無防備なクロロを見ることが出来たのはひどく珍しいことだった。
−−−いつもは、あの忌々しい奇術師がいつも彼の傍にて、あまりにも無防備な彼をそれとなく守っているから。(まさに文字通り背中に隠している)
影が見えなくなるくらい、影と光の境界が曖昧になるくらいに、光がたっぷりと降り注がれる日だった。陽光を反射するものには事欠かない場所だから、きらめくものに囲まれているような錯覚を起こさせるのだろう。
散乱した金属が鈍く金色を反射し埃がくすんだ空気に色を散らす。
完膚なきまでに破壊された窓ガラス。散乱する瓦礫。転がったシガーケースと腐臭を漂わせるウイスキーの瓶、それにちろちろと燃える焚火のあと。
元はホテルだったというこの建物はすっかり廃墟となり見る影もないが、それでも、光に満ちているのだとシャルは思う。どこにだって光はある。
太陽と同じ金色をした自分の髪を、先程クロロにしたのと同じように撫でてみる。今度は梳かずに上からそうっと撫ぜるだけ。
どこまでも正しく永遠を思わせるリズムの呼気は乱れずに、シャル自身の心臓はゆったりと一定に上下している。無骨な手つきでシャルは無心にクロロに触れた。当たり前のように、自分の片割れが生きていることを感じたかった。心音。おだやかな、
(もし今クロロが目覚めたら、目覚めたら? …なんて言うのかな。検討もつかない。)
自分の想像に少し笑ったシャルはそこで初めて視線を逸らし、彼の頭に置いたままの手のぬくもりをただ感じている。信じている。シャルがクロロに対して抱くのはいつも起伏の少ない感情で、清廉な、小川の流れのようなものを彼は喚起する。根底にいつもさらさらと緩やかに流れているもの。その存在。そういう存在。
(ねえクロロ、この世界の光の濃度を君は知ってる?
−−−知ってるんだろうね。君だけは、真実、光の温度も闇の温度も的確に捉えているよね)
きらめくものに囲まれているような錯覚。それは多分錯覚でも、幻想でもない。
気付きさえすれば、光なんてどこにだって存在しているのだ。
隣で眠る人の体温はあたたかく、世界は穏やかに煩かった。
真昼の焚火が爆ぜて灰色の煙が空を掠めてゆくのを、そしてシャルは目を細めて見送る。
・:*:・・:*:・
曼珠沙華様の4周年記念に献上しようと思って書いた話です。
曼珠沙華様のシャルナーク・クロロを意識して書いてみました、が、無理でした。
なんかこう、毒のある甘さが出ない・・・
陳腐な表現になってしまうが、まさに人目をひく美しさだ。彼の顔ひとつひとつの部位は丁寧すぎるほどの繊細さで精密に作られていて、クロスワードパズルの空欄を埋めるようにそれぞれのパーツがぴったりと彼の端整さを形作っていた。
しかしそんな丹念に磨きこまれた宝石が、わざわざ泥を被っているような青年だと、はじめて会った時シャルナークは思ったものだ。
クロロは、無為に尖って自分ばかりを傷つける。シャルはそのことをひどく心憂く思っている。
「もったいない」と思う。こんなに美しい彼がシンプルなままでいることも、いつも彼ばかりが傷ついてしまうことも。
鴉の濡れ羽色の髪を梳いてやると、それは指に抗うことなくさらさらと音楽のような音を立て零れる。
思うままに彼に触れていても抵抗が少しもなく、コンクリを覆った光に零れ落ちる吐息が正常なのは彼が眠っているからであって、そしてシャルがそんな風に無防備なクロロを見ることが出来たのはひどく珍しいことだった。
−−−いつもは、あの忌々しい奇術師がいつも彼の傍にて、あまりにも無防備な彼をそれとなく守っているから。(まさに文字通り背中に隠している)
影が見えなくなるくらい、影と光の境界が曖昧になるくらいに、光がたっぷりと降り注がれる日だった。陽光を反射するものには事欠かない場所だから、きらめくものに囲まれているような錯覚を起こさせるのだろう。
散乱した金属が鈍く金色を反射し埃がくすんだ空気に色を散らす。
完膚なきまでに破壊された窓ガラス。散乱する瓦礫。転がったシガーケースと腐臭を漂わせるウイスキーの瓶、それにちろちろと燃える焚火のあと。
元はホテルだったというこの建物はすっかり廃墟となり見る影もないが、それでも、光に満ちているのだとシャルは思う。どこにだって光はある。
太陽と同じ金色をした自分の髪を、先程クロロにしたのと同じように撫でてみる。今度は梳かずに上からそうっと撫ぜるだけ。
どこまでも正しく永遠を思わせるリズムの呼気は乱れずに、シャル自身の心臓はゆったりと一定に上下している。無骨な手つきでシャルは無心にクロロに触れた。当たり前のように、自分の片割れが生きていることを感じたかった。心音。おだやかな、
(もし今クロロが目覚めたら、目覚めたら? …なんて言うのかな。検討もつかない。)
自分の想像に少し笑ったシャルはそこで初めて視線を逸らし、彼の頭に置いたままの手のぬくもりをただ感じている。信じている。シャルがクロロに対して抱くのはいつも起伏の少ない感情で、清廉な、小川の流れのようなものを彼は喚起する。根底にいつもさらさらと緩やかに流れているもの。その存在。そういう存在。
(ねえクロロ、この世界の光の濃度を君は知ってる?
−−−知ってるんだろうね。君だけは、真実、光の温度も闇の温度も的確に捉えているよね)
きらめくものに囲まれているような錯覚。それは多分錯覚でも、幻想でもない。
気付きさえすれば、光なんてどこにだって存在しているのだ。
隣で眠る人の体温はあたたかく、世界は穏やかに煩かった。
真昼の焚火が爆ぜて灰色の煙が空を掠めてゆくのを、そしてシャルは目を細めて見送る。
・:*:・・:*:・
曼珠沙華様の4周年記念に献上しようと思って書いた話です。
曼珠沙華様のシャルナーク・クロロを意識して書いてみました、が、無理でした。
なんかこう、毒のある甘さが出ない・・・