2016-10-11

最近アニメ視聴者を考える余地を与えない

最近アニメというのは視聴者を考える余地を少しも与えないと録画している限りのものを見て感じる。

10年以上前アニメであるテクノライズは全く違う。

シュルレアリスム彷彿とさせるくらいの暗さと自らが補う必要があるのだ。

恐らく、商業上の理由アニメというのはドンドンと分かりやすくなったのだろう。

求められているのは芸術作品ではないのかもしれない。

広告必要なのだ

大学の授業でもアニメやらの話を偶に聞くが、基本的にはマーケティングである

如何にゲームコンサートチケットを買わせるかというもの媒体だ。

正直、自分はそんなのが良いとか悪いとかは分からないが気分は良くない。

大学のある授業で、美術論の教授が言っていたが「表面の時代」が到来しているのだろう。

誰も意味なんか探らないし、求めない

自分意味や中身があるとは言わないが、表面の時代に適合できない。

表面が悪い。容姿のせいで酷い目に遭わされてきた。

そして、金儲け主義というものに心底うんざりである

特にコンテンツに関しては儲けに拘る人間はトコトンろくでもない。

どいつもこいつも、ロクでもなく狭い世界で生きて偉そうなことを言う。

あぁ、アニメやらのコンテンツと言うものはこれから自分に適合しなくなるのかもしれない。

君の名は』でもカップルで見て、泣いているような人間時代は求めているし、自分はそうなりたかった。

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