昔、新宿のはずれに住んでいた事があります。
銭湯が近所に3軒ほどあり、
そのうちのひとつは、深夜に行くと
ほとんど人がいなく
貸し切り状態みたいでした。
ある日、一人で湯船に浸かっていると
もう一人、
妙に均整のとれた男が
静かに
入って来ました。
湯煙で、その男の顔はよく見えませんでした。
もとより、僕は目が悪く
眼鏡を外している時は
ほとんど見えていないのです。
また、男に興味も全くなく・・・
ただ、
何故か、その男には
静かなる殺気というか、
・・・・そう、
常人にはない、オーラがありました。
サムライというか、
あるいは、日本兵というのか、
そういったひたむきだけど、ツワモノのオーラで、
いきがったチンピラにはない
何か本物の男の持つ静かに鈍く光るものがありました。
その男も、僕と同じ考えなのか
深夜の、人がほとんどいない空いている銭湯に
度々、姿を現しました。
いつも静かに、
風呂に入っていました。
その姿は、まさに傷を癒す武士のようでした。
たたずまい。
それだけで、こいつはきっと強い、
そう思わせる男が、たまにいます。
その男も、その類の人種でした。
ある日、
偶然、
その男と脱衣所で遭遇しました。
僕は眼鏡を外す前だったので
初めて男の顔を見る事ができました。
驚きました。
大山だ。
大山峻護だ。
知る人ぞ知る柔道家です。
昔、一世を風靡した柔道の私塾がありました。
私の師匠、大沢慶巳・十段がそこの師範をされていた関係で
私も何回か練習に通いました。
柔道十段。
それは、120年に及ぶ柔道の歴史の中で
わずかに15名しかいない最高段位です。
銭湯で遭遇した大山峻護は、
その講堂学舎で柔道を習得し、
プロの格闘家になった男です。
世界最強と言われたブラジルのグレイシー一族。
その一族のヘンゾ・グレイシーとホドリゴ・グレイシーを
負かした男、
それが、僕の目の前にいる大山峻護でした。
格闘家にとって、致命傷である網膜剥離。
失明の恐れのあるこの怪我を左右両目とも患いながら
K−1ワールドチャンピオンのピーター・アーツにも
足関節技で一本勝ちした男です。
ただものではないと感じるのも当然でした。
その後僕は、数回引越しし、
大山選手の事など、すっかり忘れていました。
その大山峻護を
意外な場所で今日、見ました。
彼は、荻窪に立っていました。
微動だにせず。
『あ、大山だ』
僕は、6〜7年ぶりに大山峻護を見ました。

不屈の日本男児と言われた
あの大山峻護が
昔と変わらない鈍い眼光を
静かに放ちながら、
誰にも目線を合わせる事無く
立っていました。
そして、その横で
熱い男が、
熱く語っていました。
大山とは違う色のオーラを
確かに放ちながら。

誰よりも早く
“原発反対”と叫び、
誰よりも多く
“原発反対”と叫び続け
誰よりも多くのものを
失った男、
山本太郎。

山本太郎も大山峻護もともに1974年の寅年生まれ。
育った境遇も
38歳に至るまでの経緯も
全てがあまりに違う二人が
日本を正常に戻すという考えで
どこかで導き合ったのでしょう。

『本当のことを言って
何か不都合でも?』
これが、山本太郎の今回の
キャッチフレーズ。
だが、本当の事を言うには
かなり勇気がいる。
本当の事を言うと、
いろいろな敵も出てくる。

だから
普通の人は、
本当の事はなかなか言わないで
我慢してしまう。

もちろんそれは
悪い我慢で卑怯な事、
そうわかっていながら、
人は、卑怯を選んでしまう事がある。
僕も正直に言うと
今まで、本当の事を言うのが怖くて
言えなかった事が何度もある。
ただ、原発の場合は
多くの人の命がかかってくる。
だから、
この男達は
怖くても
本当の事を言い、
本音で闘いに行くのだろう。

山本太郎のスタッフがくれたチラシに
こんな事が書いてあった。
他では、見た事のない文言だ。
『ガレキ(震災遺物)には、
放射性物質だけでなく、
アスベスト、六価クロム、ヒ素、PCBなど
危険な重金属、化学物質がまざっており、
焼却すればより細かなガス状になり
あなたの体を蝕む恐れがあります。
ガレキは被災地で燃やさない。
代替案は、森の長城プロジェクト
greatforestwall.com 』
こういう事って、
マスコミは言ってますかね???
荻窪駅前で行われた
山本太郎の本人演説には、
それを聞く多くの方で
ちょっとした人だかりができていました。
その輪の中に、
ある有名人が入って来ました。
松田美由紀さんです。
後からプロフィールを拝見したんですが
僕よりも1歳年上の51歳なんですね。
見えません!!

松田美由紀さん。
言わずと知れた
故松田優作さんの奥様です。

荻窪のある杉並区のご出身なんだそうですね。
『太郎さん、本当に偉い!!』と言って、
応援演説を一生懸命されていました。

この方も、
物静かにしていても
一種独特のオーラが出ている人ですね。

類を以て集まるとか
友は友を呼ぶとか言いますが、
頑張っている人、
気合の入った人、
真剣な人、
全身全霊で闘っている人には
必ず強い見方が現れるもんなんでしょうね。
それが、自然の摂理なんだと思います。
午後、
阿佐ヶ谷に移動。
阿佐ヶ谷駅の南口で
選挙演説を終えたところで
ようやく、太郎さんに時間の猶予ができたようでしたので
そばに寄って
声援を送りに行きました。
『あ〜、栄記さん!お久しぶり‼!』
そんな感じだろうなと思っていましたが、
違いました。
山本太郎は、僕の顔を見るなり
こう言いました。
『身体、大丈夫ですか!?』
太郎さんとは、メールや手紙を除いては
この2年ほど、全く合っていないのですが、
瞬時に僕の病気を気遣う、この配慮。
普通なら、選挙と言う大舞台に挑んでいる自分の事を、
まず優先して考え、
『声援ありがとう』となるのでしょうが、
その前に、他人の身体を心配する・・・・
月並みでないところが、すごいなあと思うのです。
がっちりと、
握手を交わし、
お互い勝利を信じての笑顔で別れました。
山本太郎。
明日、大どんでん返しで
勝てるかもしれない。
最後に、
太郎さんのチラシに書いてあった
こんな事を
『放射能汚染は20〜30Kmの同心円にしかないフリを続ける政府。
汚染は東日本に拡がっており、
ホットスポットが点在しています。
国が我々に与えた一般食品の安全基準は
原発事故前の放射性廃棄物と同じ数値。
黄色いドラム缶で厳重に管理されるレベルです。』
勇気と
やる気のある人たちを
佐藤栄記は尊敬し、応援致します。
失われし憂国の烈士たちに、
勝利あれ!!!
※追伸
本日、当ブログ『佐藤栄記の自然観察日記』は
開始以来1年ちょっとでありながら
60,000アクセスを突破致しました。
現在、60,101アクセスです。
一重に読者の方々のおかげです。
今後とも、
『佐藤栄記の自然観察日記』では
自然を尊重し、
自然の素晴らしさを伝え
ひたむきに頑張っている人を応援し
ブラック企業等を撃墜するよう
一生懸命、頑張っていきたい所存です。
応援をよろしくお願い致します!!
銭湯が近所に3軒ほどあり、
そのうちのひとつは、深夜に行くと
ほとんど人がいなく
貸し切り状態みたいでした。
ある日、一人で湯船に浸かっていると
もう一人、
妙に均整のとれた男が
静かに
入って来ました。
湯煙で、その男の顔はよく見えませんでした。
もとより、僕は目が悪く
眼鏡を外している時は
ほとんど見えていないのです。
また、男に興味も全くなく・・・
ただ、
何故か、その男には
静かなる殺気というか、
・・・・そう、
常人にはない、オーラがありました。
サムライというか、
あるいは、日本兵というのか、
そういったひたむきだけど、ツワモノのオーラで、
いきがったチンピラにはない
何か本物の男の持つ静かに鈍く光るものがありました。
その男も、僕と同じ考えなのか
深夜の、人がほとんどいない空いている銭湯に
度々、姿を現しました。
いつも静かに、
風呂に入っていました。
その姿は、まさに傷を癒す武士のようでした。
たたずまい。
それだけで、こいつはきっと強い、
そう思わせる男が、たまにいます。
その男も、その類の人種でした。
ある日、
偶然、
その男と脱衣所で遭遇しました。
僕は眼鏡を外す前だったので
初めて男の顔を見る事ができました。
驚きました。
大山だ。
大山峻護だ。
知る人ぞ知る柔道家です。
昔、一世を風靡した柔道の私塾がありました。
私の師匠、大沢慶巳・十段がそこの師範をされていた関係で
私も何回か練習に通いました。
柔道十段。
それは、120年に及ぶ柔道の歴史の中で
わずかに15名しかいない最高段位です。
銭湯で遭遇した大山峻護は、
その講堂学舎で柔道を習得し、
プロの格闘家になった男です。
世界最強と言われたブラジルのグレイシー一族。
その一族のヘンゾ・グレイシーとホドリゴ・グレイシーを
負かした男、
それが、僕の目の前にいる大山峻護でした。
格闘家にとって、致命傷である網膜剥離。
失明の恐れのあるこの怪我を左右両目とも患いながら
K−1ワールドチャンピオンのピーター・アーツにも
足関節技で一本勝ちした男です。
ただものではないと感じるのも当然でした。
その後僕は、数回引越しし、
大山選手の事など、すっかり忘れていました。
その大山峻護を
意外な場所で今日、見ました。
彼は、荻窪に立っていました。
微動だにせず。
『あ、大山だ』
僕は、6〜7年ぶりに大山峻護を見ました。
不屈の日本男児と言われた
あの大山峻護が
昔と変わらない鈍い眼光を
静かに放ちながら、
誰にも目線を合わせる事無く
立っていました。
そして、その横で
熱い男が、
熱く語っていました。
大山とは違う色のオーラを
確かに放ちながら。
誰よりも早く
“原発反対”と叫び、
誰よりも多く
“原発反対”と叫び続け
誰よりも多くのものを
失った男、
山本太郎。
山本太郎も大山峻護もともに1974年の寅年生まれ。
育った境遇も
38歳に至るまでの経緯も
全てがあまりに違う二人が
日本を正常に戻すという考えで
どこかで導き合ったのでしょう。
『本当のことを言って
何か不都合でも?』
これが、山本太郎の今回の
キャッチフレーズ。
だが、本当の事を言うには
かなり勇気がいる。
本当の事を言うと、
いろいろな敵も出てくる。
だから
普通の人は、
本当の事はなかなか言わないで
我慢してしまう。
もちろんそれは
悪い我慢で卑怯な事、
そうわかっていながら、
人は、卑怯を選んでしまう事がある。
僕も正直に言うと
今まで、本当の事を言うのが怖くて
言えなかった事が何度もある。
ただ、原発の場合は
多くの人の命がかかってくる。
だから、
この男達は
怖くても
本当の事を言い、
本音で闘いに行くのだろう。
山本太郎のスタッフがくれたチラシに
こんな事が書いてあった。
他では、見た事のない文言だ。
『ガレキ(震災遺物)には、
放射性物質だけでなく、
アスベスト、六価クロム、ヒ素、PCBなど
危険な重金属、化学物質がまざっており、
焼却すればより細かなガス状になり
あなたの体を蝕む恐れがあります。
ガレキは被災地で燃やさない。
代替案は、森の長城プロジェクト
greatforestwall.com 』
こういう事って、
マスコミは言ってますかね???
荻窪駅前で行われた
山本太郎の本人演説には、
それを聞く多くの方で
ちょっとした人だかりができていました。
その輪の中に、
ある有名人が入って来ました。
松田美由紀さんです。
後からプロフィールを拝見したんですが
僕よりも1歳年上の51歳なんですね。
見えません!!
松田美由紀さん。
言わずと知れた
故松田優作さんの奥様です。
荻窪のある杉並区のご出身なんだそうですね。
『太郎さん、本当に偉い!!』と言って、
応援演説を一生懸命されていました。
この方も、
物静かにしていても
一種独特のオーラが出ている人ですね。
類を以て集まるとか
友は友を呼ぶとか言いますが、
頑張っている人、
気合の入った人、
真剣な人、
全身全霊で闘っている人には
必ず強い見方が現れるもんなんでしょうね。
それが、自然の摂理なんだと思います。
午後、
阿佐ヶ谷に移動。
阿佐ヶ谷駅の南口で
選挙演説を終えたところで
ようやく、太郎さんに時間の猶予ができたようでしたので
そばに寄って
声援を送りに行きました。
『あ〜、栄記さん!お久しぶり‼!』
そんな感じだろうなと思っていましたが、
違いました。
山本太郎は、僕の顔を見るなり
こう言いました。
『身体、大丈夫ですか!?』
太郎さんとは、メールや手紙を除いては
この2年ほど、全く合っていないのですが、
瞬時に僕の病気を気遣う、この配慮。
普通なら、選挙と言う大舞台に挑んでいる自分の事を、
まず優先して考え、
『声援ありがとう』となるのでしょうが、
その前に、他人の身体を心配する・・・・
月並みでないところが、すごいなあと思うのです。
がっちりと、
握手を交わし、
お互い勝利を信じての笑顔で別れました。
山本太郎。
明日、大どんでん返しで
勝てるかもしれない。
最後に、
太郎さんのチラシに書いてあった
こんな事を
『放射能汚染は20〜30Kmの同心円にしかないフリを続ける政府。
汚染は東日本に拡がっており、
ホットスポットが点在しています。
国が我々に与えた一般食品の安全基準は
原発事故前の放射性廃棄物と同じ数値。
黄色いドラム缶で厳重に管理されるレベルです。』
勇気と
やる気のある人たちを
佐藤栄記は尊敬し、応援致します。
失われし憂国の烈士たちに、
勝利あれ!!!
※追伸
本日、当ブログ『佐藤栄記の自然観察日記』は
開始以来1年ちょっとでありながら
60,000アクセスを突破致しました。
現在、60,101アクセスです。
一重に読者の方々のおかげです。
今後とも、
『佐藤栄記の自然観察日記』では
自然を尊重し、
自然の素晴らしさを伝え
ひたむきに頑張っている人を応援し
ブラック企業等を撃墜するよう
一生懸命、頑張っていきたい所存です。
応援をよろしくお願い致します!!
[ この記事を通報する ]
- URL:http://yaplog.jp/eikisato/archive/175