―おつやの方、畠山義隆の母、そして井伊直虎。本書は、激動の戦国時代に生き、それぞれ城を守るために戦った3人の女性を描いた中編集です。
すべてスピンアウト小説のような一面を持っています。最初の「霧の城」は、『戦国の山城をゆく』の取材で、岐阜の岩村城を訪ねたのが執筆のきっかけ。「女城主の里」という大きな看板が出ていて、彼女を主人公に小説を書こうと思いました。
その後、「城を舞台にした女性の物語」の連作を書いてみようと思いました。『等伯』を執筆したとき、能登の七尾城に何度も取材に行きましたが、その経験を活かして書いたのが「満月の城」。最後の「湖上の城」は、最近まで地方紙に連載していた『家康』がヒントになりました。
―戦国時代の女性は父親や領主に言われるままに結婚しなければいけない。ときには敵方や親の仇との結婚を強制されることもある。本書ではそこから生まれるドラマを描いています。
女性は政略結婚の道具。それが前提で育てられているような時代ですから、命令はほとんど拒否できず、そのなかで自分なりの幸せ、生活様式を確立していかなければならなかった。男よりもはるかに辛いことも多かっただろうし、必死なんですよね。
しかし、それでも仲睦まじい夫婦になることもあると、「霧の城」では描きました。人は、たとえ嫌で結婚しても、気が合ったり、愛し合ったりすることはできる。結婚したからにはふたりで一緒に運命に立ち向かうコンビになるわけですから、相手に良くしてあげたいという思いは生まれてくるでしょう。
―その「霧の城」は、一般に「おつやの方」と呼ばれる織田信長の叔母・珠子が主人公です。彼女は人質に出された先で、武田軍に寝返ったと言われることも多いですが、本作では信長の許可を受けて和議を結びます。
武田軍に対して、おつやの方が独断で和議を結ぶというのは考えにくいと思います。一緒に織田家から来た重臣たちもいるわけですから、独断では無理でしょう。実際、地元でも彼女はそんなに悪者になっていない。同情と共感があるから、「女城主の里」と謳っているわけで。
―「満月の城」は畠山義隆の母・佐代を主人公にしていますが、実際は義隆の母は「不明」とされているようですね。
この作品では畠山家のお家騒動を描いていますが、遊佐、長、温井という畠山家三重臣のなかでも、温井はその騒動の核になる、ドラマティックな位置にいた家です。義隆の母を、その温井家の娘にすると物語としても面白いし、実際にそうだった可能性も高いと思う。
当主の畠山家が家臣によって追放されるわけですが、戦国時代にはこうした事件はたくさん起きています。畠山家のような守護大名は、室町幕府の頃は「守護領国制」という安定した体制のなかで生きていましたが、戦国時代になると、流通や交易で経済的に力をつけた重臣がのし上がってくる。その典型が信長です。