「金九銀十」(黄金の9月と銀色の10月)――。
この言葉は、中国の不動産業界の用語だ。9月の中秋節(旧盆)の3連休から10月の国慶節(建国記念日)の7連休にかけて、マンションの販売量が一年のピークを迎えるという意味である。田畑と同様、マンション販売も「実りの秋」を迎えたのだ。
中国では、全国の市町村を、重要性や人口などを鑑みて、一線都市から四線都市までに分けている。一線都市は、北京、上海、広州、深圳、天津の5都市。二線都市が南京、武漢、重慶など41都市。三線都市が紹興、珠海、吉林など110都市。残りすべてが四線都市である。
中国には、人口が100万人を超す都市が303もあるので(日本は12)、不動産規模も世界一である。今年も、一線都市から四線都市まで各都市の不動産業者たちは、「金九銀十」のこの季節に合わせて、大量の新築マンションの販売に踏み切った。
ところが、である。10月1日の国慶節を5日後に控えた9月25日の日曜日、二線都市の筆頭である人口820万人の南京市で、突如として異変が起こった。市政府(市役所)のホームページに、「南京市の不動産市場のさらなるコントロールのための主要地区の不動産購入制限措置に関する通知」と題した「2016年第140号通知」が、何の予告もなくアップされたのだ。
その全文は以下の通りである。
〈 各区人民政府、市府各委員会弁公局、市各直属単位へ
「市政府が供給側構造性改革を推進し、不動産市場の平穏かつ健全な発展の促進を実施するための意見」(2016年第75号通知)をさらに一歩定着させるため、そして不動産市場を安定させ、「不動産価格と地価をコントロールする」ことを基本として、高淳、溧水、六合を除く主要地区で、住宅購入制限措置を実施する。
1.すでに一軒の住宅を所有している南京市の戸籍を持っていない住民家庭の不動産購入(新築及び中古物件)を、当分の間禁止する。
2.すでに二軒以上所有している南京市の戸籍保有者家庭の新築不動産購入を、当分の間禁止する。
新築物件は売買契約書にサインした日を基準とし、中古物件はネット上で署名した日を基準とする。
不動産開発企業と不動産登記機構は、不動産購入条件に合致しない購買希望者に住宅商品を販売してはならない。不動産取引及び不動産登記部門は、上記規定に違反して処理や手続きを行ってはならない。
本通知は、2016年9月26日より執行される。
南京市人民政府弁公庁
2016年9月25日 〉
まさに、いまからマンションを買おうとしていた南京市民、及び売ろうとしていた不動産業者にとって、青天の霹靂の「マンション購入制限令」だった。市民も業者も、南京市政府のホームページを見て、唖然となった。
このため、マンション購入を考えていた南京市民たちは、「それならば今日のうちに契約してしまえ」と、市内のマンション販売センターに殺到。おかげで9月25日だけで、計1604軒ものマンションが南京市で売れた。本当はこの何倍も売れるところだったのだが、マンション販売スタッフの人員が足りなかったのである。
だが、南京の混乱はこれにとどまらなかった。南京市政府は、やはり何の予告もなく、大型連休5日目の10月5日になって、「第143号通知」を発令した。これはさらに詳細な「マンション購入制限令第二弾」で、主な内容は次の通りだ。
・明日10月6日より(以下同)、南京市戸籍以外の者に、マンション購入の際、過去2年以内の1年以上の所得税納税証明書と社会保険納税証明書の提出を義務づける。
・南京市戸籍の独身者(離婚や死別を含む)は一軒しか購入を認めない。
・住宅ローンの差別化をさらに進める(購入者をふるいにかける銀行の高金利を許可する)。
・一軒目の普通住宅の購入は頭金3割以上、二軒目は4割以上、商業用不動産は5割以上、住宅ローンを完済していない者は8割以上とする。
こうして南京で始まった「マンション購入制限令」は、その後、燎原の火のごとく、全国各地に拡散していった。同様に「マンション購入制限令」を発令したのは、北京、上海、広州、深圳、天津の一線都市を始め、10月4日までで計15都市に上った。具体的には、南京、アモイ、杭州、蘇州、鄭州、成都、済南、無錫、合肥、武漢である。
今後はおそらく、三線都市までの多くの都市で、同様の通知が出されるものと見られる。内容は大同小異で、頭金アップ、非戸籍保有者の締め出しなどである。
首都・北京では10月6日、地元テレビ局の北京衛視が、9月30日に北京市政府が発令した「北京市の不動産市場の平穏かつ健全な発展を促進するための若干の措置について」(マンション購入制限令)に関する特集ニュースを組んだ。それは、次のような内容だった。
北京市豊台区のある新築マンション販売センター。国慶節の大型連休中の午前10時。このマンションは9月25日に発売を開始し、販売開始から5日間で計150の部屋に約300人が予約するなど、販売は上々だった。
だが、9月30日を境に、一夜にして頭金が7割にハネ上がってしまった。そのため、「棄購」(購入放棄)が続出している。
「頭金7割なんて、払えるわけないじゃないの!」
数日前に新築マンションの購入を決めたばかりの女性が、マンションの販売員に噛みついている。
このマンションは、1㎡が約7万元(1元≒15.4円)。一般的な3LDK105㎡の部屋の場合、約700万元だ。中国の不動産は室内面積でなく建築面積で換算するので、7掛けするとだいたい日本の不動産表示面積となる。つまり、70㎡で1億円の物件だ。ちなみに、北京の不動産価格はとっくの昔に、東京の価格を追い抜いている。
北京市政府が9月30日に発令した通達(北京市民は「京八条」と呼んでいる)によれば、第5環状線以内のマンションの場合、1㎡あたり3万9600元以上、もしくは総額が468万元以上のマンションは、非普通住宅(高級マンション)とみなされる。
最近売り出している第5環状線以内のマンションの場合、不動産業者が買った時は1㎡あたり約3万元が相場だったという。そのため、マンション建造費用などを加えると、最低でも5.5万元以上で売らないと元が取れない。不動産会社の社員は、「これではすべてのマンションが、非普通住宅となってしまう」と、テレビに向かって嘆いていた。