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間違いなく須田論文について、学会本部は無視すると思います。そうでなければ須田論文について揉み消しに動くでしょうね。
宮田氏も実際には須田論文については無視をすると思います。
理由は学術的にも対外的にも須田論文が全く通用しないためです。
内容的に創価学会の内部のメンバーにしか通用しない内容ですね。
恐らくは創価学会内部のメンバーの動揺を抑える意味で書かれたと考えられます。
そもそも日蓮本仏論は、国内でもほぼ日蓮正宗しか唱えていない、異端中の異端とも言うべき奇妙な教義です。開目抄の極めて飛躍した解釈、日蓮正宗にしか通用しない、ほぼ偽書と仮定している相伝書を根拠とするあたり、対外的な評価は全く得られていません。
ですから須田晴夫氏の論文は、創価学会内部にいかに日蓮正宗の教義が根付いてしまっているかの逆証明みたいなものなんですよね。
宮田氏への反論も学術的に内容が薄っぺらく、これを創価学会教学部の公式見解としてしまうと、信濃町も対外的な評価という意味で、まずいのではないでしょうか。
恥をかかないためにも、須田氏の一刻も早い論文の取り下げがよいかと思います。
間違いなく学会本部は須田論文について、無視をするか、そうでなければ削除・取り下げに動くはずです。
今後、日蓮本仏論を学会に残すことを須田氏が検討しているのならば、よく宮田氏と話して日蓮正宗の教義からの脱却ということを勘案して論を練り上げるべきでしょう。
それにしても日寛教学というものは、旧来の創価学会員の思考回路にいかに深く浸透してしまっているかを改めて考えさせられます。
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