この流れは、民間企業にとどまらない。米国や英国、フランス、オーストラリアなど一部の政府は、国民の幸福度について定期的に報告書をまとめ、発表している。ブータンは昔から国民総幸福量を算出しているし、アラブ首長国連邦(UAE)は最近、幸福省を設立したばかりだ。
ここに商機があると気付くビジネス関係者は昔からいた。リーダー論の大家、デール・カーネギー氏は、友達をつくり、人に影響を与えるには明るく振る舞うのが最良の方法だと説いている。
ディズニーランドは、「地球上で一番幸せな場所」だと今なおうたっている。米企業は常に、「良い一日を」と顧客に挨拶している。
この現象について最も鋭い指摘をしているのが、米カリフォルニア大学バークレー校の社会学者、アーリー・ホックシールド氏が1983年に著した『管理される心』だ。著者は、多くの企業が従業員に、笑顔を作るなど「前向きな感情」の表現を求め、自分の気持ちとは異なる感情を表現させられる「感情労働」を強いていると指摘している。
■サービス業重視が拍車かける
経済におけるサービスの比重がますます大きくなる中、企業はさらに従業員からポジティブな感情を引き出そうとしている。ありふれたサービスを提供している企業は、値下げ競争を仕掛けてくる競合と必死で戦っている。たいていの顧客は、サービスを受けるなら怒鳴られるよりは笑顔を向けられたいだろう。
また、社員の心と健康のために「マインドフルネス*」やヨガのレッスンなど、経営側が社員を「一人の人間」として気にかけていることを示すものなら何でも導入しようとする企業もある。ただ、それをそのまま信じるのは、よほどおめでたい人だけだろう。
*=めいそうなどをベースにした心のエクササイズの一種で、集中力の向上やストレスの軽減が期待できるという
経営理論の研究者たちは、仕事に本気で取り組まない従業員が増えていることが、今や企業の業績に対する深刻な脅威となっていると指摘する。心理学者たちは、幸せな社員の方が忠誠心が高く、生産的だと言う。
米ギャラップが2013年に行った調査によると、社員が「不幸だと感じる」ことで損なわれる生産性は、年間約5000億ドル(約50兆円)に上るという。
問題は、幸福度と言っても明確な基準があるわけではないので、測定が容易ではない点だ。ギャラップの数字が正しいかどうかを証明するのも、そもそも何が測定されたのか分からないので難しい。
企業は、「従業員の満足感を高める」という曖昧な目標は忘れた方がいい。それより時間を無駄にする会議や意味のない報告書など、具体的な不快感の種を取り除くことに集中すべきだ。