2016-10-13

医師以外の職種主体的治療方針提案する新たなチーム医療の試み

【はじめに】

 医療における医師の権限は極めて大きい。医師法により「医師でなければ、医業をなしてはならない。」すなわち、患者とより多く接する看護師は、医師の指示がなければ医行為を行うことが出来ず、薬剤の知識において医師に優る薬剤師は、医師の処方箋がなければ薬を処方することが出来ない。そのような現状では、医師以外の他職種診療主体的に関わるには大きな困難がある。

 自身に権限のない範囲にまで責任感を持った考察自律的に行うには多大な努力を要する。そのため、医師以外の各職種は、個々の医行為の、診療全体における位置付けを把握することがおろそかになり、自身の権限外の考察に無関心になりがちである。結果、思索を伴わない報告などの機械的姿勢、指示待ちの非能動的な態度、その場しのぎの形式的対応に陥ることが多くなってしまう。

 チーム医療を行うにあたっても医師が主導とならざるをえない。権限に明らかな差がある以上、医師と他職種上下関係を完全には排除できない。このような制度上の障壁を乗り越えて、職種間の真に対等な関係を構築することは極めて困難である

 そのような問題意識に基づき、今回、医師以外の職種主体的治療方針を提案する新たなチーム医療の試みを行なった。限られた例数ではあるが、良好な成果が得られ、まとまった考察も得られたため、文献的考察とともにこれを報告する。

方法

特定患者に対して、看護師あるいは薬剤師またはその両者がチームを組み、主体的治療方針を考え医師に提案する。②それについて医師が意見を述べ、最終的には医師の責任で方針を決定する。

 という方法治療を進めた。対象となる患者看護師薬剤師の選定は医師が行った。諸々の事情で主治医が筆者に交代することになった患者の中から比較的診断がはっきりしている患者を選んだ。主治医交代の時期に合わせて、それまでその患者担当していた看護師にチームに加わるよう依頼した。今回の取り組みに参加する薬剤師院内に一名であったためその薬剤師に参加を依頼した。

 患者には多職種によるチームで医療をすることを説明し、そのメンバーを伝えた。看護師には積極的患者コミュニケーションをとり、検査、処方、処遇などの治療方針を提案するよう促した。処方に関しては必ず薬剤師相談するよう指示した。薬剤師には積極的な面談と、薬剤の選択用法、用量を含めた総合的な処方の提案をするよう促した。出来るだけ看護師と連携し相談するよう指示した。医師は個別の診察とともに、それらの提案を踏まえたうえで治療方針を決定することとした。チームが提案した治療方針については、看護師薬剤師が医師よりも先に、あるいは医師と同時に患者に説明することとした。その方針が医師とも相談したうえで決定したことであることを必ず説明するようにした。

 以下に、看護師2名、薬剤師1名によるチームにて行なった2症例について詳述する。(プライバシー配慮し、一部省略かつ改変。)

【症例1】 50代女性 統合失調症

 X−4年10月から外来受診。服薬を自己判断で中断。妄想活発となり、両親とも関わりを拒否し部屋にこもるようになった。往診にて来院を促すと応じたが入院は拒否した。やむなく父親同意者とする医療保護入院とした。

 入院後も症状は改善せず、保護室隔離せざるを得ない病状が続いた。X−2年、薬剤抵抗性に対する治療としてクロザピンを開始した。薬の効果が見られ、X−1年、隔離解除となった。X−1年4月より、筆者が主治医となり、それと同時に、今回のチーム医療が開始となった。

 幻覚妄想は残存するも背景化し、入院生活上の問題はなくなった。過鎮静、流涎などの副作用を認め、拒薬も見られたが、薬剤情報治療必要性の説明を繰り返し、服薬アドヒアランスが向上した。外泊しても大きな問題がないことを確認したのち、X年5月に退院となった。

<医師の方針との相違点>

 X−1年5月、薬剤の効果発現まで時間がかかったため、流涎、眠気などの副作用の訴えはあるものの医師(筆者)の考えとしては薬剤増量を考えていたが、チームの提案は、薬剤変更せず副作用に対する生活指導であった。いずれの方法も大きな問題はなく妥当な方針と考えられたため、チームの方針を採用した。その後、副作用は軽減し、徐々に薬効が発現し、症状が軽快した。結果的に薬剤量を増やすことなく症状改善が得られた。

 チームの方針の中では、クロザピンの副作用心電図変化が起こることに配慮されていなかったので、心電図検査を行う必要があることを指摘した。チームの提案により心電図検査を行ったところ陰性T波、軽度のQT延長を認めた。また、チームは循環器内科医の診察依頼の方針も提案した。循環器内科医の助言に従い、定期的な心電図フォロー採血を行なった。以後、心電図変化は見られなかった。

【症例2】 40歳男性 双極性障害

 X年2月、爽快気分、多弁など躁状態となった。入院の促しには応じ、任意入院となった。この入院より筆者が主治医となり、今回のチーム医療が開始となった。

 入院後、徐々に状態悪化。易怒性、易刺激性亢進し保護室隔離とした。炭酸リチウムの増量を行い、躁状態は軽快した。しかし、薬剤性の過鎮静を認めた。睡眠薬気分安定薬の減量により過鎮静は改善した。外泊で問題ないことを確認し、X年5月に退院となった。

<医師の方針との相違点>

 X年3月、躁状態改善はある程度得られたものの多弁、多幸感は残存していた。炭酸リチウム400mg投与中の血中濃度は0.55mEq/lであったが、医師(筆者)は増量可能である、ということに気づいていなかった。チームから炭酸リチウム増量が提案された。それに従ったところ、症状は改善し退院に至った。

 X年4月、睡眠薬による過鎮静が出現していたが、チームは躁状態からうつ状態に転じたと考えていた。医師は、薬剤の副作用による過鎮静の可能性もあることを指摘した。チームは睡眠薬減量を提案した。それに従い、睡眠薬漸減中止を行なったところ、徐々に過鎮静は改善した。

【症例の考察

<症例1>

 薬剤抵抗性統合失調症重症患者であったが、大きな問題なく退院に至った。医師との方針の相違点は上記2点のみであり、ほぼ看護師薬剤師のみで治療したと言える。

 医師(筆者)としては、薬剤の効果が不十分であることに待ちきれず増量を考えていたが、副作用を重視した冷静な判断、薬物治療以外の生活指導を含めた総合的な判断ができたことは多職種によるチーム医療の成果と言えるだろう。

 一方、心電図検査がされなかったという点は反省である精神科看護師薬剤師ということで身体的な問題に注意が向きづらかったという面があったかもしれない。しかし、医師による指摘後は問題なく対応できていた。

<症例2>

 保護室隔離まで必要重症躁状態患者であったが、大きな問題なく退院に至った。症例1と同様、医師との方針の相違点は上記2点のみであり、ほぼ看護師薬剤師のみで治療したと言える。医師(筆者)としては、隔離解除に至るなど効果がある程度現れていたため、炭酸リチウムは400mgでも十分な量であると思い込んでいた。そのままの量でも徐々に改善は見られたかもしれないが、増量後約2週間で著明に改善した印象が強い。いずれにせよ、医師に血中濃度解釈に見落としがあったことをチームによって指摘できたことは大きな成果と言える。

 一方、薬剤性の過鎮静を見落としていた点は反省である抑うつ状態と薬剤性過鎮静の鑑別は決して容易ではないが、鑑別にあげられていなかった点には問題が残る。しかし、医師による指摘を直ちに理解し、その後の対応問題はなかった。

【全体としての考察

 両症例とも重症例であったが、治療経過は良好で退院できるまで症状は改善した。治療方針に関して、上記の一部の例外を除いて、看護師薬剤師の方針を変更することはなかった。実質的に、看護師薬剤師のみの治療で、重症患者を退院可能な段階まで回復することに成功したと言える。問題点反省点はあるとしても、一部とは言え、医師を上回る提案ができたことは非常に大きな成果である。これらが、今回の新たなチーム医療の試みなくして得られた可能性は低い。それについて論じる前に、チームに参加した看護師薬剤師、そして患者によるこのチーム医療に対する意見感想をお示ししたい。

看護師

 現在、処方・検査等医師の専権事項とも思われていたところに関しては、看護師受動的になっているのが実情である。医師からトップダウンで指示を受け、それをフィードバックするのが医療システムであるので、看護師はどうしても受け身になり主体性を持ちにくい状況にある。今回の取り組みで看護師が行ったことは、処方、検査等医師の専権事項と思われていたことに関しても、積極的意見・介入し、主体性を持って患者と関わったことである。医師の判断の前に看護師薬剤師が連携し、具体的な治療の提案を行うという取り組みを行うことで良好な結果が得られた。

 今回の取り組みを進めていくうちに、本当にこの薬が患者に合っているのか、状態に適した処遇提供できているのかなど、今まで医師が感じていたであろう「決定する」という責任の重さを痛感した。処方・検査等に対しても医師や薬剤師意見していくため、今まで以上に知識を深めようというきっかけにもなった。血液検査の項目や検査日なども看護師薬剤師が連携し、決定していたので、検査データなど、今まで以上に積極的情報収集するようになった。結果、今回の取り組みを行う前と比較して、様々な角度から患者を捉えられるようになったと感じている。患者にとって看護師は最も身近な存在であり、精神状態の変化など適時評価することができる。その専門性を活かした上で、積極的治療の提案をすることは、今回の取り組みを通して効果的であるという結果が得られ、より良い医療提供できる可能性が示唆されたと感じている。各職種主体性を持つチームを作ることで、責任の重さも感じたが、やりがいをもって業務を行うことができた。対等に意見を出し合うことで、より強いチームワークが生まれ、各職種ポテンシャルを十分に発揮することができた。医療者全体で患者を支える力が重要であると改めて気づいた。

 課題としては、現在少人数のチームで行っているため担当者がいない時に迅速な情報交換が難しい点、どうしても担当者発言権が強くなってしま担当者以外の看護師主体性が低下しがちである点を感じている。

薬剤師

 今回の試みで薬剤師が行ったことは「チームで協働しての処方立案」「副作用モニタリング」「患者説明、患者教育」などである。こうして羅列してみると真新しさはさほど感じないかもしれない。しかし、今回の試みでは「チームで協働しての処方立案」において大きな特徴があると考える。

 現状、チームで処方設計といっても、医師が各職種から情報収集し、薬剤を選択することが多い。具体的な薬剤選択に医師以外の職種意見を出すことはまれであり、医師の薬剤選択が著しく妥当性を欠く場合を除いては、他職種が対案を出すことはほぼなかったといえるだろう。

 しかし今回の試みでは、処方設計をまずは医師以外の職種で行うこととなる。今回の取り組みの最も大きな特徴の一つであるが、我々に期待されていた役割が「妥当性を欠く処方の見張り」から妥当な処方の構築」へとシフトしていった。この差は小さいようで非常に大きい。

 試みを進めていくと、医師に任せきりだった部分がいかに多かったのかが見えてきた。ガイドライン通りにやってうまくいかない、本当にこの薬剤が必要なのか、用量は適正か、増量かスイッチングか、何が正解なのか明確な答えがない。そんな中悩み、意見積極的に出していくことは新たな経験であった。

 医師に対して意見を言うからには、責任をもってチームの意見を根拠のあるものにしなければならない。新たな臨床疑問に出会うことも多く、これまで以上に知識を深めようという動機づけにもつながった。患者の病状も把握すべく、患者担当看護師から情報を得ていくにつれて病棟スタッフとの連携も強固なものになっていった。看護師薬剤師ケースワーカーなどそれぞれの専門性を発揮し、足りない部分は補完できる関係が構築されつつあると手ごたえを感じている。

 薬剤の決定に関わることによって何が主剤かをはじめとした処方意図や、それぞれの処方内での薬の重要度が完璧に把握できたことにより、服薬指導も一歩踏み込んだ内容で行えた。今回の試みで主体性をもって治療に取り組むことは、各職種専門性をよりよく発揮できたきっかけになったといえよう。

 今後の課題としては、現在少人数のチームで行っており担当者と勤務が合わず迅速な情報交換が難しかったケースがあった。

 なお、今回の試みで薬剤師検査や処方の提案を行う際は医師の確認・了承を得ることを必須とし、現行法規下で実施可能形態で試みを進めるよう細心の注意を払っている。

患者>(上記2名の患者の退院直前に聴取した意見をまとめて簡潔に提示

 チーム医療になることで、誰にでも話せるので意見が言いやすかった。みんなで見てもらっているという安心感があった。

 本論文のはじめに指摘したように、医師と他職種間では権限に大きな差があり上下関係は免れがたい。それを超えて対等な意見交流を持つためには多大な労力を要する。上記、看護師薬剤師意見にもあるように、通常の枠組みでは医師以外の職種主体性を持って診療に参加することには困難があることが、今回の取り組みでより明らかになった。そして、今回の新たなチーム医療の取り組みはその、医師と他職種の権限格差、他職種主体性を持つ困難さを乗り越えるために構築した仕組みの一案である。なお、この取り組みに関して、治療方針の最終決定は医師であり、形式上看護師薬剤師意見を求めて参考にしたに過ぎない。すなわち、医師法薬事法上、何ら問題はないことは付記しておく。

 ここで日本における今回のチーム医療新規性について述べたい。

 薬剤師に関しては、2010年4月に発出された厚生労働省政局長通知「医療スタッフ協働・連携によるチーム医療の推進について(医政発0430第1号)」を受けて、薬剤師によるいくつかの薬剤師による処方オーダー代行がいくつか試みられている。(粟屋ら,2011;舟原ら,2013;藤岡ら,2014;小川ら,2014;隅岡ら,2015;進健ら,2015)定期薬などのdo処方、剤型調整などが行われ良好な結果が得られている。しかしこれらは、医師の処方の補助であり、より進んだ取り組みでも処方変更の提案にとどまる。患者病態総体的に捉え治療方針を立案から行ったものとは言えない。

 看護師に関しては、2014年6月に「特定行為に係る看護師研修制度」いわゆる特定看護師制度が創設されている。2015年3月には、制度の詳細が定められた省令および施行通知が発出され、10月より研修制度が開始された。これらは、看護師主体的に診察を行い医行為を行うことを目指すものではあるが、権限を与えられる特定行為は極めて限定されている。患者病態総体的に捉えて治療方針を提案するものとは言い難い。何より未だ研修段階であり制度として施行されていない。また、2008年から診療看護師の養成も行われている。しかし、これも権限は制限されており、医師の補助業務の域を出ているとは言い難い。

 これらの取り組みも、本論文のチーム医療と目指す方向性としては同じとは言える。しかし、いずれもあくまで医師の補助業務としての職域拡大であり、依然として権限格差は残されたままである。我々のチーム医療が目指したのは医師と同目線での診療の試みである。権限の制限一時的に取り払った時に見える視野経験することで初めて得られる視点があり考察があるはずである。そのような目論見で始めた取り組みであったが、おおよそ目的は達成されたと言える。権限がなければ責任感は得難い。形式上、医師の指示の下とはいえ、立案の段階から主体的診療方針に関わることで、これまでの看護師薬剤師の職域では得られない観点を得られた。

 また、患者から意見好意的ものであった。単なるチーム医療よりも主体的な関わりであったことが、意見の言いやすさ、安心感に寄与した可能性が高い。臨床的効果と同時に患者満足度にも貢献できたことはチーム医療の本懐である。 

 ここまでは日本国内での議論であったが、海外に目を向けてみる。すでに米国ではnurse practitioner(NP)という制度が1960年代から施行されている。現在ではカナダ英国諸国オーストラリア韓国など多数の国で導入されている。NPは日本における特定看護師よりもはるかに権限が大きい。外来診療など医師とほぼ同等の権限を有する。その診療能力に関しては、いくつかのメタ解析が報告されている。それらのうち一つでは、医師と同等の治療成果を得られたという報告(Julie Stanik-Huttら,2013)があり、それにとどまらず、患者満足度、再入院率低下、死亡率低下に関しては医師を上回っているという報告(Nahara Anani Martinez-Gonzalezら,2014)すらある。国が違う以上、制度、社会背景など大きく異なるため簡単に比較することは難しいが、少なくとも、通常の医師養成手順以外にも、医師と同等の診療能力を得る方法がある、ということは言えよう。

 今回の新たなチーム医療の取り組みに関しても、重症患者治療経過が良好であった今回の経緯をふまえれば、少なくとも看護師薬剤師のチームには医師と同等あるいはそれ以上の診療能力がある可能性を示せたと言える。上記の通り、不十分な点はあるものの、それらは今後経験を積むことにより容易に解決が期待される範囲問題であった。それは、初期研修医、後期研修医がはじめから独力で診療を行うことが出来ないのと同様であり職種固有の問題とは言えない。海外でのNPによる成果を合わせて鑑みても、「医師であること」が診療能力担保するわけでもなく、「医師でないこと」が診療能力の欠如を示しているわけでもない、と言える。

 これらを踏まえつつ、医師と他職種の今後のあるべき関係について、私見を交えつつ提案したい。

 医師と他職種では診療上の権限の差も大きいが、他方で医師への参入障壁の壁も大きい。医師免許を取得するには医学部に6年間、大学編入制度を利用したとして最低でも4年間は通う必要があり、慢性的医師不足問題となっているにも関わらずその定員も制限されている。臨床経験を積んだ看護師薬剤師が、改めて医学と関わりの薄い大学受験勉強をし、医学部入学の狭き門をくぐり、無給どころか少なから授業料まで払って6年間あるいは4年間の歳月を費

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