豊かな民主主義諸国は、冷戦後も自分たちが中心の世界秩序が続いていくとついこの間まで思っていた。だが今や先進的な政治活動のモデルとしての民主主義への信頼が揺らいでいる。
冷戦後の新秩序は次の3本の柱によって形づくられるはずだった。米国は良心的な覇権国として国際平和を保つ責任を引き受け、自由民主主義の普及を促進する。欧州は従来の国家主権重視の概念を超えて各国が密接に協力し合うという統合モデルを広く他の国々へも輸出する。その結果、東南アジア諸国連合(ASEAN)も遠からず欧州連合(EU)のようになると考えられた時期さえあった。そして衰退するロシアも、中国や他の新興諸国と一緒に欧米が設計した国際体制に加わることが自国の国家的利益につながると認識する――。
■米国の力に限界、欧州統合も停滞
だが、こんな前提はこの間までの話だ。米国は今もかろうじて覇権国ではあるが、11月の米大統領選でヒラリー・クリントン候補とドナルド・トランプ候補のどちらが勝つにせよ、新大統領の下で間違いなく内向きになる。
欧州は自分たちの統合プロジェクトに入ったひびを埋めるのに忙しすぎて、よそで起きていることに注意を払う余裕がない。ユーロ圏危機と移民流入問題に加え、英国のEU離脱決定など数々の危機に見舞われ、今や戦略的に考える能力を失っている。一方、中国とロシアは米国が作ったルールを受け入れる気がない。
なぜこんな事態に至ったのか。イラク戦争は米国の力がいかに広範囲に及ぶかを見せつけるはずだったが、その限界をさらした。世界金融危機は、自由資本主義の弱点を残酷なほど露呈した。欧州統合の夢は、金融危機が招いたユーロ圏の混乱によって打ち砕かれた。中国は誰の予想をも上回るペースで成長し、世界の中の勢力の再配分を加速させた。
今、各国に共通するのはナショナリズムの広がりだ。米国では「米国を第一に考えよう」というスローガンが生まれた。その孤立主義は米国民の怒りに勢いを借りたものだとみる向きもある。ロシアのプーチン大統領にとって自らの強さを誇示できる手段は、軍事的な失地回復主義だけとなった。
ポピュリズム(大衆迎合主義)が台頭し、ハンガリーのオルバン首相のようなちっぽけな独裁者を抱える欧州は、自分たちの歴史から学んだはずの教訓を忘れ去っている。中国は100年間の屈辱の記憶を消し去ろうと必死だ。つまり、どの国も自国の主権を重視し、相互内政不干渉を大原則とするウエストファリア体制の支持者のようだ。
筆者はこのほど、北京で毎年開催されるアジアの安全保障に関する国際会議「香山フォーラム」に参加し、各国間に存在する誤解と不信感の大きさを再認識した。この会議は中国の軍部と政界のエリートが世界に向けて話す場だ。欧米のスピーカーが優遇されることはない。東ティモールやカンボジア、モンゴル、そして中国の便宜上の同盟国ロシアの代表者たちと同じように、壇上での時間を割り振られる。