スクショはこちらから取らせてもらった。
R2000前後のアマチュア。県代表レベルではないけど、それなりに指せるレベル。もちろんプロじゃないので、あくまで個人の感想として聞いてほしい。
いてもたってもいられずに昼休みに書いてしまった。
渡辺×三浦戦
まず、この将棋の白眉は▲4五桂だ。これ自体はほとんど時間を使わずに指されているので、事前の研究と考えるのが自然。手元の棋譜コメだと、前例に類似型があり、その際は後手が△4二銀と引いて端から攻めた、とある。
また、木村ー羽生戦で同じ仕掛けが検討された、ということもある。ここから考案したのかもしれない。
この将棋は、桂馬を跳ねた時点で、簡単に言うと▲4五桂が無傷で取れるかどうか?の将棋になっている。逆に言うと先手は跳ねた以上、ほとんど必然の進行となる。
7手進んでこうなる。ここまでほとんどノータイム。厳密に言うと渡辺竜王の△4四歩がつっぱり過ぎだったようだけど、これは難しい将棋。後手は桂馬をタダで取ったが先手は歩を得して馬を作った。
結論から言うと、すでにこの時点で形成は三浦九段の方がいいようだ。ソフト的にもそうだ。つまり、これが研究手だとすると、渡辺竜王は三浦九段の研究に完全にハマったということになる。
▲3四馬はなんとなく「ソフトっぽい」手ではある。というのも、人間はほとんど歩の枚数を気にしないのに対し(歩が0か1かは気にする)、コンピューターはちゃんと歩を一点で数える。この局面、おそらくソフト的には駒得という判断だろう。
ただ、4四に馬がいると、後手から△3三銀と形を良くされてしまう(3四にいれば▲2三馬で先手優勢)ので、本譜のように▲5六馬と引きつける構想だったとすると自然かもしれない。
この局面が転機。棋譜コメには「先手としては行くしかない」とある。三浦九段は▲7五歩。まあ確かに動きたくなる局面ではある。(▲8八玉があんまりプラスにならなそうなので)
誘いのスキにも見えるが、他にこれと言った手も見えない。
本局のすごい手はこれ。後手はすでに桂馬を得している。更に、桂馬と銀の交換である。となると、三浦九段は銀を一枚損することにある。なかなか指せない。。
この▲8五桂はすごい。これは取れば▲7四歩で、飛車交換になるので優勢、というような判断だけど、すでに銀損しているところでこれ、というのは僕の棋力ではさせない。
ただ、とはいっても、「絶対に有り得ない手」ではない。後手の玉の位置が悪いのと、駒損しているので強引にでも攻めなくては行けない局面になっている。
「つながれば圧勝、攻めが切れれば必敗」という局面だ。(僕なら7四歩から馬を切ってしまう気がする)
次の一手で出されたらもしかするとわかるかもしれない。ただ、翻ってここまで読み込んで7五歩と踏み込んでいたとすれば、これは恐るべき強さである。
実際、これ以降、将棋は終わっている。評価値も1000以上先手にふれている。三浦九段の圧勝である。
この将棋の結論
渡辺竜王が△4四歩と指した時点で、この将棋は先手が後手を攻めきれるかどうか、という将棋。将棋の作りとしては横歩取りに近い。
たしかに三浦さんの指し手はソフトっぽいっちゃあソフトっぽい。
こんなうまくさせるのかよ、という感じもする。特に▲7五歩以下の進行。三浦さんっぽくない。ちょっと神がかっている。
不正があったと言われれば「そうかもしれんなあ」となる。
ただ、「ソフトっぽい」なんていうのは感覚の問題でしかない。昨今で言えば多くの棋士はソフトを活用しているし、ソフトを元に研究している。千田五段はソフトに手を近づける練習をしているほどだ。三浦九段の棋風に変化があってもおかしくはない。
深い研究の成果だ、といわれたら「それもそうだろうなあ」という気がする。
そもそも三浦さんはA級のトッププロである。強いのだ。もちろんレーティング的には渡辺竜王の方が上だけど、勝つこと自体はおかしくはない。
また、大差だからおかしいというわけでもない。一例を上げると、レーティング的には最下位すれすれ(もちろん御年76歳でトーナメントプロという時点ですごいだけど)の加藤一二三九段と、若手有望株の八代弥五段の順位戦がある。
この投了図を見れば、大差で加藤一二三先生の圧勝。だからといって、加藤先生が八代先生より強いというわけではない。
大差になる将棋のつくりというものがあるし、逆に言うと大差でしか勝てない(一手勝ちを読みきれない)ということでもある。一手違いが一番難しい。
更に言うと、「まあとりあえず攻めるしかないか」ということで攻めていって、切れたらしょうがない、ということで指して行ったらギリギリの攻めがつながる、ということはある。おそらくプロレベルでも。そういう将棋はどっちが勝っても大差になる。
三浦九段が完璧に読み切っていなくても、とりあえず攻めるしかない局面だった、と言われたらあの踏み込みは理解できる。(年をとると若干忍耐力が落ちるという説もあるし)
セイラム魔女裁判
人間の確証バイアスというのは様々なところで働く。
17世紀に米国で起きたセイラム魔女裁判は、二人の少女が神がかりになってしまい、村のものを次々と告発した。
告発されたのは、離婚歴があったり、しわくちゃだったり、老婆だったりした。結果、十九人の人間が死刑となった。これがアメリカにおける最後の魔女裁判と呼ばれている。
「たしかに魔女と言われればそうなのかもしれない」というくらいのことで次々と人が死んでいったわけだ。
まぁそこまで血なまぐさい話ではなくとも、「○○くんって絶対A型だと思っていた」というあのお馴染みの血液型診断でもいい。
「A型っぽい」と言われれば「まぁ確かに真面目なところもあるしな」と思うし、「B型っぽい」と言われれば「確かに個性的なところもあるな」となる。そういうものである。
そもそも勝率が五割である。負けた将棋はほとんど検証されていないが、そこでの不正はなかったということだろうか?
忘れてはいけないこと
もちろん、実際に複数の棋士から告発が会ったというのは事実で、それは受け止められなくてはいけない。
外野からわやわや言うより、実際に盤を挟んだ人たちのほうが遥かにわかっている部分はあるはずだ。
ただ、(申し訳ない言い方をすると)三浦九段は変人で、決して人望があったとはいい難い。それから、今回告発したとされる渡辺竜王は前から三浦九段を嫌っていたフシがある。
これが羽生さんが同じ将棋を指したら、あるいは木村一基さんが同じ将棋を指したら、おそらく告発はされないのではないだろうか?
将棋界はある意味で極めて内輪の世界である。その中の陰口は増幅される。ある意味で中学や高校みたいなものだ。この内輪だけの証言で決めるのは危険である。
「あいつなら確かにやりそうだ」というような確証バイアスによって冤罪が生まれた例は多い。だからこそ我々は裁判においても立証されるまでは推定無罪の原則を貫くべきだ。
もちろん、これは三浦九段が絶対やっていないということではない。やっている可能性のほうが、もしかすると高いかもしれない。
ただ、人間の証言というものには必ず偏見が入り込む。それは人類の歴史上よくわかっていることだ。そんな曖昧なもので一人の棋士の人生を潰していいのだろうか。
ライブ中継された対局で格上相手に勝ち続け、中継に遅延が生じたら負けたため、外部に協力者がいると参加者たちから疑われた話。チェスでは間違った告発にはペナルティーが課されるんですね。プレーヤーを守るためにも当然そうあるべきと思います。 https://t.co/AUPLvyqYjI
— 西尾明 (@nishio1979) 2016年10月13日
西尾明六段のこのツイートに同意する。
結論
いずれにせよ、この全面的な責任は、将棋ソフトの進歩を知りながら、明確なルーリングを設定しなかった日本将棋連盟にある。彼らの責任問題を放置してはならない。
例えば控室で将棋を検討しているところにも棋士は入ろうと思えば入れるし、二日制なら誰に電話で相談したっていい。つまり今までもかなりファジーだった。
要するに、「なんとなくなあなあにしていた」わけだ。
かつて、フローレンス・ジョイナーという偉大なランナーが、ドーピング疑惑をかけられたまま死んだ。その当時のドーピング検査の精度が低かったので、検査で検出されなかったとしても疑惑は晴れなかった。
疑惑が持たれた理由は「筋肉が異常に発達しているから」「声が低かったから」「引退があまりに早かったから」である。
たしかに怪しいっちゃ怪しい。しかし、「ドーピングしている感じがする」から永久追放する、ということがあってはならないだろう。
できるのは検査体制を整えることしかない。むしろ、そうでない限り「全員本当に白なのか?」という疑惑が残り続けることになる。
提言
一棋士を、(ある種個人的な感情も含めて)遡及的に処罰するべきではない、というのが僕の意見だ。それはあくまでルール設定する連盟側の不備であり、どういう種類の不正をしていたとしても、それをもって追放するべきではない。
まずもってこのような自体を引き起こしたことに対して、日本将棋連盟は明確なステートメントを発するべきであり、その上で対局者とファンに疑念を与えたことを謝罪し、今後のルーリングを明確にするべきだ。
一将棋ファンとして、誠実な対応を望む。
余談(三浦 x 久保について)
ここで△4二歩とした後に、△6七歩成と指したのが驚きの一手だった、という件。
三浦 x 久保の一局は、確かにぱっと見はこわいのだけど、△6七歩成以降は一本道で、そこで意外に後手に耐久力があった、という話。△4二歩との組み合わせがよく、「指されてみれば」と言う感じ。
久保戦と渡辺戦は将棋の内容自体が違う。久保戦は気付きづらい疑問手を咎めた一局で、渡辺戦は単純にずっと鋭かった一局。渡辺戦のほうが遥かに「ソフトっぽい」感じはする。
△6七歩成自体は級位者でも指せる。というか一番はじめに目がつく手ではある。
その後の読み切りが本当に出来ていたのか、それともたまたま踏み込んだら意外と耐久力があって勝っちゃったのかというのは、棋士の頭の中の話なのでわからない。これが将棋の難しいところではある。
「角渡せないから意外と詰めろが続けられないんじゃない?」くらいの感覚でえいや、と踏み込んだ可能性はまあ否定できない。
少なくとも、「誰も気づかなかった一手」という感じではない。(例えば谷川先生の7七桂みたいな)
三浦先生自身、忍耐力が落ちてきたんじゃないかなぁという印象を受ける。畠山八段との棋王戦の対局なんかも、無理攻めで負けている。踏み込んだけど駄目だったパターンだ。
まぁ、これもあくまで推測にすぎない。余談として。