(写真と文章は関係ありません)
KATSUNORI が書いています。
「ゆる〜く行く」 のが、今の私のあり方だ。
嫌いなこと、楽しくないことには、もう必死になることはない。
「喜びを前提」 にした行動でなければ、何も上手くはいかないからだ。
「真面目でなければ、真剣でなければ、幸せにはなれない、人生に勝利することはない」 と学んだ。
だが、それは嘘だった。
いつだって、「自分の波動」 が全てだ。
「真面目さ、真剣さ、必死さ」 は、「深刻さ」 であり、「心配、不安、自信のなさ、信頼のなさ」 でもある。
信頼していないから、必死になる。
信頼していれば、いつだってリラックスしていれる。
慌てても、焦っても、急いでも、「波動」 は結局同じことになる。
それは、現実からの 「逃避」 であり 「抵抗」 だ。
今の私は、何かを 「熱く語る人」、「急ぐ人」 には付いてはいかない。
「怖い顔」 をして何かを主張する政治家、評論家、ニュース・キャスター、タレント、音楽家 ・ 演出家 ・ 映画監督等様々なアーティスト…。
その真剣な、深刻な波動が、いつしか腹一杯になってしまった。
シリアス、センチメンタル、そんな泣き言ももういい。
社会を、世界を変えようと 「こぶしを挙げる」 人たち。
そして、反対運動で叫ぶ人たち。
怒りをぶつける人たち。
もうそんな波動は、自分には取り込みたくない。
リラックスしたい。
怖い顔をした人はもういい。
優しい人がいい。
「ゆる〜い人」 がいい。
YOKO は、いつも100%私をサポートしてくれる。
それは本当に、「無条件の愛」 と言うべきものだ。
必死で闘っていた長い時期があった。
そんな時も、彼女はいつも私の味方でいてくれた。
でも、少し 「ゆる〜くなった」 今の私を、彼女はホッとして喜んでいると思う。
自分の身が、少しだけど 「安全」 になったとも言えるからね。 (笑)
真剣さ、必死さ、というスタンスは、自分に痛みを与える。
腰が 「破裂」 する。 (笑)
破裂という言葉がピッタリだ。
自分で自分の身体を破裂させる、そんな 「破壊の痛み」 は、もう十分だ。
必死の波動では、何も成し遂げれない。
そこには 「引き寄せの法則」 (波動の法則) があるからだ。
いつだって、自分の 「あり方」 (思考 ・ 波動) が体験を引き寄せる。
追いかけると、幸せは逃げる。
求めると、それは手に入らない。
それが 「波動の法則」 だ。
「願いは必ず叶う」、そして 「望んだものは必ず手に入る」
そう信頼するしか道はない。
焦らない、急がない。
なぜなら、抵抗することは、私がカヌーを上流に向けて漕ぎ始めることだから。
それでは下流へは向かえない。
リラックスして、流れにまかせるしか方法はない。
漕ぐと必ず上流に向かう。
(波動のことを言っています。 漕ぐ (抵抗する) 波動と、流される (信頼して身をまかす) 波動がある…)
信頼し、安心し、リラックスする以外、波動を整えることはできない。
漕がないこと、急がずに信頼して流れに運ばれること。
流れを信頼できるかどうかが鍵だ。
「望みは叶うのだ」 と信頼するかどうか。
「漕ぐ」 と、上流へ向かいますよ…。 (笑)
「上流には何もない」 と知った私と YOKO は、それからずっと互いに流れに乗ることを楽しんでいます。
もう互いにそれから、どれくらいたったのだろう。
もう随分遠い昔のような気がします。
いつも 「リラックスすること」 を誓い合っている二人です。
もう決して 「抵抗はしない」、「必死で漕がない」 と決めた二人です。
「自分を信頼する旅」、続けています。
今日も、「全ての自分の望み」 に出会うために、下流へと流されて行きます。
ありがとう。
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以下は、エイブラハムの言葉です。
あなたはカヌーの舳先 (へさき) を上流に向け、流れに逆らって必死に漕ぎ始める。
あらん限りの力で流れに逆らって漕いでいるあなたに、私たちが尋ねる。
「舳先を下流に向けて、流れに乗ったらどうかな?」
するとたいていはこう答える。
「下流に向かう? だって、そんなのは怠けているみたいじゃないか!」
「しかし、そんな頑張りがいつまで続くだろう?」 と、わたしたちは聞く。
「さあ、わからないが」 と、たいていは答える。
「だけど、頑張るだけ頑張るのが義務、というか責任なんだよ」
さらに見ていると、たいていの人はこう説明する。
「ここでは、みんながこうしているんだ」
「母もそうしたし、母の母もそうだった」
「それなりの人なら誰でも、一生懸命に流れに逆らって努力するものだよ」
「トロフィーや記念碑はみな、流れに逆らって頑張り続けた人たちの栄誉を称えているじゃないか」
「それに」 と人々はよく言う。
「こんなふうに頑張れば、死後にさらに素晴らしい報いがあるんだ」
見ていると、あなたがたは流れに逆らうのがだんだん上手になる。
筋肉が発達し、船の形がスマートになり、効率のいいオールが見つかる。
わたしたちは流れに逆らって漕ぐことを正当化する 「さまざまな言い訳」 に辛抱強く耳を傾けるが、しかしいつも物質世界の友人たちにとって最も大事なことを語り続ける。
それは、「上流にはあなたがたが望むものはない!」 ということだ。
上流にはあなたがたが望むものは何もないと断言するのは、わたしたちが 「川」 を理解しているからだ。
わたしたちはその水源を見ているし、水かさを増し、流れが速くなっていくのを見ている。
その 「川」 が何なのか、なぜそんなふうに流れるのかを知っているし、あなたがたがその気になれば 「川」 がどこへ連れて行ってくれるかも理解している。
それは 「生命の川」 で、あなたがたが物質世界の身体に宿る前から流れている。
あなたさえ 「許容 ・ 可能にする」 なら、この流れの速い川は、人生があなたに創造するように仕向けたすべてが実現する下流へと運んでくれる。
すべては一種の 「波動の預託口座」 として下流にあり、あなたが流れ着くのを待っている。
KATSUNORI