「プライベート・ライアン」(原題:Saving Private Ryan)は、1998年公開のアメリカの戦争映画です。スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス、マット・デイモンら出演で、第二次世界大戦時のノルマンディー上陸作戦を舞台に、危険を冒して一人の兵士の救出に向かう部隊を描いています。第71回アカデミー賞で11部門にノミネートされ、監督賞、編集賞、撮影賞、音響賞、音響編集賞の5部門を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ロバート・ロダット/フランク・ダラボン
出演:トム・ハンクス(ジョン・H・ミラー、陸軍大尉、中隊隊長)
トム・サイズモア(マイケル・ホーヴァス、一等軍曹、ミラーの右腕)
エドワード・バーンズ(リチャード・ライベン、一等兵、自動小銃手)
バリー・ペッパー(ダニエル・ジャクソン、二等兵、卓越した腕を持つ狙撃手)
アダム・ゴールドバーグ(スタンリー・メリッシュ、二等兵、小銃手、ユダヤ系)
ヴィン・ディーゼル(エイドリアン・カパーゾ、二等兵。小銃手、イタリア系)
ジョバンニ・リビシ(アーウィン・ウェイド、四等特技兵、衛生兵)
ジェレミー・デイビス(ティモシー・E・アパム、伍長(五等特技兵)、通訳)
マット・デイモン(ジェームズ・フランシス・ライアン、二等兵、落下傘部隊員)
ほか
あらすじ
1944年6月、第2次世界大戦のさなか、米英連合軍はフランスのノルマンディで上陸作戦を決行するもかつてないほどの激戦となり、多くの兵士が命を落とします。中でも最も悲惨な戦いとなったオマハビーチでの戦闘を生き延びたミラー大尉(トム・ハンクス)に、軍の首脳から「三人の兄を戦争で失ったジェームズ・ライアン二等兵(マット・デイモン)を探し出し、故郷の母親の元へ帰国させよ」という命令が下ります。ミラー大尉は古参軍曹のホーヴァス(トム・サイズモア)、二等兵のレイベン(エドワード・バーンズ)、カパーゾ(ヴィン・ディーゼル)、メリッシュ(アダム・ゴールドバーグ)、名狙撃手ジャクソン(バリー・ペッパー)、衛生兵のウェード(ジョヴァンニ・リビジ)、ドイツ語が話せる実戦経験ゼロのアパム(ジェレミー・デイヴィス)を選び、誤った地点に降下し行方不明となったライアンを探しに敵地へと向かいます・・・。
レビュー・解説
スピルバーグ監督の演出によるかつてないほどリアルで生々しい戦闘シーンと、トム・ハンクスによるヒューマンなパフォーマンスが反戦映画のあり方を変えたと言われる名作です。
冒頭、オマハビーチにおけるノルマンディー上陸作戦を描く20分間の戦闘シーンに度肝を抜かれます。敵の砲火の雨の中、上陸部隊の兵士たちが次々に倒れていき、死者の数は全編を通じて255にも上ります。兵士の手足が吹き飛ぶ、内臓が飛び出る、炎に包まれて爆死する、海水が血の色に染まるなど、ハンディカメラによるドキュメンタリーのような映像が戦場の現実を生々しく描き出し、戦争映画のあり方を変えた歴史に残る戦闘シーンと言われています。戦争写真家ロバート・キャパが捉えたノルマンディー上陸作戦の報道写真を彷彿とさせる、色飽和度を抑えた現実感のある映像で、銃声には本物の発砲音を録音して使用、米軍やドイツ軍の軍装には本物や正確なレプリカ、兵器・車両にも可能な限り本物が使用されています。
ノルマンディー上陸作戦は連合軍が2年の歳月をかけて準備、満を持して仕掛けた物量作戦で、これを機に戦局が一転、ドイツを敗戦に追い詰めていったされる歴史的な作戦です。しかしながら、歩兵部隊の上陸に先駆けて行われた空爆、艦砲射撃が、悪天候の為にことごとく的を外した為、無傷の敵の厚い弾幕の中に次々と歩兵を送り込むことになりました。最も激戦を極めたオマハビーチでは、上陸部隊の約半数が戦死するという凄惨な作戦でもありました。特にミラー大尉が防御戦を突破した位置にいた部隊は、9割以上が戦死したと言われており、この映画で描かれて居る戦闘シーンは誇張ではなくなく、現実的なものです。
私は観衆を舞台に上げ、実戦を見たことがない子供達とともに、オマハビーチの丘を駆け上がって欲しかったのです。
(死体の数を減らすなど)映画の質を落としたり、受け入れやすいものしたり、実際に起こったことを消し去るようであるならば、それは映画全体で伝えようとしていることを大きく貶めることになります。(スティーヴン・スピルバーグ監督)
この映画ができて、とてもうれしい。アメリカ人の誰もがこの映画を見て、次に若者たちを戦場に送る際には、彼らをどういう場所に押し込もうとしているのかわかった上でそうすることを祈りたい。(スティーヴン・アンブローズ、歴史家、「プライベート・ライアン」アドバイザー)
1994年、脚本家のロバート・ロダットは、南北戦争で没したアグネス・アリソンの4人の息子に捧げられた記念碑を見て、第二次世界大戦を舞台に脚本を書くことを思い立ちます。第二次世界大戦の二ランド兄弟の実話を参考にした脚本は、プロデューサーを経て、トム・ハンクス、そしてスピルバーグ監督の手に渡り、映画化が決定しましたが、最終的に映画がリーリースされるまで脚本は何度も見直され、11回も書き直されました。
中盤にミラー大尉らがライアンを探し当てるまで一時間余り、そしてライアンらとともにドイツ軍を迎え撃つ終盤までの約一時間は、兵士たちの個性とともに様々な戦闘やエピソードがじっくりと描かれます。どの役も個性的で、魅力的ですが、やはり注目されるのはトム・ハンクスとマット・デイモンです。トム・ハンクスが演じるミラー大尉は優秀な下士官ですが、戦闘ストレスの為、時折、手の震えが止まらなくなります。トム・ハンクスは、アメリカで好感度ナンバー・ワンの俳優ですが、いわゆる職業軍人ではなく、良きアメリカ人が戦地に赴いたらと設定を見事に演じています。
本作のライアン兄弟は、三人の兄全員が戦死、国防省のポリシーに基づき残った弟が前線から本国に送還されたナイランド兄弟の実話を参考にしていますが、当時のアメリカの田舎の貧しい家庭では大恐慌の余波で地元に職を得るのが難しく、収入を得る為に子供達が揃って兵士になるケースが少なくありませんでした。ノルマンディー上陸作戦で戦死した双子のスティーヴンス兄弟もそんな田舎町出身ですが、同じ町から25人が出征してオマハビーチで戦い、19人が戦死しています。マット・デイモンはそんなアメリカの田舎町の青年を好演しています。彼はたいして面白くないジョークをアドリブで言いますが、これが田舎の青年の素朴さを良く体現しており、本編に採用されています。トム・ハンクスと顔を合わせ、対話するシーンでは、さすがオスカーの受賞者同士、映画がぐっと締まります。
アパムを演じるジェレミー・デイビスもなかなかです。アパムは救出隊の中で最年少で、もともと地図作成や情報処理を担当していましたが、ドイツ語とフランス語が話せる為、通訳としてミラー大尉の部隊に加わります。実戦経験が無く、敵兵を殺すことができなかったりしますが、ジェレミー・デイビスはそんなアパムの性格を深掘りして演じています。彼は性格俳優なのか、線が細く、気弱な役を演じると天下一品です。
「ワイルド・スピード」シリーズでブレイクした、ヴィン・ディーゼルもカパーゾ役で出演しています。イタリア系とアフリカ系の両親から生まれた彼は、演劇関係者であった義父の元で育ち、7歳から舞台を立ちますが、ハリウッドでは役を得るとができず、自分で脚本を書いて短編映画を制作、撮影期間3日間、制作費3,000ドルという超低予算でしたが1995年のカンヌ国際映画祭で高い評価を得、スピルバーグ監督に抜擢されました。当時、ヴィンは31歳で年収2万ドル、ギャラも安かったようですが、ベン・スティラーやクリスチャン・ベイル、グウィネス・パルトロウらと同様、スピルバーグ作品に出演して注目されるようになりました。
国威発揚を狙ったものを含め、アメリカの戦争映画には第二次世界大戦を扱うものが多かったのですが、1975年のサイゴン(現在のホーチミン市)陥落によるベトナム終戦以降、「ディア・ハンター」、「地獄の黙示録」など、ベトナム戦争を舞台にした反戦映画が主流となりました。
1974年 「ハーツ・アンド・マインズ」公開
1975年 サイゴン陥落、南ベトナムが崩壊してベトナム戦争終結
1978年 「ディア・ハンター」公開
1979年 「地獄の黙示録」公開
1986年 「プラトーン」公開
1987年 「フルメタル・ジャケット」公開
1987年 「ハンバーガー・ヒル」公開
1987年 「グッド・モーニング・ベトナム」公開
・・・
これらは強く反戦を訴える映画でありますが、時に閉塞感があり、やむなく兵士になった人々にさえ、行き場を与えないものもあります。
そんな風潮もあってか、当初、スピルバーグ監督は危険に挑む勇敢な冒険談として描くつもりでしたが、第二次世界大戦の退役軍人へのインタビューを始めると、そのような描き方は全くもって不適切であることがわかったと言います。彼らにとっての戦闘は、勇敢でも冒険でもない、死に直面する、生々しい現実以外の何物でもなく、務めを果たし、早く家に帰りたいというのが本音でした。ベトナム戦争と異なり、ヒットラーを潰した第二次世界大戦は、アメリカでは必要な戦争だったと考えられています。もし、彼らが敗れていれば、ユダヤ系のスピルバーグ監督のみならず、アーリア人以外は悲惨な運命を辿ったでしょう。彼らは、身を挺してそれを防ぎ、次の世代へ命をつないだのです。スピルバーグ監督は、1998年にインタビューに答えて次のように語っています。
第二次世界大戦は、20世紀の鍵となる分岐点だったと思います。それは非常にシンプルです。ベビーブーマーが生まれるか、生まれないかです。第二次世界大戦後に、私たちベビーブーマーは生まれました。私たちの世代を生んでくれた父や祖父、十分に評価されているとは言えない父や祖父に、感謝しなければならない大きな借りがあるのです。
私は51歳、ビルマで第二次世界大戦を戦った父は81歳ですが、私は彼を名誉ともに大戦から解放してあげたい。大戦を単なるアクション&アドヴェンチャー映画の舞台にしたくないのです。(スティーヴン・スピルバーグ監督)
映画の最初と最後に、墓参りする老いた退役軍人を追って多くの家族がぞろぞろとついて行きますが、これは第二次世界大戦を戦った彼らがつないだ命を象徴しています。凄惨な戦闘をリアルに描き、反戦を匂わせながらもそこで戦った名もなき人々を讃えるという、離れわざをやってのけたのがこの映画であり、反戦映画のあり方を変えたと言われる所以でしょう。スピルーバーグ監督はこれほど幅広く受けいられるとは考えていなかったようですが、凄惨な場面を扱いながらもヒューマニズムを感じさせる娯楽作品として見事にまとめ上げている点を見逃せません。この映画を反戦映画のくくりに入れることに抵抗を感じる人もいますが、「必要な戦争」を戦った名もなき人々を讃えることは自然なことなのでしょう。第71回アカデミー賞で11部門にノミネート、5部門で受賞という高い評価を得たのも、そうしたアメリカの歴史、国民性を反映しているのかもしれません。
- 作品賞:ノミネート(スティーヴン・スピルバーグ他)
- 監督賞:受賞(スティーヴン・スピルバーグ)
- 主演男優賞:ノミネート(トム・ハンクス)
- 脚本賞:ノミネート(ロバート・ロダット)
- 劇映画音楽賞:ノミネート(ジョン・ウィリアムズ)
- 音響編集賞:受賞(ゲイリー・ライドストロム他)
- 録音賞:受賞(ゲイリー・ライドストロム他)
- 美術賞:ノミネート(トーマス・E・サンダース他)
- 撮影賞:受賞(ヤヌス・カミンスキー)
- メイクアップ賞:ノミネート
- 編集賞:受賞(マイケル・カーン)
トム・ハンクス(ジョン・H・ミラー)
アメリカ陸軍大尉、第2レンジャー大隊C中隊隊長。
トム・サイズモア(マイケル・ホーヴァス)
一等軍曹、ミネアポリス出身、ミラーの右腕。
エドワード・バーンズ(リチャード・ライベン)
バリー・ペッパー(ダニエル・ジャクソン)
二等兵、卓越した技術を持つ狙撃手。
アダム・ゴールドバーグ(スタンリー・メリッシュ)
二等兵、小銃手、ユダヤ系。
ヴィン・ディーゼル(エイドリアン・カパーゾ)
二等兵、小銃手、イタリア系 。
ジョバンニ・リビシ(アーウィン・ウェイド)
四等特技兵、衛生兵。
ジェレミー・デイビス(ティモシー・E・アパム)
伍長(五等特技兵)、通訳。
マット・デイモン(ジェームズ・フランシス・ライアン)
二等兵、パラシュート部隊員。
撮影地(グーグルマップ)
- 冒頭、老いた退役軍人とその家族たちが歩く場所
ノルマンディ・アメリカ人墓地の海岸側の道で撮影されている。 - ノルマンディ・アメリカ人墓地
1944年6月8日、アメリカ陸軍によって第二次世界大戦で初めてヨーロッパに作られたアメリカ人墓地。9387人の名前が刻まれており、そのほとんどが上陸作戦で命を落とした兵士である。他に、行方不明者の壁には、1557人の名が刻まれている。同じ日、同じ場所で命を落とした人の数の多さが、戦闘の悲惨さを物語っている。 - オマハビーチの戦闘が撮影された海岸
実際のオマハビーチでの撮影が許可されなかった為に、撮影はアイルランドで行われた。 - 現在のオマハビーチ
遠浅い海岸には杭が打たれ、その上部に機雷が設置されていた為、上陸艇は満潮時に海岸に近づくことができなかった。作戦は干潮時に決行され、上陸部隊の歩兵たちは遮るもののない砂浜で砲火にさらされる中、重い背囊を担いで長い距離を進まねばならなかった。
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関連作品
ノルマンディ上陸作戦を描いた作品(Amazon)
「史上最大の作戦」(1962年)
「D-DAY 360」(2014年、TVドキュメンタリー)
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「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002年)
「ブリッジ・オブ・スパイ」(2015年)
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「ジョーズ」(1975年)
「未知との遭遇」(1977年)
「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(1981年)
「E.T.」(1982年)
「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」( 1984年)
「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」(1989年)
「ジュラシック・パーク」(1993年)
「シンドラーのリスト」(1993年)
「マイノリティ・リポート」(2002年)
「リンカーン」(2012年)
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