スタジオパークからこんにちは くまもとの風「家族の愛を教えたい」 2016.10.11


生字幕放送でお伝えしています生瀬⇒こんにちは。
俳優ですから、うそつきです。
竹下⇒朝ドラのお父様なんですからうそつきなんておっしゃらないで。
お父様はお父様で一生懸命生きているんですね。
私は私で一生懸命生きている。
伊藤⇒一生懸命生きているとおっしゃる生瀬さんの俳優人生の原点に迫っていきます。
最初のテーマは関西演劇界のスーパースター。
そうなんですよね。
最初は関西の演劇界で。
もともと小劇場出身ですので関西のほうで活動していました。
スーパースターなんてこんなおこがましい。
全然全然です。
そとばこまちという劇団で辰巳琢郎さんとかいらっしゃったところに座長としてつとめていらっしゃったんですがそもそも最初から演劇をやろうということは?もともとは全然違ったんです。
僕は落語とか漫才を学生時代にやっていましてそれで、ちょうど当時つかこうへいさんがすごいブームになりましてそのお芝居を見に行って感動しまして演劇っておもしろいな演劇というと小難しいけれど劇はおもしろいなと思いましてそこから興味を持ってそとばこまちに入ったんです。
そこから活動をしてそのうちに座長になりまして関西小劇場ブームと呼ばれる80年代を過ごし90年代と。
小劇場だけれども年間動員数が1万人。
最後は1万人までいきましたね。
小劇場で1万人動員できるのはなかなかない。
当然そこから活躍されるんだろうなと思うんですけれどもコメディーはずっとやりたいと思っていたんですか。
コメディーが好きでしたね。
もちろん、シェークスピアとかもやったんですけれどもコメディー色の強い芝居をやっていました。
関西のローカル番組なんですけれども夜中にコント番組とかもいろいろ出させていただいて活動していましたね。
それは構成から?台本から?いえいえ、それは出演者としてキャストとしてです。
スーパースターとして活躍されていたその活躍ぶりがNHKのニュースの映像で残っていました。
演劇について結構真面目に、語っていらっしゃいます。
かっこ悪い、かっこ悪い。
(ナレーション)ロックミュージックと「忠臣蔵」をドッキングさせたコメディー「冬の絵空」。
劇団そとばこまちの十八番です。
ことし2月末から3月にかけて行われた東京公演はこの十八番をひっ提げて大成功しました。
作・演出というようなこともされるわけですが、そういうとき台本を書いたりというときは関西弁なんですか、標準語ですか。
あえて大阪の人という形で出すときは、自分のことばで大阪弁の表記をするんですけどもなかなかね、難しいんですよ大阪弁を活字にするって。
書くと、ものすごくね「そんなこと言うてまへんやん」「へんやん」とかになってしまうんで、それも「そんなこと言うてへんやん」っていう、しゃべりことばにするほうが楽なんでだから標準語で書いて稽古のときにお前の使ってる大阪弁でやれみたいな形でやりますね。
伊藤⇒ニュースに。
なんちゅう顔をしているんですか。
生瀬⇒若いですね。
整形する前ですね。
竹下⇒またそんなことを言って。
どうですか?今の覚えていますか。
生意気な。
何を言っているか分かりませんね。
東京に進出して関西で人気を得てという24年前。
24年前ですか。
爽やかでした。
そうですか。
生意気じゃないですか、なんか。
ニュースで取り上げられるくらい。
ブームになっていたんですね。
関西ではスターダムになっていたんですね。
恥ずかしい。
恥ずかしいです。
今ちょっと話が出ましたがその時代のこと。
作ったコント数は日本一?という。
関西ローカルのコント番組に出たんですけれども自分が作ったわけではないんですけれども出演したコント数は本当に多かったですね。
どのくらいですか?年間になると…その番組は週に1本だったんですけれどもそこで10本、20本やっていましたから年間300本くらいコントにたぶん、出ていたという。
すごかったです。
週に5日間、30分のコント番組に費やしていましたから。
頭の中は、常にそのことを考えるような生活ですか?そうですね、やってましたね。
懐かしい映像を。
また出ますか。
「現代用語の基礎体力」基礎知識ではないですよ。
コント番組です。
貴様の、その徹底した主義主張も私の手によって崩壊される運命にあるんだ。
運命にあるのだって俺は宝塚月組か。
聞きしに勝る関連性のない突っ込み!ない突っ込みって俺は花嫁の父か。
意味がない!くそぉ…、覚悟しろ!覚悟しろって俺はまな板の上のコイか。
しまった。
当たり前の突っ込み、今だ!
(銃声)痛い痛い痛い、不覚。
生瀬⇒本当に申し訳ない。
たぶん桂小枝さんに影響されたんだと思います。
伊藤⇒なんとなく雰囲気ねあのしゃべり方とか。
本当に、やめてくださいよ。
いやあ、懐かしいです。
升毅さん、先輩それから羽野亜紀ちゃん。
やってました。
竹下⇒すごい。
いやあ、若い。
ああいうのをやってきて今の私があるわけですから。
一生懸命やっていましたよ。
伝わってきますよ、すごい圧が。
コントをやるのは好きだったんですか?笑いを取るのは。
好きでしたね。
楽しかったですし毎回いろいろ悩みながらもやっていたと思うんですけれどもでも大変だったけど充実してましたね、毎日毎日。
瞬発力がないとだめでしょう?そうですね。
体力も瞬発力も勢いも。
あれをたくさんやったおかげでたぶん今、自分があるんだと思うので。
今見るとやっぱり恥ずかしい。
恥ずかしいということは成長しているということですからね。
ご自分でまとめてくださってありがとうございます。
誰も褒めてくれないので、自分で。
このコントを後輩のこの方はどのように見たのか。
初めて見させていただいたんですけど…。
(取材者)こんな時代があったんですよ。
なんとコメントしたらいいのか。
まず、あの、見た目からのインパクトにやられてしまって…ちょっと内容があれなんですけど。
生瀬⇒コメントしていないじゃないですか。
何と言ったらいいのかと。
だから娘にああいうのを見せちゃいけないんですよ。
伊藤⇒ああいう背中をね。
パパの若いころは。
パパの若いころの背中も見てもらったほうが。
竹下⇒より理解が深まったと思いますよ。
ああいうのがあって今があるんだと。
人に笑ってもらえるというのはなかなかお芝居も感動したりいろいろなものがあると思うんですけれども笑いを取るというのは、なかなか難しい部分があるでしょうね。
そうですね。
でもあれで笑いが取れたかどうかは別として。
笑いましたよ。
試行錯誤していました。
悩んでもいましたし。
でも結局もちろん小劇場出身ですからでかい声でいっぱい動くというのが基本、ベースですからとにかく勢いでやっていましたから。
それで今も大きい声なのね。
そうです。
出がそっちですから。
培ってきたものというのが今分かりました。
すごいキャリアですよね。
なかなかできないことです。
次に伺うテーマはNHK出演で改名。
そのきっかけになったドラマこれは朝ドラなんですよね。
そうです。
「純ちゃんの応援歌」山口智子さん主演のドラマに出ていらっしゃいました。
28年前ですね。
このドラマの出演が改名のきっかけになったということです。
これはちゃんと真面目にやっていますからね。
何でも真面目に毎回やっているんですけれども。
稼ぎ人
(かせぎど)って何ですか。
ああ、それは稼ぐ人と書いて稼ぎ人
(かせぎど)。
ま、字のとおりや。
ああ、そうかあ。
何しやんの?兄ちゃん、起きて大丈夫なんか?退屈で寝てられへんわ。
仕事、どうせいっちゅうんや?帳簿扱うてもらうにゃ一とおりのこと覚えてもらわなあかんやろ?ま、清彦は僕と違うて頭ええさかい。
うちは、よそと違うて愚兄賢弟やさかいな。
好かんなあ。
伊藤⇒という改名のきっかけになった朝ドラ。
生瀬⇒懐かしいですね。
すごい懐かしい。
鶴瓶さん髪の毛ふさふさでしたからね。
時代を感じますね。
竹下⇒28年前。
これまでの名前を変えるきっかけになったんですね。
それまでは変な名前といいますか…。
生瀬勝久というふうに先ほどはテロップに出ていましたがその前は槍魔栗三助。
本名が僕、槍魔栗三助だったんですけれども今は芸名でやっています。
違うでしょ。
こういう、ちょっと学生時代に漫才をやっていましてそのときのコンビ名だったんです。

芸人さんっぽいですね。
当時はやったんですよ変な名前を付けるのが。
槍魔栗三助とうなぎ登り現八という相方の名前が付いていたんですけどもそのまま舞台への小劇場ですからそんなね。
名前からウケないとね。
とにかく出落ちというふうにやっていたんですけども朝ドラの話をいただきましてやった!朝ドラに出られると思って呼び出しが。
すみません、槍魔栗さんこの名前ではちょっと出演のほう、NHKの朝ドラはすがすがしい朝を迎える槍魔栗みたいな遊びまくりみたいな名前はだめだということでちょっと考えていただくということで本名で出させてくださいという感じでした。
当時、銀河テレビ小説というものが夜にありました。
そっちならいいんじゃないかと言われました。
夜ならいいんですが朝はだめということでした。
そのときはこの名前で出ました。
これで名前を変えたわけではありません。
そのあとまた槍魔栗三助で舞台をやっていました。
全国区になった生瀬さんとして昔のなじみの人が、槍魔栗さんと声をかけることもありますか。
あります。
当時の升さんとかはやりちゃんと言います。
ほかの方は分かりません。
インパクトのある名前でしたから。
名前を変えろと言われたらふざけるな、という感じにはなりませんか?僕は槍魔栗ですから名前を変えてまで出てたくありませんなんて言うわけじゃないですか。
本名で出ますと言いました。
実際に鶴瓶さんもいらっしゃいましたが朝ドラに出演されてどうでしたか。
もちろん、いろいろな方に知っていただいてうれしかったですしそこからいろいろなお話もきましたからありがたかったですね朝ドラ、出させていただいて。
朝ドラというと周りの先輩方すごい俳優さんとか。
当時は先輩クラスの方もいらっしゃいましたね。
鶴瓶さんもそうですけども。
僕は落語をやっていたのですごく桂枝雀師匠が大好きだったんです。
「純ちゃんの応援歌」に枝雀師匠が出られていたのでまあ、夢のようなだからずっと追いかけていました。
ああ!枝雀さん。
爆笑王ですね。
爆笑王、本当に僕はずっと落語を枝雀師匠のコピーをやっていましたし枝雀師匠がロケ先でせりふをやっていたり落語をくられていたりするんですよ、空き時間で。
そうすると、それがもうかっこよくて、かっこよくてあとは何か時間がせりふをくるのと落語をくるのと小説を読まれる姿今でもわりと1人でいらっしゃいます。
静かな方で、ダンディーで。
それが高座に上がると爆笑王それこそエネルギッシュで。
ですから本当によかったです。
朝ドラに参加することができて。
今は、自分が枝雀さんとかと同じように後輩にね。
そうなれればいいんですけれども。
いやあ、懐かしい、28年前。
生瀬さんの原点にぐぐっと迫ってみました。
たくさんメールがきています。
質問ですね。
青森県の20代の学生の方からです。
家族そろって生瀬さんの演技が大好きです。
生瀬さんは、いつも明るく元気なイメージですが落ち込んだりすることもあるんですか?また生瀬さん流の元気を出す方法があったら教えてください。
20代の学生さんですもんね。
生瀬⇒落ち込むことですか?ないです。
笑い声
全くないです。
落ち込んでいるのに自分で気付かないとか?気が付いていない場合もあります。
落ち込まないです。
落ち込まないようにするための何かアドバイスは?えっとですね…自分を過大評価するとたぶん、だめだと思うんですよ。
なぜ失敗したんだろうとか落ち込む理由というのは絶対に自分を過大評価しているからだと。
そうじゃないかなと。
失敗したのは自分の責任であると思えばああ、じゃあ今度失敗しなければいいんだと。
だから受け入れてしまうという。
なんであんなことを選んじゃったんだろうというようなことで落ち込むでしょ?選んだのは自分なんだから間違っていたらそれは間違いなんですよ。
だけど未来のことは分からないから間違うこともあるんです。
次、間違えないように学習して今度うまくいくように努力したり精進すれば今度はうまくいくから振り返ってもしかたがないという。
振り返らずに過大評価しないということ。
僕は、ものすごく自分のことを過大評価していますけれどもね。
自信過剰なんで。
この失敗は次につながるぐらいのつもりでいるんです。
ポジティブですね。
ポジティブシンキングです。
愛知県の方からです。
コミカルな役からぞっとするような怖い役までこなし、作品によって印象が全く違う生瀬さんの演技に夢中です。
最近は渋くてかっこいい役や爽やかな大人の男性の役も演じられています。
ますます好きになりました。
朝ドラでも見ることができて本当にうれしいですといただきました。
いろいろな今までやったことのない役を常にやりたいという感じですか?そうですね。
僕の仕事は隙間産業だと思っていますので。
今やそんなことはないでしょう。
いや、僕を必要とされるというのはどこかあいているところだと思うので。
逆を言えば今までにないものを求められていると。
自分がやりたいんですよね。
どんどん広がっていくということもあるんでしょうね。
次は40代の方からです。
同志社大学の学生だったころそとばこまちの舞台で生の生瀬勝久さんを初めて見ました。
生瀬さんのぶっちぎりのかっこよさとオーラが半端じゃなくてただ者ではないと、目が離せなくなったのを記憶しています。
ますますのご活躍を応援していますということです。
すごい、学生だった。
うれしいです。
お時間が来てしまいました。
「べっぴんさん」ぜひ皆さん楽しんで見ていただきたいと思います。
本日は生瀬勝久さんがゲストでした。
ありがとうございました。
拍手
続いてのコーナーです。
全国に54あるNHKの放送局が制作した番組をえりすぐって紹介します「NHK54局からこんにちは」。
略して「NHK54」。
きょうは熊本放送局制作の「家族の愛を教えたい〜圭菜と傷ついた犬たち〜」です。
熊本県の菊陽町に犬の保護施設があって、ここでは保健所から犬を引き取って、新しい飼い主を探すという活動している14歳興梠圭菜さんと犬たちの物語です。
6月17日に放送の回からです。
元気いっぱい!かわいい子犬たち。
でも実はみんな捨て犬や野良犬たちです。
菊陽町にある犬の保護施設です。
捨て犬などを保護して新たな飼い主を見つける活動をしています。
ここでボランティアをしている中学生がいます。
興梠圭菜さん、14歳。
一般のお客さんを招いた犬の譲渡会。
圭菜さんは犬の性格や特徴を丁寧に説明します。
お母さんがこの施設で職員として働く圭菜さん。
幼いころからここで犬と一緒に遊んでいました。
犬たちに早く新しい家族を見つけてあげたい。
圭菜さんの願いです。
施設には、きょうも保健所からの連絡が寄せられます。
圭菜さんたちが日々向き合っているのは…施設で人と触れ合って慣れさせなければいけません。
家族のぬくもりを知らない犬たちと圭菜さんとの日々を見つめました。
菊陽町にある犬の保護施設ドッグレスキュー熊本。
この日、保健所からまた犬が引き取られてきました。
生後3週間ほどの子犬6匹。
野良犬の子どものようですが保護されたときには母犬は、すでにいませんでした。
子犬たちは、土を食べて命をつないでいたといいます。
ドッグレスキューでしばらく育て元気になったら新たな飼い主を探し譲渡されます。
圭菜さんは、ここで職員として働くお母さんに連れられて幼いころからドッグレスキューに遊びに来ていました。
今は学校が休みの日にはいつもやって来て掃除や犬の世話などの手伝いをしています。
ここで働く職員は全部で3人。
ドッグレスキュー熊本の代表生松義浩さん。
5年前からこの活動を始めました。
犬を連れてくつろげるカフェや犬の美容院なども経営しています。
犬の美容師さん、高宮陽子さん。
そして、圭菜さんのお母さん興梠美穂子さん。
ドッグレスキューでは、常に30匹ほどの犬を保護しています。
産まれたばかりの子犬から10歳近い老犬まで。
朝から晩まで大忙しです。
ボランティアでありながら圭菜さんは、ここにいるすべての犬の性格や体調を知り尽くしています。
餌の準備では体調に合わせて細かく量を調整します。
成犬とか、これに性格とか。
(取材者)え?性格も書いてるあるの?見せて見せて。
もう消えかかってるけど。
ほかのボランティアが餌を与えるときのために袋には一つ一つ犬の性格を書き込んでいます。
ここで、いちばん長く保護されている犬がいます。
なづき、3歳。
産まれて3か月ごろ、保健所からここに連れて来られましたがそれ以来誰にも懐こうとしません。
2年前、一度新たな飼い主に引き取られましたが飼い主にも懐かずほえかかるのでここに戻されました。
どうなってもらいたいってのはある?なづきに対して。
この日1週間前に引き取られた子犬が飼い主のもとから戻されてきました。
飼い主が語った理由は犬の顔が好みじゃないというもの。
前代未聞の事件です。
まあ微妙…。
子犬にとっては初めての飼い主でした。
少し人見知りな性格でしたがすぐに懐くだろうと圭菜さんは考えていました。
ほえたり、かんだりしたのだろうか?体調が悪かったのだろうか?いろいろ理由を考えましたが思い当たりません。
天草の保健所から犬を引き取りに来てほしいと連絡が入りました。
この日、引き取る犬は2匹。
生後およそ2か月の子犬。
おそらく野良犬の子どもで足の骨が折れ動けなくなっているところを保護されました。
もう1匹は、3歳くらいの妊娠しているメス犬。
首輪をしていることから迷子犬のようですが飼い主からの届け出はありませんでした。
このまま飼い主が現れなければドッグレスキューで子どもを産ませ新たな飼い主を探すことになります。
圭菜さんたちが帰った保健所の犬舎にまだ犬が残っていました。
人に慣れる見込みがなくかみつくおそれがあると保健所が判断した犬。
そうした犬たちを待ち受けるのは殺処分。
熊本県では、おととし1年間で731匹が殺処分されました。
圭菜さんは、お母さんの美穂子さんと2人暮らしです。
仕事が忙しくほとんど休みがない美穂子さん。
夕食はなるべく親子2人でとるようにしています。
でもやっぱり、親子で話すのは犬のことばかり。
圭菜さんは将来、犬と触れ合う仕事がしたいと決めています。
でも、まだ中学3年生。
お母さんの気持ちはちょっと複雑。
毎週日曜に行われる犬の譲渡会の日です。
この日、新たな飼い主との出会いを待つのは子犬10匹大人の犬・成犬は7匹。
譲渡会では専ら子犬に人気が集まります。
成犬は人に慣れにくく飼い主探しが難しいのが現状です。
そんな中、成犬を熱心に見ている家族がいました。
去年、飼っていた犬が亡くなったという安武さん一家。
足を止めたのは、仲よしの2匹コロとあきの前でした。
コロとあきは、成犬になってからここに引き取られてきました。
それぞれ引き取られた時期は違いますが、とても仲がよく最近はいつも一緒に遊んでいました。
(安武)成犬2匹だったらあそこの2匹かな。
(圭菜)もう、これ以上は高くはならないです。
(安武)1匹ずつにするとさみしがるよね。
(圭菜)まだ2歳です。
熱心に圭菜さんの説明に耳を傾けていた安武さん。
どちらかを引き取ってくれるでしょうか。
(安武)引き取りはいつ…?
(圭菜)きょうでも大丈夫。
(圭菜)きょう連れて帰りますか?
(安武)連れて帰ります。
成犬の飼い主が見つかるのは普通、年に1、2回。
2匹いっぺんに引き取られることはめったにありません。
どういう気持ちで洗ってるんですか?2匹で1匹って…。
ただ猫もおるらしい。
成犬を送り出すのは圭菜さんにとって特別な時間です。
長い時間を共に過ごしてきた犬たち。
たくさんの思い出がよみがえります。
でも、新しい家族の愛情をいっぱい受けて早くここでの暮らしを忘れてほしい。
圭菜さんたちの願いです。
(生松)よろしくお願いします。
譲渡会が終わった夕方。
ドッグレスキューにいちばん長くいる成犬なづきです。
きょうも出会いはありませんでした。
何とも言えないからね。
ねえ、くうちゃん。
ねえ、くうちゃん。
慣れさせろ、くう!言ってやれ。
なづき…。
ドッグレスキューで、1年前に子犬を引き取ったという人が久しぶりに犬を見せにやって来ました。
(梅田)中型犬と思っていただいたら20kg超えて大型犬になりよる。
(圭菜)横が太いですもんね。
犬の名は、すみれ。
1年前、ドッグレスキューで産まれました。
母犬は妊娠中に保健所に保護されここに引き取られて来ました。
そのとき産まれた子犬は全部で9匹。
産まれてまもなくそれぞれ引き取られていきました。
(圭菜)その子も肥えてました。
飼い主の梅田さんは1年前に飼い犬を亡くしました。
子供がいなかった梅田さん夫婦。
孫代わりに犬をかわいがっていたおばあちゃんがショックでふさぎ込んでしまいすみれを飼うことにしました。
(梅田)よかったね。
よかったね。
のど渇かんだった?新たな家族に巡り合った、すみれ。
愛情をたっぷり注がれ元気に暮らしていました。
犬たちとの忙しい毎日。
それでも圭菜さんは充実感を感じています。
4月14日から熊本を2度にわたって襲った大地震。
ドッグレスキューでは被災した人たちの愛犬を一時的に預かる取り組みを始めていました。
圭菜さんも元気です。
家への被害は少なかったのですが怖くて数日間は車で寝泊まりしていました。
圭菜さんと犬たちとの日々はこれからも続いていきます。
伊藤⇒おしまいに総合テレビこのあとの番組を新聞のラジオテレビ欄で紹介します。
夜7時30分「うたコン」テーマは歌で巡る東京名所です。
10時25分からは「グッと!スポーツ」です。
ご覧ください。
2016/10/11(火) 14:05〜14:54
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは くまもとの風「家族の愛を教えたい」[字]

ボランティアで犬の世話をしている興梠圭菜さん、14歳。面倒を見るのは保健所から引き取った捨て犬や野良犬。人の愛情を知らない犬たちと圭菜さんの日々を見つめる。

詳細情報
番組内容
くまもとの風「家族の愛を教えたい〜圭菜と傷ついた犬たち〜」
出演者
【出演】生瀬勝久,興梠圭菜,【司会】竹下景子,伊藤雄彦

ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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