September 04, 2005

白黒色ギシンアンキ(クロマチ)

モノクロームの女の影を振り切ろうとクロロを連れ出したはいいがひどい曇天と豪雨だったのであたしは早速苛苛する、白黒の世界はモノクロームの女の得意場所。これでは振り切れない。
何故連れ出されたかもわかっていない筈のクロロはやはり何もわかっていない顔をして、早く雨宿りを、とか何とかほざいている。(この唐変木) レトロな罵倒を胸の中で呟いてみたら女の影も少し薄まったような気がしたので漸くあたしは少し安堵して、のろのろとした動作でクロロをマンションの中へ入れてやることにした。

モノクロームの女の影をあたしが意識し出したのはちょうど一週間前のことだった。
彼女はうつくしく、清廉で、さして頭はよくないが聡明で大人だった。
もしもクロロが彼女の姿を目にしたらきっと瞬く間にあの女の姿をした何かに夢中になり、すぐにあたしのことなんて忘れてしまったに違いない。だからあたしは彼女を憎んでいた。この感情はそんな、生易しい嫉妬などでは決してない。これは呪詛だ。呪いなのだ。

そこまで考えたところで、家を出る前死ぬほど入念に掃除した淡い若葉色の絨毯を自分の服からおちた水滴が汚したのであたしはまた少しいらつき始める。若しかしたら彼女もこちらに呪いをかけているのかもしれない。全く、そうに違いない。
染みはどす黒い色を以て絨毯にじわじわと不正確な円を描き出していたし、髪は雨に濡れたままで気持ち悪かった。クロロが我が物顔で部屋の敷居を跨いで話しかける。
「それで、話とは何だ? わざわざお前の家に呼ぶくらいだ、重大な話なのだろう?」
だって、と思って上目遣いに睨む。別にかわいらしさを演出したい訳ではなく、家へ入るなり足を高く組んでソファに腰掛けた自分と手持ち無沙汰に立っている彼の位置関係では必然的にそうなるというだけの話だ。
「いいじゃないの別に。重大じゃなかったら、呼んじゃ駄目っていう決まりでもあるの?」
(だって)
(あの女と一緒じゃあ出来ないだろう、何も)
突然横に座られても苛つくが立っていられるのも癇に障る。先ほどからあたしの頭ではまともな思考と語彙が作動していない。
苦々しげに椅子を勧め、座りかけた彼と入れ代わりに立ち上がって部屋の大きな窓のカーテンを乱暴に閉めると、ざあざあと煩かった雨の音も少し弱まったような気がして詰めていた息を漸く吐く。「マチ」「なに、」彼の台詞を聞き流しながら、ついでだから照明も全て点けてしまえと思う。パチン。照明は大仰に人工的な明るさを作り出しリビングから影を連れ去ってしまった。クロロが眩しそうに目を顰める。
中途半端に翳る薄暗いような明るさが嫌いだから、この家にはコンビニ並に強力な照明器具がいくつもあった。
赤い皮のシンプルなソファが、光をうけててらてらと輝いている。
灯しつくされた世界はどこか絵空事のようで、そこで交わされる何もかもがリアルを失っているというのに、モノクロームの女の影だけが凄まじい存在感を持って空中の斜め上辺りを漂っていた。
彼女はいつもそこかしこにいるのだ。そうしてあたしと、彼を見ている。賢そうなやわらかな目で、あたしたちの関係が破綻するのを待っている。
マチ? クロロがまた、あたしの名を呼ぶ。
「だから何」
「何をイラついているのか、いい加減話したらどうなんだ?」
――部屋は。部屋は、目も眩むような明るさで満たされていた。時折小さなキッチンの換気扇が回る音と電気がうなる声が響いて、あたしの中ではモノクロームの女が更に実体を持って立ち上がる。部屋に影はない。彼女は普遍的な濃い茶色の、少し癖のあるふわふわした髪を持ち、軽い素材のスカートを履いてほそい足をこれ見よがしに露出していた。
足を支えるミュールは華奢なデザインだが、地面に接触しているのは歩きにくそうな細いヒールではなく、なだらかなカーヴを持ったウエッジソールだ。靴の一部である細く赤いリボンが引き締まった白い足首にきつく巻きつけられていた。
蝶々結びのリボンが揺れる。薄桃色のグロスで丁寧に飾ったくちびるが静かにひらいて、女は彼を巧妙に誘惑する。誘惑という言葉もそぐわないほど、彼女の行為は上品で清楚だ。
騙されてはいけない、それは何もかもが細くまろみを帯びた女の体が、きちんとアイロンをかけたシャツとスカートで覆われている所為だ、とあたしは思うが口出しすることは出来ない。
頭の中だけで決着はつく、極彩色のモノクロームの女、クロロがあたしを呼んでいるが本当は彼の心にいるのは彼女なのだ。自分には持ちようもない女性的なラインとくるんと巻いた上向きの睫。量が少ないのがかわいらしい。あたしは彼女を呪っている、あたしは、
「マチ」
今日三回目になる、実体を持つ、彼の声が白い部屋に響いた。
「え、あ、…何」
「何か怒っているのなら言ったらどうだ、と言っている」
そうして彼は珍しくカルシウムが足りていないような顔をして、照明をたっぷり浴びたソファから立ち上がる。カーテンにクロロの影がうつってあ、と思う。狭いリビングで自分と彼との距離はみるみる縮まり、モノクロームの女が不適にわらった。彼女は虎視眈々と破綻を狙っている。まるで野性動物が獲物を狙うように、じりじりと待っている。
思考する暇も与えずクロロがあたしの目の前に立った。大した身長差はないが今の彼はちゃんと威圧感を備えているから、いつもより少し身長が高くみえる。
「最近構ってやれなかったことは、謝る。悪かったな」
「…うるさいよ」
彼女がぎくりとして身を竦める。あたしは心の中だけでにやりと笑う。
何もわかってないような顔をして、クロロはちゃんと、分かっていたのだ。
(あたしの勝ちだね)
苛苛は、その瞬間と共に霧散した。
これ見よがしに抱きついてみれば手馴れた彼の腕が腰にまわったのであたしはまた勝利を確信する。調子にのって顔を近づければ額にキスをおとされて、一旦離れた薄い唇が耳元に移る。彼の色気交じりの吐息がかかりくすぐったくて身を捩れば、片手で頬を固定され、彼のもう片方の手は鈴を結びつけた髪をなぞってから首のラインを執拗に辿る。短く揃えられた爪を持つ親指が顎を掠めて下へ下へと落ちてゆく。全てはひどく甘やかな空気の中で行われた。照明があつい。窓の外では相変わらず盛大な雨音がしたが、甘美すぎて息もつけない応酬に、彼女のことを考える余裕は終ぞなかった。
(――だって)
(モノクロームの女の前でやらなきゃ意味ないでしょ)
部屋は完璧に光で満ち溢れていた。赤い皮のソファが誘うように艶めいている。
一旦彼の手から逃れ今度は確信的にクロロを見上げれば、ソファに倒されそうになったのでなんとか手をつっぱねて息をつく。そうして問う。モノクロームの女。
(モノクロームの女の影をあたしが意識し出したのは、ちょうど一週間前のことだった。)
「クロロ」
「何だ?」
「先週の土曜日、何してた」
「? フィンクスと飲んでた」
そう。そうしてあたしはにっこり笑う。やっぱりね。



不安になった時だけ、頭の中に現れて幻のクロロを誘惑する女がいる。彼女はその時ごとに顔も髪型も香水も違っていて、あたしはそれを便宜上モノクロームの女と呼んでいた。最初に現れた実体のない彼女が、まるでモノクロフィルムの映画のように白黒だったからだ。
頭の中に住む彼女の影は今はもうごく淡く、今にも消えそうだ。
本当は君なんていないんだ、と笑うとモノクロームの彼女は素早く唇だけを動かして何か言い返した。そうして頭の中で弾けて消える。彼女のいた空間には、嗅いだことのない香水のにおいが漂っている。今日も自分の勝ちだ。

さよならモノクロームの女。
そして勝利者のあたしは、赤い皮のソファの上でそっと、彼のキスを待った。



・:*:・・:*:・
なんかクロマチ書こうとするとマチがこんなんばっかになる・・・
体育祭でリレーの順番待ちながらふと思いついた話(なんだそりゃ)


xxx0802 at 19:59│Comments(0)TrackBack(0)クロマチ 

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