2007年、
あれからもう5年かあ・・・
僕は、ジャガー横田夫妻と一緒に
TBSの『いのちの輝きスペシャル』というタイトルの
大型SP番組の取材に奔走していました。
当時、ジャガー横田さんは
子どもを出産したばかりで
『いのちの輝きスペシャル』という番組に
ぴったりのCASTINGだったのです。
番組のコンセプトは、
何ものにも変えられない"命"、
その大切さを人間だけでなく
全ての動物を含めて、
もう一度見つめ直してみませんか?
という事を大前提に、
人間も含めた全ての動物たちがめぐる
<誕生><成長><老い>のプロセスを通して、
『命』というものを
改めて見つめ直してみるというものでした。
僕はその番組の中の先頭打者みたいな
役割のディレクターに抜擢され、
<誕生><成長><老い>の中の
<誕生>を任されたのでした。
そんなわけで、
日本中の動物園でこれから誕生する動物を
探し出し、
その動物の出産を撮り、
そこへジャガー横田夫妻をお連れするという
極めてミッション・インポッシブルな
お仕事でした。
ただ、その頃のスタッフは
みんな良い意味で協力的で
しかも
僕に全てを一任してくれて、
このブロックは、栄記に任せた!的に
自由にやらせてくれたので
僕もひたすら頑張る事ができました。
やりがいも非常にある良質な番組でした。
結局僕は、2カ月間ほど
横浜の野毛山動物園に通い詰め、
アミメキリンの出産という
極めて貴重なその瞬間の撮影に成功。
さらにその翌日には、
まだ公開されていないキリンの赤ちゃんと
ジャガー横田夫妻を対面させるという
あまりにもタイトで不可能に近い
スケジューリングもこなす事ができたのでした。
当時、ジャガー横田ご夫妻は
今ならワイルドだぜ〜の杉ちゃんぐらいの
めちゃ売れ状態で
ただでさえスケジュールがとれなかったんですが、
こっちもTBSの大型特番の先陣を切る企画っていう事で
僕も妙に気合が入っちゃって、
キリンだけじゃなくて
ゾウや、ペンギンといった人気のある動物の赤ちゃんを
全部入れてやろうって事で、
ロケも分刻みのスケジュールで
1日で神奈川県の動物園・水族館を3か所。
そのまま飛行機に乗って
愛媛県に行く!みたいな
これまたミッション・インポッシブルな事を
なんとかやっていました。
ちょうど前年に愛媛県のとべ動物園で
アフリカゾウの赤ちゃん、
そう、有名な媛ちゃんが生まれていて
2007年の時点ではまだ小象だったんですね。
あの頃は、メチャクチャでしたが
面白かった。
出演者も含めて
スタッフ皆が、同じ方向を向いて
供に頑張ろう!!っていう感じの空気で
働ける時は、
忙しくても、面白いですよ。
それがTV作りの醍醐味でしょうね。
今は、そういうのは存在しないかもしれない。
そんなわけでロケも良い雰囲気でした。
愛媛に向かう途中、
飛行機乗るまでにちょっと時間が空いちゃって、
ジャガーさんに
『お茶でもしますか?』って言ったら、
『この辺にパチンコ屋さんないですかね?』って
言うんですよね。
ドライバーさんが、隣の町にありますよ!なんつって、
皆で行くんですよね。
カメラ2台分のスタッフで技術クルーが5〜6人。
僕と、ADが1人だったかな、
あと、APさんと、ジャガーご夫妻とジャガーさんのマネージャーさん。
もちろんパチンコやらない人もいるので
パチンコ組とサテン組に分かれて。
僕は、パチンコはぜんぜんやらないんですが
責任上、パチンコ組で。
奇跡か!?って思ったのは、
パチンコ組が、僕とジャガーご夫妻含めて7〜8人いて
その全員が、
勝っちゃったんですよね。
こんな事もあるんだね〜!って
みんなで大盛り上がりでした。
僕はタバコはやめて久しかったんですが、
ジャガーさんがロケの休憩時間に必ず
吸うんで、
一人にさせると何かあるとまずいんで
付き合って一緒に吸ったり・・・
そんなわけでかなり意気投合させて頂いて、
ジャガーさんのご自宅にも無理言って入れてもらって
お子さんの事も撮らせて頂いたり、
スタジオにもお子さんと一緒に来てもらったり
まあ、懐かしいTV時代でした。
この番組の大会議で、
ナレーターをどうしようって話になった。
本当に大人数の会議で
実は、報道局の人たちが半分ぐらいと
僕ら情報局が半分ぐらいのジョイントで
作ってたもんで、
手探りっていうか、様子見ながらの発言も多かったんですが、
僕みたいに、
下請け会社っていうか
フリーランスっていうか
局員でもないDっていうのは、
正直言って、こういう場所で
一発かましとかないと
名前が売れないもんで
僕が、ズド〜ンと言ったんですよね。
『ちょっと意外なんですが、
山本太郎、いいっすよ〜!!』みたいな感じで。
その発言が採用されて
その番組で初めて
太郎さんに会ったんです。
実は、それまでは見た事も会った事もなかった。
山本太郎っていう人は、本当に好青年でした。
いかにもスポーツマンっていう感じで
しゃきっとしてて、
態度も非常に紳士的で
しかもソフトだった。
報道の方々も、
『いいね〜!』って事になって、
推薦した僕も、とても株が上がりました。
何が良いかって言うと、
そういう印象もさることながら、
ちょっとうまくいかなかったナレーションに
対して、やり直すのは当たり前ですが、
微妙な時に、
もう一回、とらせてもらっていいか聞くと、
是非是非やらせてください!!っていう感じで
非常に意欲的なところでした。
太郎さんの方から、
もう一回やらせてくださいっていうのも
何回かありました。
実は、この番組の監修には
我が恩師
千石正一先生も入っていて
先生は、スタジオにも出演され
そこで全国放送で自らの癌との闘病についても
告白されたのです。
そういう意味で、
この番組というのは
自分のディレクター人生の中でも
非常に思い出深く
重いものでした。
TBSの玄関には、
“好”視聴率であるとか
高視聴率をとった場合に、
上のようなものが貼られ、
『どうぶつ奇想天外!』なんかでも
15%を超えると貼られていたんですが、
結局、この『いのちの輝きスペシャル』は、
大健闘と讃えられました。
『大健闘』っていう張り紙は、
この時に初めて見ました。(笑)
大健闘のかいあってか、
『どうぶつ奇想天外!』でも
『山本太郎さん、いいよね〜!!』なんていう声が
上がり出し、
以降、『どうぶつ奇想天外!』のレギュラーの
ナレーターおよびリポーターに
抜擢され、
僕とは、知床半島に取材に行くなどして
交友を深めるにいたったわけです。
このブログでは、過去に
カテゴリー『山本太郎』として
3回ほど、
山本太郎の人間としての
プロファイルを書かせて頂きました。
骨っぽい男で
現在では、絶滅危惧種な男です。
ウルルン滞在記とか見てれば、
その人間の思いやりとか
根性とかって
画面からわかってしまいますよね。
前にも書いたので
詳しくは書きませんが、
僕がギロッポンの病院に入院した時には、
5人の人が見舞いに来てくれました。
そのうち2人は家族です。
残る3人は、僕がドキュメンタリーで
追っかけたビールス症候群という難しい病気と
闘いながら、犬と一体になって競技をする少女と
そのお母様。
そして山本太郎さんでした。
太郎さんには、入院する事すら
言っていなかったんです。
TBSから歩いて行ける病院だったんですけど、
TBSの仕事仲間は誰も来なかったですね(笑)
まあ、TVやってるやつらなんて
そんなもんですよ。
この前の水曜日も
TBSの『水トク』とかって番組で
僕が大昔に『どうぶつ奇想天外!』の初期に
ラクダに蹴られたシーンを
本人に何の通達もなく
何回も流していましたからね。
この常識のなさが、
TV作ってるやつはおかしいよ!っていう
一般的な考え方につながっていくわけなんですよね。
びっくりしますよね
放送の翌日あたりに
『昨日、ラクダに蹴られてましたよね!
笑いました〜!』って
突然、言われても、
こっちは何の事か、まったくわからないわけで・・・
常識のない世界で
常識を持って大ナタを振るう事の
その難しさを、
山本太郎さんは知っていると思います。
TVの世界から、いったんは弾き出され、
孤高の道を歩んだわけですから。
原発について日々偉そうに述べている政治家は
腐るほどいるけども、
あなた達は、原発のその後を知っているのか?と
お聞きしたい。
太郎さんは、実際にチェルノブイリにも行っている。
TVの世界でも何でも、
現場。
現場をわかっていない人間は、
その事件のコアな事についてはわからないものだと
僕は思うんです。
今日、
2012年12月1日
俳優の山本太郎38歳は、
16日投開票の衆院選への出馬を宣言しました。
新党を結成するそうです。
「新党 今はひとり」
かっこいいじゃないですか!!
1年8カ月にも渡って、市民活動に参加。
辛酸もそうとう舐めて来た男。
ツイッターには、
「出るぞ。出馬する。本当の事、言わせて貰う」と投稿しています。
太郎さん
本当の事、
全部言ってやれよ。
太郎さん、
暴れてきてくれよ。
僕にできる事があったら
手伝うよ。
私、佐藤栄記は山本太郎を応援します。
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