英国は長年、世界でも寛大な企業合併制度を享受してきた。英国企業への投資や完全買収を望む外国企業の前に立ちはだかるものはほとんどなかった。
英国の制度は単純でしっかりしており、多くの長所がある。自由市場が英国に、英経済の重要度にも勝る外国からの投資をもたらしたのはほぼ間違いない。外国の資本や経営知識は自動車製造などの衰退していた分野を根気強く再建させた。投資に関する規制や承認制度がもっと厳格であったなら、こうした投資は行われなかったかもしれない。
自由市場体制にも当然、例外はある。国家安全保障を根拠に買収の精査を行う権利を英国が有することに異議を唱える者はほぼいないだろう。だが、近年、英国の閣僚らは介入領域を税金や工場閉鎖、投資の保証と事細かなものまでに広げている。2年前にファイザーが製薬大手アストラゼネカに対する敵対的買収を断念した例がこれにあたる。この買収では、こうした問題についてファイザーと英政府とが非公式な話し合いを持った。
メイ首相が望む正式な買収手続きの確立には利点がある。メイ氏は外国企業による買収を精査する仕組みの確立に意欲的だと言われている。これが国家安全保障やメディアの多様性、金融の安定といった政府のこれまでの介入の範囲を拡大するかどうかは不明だ。だが、フランスのように戦略セクターの長いリストを作ることにハモンド財務相が反対しているのには耳を傾けるのが賢明だろう。仏政府の長いリストとは、2005年にヨーグルト製造で知られるダノンの周りに防護壁を築くに至った(仏企業を敵対的買収から守る)「ダノン条項」の類いだ。
より正式な買収手続き制度の確立は歓迎されるだろう。現行の大型買収で行われているような非公式の交渉では不十分だ。その理由はまず、現行の制度では政治的意図が強すぎて特定の関心事に偏りがちであること。第2に、法的強制力がなくなれば、どんな保証を引き出しても、その重要性が限定されてしまうためだ。
■「防護壁」は築くな
だが、メイ氏は本当の国家重要事項には的を絞って注力しなければならない。精査への熱意のあまりにロビー活動の扉を開くべきではない。そうした類いのロビー活動は、より計画的な方法で減らしていくべきだ。英国と欧州連合(EU)との先行き不透明な関係を考慮すると、もし政府が外資を遠ざけたと思われるようなことをすれば、オウンゴールになってしまう。
メイ氏は賢明にも、(英西部にある)ヒンクリー・ポイント原子力発電所プロジェクトの仏中による投資など、慎重に扱うべき国家インフラへの投資には議論の的を絞ってきた。同氏は国家安全保障の定義を、監視やサイバー戦争などにも用途を広げ得る最先端の技術や知識分野などにまで拡大することもできるだろう。政府は科学・研究施設についても慎重に取り扱うべきだ。公的資金を投じ、年月を費やしてつくられた施設だが、なおざりにされたり、目先の利益のために買収企業にはぎ取られようとされている。
自由競争であってはならないのだ。政府は精査の根拠を定め、予測に基づいて行動すべきだ。また、基準を明確にし、範囲を広げ過ぎず、精査における検討の独立性を確保すべきだ。6年前には米クラフト・フーズによる英キャドバリー買収で騒動があったが、菓子メーカーの買収が規制されなければならない理由などない。
米国やカナダなど他国には長い間、外国企業による投資を精査する仕組みがある。英国でも同様のシステムを導入しない手はない。そうすることで、公共の利益が守られ、与えられたどんな保証でも信頼できるものになる。逆に、やってはならないのは、英国企業の周りに防護壁を築くことだ。
(2016年10月11日付 英フィンシャル・タイムズ紙)
(c) The Financial Times Limited 2016. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.