だが企業は、それでも社員の心の状態を測るための高度な技術を開発し続けるだろう。学会の研究者たちは、「トラック・ユア・ハピネス(あなたの幸福度記録)」や「ムードスコープ」など、自分の心的状態を記録できるスマートフォンのアプリを開発するのに余念がない。
そのうち、人事部がアプリやカメラ、ボイスレコーダーを使って、職場の幸福度を測るようになるかもしれない。
「盛り立て責任者」「幸福錬金術師」といった肩書をつくる企業があると想像するだけで赤面しそうだが、ほかにも弊害はあるだろうか。
多くの研究結果が示すのは、「感情を込めた労働」により失われるものは大きいということだ。社員は、引きつった笑顔を無理やり作らされたり、顧客が靴を選んだだけで喜びを表現させられたりすればするほど、燃え尽き症候群に陥りやすいという。
■露呈する企業の矛盾
しかも企業は、社員に幸せ感を表現しろと求める一方で、短期の契約ベースでしか雇用しなかったり、フリーランスに“パートナー”として働くことを求めるなど、その矛盾はますます顕著になるばかりだ。
だが、社員が幸福に見えることにこだわる最大の問題は、許しがたいほど個人の自由を侵害しているという点だ。既に多くの企業が限度を超えている。
米医療サービス大手のオシュナー・ヘルスシステムは、病院内で誰かに約3m以内まで近づいたら目線を合わせ笑顔を見せるというルールを導入した。
プレタマンジェは、決められた水準を満たす喜びをもって顧客を迎えているか確認するため、各店舗に顧客を装った調査員を定期的に送り込んでいる。試験に合格すれば、スタッフ全員がボーナスをもらえるという。となれば、店員が「幸福警察」になってしまうことは想像に難くない。
企業には、一般市民と接するときは丁寧な態度を取るよう社員を指導する権利がある。だが、社員の心理状態を取り締まったり、社員をコントロールする道具として幸福感を利用したりする権利はない。
(c)2016 The Economist Newspaper Limited Sep. 24-30, 2016 All rights reserved.
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