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【コラム】

筆洗

 笑いを提供する喜劇作家が検閲官からすべての笑いを削除せよ、と命令されたら。三谷幸喜さん脚本の「笑(わらい)の大学」。検閲官の指示にも劇作家はあきらめず何度でも書き直す。「どんなに無理難題を言われても必ず面白いものをつくる。それが自分の権力との闘い方です」。そんなせりふがあった▼このポーランド出身の巨匠も長い間、検閲と闘った方である。「地下水道」などの映画監督アンジェイ・ワイダさんが亡くなった。九十歳▼旧ソ連の影響下にあった、複雑な戦後ポーランドにおいて、恐れることなく政治的メッセージの強い作品を発表した。重く危険なテーマを選ぶ一方で、独善や難解さに陥ることはなく、映像の美しさや展開の妙など映画本来のおもしろさを大切にしていた印象が残る▼検閲との闘い方は巧みだった。「灰とダイヤモンド」(一九五八年)は孤独青年マチェクが大物党員を殺害する物語である▼反体制的と検閲官は怒りそうだが、マチェクに無残な死を用意することでその目を欺く。「人民に歯向かう者にふさわしい最期だ」。検閲官はそう理解したが、監督のメッセージは青年を死に追いやった体制への批判である▼「検閲できるのは検閲官の想像力に収まるものに限られている。大事なのは検閲そのものを無効にしてしまうような映画をつくることだ」。それがこの方の権力との闘い方だった。

 

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