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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(41) 貧困者・弱者をたたく「精神の貧困」

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社会保障費をめぐる「奪い合い」

 第5は、社会保障の費用負担をめぐる争いです。これは最も現代的な課題でしょう。

 社会保障費が増大すると財政負担になる、すると、自分が納める税金や社会保険料の負担が増えるから、気に入らない、だから社会保障費を食いつぶしている連中をやっつけろ――という発想です。

 背景には、日本経済が大局的に見て20年以上にわたって停滞を続け、人口も減少に向かい、パイが大きくならないこと、高齢化・少子化の進行によって社会保障の受け手が増え、支え手が減ったこと、しかも経済的な格差が拡大してきたことがあります。

 この間、多くの勤労者にとっては、賃金水準が下がる一方、所得税・住民税・消費税が上がり、社会保険料の負担、医療・介護を利用する時の自己負担も、どんどん上がりました。教育費の負担も大きくなりました。その結果、自由に使えるお金が減り、生活が苦しくなってきたわけです。

 一方で、国家財政の借金はふくれあがっています。自分が公的にもらえるお金が期待できず、むしろ社会保障制度によって自分の負担が増えるなら、使っている側を減らそう、そういう奪い合いの意識がさまざまな攻撃・非難のベースにあるのではないでしょうか。

 標的の一つにされたのが生活保護です。攻撃する側は、怠けている連中が多いから安易に受けさせるな、という見方をしています。ヘイトスピーチをする連中は、在日外国人は生活保護から排除せよ、と主張しています(在日外国人も税金は納めているのですが……)。

 高齢者もターゲットです。高齢者の年金、医療、介護の費用が財政を圧迫している、と政府・財務省・厚生労働省はいつも強調しています。高齢者は肩身の狭い気持ちになるでしょう。高齢者にむだな医療費が使われている、寝たきりになったら医療で長引かせずにさっさと死なせろという議論は以前からあります。最近登場した超高額の抗がん剤について、高齢者には使用を制限せよと主張した医師もいます。

 病気の人も標的になります。最近では、長谷川豊というアナウンサーが、自堕落な生活で糖尿病から人工透析になった人は自業自得だから、高額の透析医療費は全額自己負担にせよ、それが無理なら殺してしまえ、という趣旨の文章をブログに書いて、問題になりました。

 貧困者・障害者に対しては、もともとの差別意識もあります。生活に困って路上や公園で暮らしているホームレス状態の人々は、迷惑で汚い存在だ、そんな生活を好きでやっている怠け者だ、と白眼視され、「役に立たない存在」と見た少年たちなどから襲撃を受けて、各地で相次いで殺されてきました。

 それに加えて社会保障の費用負担を理由に、社会的に弱い人々をお荷物のように見る風潮が強まっているのです。重度障害者はいなくなったほうがいい、という考えから大量殺害に及んだ相模原の事件も、そういう社会風潮が動機形成の根底にあるような気がします。

試されている共同体意識

 でも、社会保障はそもそも何のためにあるのでしょうか。人生では、いろいろなことが起きます。病気、障害、育児、離婚、失業、高齢、介護など、何らかの困難に遭ったとき、生活の維持や向上を公的に助けるのが社会保障であり、社会福祉です。自分も家族も絶対にどれにも関係しない、どんな時でも自力だけで生きていく、と言える人がいるでしょうか。生活保護をむやみに攻撃する人は、自分は絶対に受けない、身内が困ったときも自分がすべて面倒をみる、と宣言できるでしょうか。

 いま試されているのは、日本社会で暮らす人々すべてを一応の仲間と見るか、という共同体意識でもあると思います。共同体の中に弱い人、困っている人がいれば助ける、自分が困ったときには助けてもらう。その役割を果たすことが、現代の国家の重要な機能であるはずです。社会保障制度を維持するために社会保障を抑え込むというのでは、目的と手段が逆立ちしています。何の社会保障もない弱肉強食社会を望む人も、日本にはほとんどいないでしょう。

 日本社会の貧富の差が大きくなる中で、かつて分厚かった中間層の崩壊が進み、没落の不安にかられた中間層がバッシング行動に出ているという見方もあります(井手英策・慶応大教授ら)。それが正しいかどうか、材料不足なので筆者は判断を保留しますが、階層的な対立が底流にあることは確かでしょう。

 考えたいのは、限られたパイの奪い合いしかないのか、という点です。どの領域にどれだけ課税するかを含め、社会保障に必要な財源は本当に確保できないのか、利益や資産をため込みすぎている人や組織はないのか、ほかの分野への財政支出は妥当か、生活保障をしっかりやって消費購買力を高めるほうが経済は好転するのではないか、貧困層に限定して給付する「選別主義」の政策より、社会の全員に生活に必要な公的サービスの費用負担を減らす「普遍主義」の政策がよいのではないか……。

 社会保障費の負担と配分という狭い土俵だけでなく、広い視野と柔軟な発想で社会・経済・財政を議論することが、ギスギスした争いを減らすために必要ではないでしょうか。

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 お知らせが遅れましたが、「貧困と生活保護」のシリーズは、9月23日に発表された第9回貧困ジャーナリズム大賞(反貧困ネットワーク主催)で、大賞に次ぐ特別賞を受けました。貧困のとらえ方や生活保護の仕組みなど、社会のセーフティーネットの問題を長期にわたって詳しく発信してきたことが評価されました。ありがとうございます。

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保 障を中心に取材。精神保健福祉士。2014年度から大阪府立大学大学院に在籍(社会福祉学専攻)。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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