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トランプ出身国のドイツがトランプを総力取材「ウソと失態の男のベールを剥がす」第1部

From Spiegel (Germany) シュピーゲル(ドイツ)
Text by Klaus Brinkenbäuer, Veit Medick, Gordon Repinski and Holger Stark

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「ロッカールームの会話だから」と逃げ切ろうとするトランプも、いよいよ窮地に陥っている。だが、トランプ大統領の可能性はいまだに充分に残っている。トランプのウソと失態はこれに始まったことではないのだ。
トランプ家はもともとドイツの出身の移民だった。独「シュピーゲル」紙が掲載した、若干の怒りをこめた「トランプ入門」を2日にわたって掲載する。シュピーゲルはトランプを「悪名高きペテン師」という。この男がいかにして生まれたのか、米国メディアではなかなか客観的に報道できない側面を、丹念に追った大型ルポ。

泡沫候補がなぜここまで来たのか

大ぼら吹きと証明されてしまったドナルド・トランプだが、一方でヒラリー・クリントンも欠陥のある候補者だ。投票まで残り1ヵ月、この悪名高きペテン師がホワイトハウスに移り住む可能性はまだまだ濃厚だ。

すべてのことの発端は、もしかすると「トランプ」という名前にあったのかもしれない。
トランプ一族のもともとの出身地は、ドイツのラインラント=プファルツ州カルシュタット村だ。この州は、ワインの生産が盛んであり、赤い屋根の家々やきれいに掃除された街路が特徴である。歴史家によれば、トランプという苗字には、ドルンプフ、ドロンブ、トロンブ、トルム、ドルンブ、トロンプ、トランプフなど、複数のバージョンがあるとのこと。いずれも大統領に相応しい響きがあるとは言えそうにない。

フリードリヒ少年は、1869年にカルシュタット村で生まれ、8歳のとき、父親を亡くした。フリードリヒは痩せっぽちで、ブドウ畑で働く母親を手伝えず、理容師の見習いに出されることになった。だが、フリードリヒ少年は、理容師の仕事を一生続けるつもりはなかったようだ。彼はブレーメンに行くと、蒸気船「アイダー号」に乗船する。ニューヨークに到着したのは、1885年10月19日のことだった。移民管理局では、「フリードリヒ・トランプフ。農業労働者」と登録されている。その後ほどなくして、フリードリヒは、苗字の発音を簡単にするため、語尾の「フ」を落とすようになったという。

これが米国で「トランプ家」の誕生した経緯である。

大西洋を渡って米国にやってきたカルシュタット出身の痩せ気味の移民が、もっと風変わりに聞こえる苗字の持ち主だったら、国際社会は、いま穏やかな気持ちで、米国の大統領選の成り行きを見守ることができていたのかもしれない。仮にフリードリヒの苗字が、フステキュッヘン、グルーベ、キーゼルミュラー、あるいはドルンプフだったとすれば、どうだっただろうか。

だが、フリードリヒの苗字はトランプであり、彼の孫ドナルド・トランプ(70)の名前は、「ブランド」となり、いまや「未来を約束する人物」となっている。実際、ドナルド・トランプという名前は、ロックバンドの名称のように響き、ネオンサインにしても映え、感情を喚起し、憧れの対象だといって過言ではない。

PHOTO: SAUL LOEB-POOL / GETTY IMAGES

PHOTO: SAUL LOEB-POOL / GETTY IMAGES


「アメリカをもう一度、偉大な国にする。トランプ」
こんなスローガンが機能するのも、ドナルド・トランプという名前から富と権勢を連想する人が少なくないからだろう。

そんなトランプに対し、エリート階級に属する堅物の女性が勝てるチャンスはあるのだろうか。

民主党の大統領候補ヒラリー・クリントンは9月11日、ニューヨークでおこなわれた米同時多発テロ犠牲者追悼式に参列した後、身体のバランスを崩して倒れ、数人の警護官に支えられながら車に運び込まれた。その日以来、世界は、「第45代米国大統領ドナルド・トランプ」をリアルに想定せざるをえなくなっている。

本来であれば、ドナルド・トランプは、泡沫候補以外の何者でもないはずだった。
トランプは、自分が少しでも軽んじられていると感じると、「オレは、金をたくさん持っているんだぞ」と言うような人物である。ユダヤ人と会えば、「お前たちの民族のようにオレは交渉が上手なんだ」と言ってあきれさせる。テレビ討論会では、視聴者の前で、自分のペニスは小さくないと言う。そのことを伝えるのがよほど大事だと考えたに違いない。

もとより、彼はウソつきとして悪名高い。とっくの前に、大統領候補として不適格だと周知されてしかるべき人物なのだ。

もはや笑い事ではない

ドナルド・トランプに言わせれば、彼は早い段階からイラク戦争に反対してきたとのこと。トランプ大統領のもとでは、あんな死者を出すことは起こさせないと言い、支持者から拍手喝采を浴びた。
だが、これはナンセンスな話だ。トランプは2002年、ラジオ番組で司会者のハワード・スターンに「イラク戦争に賛成か」と尋ねられ、こう答えている。

「まあ、そういうことになるだろうな」

トランプによれば、北米の都市の中心部では、犯罪件数が「記録的水準まで上昇している」とのこと。彼は米国各地でそのように演説し、トーク番組でもそのように述べてきた。だが、FBIの統計では、実際の犯罪率は、この25年間で最低水準に下がっている。
2016年8月には、バラク・オバマこそ「IS(いわゆる「イスラム国」)の創設者」と断定し、そのことをツイッターにも投稿した。民主党支持者は激怒したが、右派陣営は膝を打って喜び、大手メディアは、ほとんど何の反応も示さなかった。

PHOTO: JESSICA KOURKOUNIS / GETTY IMAGES

PHOTO: JESSICA KOURKOUNIS / GETTY IMAGES


いま、目を疑うようなことが、米国で起きている。

トランプが政界で勢力を拡大している現状は、もはや笑いごとではない。すでに何度も悪行が暴露されているにもかかわらず、ドナルド・トランプの進撃は止まる様子がない。それどころか、4週間後には、彼が次のホワイトハウスの住人になることが決まる可能性さえある。

民主党のクリントン候補は、ウソをつくことが許されていない。彼女の場合、発言に間違いがあれば、それがどんな瑣末なものでも、謝罪をしなければならず、謝罪をした後も、間違いは延々と彼女につきまとう。

それに対し、トランプ候補は、どんなにウソをついて、憎しみを煽っても、評判を落とすことがない。むしろそのように振る舞えば振る舞うほど人気が高まるというべきか。トランプは、そのことを心得ているので、良心の呵責をいっさい感じずに、過激な言動を繰り返してきた。

トランプのトレードマークは、思いついたことをズバズバ言って、感情を煽る発言をすることだ。トランプの支持者たちは、彼の放言を聞き、彼こそ真実を言う勇気がある人物だと評価する。「国家のトップに対しても、思っていることを図々しく言ってのける図太さを持っている」というわけだ。

トランプは、選挙運動開始直後から、自分を「政界のアウトサイダー」として位置づけ、「汚職まみれのエスタブリッシュメントに挑むチャレンジャー」というイメージを打ち出してきた。
エスタブリッシュメントが数字やデータを出してトランプを批判しても、トランプの支持者には効果がなかった。

「エスタブリッシュメントの奴らがぎゃあぎゃあ騒いでいるのは、トランプが正しいことを言っているからに違いない」
「トランプの主張は事実に反するだって? その事実が本当かどうか、誰が確かめるんだ?」

トランプの支持者は、そんな論法でトランプ批判に耳を貸さない。

怒りで我を忘れるトランプ

ドナルド・トランプは、上品さとは無縁の人物だ。日焼けし過ぎの自惚れ屋であり、髪の毛の薄さを隠すかのようにブロンドに染めた奇抜な髪型をしている。立ったままじっとしていることができず、わめいたり、つばを吐いたりする。ネクタイは、いつも長すぎる。
トランプと近くで接してみたけれど、彼の存在に耐えられなかった。こう漏らす人は少なくない。

PHOTO: SPENCER PLATT / GETTY IMAGES

PHOTO: SPENCER PLATT / GETTY IMAGES


口が達者だというわけでもない。むしろ語彙は乏しく、話の途中で自分が何を言いたかったのか忘れることもしばしばだ。加えてキレやすい性格でもある。気に入った言い回しを思いつくと2~3度繰り返すが、それは別に面白いわけでもなければ、知的でもない。

このようなことから、ジャーナリスト・経済学者のポール・クルーグマンは、ヒラリー・クリントンが16年前のアル・ゴアと同じ運命をたどる可能性があると指摘している。
アル・ゴアは、どうみても対立候補より頭の回転が速く、教養があり、仕事熱心で、雄弁だった。だが、大統領に選ばれたのは、対立候補のほうだった。ウソを言ったり、失態を演じたりしても大目に見てもらえる厚顔無恥のジョージ・W・ブッシュが勝者となったのだ。

これは、当時もいまも、米国の左派がコンプレックスを抱きがちで、米国の右派のような自己肯定感を持てないことに起因しているのだろう。
民主党支持者は、温厚な人が多く、対立候補の批判も穏やかなものになりがちだ。また、民主党支持者は、共和党支持者とくらべると、自陣の候補を熱烈に擁護することが少ない。
また、ティーパーティー運動や共和党内の右派が抱く憎しみの感情も忘れてはならない。彼らに言わせれば、バラク・オバマ大統領も、ヒラリー・クリントンも非国民だとのこと。理由は単純で、1人は黒人で、もう1人は女性だからだ。自分たちと違う人間は裏切者だ、という論理なのである。

もちろんジェンダーの問題もここにはあるはずだ。男性のトランプは、下品な言葉遣いをして、失礼な態度をとっても許される。一方、女性のクリントンは、行動のすべてが粗探しの対象だ。男性は、どんな身なりをしてもスルーされるが、女性は髪型、パンツスーツ、体重がつねにチェックされコメントされる。

クリントンとトランプの中身が入れ替わった状態を想像してみてほしい。仮にトランプがクリントンのように堅苦しく振る舞い、クリントンがトランプのようにがさつに振る舞ったらどうなるか。そんな思考実験をしてみるとすぐにわかるが、トランプが自由に行動してもおとがめなしなのは、彼が白人の米国人男性であり、対立候補が女性だからなのである。

世論調査によると、米国人の過半数は、女性大統領誕生を受け入れる心の準備ができているとのことだ。
だが、米国民は、いまも女性の候補者には、男性より厳しい判断基準を設けている。だからこそ、クリントンにとって、9月11日に倒れたときの数秒間が、大きな打撃となったのだ。

小説やオペラの世界では、気を失って倒れる女性の姿が何度も描かれてきた。「男は強靭だが、女は繊細で脆い」というナンセンスな紋切型のイメージを、米国人は心の奥底で抱き続けているのだ。

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