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新貧乏物語

第4部・子どもたちのSOS (2)ネグレクト

担任だった男性教諭はミカちゃん(仮名)が書いた卒業文集を読み返し、どんな思いを胸に閉じ込めていたのか考える

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◆愛も歯も溶けていく

 子どもたちの笑顔が弾む給食の時間。四年前、中部地方の都市にある小学校で新しく五年生を受け持った担任の男性教諭(38)は、教室にいたミカちゃん(仮名)のおかしな様子に気がついた。

 いったん口に入れた食べ物を、カバーで包んだペットボトルに吐き出している。ちゃんと飲み込んでいるのは、牛乳や汁物だけのようだった。

 ミカちゃんの歯は溶けたように小さくなっていた。パンやおかずをみんなと同じペースでかむことができないのか、食べたふりをして吐き出していた。すぼんだ口元が、おばあさんみたいに見えた。それを隠すように、ミカちゃんはいつも白いマスクをしていた。

 後日あった歯科検診の結果は、二十本近くが重い虫歯。校医は眉をひそめて、担任に忠告した。「このままじゃ、中学生までに歯がなくなりますよ」

 ミカちゃんは母親と中学生だった兄と三人で暮らしていた。家計は厳しく、給食費などを補助する就学援助を受けていた。母親は飲食店の深夜勤務で、夕方から朝方まで兄と二人きり。

 心配した担任が尋ねると、ぽつりと漏らした。「ママと話すのは仕事の休憩の時。たまに電話やメールをするくらい」

 給食も食べられず、やせた体。一番の思い出づくりの修学旅行でさえ、ミカちゃんは友だちの歓声が響く旅館の食堂を離れ、一人でプリンを食べていた。

 「お願いです。歯医者に連れて行ってください」。担任は個人懇談や家庭訪問で何度も頼んだ。でも、母親は「予約はしたんですけど…」と、あいまいな返事をするだけだった。

 ある日、ミカちゃんは担任にこんな話をした。「この前ね、ママとママのカレシと買い物に行ったよ」。家でつらい思いをしているはずなのに、母親の悪口を言ったことは一度もない。担任は育児放棄(ネグレクト)を疑っていたが、楽しげに振る舞うミカちゃんを見ると、母親を問いただすことができなかった。

 三十数人の児童を受け持っている以上、ミカちゃんの家だけを見ているわけにはいかない事情もあった。離婚率が上がってひとり親の世帯が増え、不景気でリストラされた保護者もいる。この担任だけではなく学校全体が、困窮する子どもたちの対応に追われるようになった。

 学年費などを滞納している児童の自宅を訪ね、渋る保護者に「今日は五千円でいいですから」と頭を下げる。就学援助などの制度を知らない家庭には、申請書類を届けるために足を運ぶ。

 「そんな中で誰か一人に肩入れすれば、周りが見えなくなってしまう」。プライバシーが叫ばれるようになった今、学校が家庭にどこまで踏み込めるのか、同僚たちも悩んでいる。

 担任だった先生が最後にミカちゃんを見かけたのは、一年ほど前。中学生になっていたが、なぜか卒業した小学校の校庭で遊んでいた。

 マスクの奥にどんな悲鳴を閉じ込めていたのか、今も給食の時間になると考えてしまう。風の便りで聞いたミカちゃんは中学で欠席が目立ち始め、今は登校していない。

       ◇ 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞社会部「新貧乏物語」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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