NOVA取得も会社売却 一敗地から反転攻勢 NOVAホールディングス社長 稲吉正樹氏(下)
市役所職員から裸一貫で起業、数々のM&A(合併・買収)で教育・外食の一大フランチャイズチェーン(FC)を築き上げた稲吉正樹氏。英会話教室最大手NOVAの事業を取得したことで一躍、世間の注目を集めた。しかし、時代は大きな変革期を迎え、一旦は会社売却を余儀なくされる――。NOVAホールディングス(東京・港)の稲吉社長に新生NOVAの復活劇と今後のビジョンを聞いた。
◇ ◇ ◇
NOVAを承継した当時、ジー・コミュニケーションは半年後に株式公開を計画していましたが、NOVAを取得したことで、若干延期しようということになりました。
NOVAを引き継いだことで会計上、その年に50億円の赤字を計上しなければならなくなったのです。割引料金でのレッスン提供が、受講生の債権を実質的に引き受けたことになると認定されて、それがのれん代と負債になってしまったのです。
キャッシュフローは黒字でしたので、財務上の懸念は全くありませんでした。ただ、決算上大きな赤字になっていることが、リーマン・ショックの折、金融機関に支援をしない理由を与えてしまったのです。
■断腸の思いで売却を決断、一人で会社を去る
当時、それまでに買収した連結会社が背負ってきた有利子負債が200億円ありました。そのうち100億円程度を1年ごとに借り換える短期借り入れでまわしており、利払いだけをする契約になっていました。ところが、借り換えのタイミングで、借入先から元本の返済を求められました。決算が大きな赤字になっているということが理由でした。リーマン・ショックで金融機関も余裕がなかったのだと思います。
そこから1年間で100億円ほどを返済しましたが、いよいよ資金繰りが厳しくなってきました。リーマン・ショックのピークなので、支援してくれる先はなく、スポンサーとなってくれるところもありませんでした。唯一、手をさしのべてくれたのが日本振興銀行です。そして09年10月、ジー・コミュニケーションを日本振興銀行のグループ企業に売却しました。
会社としてはまずまず堅調でしたので、私がオーナーシップを譲り、融資さえ受けられれば会社は全く問題の無い状況でした。ですから、断腸の思いで売却を決断し、私一人で会社を去りました。
その後、ジー・コミュニケーションは日本振興銀行グループの1社として、10年4月に経営破綻した英会話教室大手「ジオス」を引き受けます。日本振興銀行から支援を受けられるというのが前提でした。ところが、その年の9月に今度は日本振興銀行が経営破綻。ジー・コミュニケーションの教育事業子会社、ジー・エデュケーションは経営が非常に厳しくなり、私のところに引き受けてくれないかという話が持ち込まれてきました。私にとって教育は創業事業でもあるので、「であれば、引き受けましょう」と買い戻しました。売却から1年後のことです。
ジー・コミュニケーションは売却にあたり、それなりの価値を認めてもらえました。当時はその資金を元に「いなよしキャピタルパートナーズ」という会社をつくり、「これから何をやろうかな」と悩んでいるところでした。はじめから買い戻す条件で、会社を売却したということはありません。ジー・コミュニケーションにしてみれば、当時の売り上げの9割は外食。教育事業はごく一部。そこだけを買い戻したかたちです。
赤字となっている事業ですが、立て直す自信はありました。まず、引き継いだばかりのジオスのオペレーションには大きな課題がありました。例えば、同じ駅前にNOVAとジオスの校舎が隣り合わせにあったりしました。全国でそんな感じでした。事業譲渡で会社が混乱していたのです。そこを整理していけばプラスにしかならないと。買い戻したその年は若干赤字でしたが、翌年には黒字化を実現しました。
■「失業」で大いに反省 自らの未熟さ思い知る
1年間の失業時代は本当につらかったです。自分一人で退場しなくてはいけなかったということがつらかった。当時は40歳くらいで、リタイアする年齢でもありません。「もっとやりたい」と思っていましたので、悔しい思いをしました。同時に大いに反省もしました。私は経営というものに未熟でした。一番反省するのは、財務というものを甘く考えていたことです。当時は「業績も良いのだから、事業資金はそれほど苦もなく借りられるもの」と思っていました。まさか、このようなことになるとは予想もしていませんでした。
教育事業を買い戻してからは、これまでの7年間、ほんとうに楽しく仕事ができました。苦労は全くありませんでした。上場企業でもありませんし、金融機関からの借り入れの必要もなく、自身の資金でビジネスができましたから、気兼ねなく楽しくやれました。
ただ、ひとつひとつのことを慎重に進めていくことを心がけました。例えば物件選定にしても、以前のように多くを勘に頼るのではなく、しっかり市場調査してその物件のリスクをちゃんと勘案しながら進めるとか。
最も力を注いだのは商品、サービスの改善です。
旧NOVAの最大の問題点は、長期の授業料の前払い制にありました。それを、まだ授業も消化していないのに売り上げに計上していたのです。私らはそれを抜本的に見直し、月謝制に改めました。受講生からすると、私たちのサービスに満足いかなければ、いつでも退会していただくことができます。
あとは、なかなか授業の予約が取れないという問題がありました。旧NOVAでは授業の予約受付も校舎のカウンターと電話だけでしたが、電子カルテを導入して、全てインターネット経由で生徒が受講生が自分自身で予約をできるように改めました。
旧来は所属する校舎でしかレッスンを受けられませんでしたが、システムの導入により、どの校舎でも受けられるようにしました。先生を選ぶこともできます。
コンテンツの改善も進めました。旧NOVAはひとつのカリキュラムしかありませんでしたが、生徒の多様なニーズに応えて、オプションで様々なレッスンを受けられるようにしました。例えば、レストランでの英会話10回シリーズとか。塾と一緒です。通常の授業があって、夏期講習があって冬期講習があってというように。受講機会も増えるし、いろいろな角度で履修できるので、より習得が早くなることが期待できます。
■「駅前留学」+「リアル留学」で成長めざす
旧NOVAの破綻時には約10万人の生徒がいました。当時に比べて校舎数は半分ですが、生徒数は約7万人にのぼっています。NOVAのスクールとしては出店余地がまだ残っていると考えており、少なくとも現在の倍にあたる500校は展開できると考えています。
校舎内部の充実も進めたいと思っています。これまでの英会話や塾の教室は、事務所に机を並べたようなものがほとんどでした。私らは教室を店舗と捉え、より生徒に満足いただける環境でレッスンやサービスを提供したいと考えています。「こんなところでレッスンを受けられるんだ」というような感動的空間を提供していきたいと。
さらに、英語習得の一番の近道は体験だと思います。このため、休暇を楽しみながら就労もする「ワークホリデー」やホームステイなど、気軽に海外へ行っていただけるように、海外留学支援会社をM&Aしました。海外支店の展開も進め、留学支援に加えて現地での講師採用の窓口としていく計画です。
NOVAホールディングスの今期(2016年11月期)の連結決算は売上高160億円(FCを含むチェーン売上高は360億円)、純利益10億円を見込んでいます。5年後であれば少なくとも、売り上げ、利益ともに倍増させたいと考えています。
稲吉正樹氏(いなよし・まさき)
1969年生まれ、愛知県蒲郡市出身。92年愛知学院大学文学部卒、蒲郡市役所入庁。1994年退職、がんばる学園(現ジー・コミュニケーション)を創業、2007年NOVAを事業取得。09年ジー・コミュニケーションを売却、いなよしキャピタルパートナーズ(現NOVAホールディングス)を設立、10年NOVAを含む教育事業を買い戻す。現在グループ企業は海外子会社9社を含め17社。趣味はダイビング。
(平片均也)
前回掲載「あのNOVAのオーナーに 市職員が起業家となった理由」では、起業からNOVA取得までの軌跡を聞きました。
「トップは逆境を超えて」は随時掲載です。
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