日曜日のニューヨーク・タイムズが第1面トップでサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子兼国防大臣に関する長尺記事を掲載しました。

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その記事は、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が突然、めきめきと頭角を現したこと、順番から行けば次に国王になるはずのムハンマド・ビン・ナイーフ皇太子兼副首相兼内務大臣兼政治安全保障評議会議長との静かなリーダーシップ争い、サウジアラビアの政治が、これまでの長老たちの指導とコンセンサスによる政治から、若者の声をより反映した、機動力を重視する政治に変わりつつあることを紹介しています。

2015年1月23日にアブドラ・ビン・アブドルアジズ国王が死去しました。そこで次の国王にはリヤドの知事を務めたサルマン・ビン・アブドルアジズ(80歳)が国王になりました。それと同時にムハンマド・ビン・ナイーフ王子が次の王位継承1位となる皇太子に、そしてサルマン・ビン・アブドルアジズの息子であるムハンマド・ビン・サルマン(31歳)が王位継承2位の副皇太子になったのです。

ムハンマド・ビン・ナイーフ皇太子は副首相、内務大臣、政治安全保障評議会議長を兼務していることからもわかるとおり、サウジアラビアの政治の中心で活躍してきた人物であり、ワシントンDCとのパイプも太いです。特にアルカイダを掃討する際に米国との信頼関係を強めたことで、アメリカ国内にはファンが多いです。

一方、ムハンマド・ビン・サルマンは父親の七光りで副皇太子になる前は、無名でした。しかし副皇太子になってからは、目を見張るようなスピードで次々に改革を打ち出しています。政府予算の削減、公共工事の凍結、公務員給与の削減など、なかなか実行しにくい決断を次々に断行しています。

またイエメンでの戦争では、サウジ単独の爆撃を強行し、それまでテロリスト対策を指揮してきたムハンマド・ビン・ナイーフ皇太子の職域に割り込むような決断もしています。米国政府はこれまでムハンマド・ビン・ナイーフ皇太子を主なコミュニケーション・チャンネルとしてきましたが、もしムハンマド・ビン・サルマン副皇太子がこれからどんどん力を伸ばしてゆくのであれば、バランスを取る必要に迫られます。

ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子はサウジアラビアの若者の声を代弁しているため、若者から人気があります。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグと会見するなど、ミレニアル世代にウケそうなことも次々にやっています。サウジアラビアはSNSがとても普及しており、若者はフェイスブックのヘビー・ユーザーです。

ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は、ワーカホリックで、割り切り主義で、決断が早いです。

これまでサウジの王家では、根回しの上、波風立てず、秘密裡に物事を進めるのが通例でした。ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子のスタイルは、それと真正面から対立しているわけです。

イエメン爆撃はサウジの若者の間でナショナリズムの高揚のきっかけとなりました。アメリカの外交が、これまでのサウジ一辺倒から、イランとサウジのバランスを取ったものに変わってゆくにつれ、サウジの側でも、アメリカにべったりということではなく、独自路線を模索する必要があります。

ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は「ビジョン2030」と題された長期経済改革構想を打ち出しました。その一環として国営石油会社、サウジ・アラムコの新規株式公開(IPO)も2017年か18年には実施される予定です。

ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子はマーガレット・サッチャーをロールモデルにしているそうです。

サルマン・ビン・アブドルアジズ国王が長生きするのであれば、その間にムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が色々な改革を成し遂げ、その実績を背景にムハンマド・ビン・ナイーフ皇太子を横へ押しやることも可能かもしれません。逆に現国王がすぐに死ねば、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は失脚するリスクもあるというわけです。

以上がニューヨーク・タイムズの記事のあらましです。

ここからは僕の考えですが、まずムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は目立つこと、スポットライトを浴びること自体が、ひとつの権力であることを良く理解していると思います。これは先日書いたヘンリー・キッシンジャーのアプローチと同じです。

またサウジ・アラムコのIPOをぶら下げることで世界中のバンカーやビジネスマンがサウジアラビアにお百度参りしていますが、このように世界の人々を自分に惹きつけることは権力の本質に他なりません。この面でもムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は権力の何たるかをよく理解していると思います。

「ビジョン2030」はムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が自分であたまをひねって考えたプランではなく、マッキンゼーに描かせた未来絵です。でも、そんなことはおくびにも出さず、他人のやった作業を、自分のプランとして賞賛を独り占めにしています。これも……権力を志向する者が必ず具備しておくべき態度でしょう。

サウジアラビアは最近の原油価格の低迷で苦しい状態に置かれています。しかし君主として重要なことは、他人の慈悲や恩返しにすがることではなく、彼らの利己心に訴える事です。サウジ国債の発行やサウジ・アラムコのIPOは、どちらもカネ儲けのエサをぶら下げることで世界の投資家にサウジを支援させることを実現しようとするものであり、正しいアプローチです。

こうやって見てくると、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は、君主になる素養を備えている気がします。ただ、なにごともタイミングが全て。もしサウジ・アラムコのIPOがズッコケれば、彼の魔法はあっと言う間に消えてしまうでしょう。

そのことは、本人がいちばん良く理解しているはずです。